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2008年10月19日 (日)

樹木葬10周年で一関へ

昨日(10月18日)は岩手県一関へ行く。

樹木葬が最初に始まったのがここ一関だ。
祥雲寺(臨済宗妙心寺派、旧一関藩主田村家菩提寺)の千坂住職が始めた。いまは樹木葬墓地のほうは別院知勝院となっている。
入口の看板
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樹木葬は1999年の秋に始まった。
人手を失い荒廃していた里山を買い取り樹木葬墓地とした。
許可を出した一関市では日本初という意識もなく、岩手県規則に違反しないということで許可し、後に新聞に取り上げるは、人が押し寄せるでは、で目を白黒させていた。
私が市役所を訪問したとき、担当者は私が先輩にあたるということで安心していろいろ話してくれ、私が読売新聞に樹木葬について書いた記事も大事にファイルしていた。

樹木葬とは、よく誤解されるのだが自然葬ではない。自然葬は葬送の自由をすすめる会が91年に相模湾で自然との共生を願って墓地以外の場所に散骨したことから始まる。
散骨はいまでは、葬送を目的として、遺骨を細かく(原形が残らないまで)砕いて、海や山に他人が困惑することのないよう配慮して、つまり相当の節度をもって行うならば違法(刑法190条遺骨遺棄罪)ではないという法解釈が定着している。

樹木葬は自然との共生を願う点では同じだが、墓地としての許可を受けた区域にスコップをもって穴を70センチ以上掘り、遺骨(砕く必要はない)をそのまま骨壷から空け埋蔵し、また土を埋め戻し、その埋蔵地点に花木を植える。
もっとも最近は大きな木の周辺に埋蔵するスタイルも他では出てきている。

千坂住職は「墓石、カロートを用いない点だけが最近の樹木葬では注目されている」と不満だが、いまや樹木葬墓地は20箇所近くでき、韓国にも輸出され大々的な樹木葬墓地が開発されているようである。

千坂住職の願いは、墓地の近くを流れる久保川流域の生態系を保全し、1万年以上も自然と人間が織り成してつくってきた里山の自然を再生することであり、そのための樹木葬だという位置づけをしている。

最初の樹木葬墓地使用約款(通常は「使用規則」であるが双務的な「使用約款」となっている点に注意)の目的には
「本墓地は、美しい雑木林を造成・保護し、これを後世に残すという主旨に賛同する人々が、主旨を尊重し、本約款の定めるところに従い、本人または親族の焼骨の焼骨を埋蔵するために使用することを目的として設置するものです」
とあったが、いまはより鮮明に「美しい里山を保全しこれを後世に残すという主旨」と改正され、目的が明示されている。
「自然再生」がこの知勝院樹木葬墓地の大きな特徴である。
昨年から東大大学院の生態系の院生グループが泊り込みで調査・研究を続けており、今後は「墓地」としてだけではなく、「生態系保全」の活動で注目されるであろう。

この日に行われた10周年記念「樹木葬メモリアル」は埋蔵される人の信条を尊重し、臨済宗の方式以外にキリスト教会の牧師の聖書朗読、神職の祝詞も行われた。
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樹木葬墓地を望む。手前は水田を再度起こしたもの。奥の山林が下から望む樹木葬墓地の全景
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この季節は花が咲いていないが墓地内に埋蔵された地点を表す木片の墓標
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知勝院も整備されてきた。研究者や墓参の人が泊まれる施設が充実している。99年には何もなかった。
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この日は地域や檀家の人が地元産のワインや野菜等を販売していた。祥雲寺の檀家であるという妙齢の女性2人に「あ、テレビと一緒だ」と声をかけられる。中学の時の同級生だった。
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夕方から行われた10周年記念パーティには田村家当主(私のバスケットボール部の先輩でもある!)も出席、東大の生態系の教授とともに私が祝辞という名の短い解説をした。

80年代後半からの永代供養墓(公営では合葬式墓地)、91年の散骨(自然葬)、そして99年の樹木葬墓地への10年間を「墓の革命」と呼んでいる。
明治後半から家(イエ)と深く結びついた墓を、多様な個を尊重し、自然との共生を目指すものへと大きく選択肢を広げたのがこの10年間であるように思う。

当初は千坂住職(私は「千坂君」と呼び、彼は「櫻井君」と呼ぶ)が2泊くらいの予定で来ることを勧めたが、予定がたて込んで日帰りとなった。
感慨深い日であった。

もう紅葉が近いか
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コメント

樹木葬を希望しているものですが、今でも空き葬があるのでしょうか。

樹木葬。樹林葬、里山葬、桜葬で検索するとたくさん出てきます。
一関の樹木葬についても募集中です。
HPを見て、そこの姿勢を確認のうえ、お申込みされるとよいでしょう。
皆、経営・運営母体が違います。
「樹木葬」といってはいるがおよそ実態は違うものもあります。

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