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2008年9月30日 (火)

雨の中の夜明けの散歩

今朝は雨、それほど強くはない。
帽子をかぶれば傘は不要なのだが、傘を片手に出かける。
時間は5時半
いつもは同じ目的の人にたくさん出会うが、雨とあって人が少ない。
いつもは公園で6時15分くらいからストレッチ、みんなの体操、ラジオ体操1、2と6時40分までやって家に帰るのだが、きょうは公園での体操は休みにつき家に戻ってからテレビ体操をする。

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雨の中、まだ暗い時間だった。よく見えないが雰囲気を感じてもらえれば。

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最近の散歩コースの写真いくつか。朝焼けの太陽が眩しかった。

毎朝5時半に起床、5時40分には歩き出す。
公園まで約10分、川に沿って歩き、途中でUターンして公園まで戻ると6時15分前後、そして皆の体操に加わり、6時40分に体操を終了し、家に戻るのが7時前、コーヒーをセットしてシャワーを浴び、新聞を目で追い、テレビのニュースに時折目を遣り、朝食。
8時前後に家を出るのが日常である。

前にもウオーキングのことは書いたが、ずーっと続いていたわけではない。昨年には入院とかもあり、いつの間にか中断状態が続いた。

今回はこのところしばらく継続しているので、堂々と公開。
朝の散歩再開の動機はケチなもの。
体重を5キロ落とすのに半年ほどかけたのが(入院し点滴だけの生活も貢献して)、一挙に元の体重に戻ってしまったため。
体重は落とすのは難しいが、戻るのは簡単(^_^;)

散歩は痩せる目的より、朝の気分がいい。
深呼吸し、ゆっくりはき出すとリフレッシュする感じ。


「おくりびと」について先回書いたが、本木さんが腐乱遺体を処置した後、食事ができない。すぐ吐き出してしまうという描写がある。
後からは納棺をした後でも食事ができる、という主人公の進歩、成長を描いているのだろう。
これは青木さんと離れたオリジナルだ。
青木さんは無数の蛆を描くが、死体の汚辱ではなく、掃除している間に蛆もいのちだと見て、その蛆が輝いて見える様を書いている。
腐乱した遺体に接して反吐を吐く、というのはありそうな設定であるが、私はどうかな、と思った。

この映画では「食べる」ことが「生」を象徴し、それで死の意識化を図ろうとする試みをしている。
何となくわかりやすい感じがするのだが、これは死体に日常的に接する納棺師という専門職を設定したからではないか。

「生きるために食べる」ことで、食し得ない死者を描こうという試みは葬儀の民俗の中に溢れている。
青木さんも書いているが、かつては地域の人が遺体を湯灌して座棺に納めたが、その役にあたる人には酒と食事がふんだんに振る舞われ、顔を赤くした湯灌役は酔っ払って湯灌をした。
また死の穢れに対抗するように死者に接した人には酒食が振る舞われたという。
関東では酒食を振る舞う席を「清め(浄め)」と言う。
死のリアルな怖さに対抗しようとしたのであろう。
私は「清め」というのは「死、死体は不浄なものという観念を前提とするものだから、その言葉を使うのはおかしい」と発言し続けている。

家族の死に際して、多くの人は食欲不振に陥る。それは穢れからではなく、悲嘆(グリーフ)がもたらす。それは自然なことである。

ちょっと的を外れた感があるが、食べること=生きること、という設定は、生きている以上は人は食す、というあたりまえのことであって、それが死を意識させることになるのか。
映画の中で山崎努がフグの白子をおいしそうにむしゃぶるシーンは印象的だが、それと死、死者を描くというのは別のことのように思うのだ。

死というのは圧倒的事実である。だが、残念なことに第三者はそれを見ても同情以上の感慨をもつことはまれである。死者の周辺にいる者にとっては死のもつ意味は決定的に異なる。
私は「体験しない死」というのはリアルなものではない、と常々言うが、死一般をいくら論じても、それがリアルな死からは遠くにあるのだと思う必要があるだろう。

いろいろ言ったが、「おくりびと」は秀逸なできの映画である。
葬儀に携わる人たちにはとても共感を呼ぶものになっているようだ。

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2008年9月28日 (日)

「おくりびと」と青木新門さん

先日、時間ができたので、新宿ピカデリーに行って、映画「おくりびと」を観た。
他人に紹介だけしていて観ていないというのは居心地が悪かったからだ。試写会の機会もあったが、都合が合わなかった。
気を入れて観るため5千円のプラチナシートで。
というより時間直前に行ったので人混みを避けたかった、というのが本音であった。
贅沢なシートで新幹線でグリーンに乗る気分。お手拭や飲み物のサービスもあるし、足を伸ばせるようにもなっている。

