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2008年11月21日 (金)

一応更新

このところ精神的かつ体力的余裕がなかったのでブログを放置してしまいました。

きょうは90分の2コマ、本来話すべく事前に用意した資料にはほとんど触れず。最近は若い人への老人のお節介話になっています。

若い人の豊かな感性に期待しつつも、何事にも歴史があるのだということ、人と接するというのは相手の情況にもよるので、全てに通用する正しいということはなく、それを感じとる感性が大切なこと、等

そして、このところあちこちで言っている
「葬儀で感動を与える」
などということは考えるな、それは傲慢で、余計なことだ。具体的な死者に遺族が対峙する、その機会をそっとサポートすることが大切だ…という話を途中休憩入れて3時間しゃべったものですから、最後は燃料切れでした。

他方ではメールで喧嘩などということを、年甲斐もなく相変わらずやっています。
いい気になって書くボンクラジャーナリストが、無自覚に「言葉の暴力」を振りまき、粋がっているのは本当に腹立たしいものです。

このところ自分のことをいやおうなく考えさせられています。
そして無力感に陥っています。
こういうときには酒場に、というのが、ちょっと前までの自分でしたが、その気力、体力がいまはありませぬ。

いろいろこの間あったのですが、それは省略…

一応、更新、ということで。

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2008年11月11日 (火)

「小梅姐さん」で時代と人生を考える

昨夜、東中野のポレポレで「小梅姐さん」を観ました。
http://www.koumenehsan.com/100nen/

私より40歳以上の歳の差、ですから戦争をまともに体験した世代です。私の死んだ父より5歳上。
福岡県田川の川崎町生まれ、芸者で民謡、歌謡曲の歌手。歌手デビューは1931年のこと。戦地慰問を戦中は行い、戦後のNHK紅白歌合戦連続出場し、1992年に千葉県にて85歳にて死去。
この歌手の生涯を描いたドキュメンタリー。

この映画を観て、時代と人生がクロスして生きる様を感じた。
戦前の部分には私が直接知らない時代の空気を教えられ(昼間の部を観た家人は「記念写真が家族の記念写真の撮り方と一緒」と言っていた)、戦中には芸能人がどう時代に使われ、そこには動員された兵士たちと共感があったこと。戦後のことでは赤児を背負う母親を観ると背負われた子と私が同世代であると思ったり、「この年は自分は8歳だった」などと自分を重ねて観ていた。小梅さんは多くの人の人生をクロスさせる鑑のようなものであるようだった。
この映画がいいのは人気スターの単なる回顧になっていない点だと思う。その時代の空気を同じ目線で伝えたことにある。

その後、学生時代に同じ世界を生き、その後は別々に歩んだ者10名くらいが一緒に呑んで話をした。
死んだ者のいること、特に自死した者がいることを忘れてはいけないし、それは共通する想いだったろう。
私だけが火葬に立ち会った、孤独死だったK君のことを報告した。
大道芸をする者、牧師をする者、農業に従事する者、とそれぞれの人生があった。

懐かしさ、後悔、慙愧、…さまざまな感情に揺れた2時間半であった。
終わった後の路上でOさんに紙芝居伝統芸を披露してもらった。

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2008年11月 7日 (金)

何気なく立ち寄って求めた本

日一日と秋は深まっています。
このところ怒ったり、宥めたり、苦吟したり、と落ち着かない日々を送っている感じです。

自分が「書く」立場にいて倫理としているのは、他人を不当に貶めてはならない、ということです。
そこで自分の眼をあっちに置いたり、こっちに置いたり、俯瞰したり、接近したり、裏に回ったりするのです。
それだけで疲労して書く出口見いだせないことも少なくありません。

具体的なことは省きます。
「紙は凶器にもなる」ということをいまさらながら体験させられました。
悪意から出発したものは、いくらそうでないと思っても悪意の補完でしかなく、人を充分に傷つけるものである、ということです。
書き手の自由はありますが、書くことが暴力にもなるということを自覚しなければならない、といまさながら思うのです。

さて、私は濫読者です。
私の部屋が乱雑になったので、読み終えた本を売り払おうと思っています。いままで2度売り払ったので今度で3回目、ネットで予約をしました。
本屋を覗き、おもしろそうだなと思うと手が出て、数ページ読んで自分の感覚に合うな、と感じたらレジ行きになります。
そうした本でも戻って読んでみると「失敗した」と買ったことを後悔することが実に多いのです。

そんな私が本屋で手にし、ぶるぶると震え、一気に読み上げたのは今月11月発売の新刊
立花れん『小鳥か私』(ポプラ社)、440ページを超える大作。
心が震える…というのはこういうことでしょう。

ネットで「立花れん」を探しても、この本とストリッパーである別人しか情報がありません。

もしかしたら、私は新しい作家の誕生にめぐり合ったのではないか、という予感。

私も若い時、密かに小説の世界に憧れていました。詩も書き、表現を追い求めたものです。いまや面影すらありませんが。
こんなことを白状するのもこそばゆいことですが。
いまでも隠れて、ほんの小品とも言えないものを書きますが、それは隠れてするから楽しいのであって、作品としては駄作です。
でも表現の世界というのはどんなものであっても嘘を書けません。事実かどうかではないのです。自分の想いを裏切れないのです。

さて文章としては下手な
http://www.nikkeibp.co.jp/style/secondstage/manabi/ceremony/index.html

葬儀の挨拶、またトップ。
人に読んでいただくことは単純に嬉しいことです。
私は「大切なことはマナーなどではない」
と主張しているのですが、皆さんはこういうことに関心があるのだな、とランクを見て教えられます。
今回新しくアップしたのは「死後の処置―『おくりびと』の世界」
いかにも映画のヒットに便乗したようなテーマです(>o<")

年末にかけて慌しい日々が続くことが予想されます。
そんなとき、結婚式の写真をはがきにして送っていただくと、ホッとします。

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