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2010年9月

2010年9月17日 (金)

葬式と布施 私の意見

葬式と布施についての全日本仏教会主催のシンポジウムについて先に2回感想めいたものを書きました。

コメントをいただいたように、地方寺院の問題は大きな問題です。前にも紹介したように、都会にある住職のある意味ノホホンとしたものとは異なり、特に40代、50代の僧侶の方が強い危機感をもっています。
私がシンポジウムの席上配布した資料をそのまま掲載したほうが、私の考えについてご理解いただけるかと思います。長いですが、以下に掲載します。ご批判を歓迎します。

おそらく私の認識はまだまだ甘いものでしょう。それを承知の上、掲載します。当日に配布した資料に一切手を入れていません。討論の感想は先回のをご覧ください。

(私見) 寺院と檀信徒の現状とこれから

~葬式の「お布施」がもつ問題点~

碑文谷 創

1.問題の背景

■無縁化が進む社会

 百歳以上の方が実際にはかなり多くが行方不明になっていた、と報道されている。「長寿社会」の裏が姿を現した。今後は療養病棟から出されて受け皿となると想定された老健(老人保健施設)の拡充が進まず(特別養護老人施設はもとより)高齢者難民時代の到来が予測されている。

 そのほか誰とも認定されない行旅死亡人が1千人(年間、以下同)、縁者がいても引き取り拒否された死者が3万人というデータがNHKの「無縁社会」で報道され衝撃を与えた。推定するに、おそらく縁者に遺体が引き取られたとはいえまともに弔われず、死体処理された人が10万人はいるだろう。2007年の死亡者数は114万。死亡者数の約1割がこうした人々である。

 生活保護の葬祭扶助を受けた人は3万人、自死者は12年間3万人台を続けている。路上生活者の3割以上に知的障害があり、これらの障害者が捨てられている現実がある。

 こうした問題の先頭に立って取り組んでいる人の中に必ず僧侶の方がいる。だが、多くは無関心である。

■維持できなくなる地方寺院

 宗教的浮動層を抱え、檀信徒でない人の葬儀サービスをして「布施」という名のサービス対価の支払いを受けているのは東京をはじめとする大都市圏の問題である。

 今、地方寺院は都市化による地方の過疎化が一段と進んだために、寺院の財政的自立の危機に立たされている。

 寺院自身の自立が危ういのに、教団は賦課金をそうした寺院にも課しており、これが大きな重荷となっている寺院は少なくない。

 ある教団の地方の檀信徒大会に招かれた時、ある住職は「私は学校の教職を兼職して住職を務めてきたが、今では学校、役場、農協という過去の兼職の受け場がなくなってきており、兼職寺院は成り立たなくなってきている」と話していた。

 また、檀信徒代表は「檀家は寺の普請には責任をもつが、住職の生活費までは面倒見切られない」と話すと、数百人という満場の檀信徒から拍手喝采受けた。

 過疎地では若者が去り、残された檀家のおばあちゃんの葬式をすると、「檀家が1軒なくなった」という事態となる。

 檀家に「寺を支えよう」という意識はあるものの、経済不況、おまけに中心層が高齢者となり寺院維持のための寄進ははっきり減少傾向にある。

 無住の寺をいくつも兼務している僧侶も少なくない。檀信徒にとっては「オラガ寺」であるから、寺の合併はままならない。普請すら充分にできず荒れていく寺が少なくない。

 地方寺院の墓は無残である。放置された墓があちこちにある。

 墓の「改葬」(引越し)は確実に増えている。地方の寺の墓から都市の墓へである。都市に呼び寄せられた高齢者が地方までの墓参は困難だからと墓を移す。寺は何とか檀家として残そうとするが、それは改葬に際してより多額の礼金を得ようとしているように映る。

 最も多いのは地方の墓の放置である。幽霊檀家が多くなっている。「改葬」は都市寺院にもある。「寺が嫌い」「住職が嫌い」という理由が少なくない。「墓質」が成り立たなくなり、寺が「選ばれる時代」になってきたようだ。

■人口移動を寺はどう考えたか

 60年代からの高度経済成長に伴う都市化、つまり住民の地方から都市への移動に際し、地方寺院のとった態度はどうだったのか。

 最初は長男は残り、出て行くのは主として次・三男であったから、「長男が残ることで檀家は維持できる」と考えた。ある曹洞宗の住職の方が「長男仏教」と言った。次・三男に都市の寺を紹介するのではなく放置した。都市の寺を紹介すると「檀家をとられる」と心配したからだ。

 地方経済の疲弊もあり、今では長男すら地元から離れることが多くなった。

2.なぜ「布施」が問題になったのか?

