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2016年10月に作成された記事

2016年10月25日 (火)

「家族葬」における「家族」とは?

「脳死」が出て「心臓死」という言葉が流通するようになったと同じく、
「家族葬」が流行することで「一般葬」という言葉が使われるようになった。
しかし「一般葬」という言葉はあまり好きではない。
葬儀というのは本来死者や家族によって個別固有なはずなのに、と思うからだ。

大体「家族葬」という言葉はブレのある言葉だ。
出現した時はバブル期までの葬儀への反発から出てきた言葉だったように思う。
バブル期の末期には、普通の個人葬で200~300人の会葬者を集めた葬儀が珍しくなかった。
そして会葬者の7割程度を生前の死者を知らない人が占めた例が少なくなかった。
本人の関係者というより家族の会社関係者とか。
7割が死者本人を知らない人ということは、悲しんでいない第三者が7割ということだ。
家族はそうした人たちに失礼がないようにと葬儀では気を遣う。
本来は弔うことに専心すべき家族がだ。
家族の弔いは、葬儀が終わり、皆が去った後、仏壇、後飾り壇の前で始まる。
弔うべき人が弔うのが葬儀であるならば、弔うべき人の想いが活かされないのはもはや葬儀ではない。

何のための葬儀か、と不信感をもった家族が少なくなかった。
高度経済成長以降、葬儀は社会儀礼化が異常に進んだ。その結果が弔う人を疎外する葬儀を生んだ。
祭壇の大きさで葬儀の立派さが競われた。
死者を弔うことと祭壇の大きさなんかと比例すべきもないのに。

高度経済成長期~バブル期の「一般的な葬儀」というのは歴史的に見れば異常な葬儀だった。
社会儀礼というのは葬儀がもった一つの機能ではあったが、社会儀礼に偏した葬儀は異常であり、それは葬儀の本質を破壊するものであった。
今の葬儀の状態を見て「伝統儀礼の軽視」と批判する人が多い。
しかし、高度経済成長からバブル期の葬儀が決して褒められるようなものではなかった。
それこそが葬儀の本質の破壊行為であった。
散々破壊しておいて今になって「伝統儀礼の軽視」などというのはそもそもおかしい。

だからバブルが崩壊し、高齢化ということが大きく影響するようになると、「一般的な葬儀」がもっていた価値観が崩れた。
崩れた葬儀の受け皿となったのが「家族葬」である。
死者を弔うべき人が疎外された葬儀を本来の弔うべき人に戻そうという機運、というよりも、「だれのためかわからない葬儀は嫌だ」という、家族の葬儀で嫌な体験をした人々の想いが「家族葬」に向かった。
自分たちが「遺族」として嫌な想いをした葬儀を子どもたちに体験させたくないと思う人たちが「家族葬」志向に向かった、という面がある。
「家族葬」を支持した人が最も多いのは若い世代ではない。
若い世代はそもそも葬儀を体験していないから、体験しても隅に座っていただけなので肯定も否定も切実な感覚がない。
「家族葬」を支持したのは60代以上の家族の葬儀を体験した世代であった。

また環境も大きく変わった。
日本の葬儀を支えていたのは地域共同体であり、高度経済期以降はこれに企業が加わった。
地域共同体は弱くなり、もはや葬儀を差配する力をもたなくなった。
企業もバブル景気崩壊の痛手が大きく、従業員を支援する余力を失った。
いやがおうでも「個人化」を葬儀は強いられた。
共同体の規範も社会的常識も力を失った。
「一般的な葬儀」を要請する力は急速に衰えた。

もう一つは高齢化である。
よく出される例であるが、90歳の人が亡くなった時、本人の同世代の約半数は既に死亡しているか、生きていても要介護状態にあるとか出席が難しい人が多い。
同世代のきょうだいやいとこたちも同じである。
子どもももはや定年後であることが多い。子どもの義理で集まる人ももはやそれほど多くない。
地域社会でも付き合いが続くのはせいぜい80歳である。その世界でも隠退して10年を経つとその人をよく知る人も少ない。
ほっておいても葬儀であるからと集まる人は少数化せざるを得ない。
あえて「家族葬」と言わなくとも葬儀は小型化する。

「家族葬」は言葉自体がもつ難しさを抱えている。
もともと「家族葬」への傾斜は厳密な「家族葬」の概念規定に基づくものではない。
しかし「家族葬」と言うと、それを概念化する愚かな者が出てくる。