さて映画のほうだが、話の内容は小山薫堂のオリジナルとあるが、アチコチに青木新門さんの『納棺夫日記』を下敷きにした部分がある。
チラシを見て仕事に応募するところや、仕事が認知されたように感じるところは、青木さんが元恋人の父の納棺に行ったときと、周囲が嫌悪するように離れていった話、発見が遅れ腐敗した遺体を処置した話など。
新門さんでは叔父さんに死の床で認められたと感じた話が映画のラストのクライマックスの下敷きになっているのは確かだ。肝心な部分は青木さんからヒントを得ていると言ってもいいくらいだ。

本木雅弘さんの納棺の手さばきが賞賛されているが、これは私も知っている札幌納棺協会の指導によるもの。
こうした美の追求は青木さんにはない。

映画として見ると、本木、山崎、広末の主役級がいいのはもちろんだが、個人的には笹野高史がいい味を出していた。余や笹野の役柄は映画オリジナル。

アートとしてよりも人間の死を等身大で見るという点が重要だと思う。だが、アートの部分で魅せることは映画としてはいいだろうが、実際はどうだろう。

この地味な映画が話題となり、マスコミで取り上げられたのはうれしい話だ。
だが出来は、というと、関係者がいるだけに評価がしづらい。

映画のカタログには青木さんのことは全く触れられていない。しかし主演の本木さんが、映画賞受賞後の取材で、契機になったこととして青木さんの本の話を必ずのようにして感謝している。
実際、本木さんが、映画化を前にして、青木さんを訪ねて富山へ行ったというのはほんとうの話なようだ。
もっとも青木さんが「原作」として出てこないのは、映画関係者の意思ではなく、青木さんの意思だったようだ。

ある雑誌が取材に来たとき青木さんの話になって、青木さんの了承も得ずに青木さんの電話番号を教えた。その記者が後から報告してきたことには、青木さんは「原作とすることを断っておいたのに、映画が話題になったからと本人が前に出ていくというのはどうか」と述べて断ったとか。
いかにも青木さんらしい筋のとおし方である。

ちなみに青木さんが「納棺夫」と称したのは、当時は納棺を仕事をする人がいなくて、本にするとき青木さん自らを「納棺夫」と言ったのである。
札幌納棺協会はおそらく三宅さんという方が初めであったろうが、札幌で葬儀社の下請けとして納棺業を始めた。いまでは仙台、埼玉と全国各地に展開しているが、納棺だけではなく、湯灌もしているしエンバーミングもしている。青木さんとは何の関係もない。
青木さんは葬儀社の人間で、横で地域の人がする納棺を見ていられなくなって手を出したのが最初。
映画で「納棺師」という名になったのは納棺協会のサジェスチョンによるのではないか。
もっともこの仕事、湯灌もエンバーミングも女性の進出ぶりは目を見張る。いまの仕事の担い手を見れば「納棺師」という呼び名が普遍性をもつだろう。

青木新門さんは私の10歳上で師匠のような存在である方だ。
きっかけは、いまはない新宿西口の呑み屋(スナック)「火の子」であった。
「火の子」の店主であったイクさんは、岩手の盛岡近くの出身で、故郷の距離が近いということで私をかわいがってくれた。
またこの店にはいろんな人が出入りしていた。青木さんが上京時には必ず寄る店で、そのため青木さんの東京での宿泊はいつも西新宿のホテルだった。

青木さんから、最初まだ草稿段階で見せられ、コピーで読んで、その内容に驚いた。一介の人のいい飲兵衛が煌く作家に私の中で変貌した瞬間であった。興奮したまま「雑誌に是非掲載させてほしい」と言ったら、「富山の地元の出版社から出すことが決まっている」と断られた。それが93年に出た桂書房刊『納棺夫日記』である。

この本は94年度地方出版文化功労賞を受けて話題となり、その後文春文庫になって売れた。英訳も出ている。いまは『定本 納棺夫日記』が再び桂書房から出ている。
桂書房からは青木さんの絵本『つららの坊や』も出ている。
http://www.katsurabook.com/index.html

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2008年9月14日 (日)

昼間の眠気

このところ昼間に眠気が襲い、我慢できなくて寝てしまうことが度々。
どうも加齢による体力低下のようだ。

ブログを休んでいる間に2つの試験。
試験は合格すればいいものではないようだ。
前回落ちた人が、まったく見違えるほどに変わって(いいほうに)、再び会うと、不合格にすることがその人にとっていいこともあるのだ、と気づかされる。

所詮は「試験」というのは人生におけるプロセスの一つ、終点では無論ない。
がんばる人のエネルギーは眩しい。接することによって力を分けてもらえたら、とも思うが、むしろ次代に託したいという気持ちが強い。

つい1年前までは(正確ではないが)、昼間眠く感じることはほとんどなかった。つまりは歳を取ったということだ。

11日はお寺で話をする。
質疑応答で、はっとした。
葬儀というのは生き死にの話だから、これに係るというのは、自分なりの根拠をもたねばならないのに、ついジャーナリスティックに情報を提供しようとしている自分がいる、ということだ。
真宗の僧侶の方々であったが、教えられたと思った。

