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2017年2月25日 (土)

現代の死―死に対する自由意思の限界(上)

現代の死
死に対する自由意思の限界(上)

死について「本人の自由意思」がキーワードになっている。
この問題については数回取り上げているが、キリスト教関係の雑誌で私が大学院時代から書かせていただいた『福音と世界』2015年3月号に書かせていただいた論稿を掲載する。

※内容は近年書いたものと重複することがあることをお断りしておく。


はじめに―個人的なこと


最初に個人的なことを書く。

筆者の姉は、13年6月に大腸がんでステージⅣであることを医師から宣告され、11か月後の翌年4月、72歳で死亡した。

本人は若い時に、長男がまだ幼い時に、2度のがんを体験している。
2度目の時は本人も家族も強い危機感を抱いていた。
しかし幸いなことに快癒した。快癒したとはいえ、しばらく定期的に抗がん剤を打つために通院していた。
その抗がん剤投与は本人にとって苦痛なものであった。
投与した日とその翌日は寝ている以外は何もできなかった。

その抗がん剤投与の苦しさを知っていたこと、また既にリンパ腺や肝臓に転移していて手術でがんを除去できる段階ではなかったこともある。
本人は傷みの除去以外の治療をしない、つまり無治療を選択し、私を含め家族も同意した。

本人は近く、といっても車で2時間以上かかる地にある緩和ケア病棟があることを探し、見学もし、気に入り、一時は入院もした。
しかし、最期は家の近所の病院に入った。
治療のためというより、日常動作が介助なしには家ではできなかったからである。また、近所の病院であれば働いている息子も毎日来ることができる。そのことが選択のキーとなった。

無治療という選択を否定するのではない。
おそらく私も同じ病状であれば同じ選択をしたであろう。
だが家族は少し楽観視するものである。
5年はともかく3年、いや2年は生きてくれるだろう、と期待していた。

だが、現実は家族の想いよりもはるかに速く進行した。
11か月後の最期の、痩せて骨と皮だけになり昏睡を繰り返す様子は見ていて耐え難いものがあった。
それを「本人の選択」という言葉では納得できるものではなかった。


どの選択がいいわけではない。
おそらくあの段階で「治療」を選択すれば、治療で本人を傷ませ、さらに後悔したであろう。だから選択を後悔するものではない。

そもそもどういう生き方、死に方だったら尊厳があるか、などという問いは不毛である。
すべてが尊厳あるし、どのような場合でも尊厳あるものとして接するべきなのだと思う。

告知以降、きょうだい3人で繰り返し話し合ったことは、自分たちを納得させるためのことだけであった。

いずれ皆死ぬのだから、先か後かの違いにすぎない。私たちの関係は変わらない。

かし、姉の死から9か月を経た今も、姉の死に納得していない自分がいる。

 

 

■「終活」という用語とその背景

「終活」という用語は、学生の「就職活動」を「就活」ということにもじっての造語である。
「終末活動」の略ではない。言うならば「(自分や家族の)終末期や死後に備えるための準備活動」ということである。

「死」については、80年代まではタブー意識が強く、そのため「縁起が悪い」と話題にすることが避けられたものである。

しかし、避けていたのは「社会」であり、人々の中ではしたたかなリアルな死生観が生きていたことを示したのが
94年の永六輔『大往生』(岩波新書)である。
以降「茶の間でお葬式が話題」になるようになった。

他方、単独世帯が増加するにつれ、死後数日経過後、中には1カ月を経過して発見される単独死が増加している。
これが初めて取り上げられたのは6千人を超える死亡者が出た
95年の阪神・淡路大震災後の仮設住宅で、一人暮らしの単独死が続けて発生したことによる。

老後、終末期、死後に関する問題は、もはやタブーとして放置できない現実問題となっている。

キリスト教会で問題にされるようになったのは久しい。
教会員の高齢化が著しく、すでに現場の牧師は高齢単独者の増加、介護や看取り手の不在という事態に対応を余儀なくされており、複数の法定後見人を務めて対応に追われているケースも少なくない。


「高齢化率」というのがある。
56年の国連の報告書でつくられたものだが、65歳以上人口が全人口に占める割合を言う。
7~
14%を「高齢化社会」とし、1421%を「高齢社会」とし、21%超を「超高齢社会」としている(なお、高齢化率が50%を超えた地域を「限界集落」と言い、地方での増加が著しい)。

 


日本社会の高齢化率は、高度経済成長下の
70年に7%を超えて「高齢化社会」となり、95年には14%を超えて「高齢化」の「化」が取れて「高齢社会」となり、07年には21%を超えて「超高齢社会」となっている。

世間やマスコミでは依然として「高齢化社会」と表現しているが、現実ははるかに先を行っている。
同時に「高齢化」が著しく伸長している様を表現しているのであろう。
13年、日本の高齢化率はすでに25%を超えた。

「終活」という用語は、09年に『週刊朝日』が連載記事に名付けたことから始まる。
11年8月の経産省「ライフエンディング・ステージ」に関する報告書が出たことを契機に、「公が認定した領域」ということで、それまでの葬送関連に加えて行政書士、税理士、保険関係業者等が一挙に群がり、流行語とした。
老後、死後への不安感を抱く層を煽って「終活ブーム」がつくりだされた(だから報告書作成に深く関与した私に責任の一部はある)。

もとより事業者が煽ったからといって即「ブーム」が引き起こされるわけではない。
この背景には、毎年250万人が誕生したという団塊世代がすべて65歳以上の前期高齢者の仲間入りしたことがある。