その大きなものが「家族葬」とは「家族だけでする葬儀」という誤解だ。
人を囲む関係は血縁だけとは限らない。
血縁者ほどあてにならないものはない、という人は多いはずだ。
家族が本人を最も支えている人である場合が多い一方、家族から疎外されている人も少なくない。
本人に最も親しい人を「近親者」と言うならば、それは「家族」には必ずしも限定できない。
本人にとっての「近親者」はその人によって異なる、数の範囲も異なる。
人の生き方、環境によって異なるのがあたりまえなのだ。
(※「近親者」という語の意味を少し変えてみた。)

私は一般の人に比べると血縁者に対する感情が強い人間らしい。
従妹の終末期にやきもきし、その葬儀も仕切った。
姉の死に対してもそうである。
しかし、これは今の「家族観」から言えば、いささか主流ではないらしい。
例えば親が死ぬ。
弔いの中心は子どもとなる。
その子にとって家族とは親と自分たち子どもであり、せいぜいその子(本人の孫)までが一般的らしい。
私に言わせれば、死者中心に考えると本人のきょうだいは立派な本人の家族であるはずだが、子にとってみれば単なる「親戚」と考えてしまう例が少なくないらしい。
実際に私の年上の知人の女性は、早く両親を亡くし親がわりだった姉の死を半年以上知らされないままだった。
姉の子を問い詰めると「母が家族葬を希望していたから」と応えたという。
本人の妹は「家族」ではなかったらしい。
その女性が悔しがっていたのは言うまでもない。

しかし他方、さまざまな意味で困窮しても親やきょうだいからの支援を得られない人も少なくない。
本人の家族からも孤立すれば、死亡し葬儀だからといって子は、本人のきょうだいだからという理由だけで「近親者」ではないのだから連絡すらしたくない想いになっても不思議ではない。

またこんな例もある。
老親だけが地方に残り、子は都市に出るという例は多い。
子は再び地元に戻る気がない。
老親の日常の仲間は地域の人である。
その老親が死亡すると葬儀で戻ってきた子どもたちは「葬儀は家族葬で」と言って、本人が付き合っていた親の仲間を締め出す。
子たちにとっては「親」といっても特別な存在ではない。特別な存在であったのは親の仲間たちである。
子も本人にとっては真の「近親者」ではなく、血縁ではない地域の仲間が本人にとっての「近親者」である例は少なくない。
「家族葬」という名で、本人にとっての真の「近親者」が疎外され、排除され、締め出される例は少なくない。

老人施設で終末を迎える高齢者は少なくない。
老人施設に入った人を面会する人がほとんどいないという事例は4分の1以上いる。
普段面会に来ない家族に「症状が悪化した」と職員が連絡しても、「危篤」と連絡しても来ない。
「死亡」したと連絡すると「そちら(施設)で葬儀をやってくれないのですか」とのたまう家族もいる。
死亡しても家族に弔われない人は意外と多い。

家族から切られた人もいれば、家族を切った人もいる。

葬儀を見て、家族が柩の側から離れようとしない家族がいる一方、柩に近づこうとしない家族もいる。

「家族」幻想を抱えた人は3分の2以上いるだろう。しかし、3分の1はそうではない。その人たちにとって「家族」は解体し、浮遊している。
生涯未婚率が高まり、結婚しても離婚する人が3分の1の時代である。
「家族」観が多様化するのは当然だし、そこに「規範」をもち出すとおかしくなるケースが多い。
そんな時代環境で「家族葬」が主流となるとさまざまな歪みもまた生じる。

実態としての「家族葬」はさまざまである。
家族数名から80人くらいを集める「家族葬」もある。
「家族葬」が主流となれば「家族葬でいいんだ」と便乗する者も出てくる。
死者である家族に愛情を抱いているわけでもないのに、安易な簡易な遺体処理を「家族葬」という名で営むものもある。

葬儀が多様化しているのに葬儀社では「家族葬」プランや「一般葬」プランが並ぶ。
なんでこうパターン化しなければいけないのか?
中には「直葬(火葬式)」プランまである。
人によって考え方が違うのに「これが家族葬です」と言う葬儀社がいるが、その無神経ぶりに腹が立つ。
そもそも「家族葬」志向は消費者の志向に業者が便乗したもので、業者が提唱、主導したものではない。

