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2014年12月30日 (火)

4カ月半ぶりのブログ再開、たわごと

今は「師走」である。
前回の更新が8月14日となっているので4カ月半ぶりとなる。
実は書きかけ原稿が11月に1回あるのだが、それは書きかけのまま放置されていた。いや、放置していて、書くことを止めていた。

「止めた」と言っても意識的にそうしたわけではない。
決められた原稿が書けずにさんざんぱら頭が混乱していたので、「ブログを書く」というところまで気が回らなかったのだ。

実感的には50代と比べると、原稿を仕上げる速度が2分の1または3分の1に低下している。
書く速度が遅くなれば当然にも次の原稿、その次の原稿の締切と重複する。焦るのだが、3つ一緒に書く器用さはもちあわせていない。
焦りで頭が混乱しながら日々を過ごすことになる。
まさに余裕のない生活を送っている。

自分の老化を意識すると、つくづく世の中の中心は40~50代であることがわかる。
30代はそれへの準備であり、その中心を侵食しようとする。ある意味で「生意気」である。
私も「生意気」な時代を過ごした過去があった。
その時漠然と思っていたのが
「60代以上はもう終わっているので、相手にしても仕方がない」
ということであった。
まさに戯言であり、若いゆえのバカさ、エネルギーが言わせたものだ。
そう思っていた自分が今60代の末、70手前にいる。
「終わっている}のだろうな、と思う。

前に書いたかもしれないが、私が見ていたのは10~15年くらい前の人たちのことである。今は80前後の人たちである。
彼らが書くことに学び刺激を受けて書いてきた。
また、彼らがどうあるかによって自分の10年先を見ていた。
早世した人もいるが、今は順調に生きていたその人たちも次々に鬼籍入りしている。

私が個人として師事している一人が青木新門さんである。
新門さんはネットで日記を書いている。というか書き続けていらっしゃる。
私の怠慢さ、いい加減さとずいぶん違う。
日記のおかげで新門さんが今どうしているか、今何を考えているかがわかる。
その新門日記に先日次のように書かれている。

この2日間、部屋や書類や書物の整理整頓をしていた。明日はゴミの日の最終日。
ゴミ袋を玄関に積んでいたら、パトカーが何台も来ているに気付いた。数軒先の家で何かがあったようだ。
しばらくして、同居する75歳の夫が80歳の妻を包丁で刺殺した事件が起きたことを知った。動機はわからないが、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒がもたらす師走の悲しい事件のように思えた。こうした事件が多発するのは、人生の始末算用が出来ない人が多いからである。言い換えれば、老化を受け入れ、死を受け入れる心構えに欠けているからである。老いれば、身を如来に預け、あなた任せに生きている限り、起きない事件であろう。悲しい。


「三毒」についてはこのところよく書かれている。そのたびに私は自分は三毒の塊のようなものだ、と思っている。
新門さんは「悲しい事件」と言っておられるのだから断罪をしているわけではない。
しかし、
老化を受け入れ、死を受け入れる心構えに欠けているからである」
と言うのはいささか違うのではないか。
死だけではなく、老もその人の計らいの外にある。
死後の自己決定権についても、その前にしろ、本質は自由意思の及ぶ範囲ではない。
また「老々介護」「身障者を抱える家族」の問題は、実にシンドイ、疲労が蓄積され見通しを失うものだ。
そこで自分を見失うのはある意味自然である、と私は思う。

人間は「三毒」だけではなく、もっとたくさんの毒を自分の中に飼って生きている。しかし自分の力でそれをどうすることができる、と考え努力するのが自力で、それは如来の働きに任せる以外にない、と考えるのが他力なのだろう。
他力には自分の力ではどうしようもない、という自力への絶望がある。

しかしそれも現実を甘く見ていると思うのだ。
いくら向こうからの呼びかけ、働きかけによっても、なんとも現実は、人は変わらないのだ。この現実をあるがまま受け入れるしかないのだ、と私は思う。

現実を変えなくていい、というのではない。
ますます深刻化する老々介護の現場、身障者・精神を病んでいる人とその家族の現実にはもっと行政の力による改善が必要だ。
このままでは「棄民政策」だと思う。
だがその被害者に対して「こうすればよかった」と言うことはあってはならないことだ、と思うのだ。

近年ますます思うのは、生や死について自力では何ほどのこともできない、ということだ。

私が「終活」という言葉が嫌いなのは、自分の終末期あるいは死後の事務処理について考えておくほうがいいには違いないが、老や死、死後のことについて高齢者に対し恐怖感、不安を煽って、そこで商売をしようとする嫌なニオイを感じるからだ。

※ちなみに「終活」は「終末活動の略」ではなく、自分の老後やいかんしがたい大病を負った時や死後の葬儀、墓、財産等の処理について予め自分の意思が生きるように決めて、エンディングノートや遺言に記載すべく準備をしておくことで、「就活」と音を似せて週刊朝日が造語したもの。
最初は「自分らしい葬儀」を考えて準備をしておきましょう」程度だったのが、さまざまな業界の連中が参入して商売しようとして盛り上げてつくられたたブーム。
経産省レポート「ライフエンディング・ステージ」が火付け役になるなどしているので私にも大きな責任があるのだが。


政府も言いだしてている「尊厳ある死」にしても、本音では、
{国の財政は逼迫しているし、これ以上の社会保障の充実は無理だから、不便でも自宅で、できるだけお上にも地域行政にも家族にも「迷惑かけずに生きて死んでね」、それが「尊厳ある死」
…だと言っているのだ。

ばか言うんじゃない。
人間の生も死も存在するだけで尊厳あるものだ、と徹頭徹尾思う必要がある。それを社会の基本に据えないのは極めて不健全な社会なのだ。いのちに何らかの価値観を与えようとするとおかしくなる。

 

(注)

「尊厳死」というのは、ウィキペディアによれば、
「人間が人間としての尊厳を保って死に臨むこと」
と定義している。

「尊厳死宣言」と言われるものは、日本尊厳死協会によれば
「自分が不治かつ末期の病態になったとき、自分の意志により、自分にとっての無意味な延命措置を中止し、人間としての尊厳を保ちながら死を迎えること」
とある。

 日本尊厳死協会の前身は産婦人科医の太田典礼らがつくった「安楽死協会」である。
「安楽死」とは、患者の苦痛からの解放のためには死を医療的に幇助することも含む概念である。日本ではこれを「積極的安楽死」と言い、「消極的安楽死」を「尊厳死」としてきた過去がある。

 「延命治療」を可とするのでは全くないが、死を価値づけることには変わりがない不毛な議論のように最近の私は思っている。
死は、自由意思で何とかコントロールできるものではない、と思うが…。

 

 

 

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