■地方出身者が宗教的浮動層を形成した

 東京で檀家となる寺をもつ人が約5割。厳しく見れば3~4割。千葉や埼玉の周辺では従来の住民は寺と檀家関係をもっているが、今増えてきている「新住民」はそのほとんどが宗教的浮動層である。

 宗教的浮動層のほとんどは地方出身者である。地方出身者は糸が切れた凧状態にある。

 その新住民が葬式をすると、出身地の檀那寺には頼まず、葬儀社経由で僧侶を依頼する。彼らはあくまで「一見さん」である。寺の維持に責任をもとうとはしない。頼まれた僧侶も一時的関係だから、遺族の状況を聴こうとしないし、死者のことを何も知ろうとせず葬式を行って帰る人が少なくない。

都市の寺院にとっては檀信徒以外の葬式は「臨時収入」である。中には「葬式をやってやった」とカン違いして遺族に声をかけず、むしろ遺族が挨拶に来ない、と怒り出す。

イオンが葬式の「お布施」の標準価格を出して論議を呼んでいるが、こうした「標準価格」の表示は今始まったものではない。イオン以前から大手互助会と「料金協定」を結んでいる僧侶は少なくない。

 最近ではこれに僧侶派遣プロダクションが加わる。チャペル・ウエディングでは偽牧師が大多数であるが、こちらには僧籍をもつ人が少なくない。

最初は都市周辺部の次・三男が中心だったが、そして彼らが互助会、葬儀社に3割~4割のキックバックを条件に売り込んだ。

最近は地方寺院住職で、地方寺院の収入だけでは食べていけない僧侶が登録して出稼ぎするケースが目立つ。僧侶が単身都会のアパートに住み、プロダクション経由の注文に応じて葬式に出かける。彼らは腰が低く、遺族の声にも耳を傾けるので都会住職より人間的魅力があると好評である。

プロダクションは「明朗価格」を訴える。信士・信女20万円、院号居士・大姉40万円、おまけに「後からのお寺の付き合いは不要です」と断る始末である。僧侶の収入はその3~5割のようだ。

■都会の檀家-寺との関係が弱まる

 地方では関係が薄れてきたとはいえ住職と檀信徒に面識はない、ということは少ない。だが、都会の場合、住職と檀信徒が葬式で初めて顔を合わせることも少なくない。

 檀家であっても寺の維持に対する責任感がなく、そういう意味では宗教的浮動層に意識が近くなっている。頼む寺が決まっているだけで、「お金をとられる」という感覚は近いし、できたら寺との関係を薄くしていきたいと思っている。

彼らに言わせれば、「檀那寺は自分たちが選んだ寺ではない。生まれた時から決まっている」のであるから責任や愛着も薄く、信仰の関係にはない。

■布施

 民衆と寺の檀家関係は、中世末期、近世初期の戦国時代に始まり、江戸時代中期に宗門改めによって法制化された。

明治維新によって一時神仏分離政策で関係が壊れたが、1898(明治31)年の明治民法で家制度が強調されることが追い風で定着した。戦後、新民法で家制度が廃され、都市化で基盤が揺らいだ。今檀家制度は瀕死状況にある。

 寺と檀家という関係は、基本的には住職である僧侶が仏教の教えを説くという法施を行い、それを檀家は財施で応え、ともどもに宗教共同体である寺を維持していく、という関係にある。

檀家が死者を抱え危機に陥る葬式という状況では、特に僧侶の行う葬式が法施として重要な意味をもった。つまり死者を仏弟子としてあの世に送り、遺族の悲しみに配慮することによって。
 死の連絡が寺に行ったら住職はすぐ檀家の家に駆けつけ枕経をし、その後の進め方を地域の人たちと打ち合わせて段取りを決める。死者は日常よく知った檀信徒であったから、死者にふさわしい戒名(法名)を考えて授与した。死者を送るということは宗教者、遺族である檀家、地域共同体にとっても一大事だったのである。

寺は檀家の生活を知っていたし、檀家も寺を支えようとそれなりの布施をしようとしたから、「布施の額」が問題になることは少なかった。

それぞれの状況で負担する、という意味はこうだ。

例えば、ある家の年収は200万円、またある家の年収は5千万円でれば、布施は200万円の家では10万円、年収5千万円の家では250万円で実質等価である。もちろん財施はお金だけによるものではない。労働奉仕もあり得る。それぞれがそれぞれの分に応じて檀家は寺院を支えたのであり、それが「布施」としての意味である。

■「布施」を巡る不幸

ところが2つの不幸があった。

一つは戦後農地解放で寺は地主として保有していた土地を剥奪され、主要な財源を失ったことである。主要な土地持ちの檀家総代も没落した。寺は財政に窮することとなった。

もう一つは高度経済成長である。これは経済の民主化をもたらした。

それまでは院号を望めなかった人たちも平等に院号を要求し始めた。

寺院はそれまで社会階級に応じて寺院への貢献度をはかっていたものが、お金に窮し、「それ相応の金銭的貢献があれば」と取引に応じ、正式ではないが「院号料」なるものが誕生した。

事実、東京のある寺院の墓地では1965年頃を境に、それまで「信士・信女」が多数であったものが、「院号居士・大姉」が主流になっていった。

これが「お経料」「戒名(法名)料」発生の経緯であり、「布施」であるべきものの「料金」化の経緯である。「料金」であれば「安い」を望むのが消費者心理。今度は「寺の費用が高い」という声になった。