それぞれが異なるのだから、どんな葬儀をしようと、その形態だけで評価はできない。いいも悪いも言えない。

「直葬」だから単なる遺体処理ではなく、「一般葬」(繰り返すが嫌な言葉だ)なるものでも家族の想いとしては単なる遺体処理である事例が少なくない。

宗教儀礼を選択したからといってそこできちんとした弔いが行われているわけではない。
遺族は宗教儀礼中は退屈な時間を過ごし、死者も家族の想いも知らない雇われ僧侶が気のない経を唱えている光景はよく見る。
そんなのは弔いではない。
そこで行われているのは「宗教儀礼」という名の単なる虚飾に過ぎない。
所詮虚飾に過ぎないものに「安い」も「高い」もないし、「適正」「明朗」もない。
せめて遺族か宗教者かどちらかに死者を真剣に弔う気があるなら意味もあろうが。
またその間に「消費者のために」という顔を演じるブローカーが介在することがしばしばなのが腹が立つ。

2016年10月14日 (金)

「自死」ではなく「自殺」? 血迷ったか中外日報②

サナトロジー(デス・スタディ)の研究の端緒となった一つが、朝鮮戦争やベトナム戦争の帰還兵の精神病理の研究であった。
米軍の帰還兵だけの問題だけではない。自衛隊員の自死率、PKO派遣隊員の自死率の高さは異状である。

これは昔から言われてきたことだが、中外日報の社説子は読んでもいなかったのだろう。知らなかったのだろう。

「人を殺すのは刃だけではない」

他者や環境からくる凄まじいまでのストレスは人をも殺すのだ。
そこで死ぬのも生き残るのも、当事者の意思力や健康、助け手の存在なんかではない。
たまたまなのである。
人が戦場に行って死ぬのも生き残るのも自分でさえ充分には決定できないのと類比できる。
しかも戦場の場合、生き残って帰国しても安泰ではない。
多くの元兵士の精神を蝕み、自死に至らせるケースも少なくない。

いじめは子どもの世界だけではなく、およそ人間が集まるところに発生する。
これも病理である。
いじめられ自死する者だけではなくいじめるのも病理である。

人間はそもそもそんなに強くできていない。
自然災害にも事故にも、病気にも、人間関係にも、与えられた環境にも、そんなにふてぶてしくは生きていられない。
それに宗教が打ち克つこともない。
自然災害、事故、病気による死と人間関係、社会、環境、精神病理がもたらす死を区別することはない。
死はどんなものでも苛烈なのだ。
そして常に精神的、距離的に遠いものにとっては何事でもない酷薄なものである。

自死について精神病理の研究者は、「その7~8割は自分で死を選択していない」と言う。
いくら研究が進んでも個々の自死の決定的分析は不可能であるから数値はあげないが、多くの場合、自ら死を自己決定していないし、自己決定しているように見えたり、書き残されたとしてもそこにどれだけの自己決定能力があったか疑わしい。
とするならば「自殺」ほど無責任な価値観からくる言葉ではないか。
自死は自分を殺めたのではなく、他の要因(個々によって異なる)によって「殺された」事例が多くあるのではないか。
それを他人が直接手を下していないという理由だけで「自殺」というのは安易すぎないか。
そして中外日報の社説子のように高見から論断するバカまで現れる始末だ。

「自死」への偏見はどこかに自死者への犯罪人に見立てるところから出ている。
死というのは固有のもので、死者といえども尊厳をおかされていいわけがない。
「自殺美化」よりも問題なのは、中外日報社説子のような安易な生命観がはびこっていることである。
死者に同情なんて不要である。同情は関係ない他者が一瞬「かわいそう」と言うだけの話である。
人間の弱さ、わからなさ、固有の事情に知らないふりをしているから「自死と言い換える」のは「自殺という行為を美化する危険性をはらむ」などと臆面もなく言えるのだ。
こんな安直な生命観が宗教的価値観とするならば、それをもたらす宗教もなんとも安直だとしか言いようがない。
筆者は道元の言を引用しているが、引用された道元は嗤っていることだろう。

こうした社説を許した中外日報は、自死者の尊厳を貶めることだとして、すぐさまの自己批判をすべきである。
わからないことはわかったような顔をして語ることではなく、しばし沈黙することである。

 

