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2014年3月31日 (月)

「迷惑な死」を宣伝するな

サクラが満開である。

花見をしたわけではないが、車で走ると目に入ってくる。
これが私のいつもの花見である。


数日前にはまだ2分咲きだったが、満開への展開があまりに早い。
今年のサクラ、人生になぞなえるにはあまりに速すぎる。

終末期にある姉がしだいに、確実に弱ってきているようだ。
病院の看護師が「最後の花見」に連れ出してくれたようだ。
午前中の花見だったようだが、午後にはその疲れでひーひー言っていたという。
最後の花見がよかったのか、それをしなければもう少し安穏な午後を過ごせたのか、難しい。
花見は本人の希望でもあったのだからよしとしよう。

私は最後はがんがいい、と日頃言っているが、従妹の終末期といい、姉の終末期といい、当然のことながら厄介なものだ。
突然の死も後の家族に現実感覚をなくし、難しい。
歳若くしての死も悔いが残る。
87歳で死んだ父も生きていれば100歳。
父は、頭は最後までしっかりしていたが、身体はボロボロになって死んだ。長男であったが弟3人を先に亡くしていた。
母は99歳を迎える1か月前に死んだ。しかし、10年以上の認知症の末である。母の弟は20代でフィリピンで戦死している。

人間の最後は自由意思では何ともならない。
平均寿命の約80歳を超えたから「大往生」とは言えない。
人の生死は、いつもこれでいいというものがない。

人の死はそれだけで屹立しているものではない。
それは関係の中での死なのだ。
「迷惑」という次元ではないのだ。

「自分は長生きして認知症になったあげく、家族に迷惑をかけてまで生きたくないし、自分の死後は葬式も墓もなくていい」
と言う高齢者が増えている。
それはあくまで元気な自分のそれこそ「自由」な意思であろうが、人は望んだとおりには生きられないし、常に関係の中で死ぬのだから、関係者の心情が深く関係することに想像力が働いていない。
誰もなりたくて年齢を重ねるわけではなく、認知症を選択しているわけではない。長寿を望んでも、若くして突然死ぬこともある。

『平成24年版高齢社会白書』によるならば、2010年で、65~74歳人口は全人口の11.9%の1,517万人、75歳以上は11.1%の1,407万人になる。
平均寿命は、あくまで平均にすぎないのだが、これが約80年となっているが健康寿命は約70年である。これは「日常生活に制限のない期間」とアンケート調査によるものであるが、平均ではあるが、約10年は自立しての生活が困難な期間を送るというのが一般的ということになる。

「健康寿命」という言葉をあちこちで耳にするが、日常生活に支障のある高齢者、障がい者は、家族に、社会に「迷惑をかけている」存在だと言うのだろうか。
「迷惑をかけない死」はなんと不遜な言葉だろうか。

「終活」をビジネスとして考えている人の中に、「社会に役立たなくなり、税負担を増す」高齢者への蔑視の感情を見て取ることがある。
高齢者に恐怖感を植え付け、準備を強制しているようにも思える時がある。すべての人がそうではないが、ここでは名前を挙げないが、そうした不遜な事業者が実際いることは確かなことだ。

高齢者自らが「迷惑をかけたくない」と言う気持ちもわからないではない。
87歳で死亡した父は、自由闊達な人だったが、自分の身の周りについて何一つできなくなったら、生きていることへの申し訳なさが感じられ、早い死を渇望していた。
でも家族からすれば、あるいは父親と親しい関係にあった者には「迷惑」というよりも、父が自尊すら守れない生き様を「大変だな」と思っていた。

人は自由意思と関係なく、病、認知症、半身不随に陥るし、死も選択できない。

高齢者の終末期を「迷惑」ととらえていた人間は、「迷惑がなくなった」と安堵し、家族の死にまともに対処しない例が結構多い。
言っておくが、これは葬儀の形態とは無関係である。
死者を遠巻きしたり、どう死者と対峙していいのかわからないのだ。
死者との接し方に決まったものはなく、自然に自分の感情のままに係わればいいことなのに、終末期を「家族でないもの」として扱い、それが長期化した場合、葬送の場面でも「疎遠な家族」の顔になる。
残る関心は「遺産」だけ。
もっとも最近は遺産を残せない死者も多くなっている。

死者との距離によって、遺された者の死者への感情はほんとうにさまざまである。同じ家族でも温度差が大きい。
「遺族はどうあるべきか」なんて決まっていないし、そんな慣習があったとしても、それの強制は、こうしたケースでほぼ無力である。
しかし、家族の死に対処できない人はその人にとっても不幸だと思う。多くの場合、後にその傷が膿みだすことさえあるからだ。
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