■寺の問題点

 寺が戦後の財政的な困窮を背景にしたとはいえ、仏事として葬式を行うこと、檀信徒の寺への貢献を判断し院号等を信仰的尺度で授与すべきものを、お金の高で判断するようになったことである。これは全ての寺院に当てはまることではない。地方では「戒名料」がない寺院も少なくないし、寄進の額によらず檀信徒であれば等しく院号をすべての檀信徒に授与している寺院もある。

 問題は寺だけの問題ではない。「立派」と言われる戒名(法名)を信仰抜きで金で求めた民衆の浅はかさも指摘されるべきである。ブランド品を買い漁る心理と共通したものであったように思う。

 第2に寺院が反省すべきことは、戒名(法名)が歴史的にもっていた差別性である。

歴史的に戒名が純然とした寺への信仰に基づく貢献で授与されたのではなく、社会的地位や寄進が多額であったこと等の社会階級差別を背景としたことが多かった。この点への反省が必要である。これは仏教寺院だけの問題ではないが、この負の歴史に目を瞑らないことである。

■寺の課題

①布施は寺の活動を支えるためのお金であるならば、寺院の活動を檀信徒に見える、感じるようなものとすることである。この活動はそれぞれの寺で特色があっていい。

 その寺のあり方を見て、檀信徒は「寺を支える」必要性を感じることになる。

②寺を住職だけのものから檀信徒のもの、宗教共同体にすることである。住職個人に依存すれば、その住職の限界に寺は規定される。檀信徒のもっている力を有効に活用することなく、寺の発展はない。

③寺の会計の公開である。寺は言うまでもなく住職の個人財産ではなく、宗教法人である。

今財政的に自立できている寺院は全国7万7千カ寺の3割程度だろう。むしろ公開したほうが檀信徒は寺に責任をもつし、寺を信頼するだろう。

④僧侶が葬式に携わるならば、死とは何か、それは家族に何をもたらすか、きちんと僧侶養成プログラムに入れて、葬式への取り組み姿勢を学習させる必要がある。遺族のグリーフへの認識もなく、生業として惰性的に葬式に係わってはいけない。

 また、檀信徒、僧侶に葬式を依頼する人も、もっと真剣に死に向き合う必要がある。かけがえのない家族を送ること、それは固有のいのちに向き合う一大事である。安易な死体処理モードで行うべきではない。僧侶が葬式をするのは、社会的形式や体裁を整えるためではなく、仏弟子として送るという寺の重要な仏事としてある。

⑤寺として反省すべきことは少なくない。

 葬儀会館で遺族が挨拶に来ないと怒った僧侶がいる。なぜ自ら足を運ばないのか。自死者の葬式で「自死はいけない」という法話をした僧侶、ゴルフの予定があり火葬場へついていかなかった僧侶、葬儀会館で「ご本尊がない」と葬儀社に不手際のように怒った僧侶。それほど大事な本尊をなぜ自らもっていかないのか。仏事には寺が責任をもたないでどうする。

⑥寺院の中で高い利益をあげているのは一部にすぎない。多くは困窮している。それなのに「高い」「お金をとられる」と言われるのは、寺院の財政基盤が葬式に偏り、不況ということもあり、檀信徒の負担が重くなってきていることもある。寺院経済の葬式・法事への依存度を低めること。恒常的な財源確保の策を見つけること。

⑦寺院の開放性を高めること。物騒とはいえ、門は閉まり、人が来ることを拒否しているかのような寺院の何と多いことか。

⑧寺と寺の協働である。一つは地方と都市の寺の協働であり、もう一つは地域の寺同士の協働である。地方寺院と都市寺院が協働しないと都市の宗教的浮動層は増える一方、地方寺院は疲弊する一方である。地域の寺同士がネットワークを組むことで、寺の意識も開かれるし、単独ではできない催しもできるし、住職の交代休暇も可能となる。

⑨過疎化地域への派遣制度である。住職を支えられない寺をグループ化して教団の責任で僧侶を一定期間、交代で派遣する。できれば初任の僧侶に過疎地赴任を義務づける。そして大規模寺院を世襲のものと私物化せず大胆な人材抜擢をはかることである。

 世襲制が寺院維持に貢献した面は確かにあるが、弊害をもたらし、自覚のない大規模寺院の後継僧侶が贅沢三昧していることが批判を呼んでいる。僧侶間の経済格差は凄まじい。

■布施を料金にしているのは誰か

 一つは信仰もないのに葬式・仏事を依頼してくる「消費者」の存在である。できるだけ安く、「立派」と言われる戒名をほしがることである。

 もう一つは、仏式葬儀の減少、檀家の高齢化、減少を背景に寺収入が減少していることである。

このため地域の僧侶が談合して布施の釣り上げを画策することがある。地方都市では檀家は住職の指示に従わざるをえないが、これでどれだけ寺への信頼感をなくしたことか。

寺の財政が厳しければ、檀信徒に説明をし、協力要請をすることが第一であろう。それを僧侶が裏で根回しして葬式の礼金の引き上げを行っていて「料金ではない」と抗弁することが空しくないだろうか。