「自死」ではなく「自殺」? 血迷ったか中外日報①

仏教界のオピニオン紙「中外日報」2016年9月30日号の社説「自殺美化の危険」は、自死に対する偏見を助長するもの以外のなにものでもない。
http://www.chugainippoh.co.jp/editorial/2016/0930.html

新聞などでは近年、自殺といわずに「自死」と言い換える傾向が見られる。刺激的に響く語を避けて穏やかな表現に修正することはよくある。本紙では自殺と自死を併用するが、「自死」と表記する場合、残された「自死遺族」の立場・人権を特に配慮している。

そのことも踏まえ、あえて指摘したい。「死」と「殺」は違う。「死」は自動詞だが、「殺」は他動詞である。病気や事故による死は病死、事故死といわれ「殺」は用いない。つまり「殺」は誰かの殺意と行為がもたらす死である。

すると自殺はやはり自「殺」であって、自「死」ではない。もともと生きとし生けるものは必ず死を迎える。生にとって死は当然であり自然ですらある。死とは、はじめから生に含まれる。人間の思うままにならない、頭を垂れるほかない厳粛な定めの現実化である。(略)

生と死は対立概念、あるいは矛盾概念とさえ考えられているが、実は死は生の否定ではない。本来は生き了えること、生の完了である。それに対し「殺」は生の中断で、まだ完了しない生の破壊である。一切の事物の存在には必ず始まりと終焉がある。しかし終焉と破壊は同じではない。要するに生の否定は「死」ではなくて「殺」なのだ。

人がいつか死ぬのは致し方ないが、殺人はそうではない。罰しようがないから自殺罪はあり得ないが、自殺幇助は犯罪になる。私のいのちは私のものだから、どう扱おうと私の勝手だ、という人がいるが、とんでもない心得違いである。そもそも生命があって私があるので、反対ではない。生命は私が手に入れたり、自分で作ったりしたものとは違って、自分の所有物ではないから、自分勝手に処分してよいものではない。

「自死」とは「自分で死ぬこと」「みずから死を選ぶこと」という意味であるようだ。誰でも自殺を考えたこと、もう死んでしまいたいと思ったことがあるだろうし、自殺には他人には窺い知れない苦悩、同情すべき事情があるのだろう。しかし、死は来るもので、招くものではない。自分勝手に選んではいけない選択肢である。

「殺」と「死」は全く別物だ。親しい人の自殺を「自死」と考えたい心情は理解しなければならないが、それはやはり言葉の誤用であり、自殺という行為を美化する危険性もはらむのである。

まずこの社説の目線が問題である。これを「上から目線」と言わずして何だろう。
これは80~90年代の文かと思わず疑ってしまう。
80~90年代には文芸春秋を始めマスコミが大量の文化人を動員して「せっかくのいのちを中断してはならない。生きる価値がある」とばかりに自殺防止キャンペーンをはったものである。
問題は「自殺者」の「生への意思が欠けている」ことにあるとの論理であった。

近年、「いじめによる自殺」「パワハラによる自殺」等々が報じられており、学校や企業が告発されているが、この社説の論理に従うならば、こうした自死者も(他人には窺い知れない苦悩、同情すべき事情があるのだろう、とは言いながら)また自らを殺した者であり、死んで罰しようがないだけの話になる。

かつてキリスト教の牧師や仏教の僧侶の中には自死者の葬儀を断ったり、葬儀をするのでも、その中で「自分のいのちであっても授かった尊いいのちなのだから、自分だけのいのちではない。自分のいのちを殺めてはならない」と説教し、自死者を断罪した例が少なくなかった。
中外日報が仏教のオピニオン紙であるならば、こうした自死者への宗教界の過ちを自己批判すべきなのであって、今さら自死者を犯罪者扱いする論理を展開することではないだろう。

私は今も抗うつ剤を処方してもらっているうつ患者であるが、その酷い時は視野が極度に狭窄し、自己判断することは全くできず、生きることの展望がまったく途絶える状況に陥ったことがある。そこで死に至らなかったのは意思による克服でもなく、他人のアドバイスでもなく、単なる偶然でしかない。その瞬間に電車が入ってきたら線路に転落していても全く不思議ではなかった。常に死を窺っていたし、それ以外の選択肢はなかった。

