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2016年12月 6日 (火)

書評再録『夫の死に救われる妻たち』

ジェニファー・エリクソン、クリス・マゴニーグル(木村博江=訳)

夫の死に救われる妻たち(飛鳥新社)

フロイトが「喪とメランコリー」を著したのは1917年。
だが、死についての、しかも死別の悲嘆(グリーフ)についての研究(サナトロジー)、が本格化したのは朝鮮戦争後、日本では
85年前後からであった。

しかし、遺された家族が喪に服すことが当然とされたのは古代にまでさかのぼる。
特に夫と死別した妻が「未亡人」と言われ、悲しみ、慎まねばならないとされたのは古くから世界的に共通した慣習・規制であった。


米国では死別体験者の自助(分かち合い)の会が活発である。
当事者にしかわからない死別の悲嘆(グリーフ)を、死別者という共通の土俵にある者が、率直にその悲しみを述べ、聴きあう場がグリーフワーク(喪の仕事、悲しむ作業)に有効だといわれている。

しかし、同じ死別者でも、病気による死、突然の事故や災害での死、子どもの死、自死による死では異なる。
最近では死別の種類によりグループを分ける傾向にある。悲嘆比べが行われ、会に出席することで、より傷つく事例もあるからだ。

ジェニファーは初婚相手と死別し、自助会に参加し、悲嘆心理カウンセラーとして参加していたクリスと出遭う。二人の出会いのきっかけだ。

ジェニファーは夫婦生活が破綻し、離婚を弁護士に相談すると告げた翌日に、夫を交通事故でなくし、悲嘆ではなく「心からの解放感を感じた」とカミングアウトした。

死を悲嘆と見るのが当然視されるのに、死を悼まない例外的存在であったのはクリスも同様だった。死別で解放感、幸福感等を感じた人は後ろめたい感情に責められる。

死別が悲嘆をもたらすのは、生前の死者とのそれぞれの関係による。
感情は関係いかんにより変わる多様で個別、固有のもの、という当然のことがタブー視されている。死の認識も個別である。

「人間らしさ」とは、その固有の自然な感情を自然だと認めること、というのが二人の主張。
40の実例が死と喪の多様性、固有性を雄弁に語る。

(2010年10月共同通信より配信)

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