 また、もっと檀信徒を知る必要がある。檀信徒の生活レベルでは困難な金額を要求してはならない。

 檀信徒や僧侶を依頼する人も葬式をしてもらうならば、もっといい意味で僧侶を利用し、それぞれの分に応じてでいいが、感謝の心を示す必要があるだろう。

ある僧侶が「お気持ちで」と応じたら、「お布施」と書かれた封筒に5千円札1枚入っていたという話もある。生活が困窮している人の話ではない。生活に困窮した人が、なけなしの1万円札を出すなら、心ある僧侶はそれを尊いお布施としていただくだろう。

よく「金額が不明瞭」と言われるが、個々の事情を無視して一定金額を要求するのはビジネスであって宗教行為ではない。

■教団の責任

 過疎寺院の問題を含め、個々の寺院で解決できない問題があるのに、教団は教団政治や行事にだけ目を向け、寺院の抱える問題に対処しようとしていないかのようである。

多くの場合、僧侶の役職は、あくまで個人的栄誉であって教団全体への責任としては認識されていない。だから心ある僧侶は、教団に期待することを既に断念している。

 実際には、個々の僧侶はさまざまな活動をしている。僧侶だからできる活動もある。しかし、これを共有する仕組みが教団には見られない。

3.葬式の危機

■9割を切った仏式葬儀

 仏式葬儀は長く95%前後を推移してきた。しかし2007年の日本消費者協会調査ではじめて89.5%と9割を切った。仏式葬儀が当たり前でない時代がすぐそこにきている。

 新年の教団トップの談話を見ていると「宗教教育がない」「経済至上主義がよくない」という外向けの批判はあっても「寺」自体への反省はほとんどない。寺は他の力で変わるのではなく、自ら変わろうとしないでは変わるわけがない。

 地方では、4050代の僧侶の危機意識が強い。生き残れるか、と真剣に心配している。仏教界の問題意識格差、経済格差の解消、寺はどこに行こうとしているのか、社会における存在意味を確認しないと、そのうち社会から放置され、次第に姿を消してしまうのではないか、と懸念している。

 95年頃より日本の葬式は共同体から離れ私事化した。その背景にあるのは経済不況もあるが、団塊世代を中心とした戦後世代が喪主の中心層となったからである。また、各種の意識調査を見ると、伝統的意識離れを言われた60代戦後世代に比べても40代以降の世代感覚はさらに大きく隔たっている。若い僧侶が「寺に葬式を頼むのか?」と心配するのも根拠がないわけではない。

■弔うこと

 また安易な宗教離れは、死にきちんと正面から向き合う機会を奪う可能性がある。「無宗教葬」「自由葬」がその人の信念で行われるならは少しも非難されるべきことではない。しかし葬式が単なるファッションになってはいけないだろう。

日本仏教が中世末期・近世初頭の戦国時代に民衆の中に入り、民衆の支持を受けたのは、家族、近親者の死という危機にあって、その死者の存在を尊いものとして受け止め、共に送り、葬る作業を僧侶が行ったからである。現代的な表現をするならば、どんないのちにも意味があり、価値があり、尊ばれるべき、人格をもった存在として位置づけ、そのいのちの喪失の厳しさ、辛さ、悲しさに共感したからである。これがそのまま葬式の本質である。

「葬式仏教」と言われるのは恥ずべきことではない。人の生死に係わるというのは並大抵のことではないからだ。しかし、その現場に固着するならば、死後だけではなく、生きているときからの関係が重要だということも見えてくるはずである。

 葬式を執り行う僧侶(僧侶に限らない宗教者)を信頼できないで安心を託すことはできない。また、そうであるなら宗教者は不要である。「葬式を託される」というのは宗教者にとって名誉である。信頼されているということの究極表現だからだ。

 宗教者は信頼されるように人間関係を築き、檀信徒、僧侶に葬式を依頼しようとする人は信頼できる宗教者をさがし、その人間関係を大切に育む必要がある。それはけっして「偉いお坊さん」という意味ではない。

 今、社会で「死」が軽くなり、冷淡視されるようになったのは、生前のその人を囲む関係が希薄になってきているからだ。死者を忌む前に高齢者を忌むようになり、その死の看取りが家族の中でも共有されなくなってきている。無縁化は家族内で始まっている。

 弔い方は多様であっていい。お金をかければいいわけではない、というのはバブル景気の崩壊で学んだ教訓である。

 しかし弔われることがない死者は不幸であり、弔うべき人がいるのに弔うことをしない人もまた不幸である。

2010年9月16日 (木)

葬式のお布施をめぐるシンポジウム 第2弾

早速のコメントありがとうございます。

僧侶さま

いま高齢化や家族解体で死の状況というのがとても難しくなっています。現場で僧侶や葬祭担当者も目にされていることでしょう。

布施の目安ということは今始まったことではないのです。
寺の経営ということもあるでしょうが、檀信徒のことを知っていればこんなこと僧侶は言わないだろう、それが布施だからです。