もとより人がうつに陥るのは固有の問題である。それぞれの健康、経済、人間関係、あるいはそれが錯綜している場合も少なくないだろう。
だがずいぶんと時間が経過し、今では「今危ないな」と自覚できるようになったが、それでも自分がうつになった原因を分析することは困難だ。おそらく精神的疾患はそう論理的に説明できないのだろう。
だが、極度に酷いうつを体験した者としては、そこでは判断力も意思力も一切が失われるということはよくわかる。
だから、少し回復した時に人によく言ったものである。
「がんで死ぬ者がいるように、うつで死ぬ者もいるのだ」と。

(この項続く)

2016年10月 6日 (木)

ご心配に感謝

先回の休刊、事務所閉鎖のご報告に対して、多くの方々からご心配のメールやお電話をいただきました。
ありがとうございます。

ご心配いただいている「からだ」については元気にしております。
(相変わらずの薬漬けではありますが)

先日、ご迷惑をおかけした印刷会社にお詫びにうかがいました。
事務所創設以来、変わることなくお世話になった会社です。
歴代3人の担当者にお世話になりました。
印刷経費のもっと安い会社はあったでしょうが、雑誌というのは印刷との深い連携が必要です。
担当者のこれまでの尽力に感謝し、最後にご迷惑をおかけし慚愧の限りです。

雑誌の果たしていた役割は今後どのように担われるのか、というご心配を特に研究者の方からいただきました。
私にはもうできません。
但し、儲かる仕事ではないので、雑誌という形態にこだわらず、志ある人々からの寄金で基金をつくり、若手の人たち中心にやっていただくことを頭に描いています。
いずれその橋渡しができればいいな、と考えています。

企業である以上、破綻しては「失敗」の烙印を押されても抗弁しようがありません。
だが、この間、破綻を先延ばしながら、情報発信し続けた意味はあると考えています。
少なくとも私は情報発信を限界まで続ける選択をしました。
そしてどうしようもなくなり、破綻するに至りました。

「儲ける話」は掲載してきませんでしたが、今どういう状況にあり、どういう問題を抱えているのか、については、皆さんの判断資料となるものについては、客観的な情報を提供し続けたと多少は自負しています。
儲けることが不得意な人間が儲け話をすること自体が悲喜劇なので避けましたが、というより私には見えませんでしたので取り組むことができませんでした。
長期的に考えるならば今葬送業界で必要なのは消費者からのイメージを変える倫理宣言であろうし、そのためにはいくばくかのことができたであろうと思います。
次代を担ってくれるであろう人たちもたくさん輩出しているので、私は希望をもって次代に委ねることができます。

若い人たちが心配して発言の場を提供してくれるよう動いているので、少しづつ発言を継続していきたいと思っています。
皆さんの動向はフェイスブックでは見させていただきますが、自らはむしろこのブログで地道に発言していきたいと思っています。
会社のホームページは今のところ、少なくとも年内は見られる状態にありますので、過去の私の発言は参照いただけます。

事務所は閉鎖し、駐車場も返却しましたが、まだ残務整理が続いています。
最後まで責任をもって撤退戦をやる覚悟でいます。
会社を終わらせることが、かくも多くの方々にご迷惑をおかけし、精神的のみならずあらゆる力を削いでいくものかを実感しています。
すべての方々にお返事しかねますので、ここで謝意を表させていただきます。

私の身の振り方は未明です。
私自身がまったく見えません。
継続を必要とされる仕事は継続したいと思っていますが、皆さんの意思次第です。
でも年齢も考え合わせれば困難と判断されることも当然でしょう。
逆風も吹き荒れています。
今やるべきことを私としてはやるだけです。
いかなる状況でも「表現者」であり続けたい、もちろん知力、精神力、体力がある限りですが。
このことはブログを見て心配してくれた旧友に念を押されました。

新聞報道によると「老齢」の時期と考えられているのは70歳が最も多いとのこと。
その老いにどう寄り添っていくのかも極めて個人的ながら大きな課題です。
自信をもって今後も「やれる」とは断言できません。

まずは取り急ぎのお礼まで

2016年10月 2日 (日)