予定としてはその後、ご一緒に呑んで、交わるときをもつはずであったが、13日のリハーサルが入ったため、残念ながら終了後に渋谷に車を飛ばした。
首都高速が幸いにも渋滞が少なく、予定時刻の10分前に到着。

この日帰宅して久しぶりに空腹感。
講演に向けて出発前に電話での打ち合わせが長引き、パンを買って車に乗り込み、運転しながら食べ、お寺ではお菓子もいただいたが、話す前には口に入れたくないので、そのままであったからだ。

12日は朝7時には家を出て、終日試験で詰めた。
何かをするわけではなく、私が忙しいということは問題があるということなのだが。でも緊張感が続く。終わって事務所に戻り、少々仕事。

13日は朝6時45分までに局入りということで、5時に起きて6時に家を出る。朝早いので道路は空いていて、少し早く着いたので代々木公園で車を止め、一服。
その後、局に入り、まず化粧し、リハーサルをして、さらに打ち合わせ、時間が過ぎるのは早く、9時からの生放送の時間が感覚としてはすぐ来た。

放送時間は30分(正確には予告があるので29分間)であるが、民放のようにコマーシャルタイムがあるわけではない。予定した構成どおりに進行しないといけない。
担当者は何回台本を書き換えたのだろう。その責任の半分近くは私の意見のせいであったろうから、迷惑をかけた。

本番では台本よりも私が少し多めに話したので、時間が押して、最後まで迷惑をかけた。
録画の番組であると、担当者はこれから放映まで編集という作業を控えているので、緊張が残っているが、生放送であると、いいも悪いも終わったという感覚があり、私が多少台本をはみ出しても大目に見てもらえた。
番組はNHKテレビ毎週土曜の9時~9時半放映の「家計診断 悠々ワイド」でテーマは「お墓」。
http://www.nhk.or.jp/kakei/

極めて実用的な内容であるが、細かな配慮が必要な部分が多い。
この細かさが民放とNHKの違いかもしれない。

前に民放に出たとき、担当者と細かな打ち合わせをしたのに、本番では司会者が違う方向に話をもっていったものだから、担当者の準備がほとんど無意味になったこともあった。
そこで「どっちみち」という気持ちもあって、打ち合わせなしで臨んだこともあったが、いい意味でも悪い意味でもNHKにはこうしたラフさはない。

ほんとうは出演予定は私ではなく、尊敬するIさんだった。私はピンチヒッターで、その分気楽ではあった。

前日夜に福岡の姉に出演することを話しておいたので、母も観てくれたらしい。認知症だが、息子の顔はまだ覚えていてくれたようだ。
「歳をとったね」と話していたとは姉の報告。
その姉も改めて、私の髪が薄くなってきたと感じたようだ。

きょうも問い合わせがあったが、何かとせわしく、私自身が講演するとか、主宰するとかではなく、出なくても済みそうだという会合は申し訳ないがパスさせていただいている。
だからあちこちに不義理をしている。



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2008年9月 3日 (水)

@新潟

200808291723000 200808301507000 8月30日は新潟市の角田山妙光寺のフェスティバル安穏
http://www.myoukouji.or.jp/annon/festival/fes_next.html
に行ってきました。

29日に車で同行計5名
私は行きは越後川口まで運転し、後は強力な助っ人S君にバトンタッチ

今年のスタッフは大学3年生の若者から私のような年長者まで年齢幅が広く、平均年齢は若返った感じ。
頼もしいです。

このフェスティバル、全国の永代供養墓の先駆け
今年で19回目です。

永代供養墓について
「無縁墓に化粧を施したもの」
的な認識がありますが、大きな間違い。
「どんな人のいのちでも等しく価値があり、受け入れる墓」
ということです。
寺はいわば姿勢を問われているのです。

18回雨に降られませんでしたが、今回は初めて途中から雨

帰りは先に私が越後川口まで運転、後は終点の新宿西口までS君が運転、私は助手席ですっかり眠っていました。

いったん事務所に戻り、六本木のテレビ朝日で月曜放映のワイドスクランブルで名古屋の火葬場移転反対運動の問題を取り上げるということで、ちょこっとコメントを収録

この問題、朝日新聞が取り上げたら、このほか「週刊スパ」でも取り上げ、こちらにもコメントを載せています。

月曜に放映を観たら、日本テレビでも葬式の値段を裏で取り上げていました。

このところ葬式、墓の問題を取り扱うマスメディアが多いようです。

火葬場の残骨灰から出る貴金属の販売益などマニアックな話題まで。

原稿を進めなくてはいけないのに、中旬には「墓」をテーマの某局の生放送にも出演予定。

少しでもきちんと取り上げてくれればうれしいので、そうした志があるところには協力するようにしています。
おもしろ半分な取り上げ方も多く、そうしたものには鄭重にお断りしますが。

そう言えば今度上映される映画「おくりびと」がモントリオール世界映画祭でグランプリ受賞
こうしたニュースはうれしいものです。

残暑厳しい折、皆様ご自愛ください。

写真は角田浜から見た日本海の夕陽とフェスティバル安穏での一風景です。

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