いつの間にか「布施」が「お経料」「戒名(院号)料」になり、私は実用書でしつこく「お布施」と書く、と書いていて実態が変わらないのに言葉を言い換えても無駄ということを感じていました。
どこかの寺のホームページに「お布施料」と書かれていました。

当日は、「布施」の意味、いつからどういう事情で「院号料」など生まれたのか。ということを短い15分で説明しました。
「一般対象」ですから「おさらい」と言って解説しました。「言葉」の意味も、誕生の社会的背景もほとんど知られていない。僧侶にすら。

私が都市化で来た地方出身者が宗教的浮動層化し、その檀信徒でもない死者と遺族のことをよく知ろうともせず読経し、適当な戒名つけて勤めている僧侶がいる、という現実を話しました。
玄侑さんはうまい表現で言いました。
「それは『布施』ではなく、『ギャラ』ですな」と玄侑さんは言い、「そんな都会のことを全国化しないでほしい」、と強く言っていました。

中島さんは『お寺の経済学』というユニークな素材を経済学的にアプローチした方です。
葬儀の宗教的意味合いは希薄化し、そのサービスの対価になっていて、僧侶は葬儀社の下請け事業者になっている。檀家と信頼関係があればそこには「料金」はない。と断言されました。

これを招いた原因として高度経済成長からバブルの間、お寺が宗教活動の空洞化に気がつかなかったこと、寺が宗教の「賢い消費者」を育ててこなかったこと、全国約7万6千のネットワークを活用しなかったこと、世襲制で「できの悪い」後継者を排除できなかったことを挙げていました。

その結果、現在7万6千寺は50年後に6千寺になり、寺は葬儀社傘下の下請け業者になる。宗教法人改革が行われて宗教法人資格剥奪が続出すると脅かしました。

対策として中島さんは、①即効薬はない、②真の国民のニーズはお寺ではなく仏教なのだ、お寺は宗教教育の必要性をアピールせよ、③人生トータルで付き合えるお寺に、と言っておられました。

玄侑さんも、「寺にとっての賢い消費者」って何?と思われたようで違和感を表明していました。
50年後に6千寺になるというのは寺の発生史も知らない推論ですが、それは事前にメールで指摘しておきましたから当日は私からは言いませんでした。
国民が求めているものは「寺ではなく仏教」という「仏教」は何を意味しているのか、わかっているようでわからない素人論議ですね。日本仏教がなぜ民衆に定着したのか、という分析がない。
「正論」ぽく見えるのですが、こんなこと言って済むなら世話ない、と正直思いました。

「宗教教育の必要性」は石田さんも強調されていました。
かつて朝日新聞「こころのページ」編集長だった菅原伸郎さんが言うのならわかりますが、変な教育は学校教育でやることではない、というのが私の根からの考えですし、「教える」ことへの違和感があります。戦前の道徳教育がよかったようなことを新しく表現したようで。

また中島さんは現在相撲協会の公益財団の委員か何かをやってらして、次のターゲットは「宗教法人」と言っておられました。
いつからお上が認める公益性が上位の判断になったのでしょう。脱税するやから、名義貸し、宗教法人の売買など、今の法律でもちゃんとできるはずで、おっかない大教団の政治力をおそれてやっていないだけ。

戦前に社会秩序を守るという限定つきで政府に各宗教宗派が公認され、その結果はものを言えなくなり戦争協力にまでまっしぐらだった歴史をどう見るのか。
時代が違うというのだろうが、宗教には社会から公益性を認定されるものだけをする、ような萎縮した精神をもってほしくないのです。

石田さんはデータを駆使されて説明されていました。
事前にネットでの宗教や死についてのアンケートは信用できないことや、消費者協会の地方別データはサンプル数が少ないので使用してはダメ、とメールで言っておりましたから、その点はさらっと説明されていました。

石田さんは「60年ぶりに改正された教育基本法」で全日仏も政治力を使って入れた「宗教に関する一般的教養」に期待されており、こういう宗教教育がなかったから戦後教育、社会の荒廃を招いたようにおっしゃっていました。
しかし、文化や宗教、倫理まで「教える」ことの意味を考えてほしい。家庭だってできるし、寺・教会・神社だって自由にやれたじゃないか。お上のせいにするな、ということです。

石田さんが団塊ジュニアの意識変化に注目されていますが、この点は同意です。
今回の葬送の変化の背景の一つに団塊世代を中心にした戦後派、今60代の人間が喪主世代になったということがあります。
まー実感としては、戦後派は戦前戦中世代の意識と葛藤してきた部分がありますが、40代以降にはもうそんなのは葛藤の対象でもないし、むしろ美化して語るところがあります。

石田さんは公正取引委員会が葬式情報の公開を求めたように寺院にも布施の説明が求められるだろう、と言っておられます。

私は個々の寺は住職だけのものではなく宗教共同体のものだから寺院会計を檀信徒へ公開すべし、公開すれば「うちの寺はこんなに経済的苦境にあったのか」と檀信徒の同情を得るお寺が大半だろう、と言っていますし、当日も言いました。