雑誌『SOGI』休刊のお知らせ

本年1月4日以降の更新になります。
重要な告知をさせていただきます。

2016(平成28)年9月28日をもちまして
雑誌『SOGI』の休刊と㈱表現文化社の閉鎖
を告知させていただきます。

雑誌『SOGI』の創刊は1991(平成3)年1月。
以来四半世紀、年6回刊行してまいりました。

2016(平成28)年8月刊行の通巻154・155合併号(特集「葬送の原点と歴史」)
が最終号となりました。

死と葬送をテーマに、多くの方々のご協力により、刊行を続けてまいりました。
儲け話とは無縁の地味な雑誌が四半世紀継続できたことに深く感謝します。
また、継続を期待された方々にご迷惑をかける結果となりましたことに謹んでお詫び申し上げます。
いちばん支えてくださった方々に最もご迷惑をかける結果に忸怩たるものがあります。

追って敗因の分析は当ブログでもしてまいるつもりです。

零細出版社としては巨額な5千万円超の債務超過に耐えられなくなりました。
12年前に編集の自立性確保のために実質債務4千万円を抱え込むという無茶を行い、読者の方々の支持に頼り、さまざまな経費削減策を取りながら、刊行を継続してまいりました。
しかし、小生の精神力、知力、体力の減退もあり、維持の限界となり、破綻しました。

営業、広告宣伝力をないがしろにした、編集中心主義がここにきて破綻したと言えます。
雑誌の情報のクオリティと広告料の確保、購読者の増加はまったく比例しないという冷酷な現実の前に敗退しました。
拙い経営が招いたことであり、私にすべての責任があります。お詫び申し上げます。

私が執筆し、当社が編集を行ってまいりました
『葬儀概論』『解題 葬儀概論』『葬祭ディレクター技能審査模擬問題集』
は、従前どおり葬祭ディレクター技能審査協会にてお求めできます。

多くの方々にご迷惑をおかけしますことを改めてお詫び申し上げます。

25~26年間の歴史は小生が44歳から70歳8ヵ月の現在までにあたります。
この間、必死で模索し、思索し、雑誌のみならず多くの媒体で発言させていただいたことに対しては悔いはありません。
四半世紀これを可能とさせてくださった方々には心から感謝しております。
とりわけ雑誌の購読ということで支え続けてくださった方々に深く感謝します。

事業をやめる、閉鎖するということは、財務資料の細部までの整理、膨大な本、資料の整理、移管、廃棄等々約1カ月はまったく他の作業ができないまで忙殺され、肉体労働を強いられました。
しかし自ら招いたことであり、最後まで完遂すべく撤退戦を戦ってきました。
深い敗北感とともに、今ほとんどを終え(最終的に処理が完了するのは約半年後と思われます)、皆さまにご通知できるまでになりました。
微妙な問題であり、皆さまへの連絡をここまで、破綻するまでお知らせできなかったことをお詫びいたします。

雑誌というのは総合力であり、取材に協力してくださった方々、寄稿してくださった方々、広告を出稿してくださった方々、取材スタッフ、カメラマン、デザイナー、編集スタッフの献身的なご協力なしにはできないものです。
こうした多くの関係者に深く謝意を表します。

私個人としては残務整理、この間放置していた原稿執筆と当面は忙殺される見込みです。
一段落しましたら、もう一度この間を整理します。
まだ温泉等で保養する日は来ませんし、その費用もありません。

すっからかんに70歳8ヵ月にしてなりましたが、かつてのように無茶に大量の原稿を書くということは無理にしろ、一個人になって死と葬送のテーマについて少しずつ書く仕事をしていくつもりです。
私ができる仕事であれば何なりとお問い合わせください。
雑誌、事務所は閉鎖しましたが、表現者(創刊時は「表現社」という社名でした)としてはしばらく継続していければいいし、その責任はある、と思っています。

関係してきた仕事にご迷惑をかけることはいたしません。事務所が発行していた書籍その他は無理ですが、個人としてお引き受けした原稿、講演等はきちんと行います。

事務所を閉鎖しましたので事務所の電話、ファックスは使用できません。
郵送物は2017年の9月25日までの1年間は転送され、私に届きます。
これまで私が利用していた携帯、メール(非公開)は引き続き利用できます。

ご連絡はこのブログまで(公開前に私のところに届きますので、公開できない連絡にも利用できます)または下記のメールアドレスまでお願いいたします。

orange46@mbn.nifty.com

以上、長い報告をお詫びと感謝をもって行わせていただきます。

碑文谷 創

追記
先ほどまで記載したメールアドレスに誤りがありました。
一度お送りいただいた方は申し訳ございませんが、再度お送りください。

 

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