葬祭業界にも費用明細の軸の共有化と説明責任を口すっぱく言っています。
しかし、もし「料金」ではなく「布施」ならば、公取に指導されるいわれはないです。

もちろん僧侶は葬儀前に遺族の想いを聴き取り、葬祭業者任せにするのではなく、遺族をきちんとサポートする責任はあります。
遺族の家計状況もそれなりに把握し、無理のない費用になるよう相談にのることは必要でしょう。

私は葬式や寺の事情に疎い遺族に対し、寺院が目安を示すのはある意味で仕方のないこととも思っています。
それならイオン価格「24万円」なんてとんでもない。
「一応10万円を目安としていますが、お困りのときは率直におっしゃってください。もちろんお気持ちがあってそれ以上いただけるならば感謝して受け取らせていただきます」
というくらいか。

でも檀信徒に信頼されている寺は僧侶の想定以上を寺に寄進してくれる例をもっていることがあります。玄侑さんも言っていました。
「私の死後残った財産はお寺の活動に有意義に使ってください」と遺言で寺への遺贈があった例を私は知っています。

寺の活動が見えない、信頼性を欠くこと、遺族も形式を整える目的だけで僧侶を依頼するのであれば、「安い」にこしたことはないのです。ま、こうしたふとどきな遺族という名の消費者が「布施は高い、ボッタクリだ」と騒ぐ傾向はあるのですが、寺にも責任があります。

葬式で遺族に寄り添う、ということは実はたいへんなことで、生前の本人や家族に信頼されていることが前提です。
もし遺族の状況を知らないときは、徹底的に聴く、感性豊かに、ということが条件です。
信頼できる第三者が側にいてくれるというのは多くの(一部は期待もしていないが)遺族にとって安心です。

遺族の環境はほんとうにそれぞれです。それを把握しないでどんな葬式ができるのでしょうか。
よく僧侶の方は「最近の葬式は葬儀社が仕切っているものだから僧侶の入る余地がない」と言います。
出すぎた葬儀社はいるでしょう。中途半端な知識で(「葬祭ディレクター」が非難されることがあります。制度の目的は「仕切り屋」を育てることにはなく、適格な情報。正確な知識をもち個々の遺族の気持ちに沿ったサービスができる葬祭マンを育てたい、ということにあります。資格をもった人間のやることが正しいわけではないのはもちろんのことです。教育の一手段として行っているもので、全体的には葬祭担当者のレベルは上がっているはずです)、誤った言葉遣いで司会を行い、泣きや感動をとろうとする、およそカン違いな人間は確かにいます。そんなのは現場で僧侶の方が怒ってください。

また、カン違いしている僧侶がいます。
式場に入って「ご本尊がない」と怒り出す僧侶です。
大切な本尊は僧侶自らもってくるもので、葬儀社に用意させる道具とは違うでしょう。
こんなことがさも当然のように横行しているのは僧侶の怠慢です。

言えることは、葬式の主体は導師である僧侶でも、ましてや葬祭ディレクターでもありません。死者とその近親者です。これをいかにしたらそれぞれの近親者に合ったサポートできるかが問題で、そこに通夜も葬儀の儀式も位置づけられるべきなのです。

最近は近親者が死者をないがしろにする例も少なくありません。そのときは僧侶も葬儀担当者も身体を張って死者を守るべきです。死者の尊厳はいかなる状況でも守られるべきものです。

お金の問題ではないのです。死者の尊厳を守るためには身体を張れるかどうかが死者、近親者をサポートするプロの役目なのです。

こういったことの全てを当日発言したわけではないのですが、一部は話しました。

michiko様

私の苛立ちはバレバレですね┐(´-`)┌。

私は今回の問題でもジャーナリストですから全体を見て言うことはありますが、現場にいる方々のことを心配しています。
あそこに来られた僧侶の方、葬儀関係の方、その他関心をもってくれた方に話したつもりです。
島田裕巳さんの欠点は、葬式を抽象的に見て、上から目線で嗤っていることです。偉そうに。
今の超高齢社会を「大往生」というあまりに楽観論で括る神経がわかりません。
死の現場を見ていないで論じているからです。

「布施」はほんとうは大した問題ではないのです。
死者や遺族の関係の問題が形骸化した葬式の下に置かれていることが問題なのです。

地方の方が「東京で営まれているのは葬式もどきだ」とおっしゃっていました。そうなのでしょう。
地方の方が首都圏の特殊事情が全国化することに危惧をもっておられることもわかります。

でも、首都圏で宗教的浮動層を形成しているのは「新住民」と呼ばれる地方出身者なのです。地元との間のくびきを切って出てきた人たちの問題なのです。寺も行ってしまった人たちを東京の寺に紹介しようとはしませんでした。「檀家をとられる」という意識があったからです。


当日でのこととは別ですが、「各教団ちゃんとしろ」と言いたくなります。

過疎地の僧侶をほったらかし。
住職と檀信徒とのトラブルに早期にきちんとした調査と対策をとらない。
寺の現場へ出る僧侶見習いに、死についてや葬式について現実的教育を放棄している。
地方の40、50代の現場の僧侶の危機感を全くといっていいほど共有していない。
教団内にいる優秀な人材を活用しておらず、妬んでいるみたい。

そして現場の問題を横に置いて議論していることといったら。

さらに追記
当日玄侑さんが「葬儀社の上前をはねるようなイオンに協力している寺が600もあるとは思えない」と呟いていましたが、私は不思議に思いません。檀信徒以外の葬式を紹介してくれるというのですから喜んではせ参じる寺が1千あっても私は驚かない、と答えておきました。

ついでに言えば、イオン傘下の葬儀社が皆いい葬儀社とは限らないように、傘下に入った葬儀社が皆悪いわけではないし、僧侶も同様です。

なお、よくネットで「信頼できる葬儀社」として名前が挙がっている葬儀社の全部がいい葬儀社ではないし、また、全部が悪い葬儀社でもありません。

「評価している」というのですが、なぜかその評価基準が公開されていない。信用しろというのが無理というものです。

2010年9月15日 (水)

葬式の布施をめぐるシンポジウム

このところ雨も降り(それも局地的な)、ようやくちょっと涼しくなりました。
だが、どうもバテ気味です。

案内したことでもあるので、9月13日に秋葉原で行われた全日本仏教会主催のシンポジウム「葬儀は誰の為に行うのか?~お布施をめぐる問題を考える~」の報告を一部しておきます。

なお、このきっかけとなったイオンのお布施の金額目安表は何度かの変遷があり、現在ではホームページから完全に撤去されています。

シンポジウムは最初に4人が15分ずつ(とてもじゃないが短い)話した後、休憩時間に参加者から集めた質問にパネラーが答える形式での討論。

パネラーは
1、最近の葬儀事情(データ解説) 石田 佳宏 (大和総研主任研究員)
2、寺檀関係の変化 中島 隆信 (慶応大学商学部教授)
3、僧侶と檀信徒の関係とは 碑文谷 創 (葬送ジャーナリスト)
4、一般の方々が納得する葬儀とは 玄侑 宗久 (芥川賞作家 僧侶)
コーディネーターは全日本仏教会事務総長の戸松義晴さん

事前に石田さん、中島さんは当日発表予定のスライド、私は原稿にして提出、参加者に配布されました。なお、私は原稿内容は15分で話せる内容ではないため、急きょスライドを作成し、話すときにそれを用いました。
玄侑さんは事前資料なしという賢明さ。

討論では石田さん、中島さんというクレバーで良識的な近代主義者と屈折した戦後派の私、玄侑さんとの対立という構図。
といってもお若い石田さんや中島さんは賢明ですから、専らこっちが異論をぶつけるという構図。
コーディネーターの戸松さんはそれに上手に割って入り、議論を進行させていました。

実は皆が不思議に思ったようですが、玄侑さんと私は初対面。
よく雑誌で原稿が並んで掲載されたりしていたので、お互いに初対面とは思えない感じ。

玄侑さんは福島県三春町の寺の住職。
三春町の葬儀社の内藤さんと私は大の仲良しなので内藤さんを介在させてよく話を聴いていました。
また、私の生地である岩手県一関と三春町は姉妹都市。
伊達政宗の妻・愛姫の出身地である三春の田村家を再興して一関藩主とした、という関係です。
なお田村家の菩提寺が樹木葬墓地を最初に始めた祥雲寺(住職は千坂さん)ということで、玄侑さんは千坂さんと親しい関係。つまりこちらも千坂さんを間に挟み、話を聴いていた関係。

よくわからないでしょうが、玄侑さんと私の間に内藤さん、千坂さんという共通の友人がいるということです。

お互いに皆から迷惑がられる喫煙者ということで、シンポジウムの前や休憩時間には1階の外の喫煙場所で一緒にタバコを吸っていました。

関係ない話が長くなりましたが、そんなこともあり、玄侑さんとは気が合いました。
石田さん、中島さんは優等生なのでしょう。
宗教であったり死だったりは学んでわかるものではない、とこっちは思っているものですから、きれいな結論のつけ方にはいささかムッとしました。
その態度は下から見ていた人たちにもバレバレだったらしい。
もっとも不快な表情を露わにしていたのは私だけで、禅僧の玄侑さんは終始落ち着いた態度。

つまり5人の中では最も年寄りの私が精神的にはいちばんガキだったという話。

会場にはお坊さんやら葬儀関係者の方が多く集まっておられました。
私の知った顔も取材マスコミを含めたくさんいました。
満員でしたが、これでは対象となった「一般の方」はどれだけおられたのだろうか、とちょっと心配。でも受付は「先着順」だったようです。

最近の若い(?)僧侶の方は器用で、当日のシンポジウムの様子はツイッターで実況中継をされていました。
http://togetter.com/li/50359

2010年9月 5日 (日)

体力、気力 勝負

酷暑お見舞い申し上げます。

きょうは懸案の原稿2本、不充分ですが出しました。
さんざん遅れて迷惑をかけたものです。

「書く」という行為は、私にとっては対象を具体的に設定しています。
誰が読むかはわからないのは確かですが、それでは熱が入りません。
ですから「書く」のは体力、気力をだましだまし振り絞り、といっても本来的には「努力嫌い」ですからたいしたことはありませんが、私的にはユンケル2本飲んで書きます。

でもこのところどういう方向か、ということで少し悩んでいます。
というのは私の時代はそろそろ終焉なので、次の人への期待となり、じゃオマエさんは責任をもてるのかよ、と言われるとはなはだあやしいからです。

葬儀というと日本では仏教のことになりますが、先進国では軒並み既成宗教が元気を失っています。日本でも衰退気味なのは仏教だけではありません。
宗教という枠組みも問題ですね。
全然違うと思うのが影響しあったりしているから不思議です。
また、最近は(最近だけではないのだろうとは思うのですが)、何となく、とか、雰囲気的、とか、そうした好悪感情もあったり。
宗教というと熱心かどうかで見てしまいますが、そんな対象とはかぎらないようで。
熱心なのがいいか、と言われれば、私はそういうのは嫌いだし…。

昨日、私が前から興味をもっていたある宗教の編集者が来られて、話していましたら、私が感じていることと非常に似た佇まいで、お話をしていたら、とてもいい気分になりました。
感じている問題も似ているのです。

葬式では仏教がさんざん揶揄されていますが、別に江戸時代からずっと言われてきたわけで、その中にはいい人もいたし、ちょっとどうかという人もいたし、今さらではないのです。
その中で冷めた目が多くなったと感じるのは私だけでしょうか?

いろいろ言われると臍曲がり(そういえば子どもの頃の私のあだ名の一つが「へそまがり」でした)の私としては反抗したくなるもので、実は私より下の世代にとても気持ちがいい僧侶の方がたくさんいるのです。
富には無関係で、汚い車に乗り、姿勢が誰にも低く、だが酒には目がなく、喋るのに壁がなく、わからないことをわからないと正直に言い、情が濃く、ときどき欝になり、時には失敗もし、けっして人格者とは見られず…
そうした人、私は仲間と言いたい、そうした人がたくさんいるのです。

でもね。そうした人は教団の上には出世しないものです。

書く、といっても私はナマケモノですから、どんなテーマにも、知らないことにも格好よく言えばチャレンジ、悪く言えば素人の域を出ないことに気づこうとせず書こうとは思っていませんが、書いたもののレベルでは喧嘩もしますが、ほんとう言えば、その人間と会うと楽しいかという好き嫌いのレベルでいきたいな、と近ごろは思うのです。
書くことに不器用な人で誤解を受けるのですが、滅茶苦茶人間性がいいという人もいるのです。
思想というのは書いた上でしか判断されませんが、同時代のよさ、というのは付き合うことで人間性がわかることもあるのです。

昔、あるところに数回入りましたが同室になったのが若手のヤーさんでした(私も若かった)。その人たちの親切さ、人のよさ、私は忘れることができません。だから相撲協会の浄化運動なるものにもあまりいい感情をもてないでいるのです。
人間的付き合いでは私は今も同等に付き合いたいと思っています。残念ながら今は機会がないのですが。
どっかで「公正」さなんか信じていない私がいるのです。

なんかしょうもないことを書きました。
自分が身に合わないことをすると、ついぼやきたくなるのです。
気分を害した人がいればごめんなさい。

2010年9月 1日 (水)

フェスティバル安穏 21回目

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新潟も大阪も東京も暑いです。
北海道の方々はこの暑さ続きにびっくりしておられることでしょう。

8月28日は新潟角田山妙光寺
「万灯のあかり―妙光寺の送り盆 第21回フェスティバル安穏」
http://www.jbf.ne.jp/2010/07/post_167.html

400人以上来られたようです。それにスタッフが130人。
妙光寺は日蓮宗ですが、他宗派の僧侶の方もスタッフとしてかけつけてくださいました。
今回から企画内容が大幅に変更
今年より企画は地元スタッフの方が全てやってくれたので、私は若いスタッフの力を借りて、車で27日出発、29日の全員による反省会が終わった後、車で帰京。
何もしなかったのですが、暑さのせいで28日はすっかり疲れました。
担当部署を途中からサボり、井上治代さんに任せっぱなし。

でも世代交代の緒についた感じです。
後ろに祭の様子の一端と永代供養墓、古い個人墓などの写真を載せました。(ほんの一部です)

全日仏(全日本仏教会)主催の「布施」をめぐるシンポジウムは東京・秋葉原で行います。
http://www.jbf.ne.jp/2010/07/post_167.html
9月13日午後6時より
玄侑宗久さん(作家で僧侶)、『お寺の経済学』の中島武信さん(慶応大商学部教授)、大和総研主任研究員の石田佳宏さん、それに私が加わります。コディネーターは戸松 義晴さん(全日仏事務総長)

(ここまで書いたらすでに定員オーバーと書かれていました)

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