もともと『文藝春秋』を代表とする雑誌の主たる読者は団塊世代がその中心を占め続けてきた。
この塊が仕事から退き、いざ自分たちの「老後設計」の問題に取り掛かった。
この時点に合わせてマスコミが仕掛け、それに塊としての層が乗ることで「終活ブーム」なるものが現れた。

 

■「デス・スタディ」と現代の死の問題


「デス・スタディ(死学death study、元はthanatology。アルフォンス・デーケンがこれを「死生学」と訳した)」が大きな課題となったのは、最初は米国で、直接的には朝鮮戦争からの帰還兵が、前線で殺傷や仲間の死を体験し、精神的疾患を抱えることが多かったことによる。
すでにドイツの精神分析者のフロイトが対象喪失に伴う悲嘆については扱っていた。


日本へは70年代にすでに紹介されていたが、関心が広く展開したのは80年代の中期以降である。
キューブラー・ロスが紹介され、A・デーケンが精力的な活動を展開し、ホスピスが紹介されたことによる。

終末期医療における延命至上主義の見直しによるクオリティ・オブ・ライフ(生活の質の向上)、インフォームド・コンセント(説明と同意に基づく医療の提供)が広く話題を呼ぶようになり、医療の現場を変えた。

デーケンらの「生と死を考える会」の各地での活動により死別悲嘆の問題について、死別体験者同士による対話と共感の必要性が説かれ、さまざまな形で自死遺族、子を喪った親の問題が共有されるようになった。


95
年の阪神・淡路大震災、11年の東日本大震災では、突然の大量災害死、遺体の取り扱い、遺族の悲嘆が広く問われた。


「自死」についてもこの間広く取り上げられた。
かつての「自分の意思で自分を殺す」という「自殺」観が見直され、さまざまな固有の理由が重なった精神的疾患によりもたらされた自由意思によらない死がその多くを占めていることが注目を浴びている。
教会も寺もかつては「自死者」に対して「殺人者」呼ばわりし、葬儀の席で非難、葬儀拒否という行動を取った事例が一部にはあった。


10
年にはNHKTVが「無縁社会」を報じ、引き取り手のいない遺体が年間約3万2千体ある事実を報道した。
その多くの近親者は甥、姪の関係にある者が多く、血縁的には最も身近であっても生前の関係はなく戸惑う声が聞かれた。
少子化、離婚率の上昇、生涯未婚率の急激な上昇、家族分散化による単独世帯の増加、その孤立化を生んでいる。


日本の戦後の高度経済成長は豊かさももたらしたが、急激な地方から都市への人口移動により、地域共同体の崩壊を招き、個人化が進み、過剰に「自己責任」論が言われるようになった。


戦前の昭和初期には、80歳以上での死者は全死亡者のわずか3~5%程度であり、その死とそれに続く葬式は、長寿にあやかろうとする祝いの雰囲気すら漂うものであった。
それが高齢化の著しい伸長により、全死亡者の約6割が80歳以上の死亡者で占められるようになった。
その死は私事化され、葬式をしない直葬は全体の1割、東京では2割を超え、近親者のみで行う葬式である家族葬は全体の4割、東京では6割を超えるようになった。


高度経済成長期の葬式の社会儀礼偏重への反感が招いたとはいえ、死の極端な私事化は、死者を知る者の弔う想いを拒絶し、排除するかのようになっている。
また死者に接する機会の急激な喪失は、死および死者への接し方、弔い方がわからない人たちが多数を占めるようになった。
死は近親者にとまどいだけをもたらし、その悲嘆の表明の仕方を奪い、安く事業者に依頼するだけのものになった感がある。


葬儀は規模を別にして、近親者のみの親密な別れの場であることと死体を単に処理するがごとき場とに大きく分裂してある。


遺体はエンバーミングするのでなければ腐敗していくという認識すら欠いた人たちは驚くほど多い。


墓の世界も大きく変動している。

明治末期以降、明治民法の家(イエ)を単位とし、当時コレラの大流行により火葬化を進めることで成立した家墓制度。
高度経済成長期に都市周辺での核家族用の墓ブームを招いた。
だが、90年代以降は、承継者がいない、いても依拠しない人の増加で多様化が進んだ。

承継者不要の永代供養墓(合葬墓)、散骨(自然葬。遺骨を細かく砕き墓地以外の海等に撒く)、樹木葬(墓地である森林等に墓石等の人工物を設けずに遺骨を埋蔵)の認知が広がり、今や墓を求める層の3分の1がこうした新しい葬り形態を選択するまでになった。


日本社会は、91年のバブル景気の崩壊、08年のリーマンショックを契機として著しい格差社会となった。
これが高齢化に与えた影響は大きい。


80
歳以上の高齢者の増大は認知症患者の増大を招く。
病院の治療病棟の廃止は高齢者の病院からの追い出しを招き、一方で受け皿を期待された高齢者施設を増加させる動きは追いついていない。


「最期は家で」という高齢者の欲求は高いものの、家族の縮小化に伴い、介護要員がいない。
こうした高齢者の単独世帯、二人世帯での老老介護は多い。

政府は高齢者医療費、介護費用の削減を目的として「在宅ケア」へ舵をきった。
だが、「在宅ケア」を可能とする地域医療・介護態勢はまだまだ整備が行き届いていない。
自宅に放置された高齢者難民を大量に生んでいる。
「家で看取る」ことは理想ではあるが、それが一部のモデルケースを除けば現実からほど遠い現実である。


家庭内に閉じ込められて外部には見えないが、すでに大量の高齢者難民がいる。

こうした現実がある以上、死後に営まれる葬式が限りなく「死体処理」に傾いている現実も無理からぬことであると思う。


生者の尊厳も守れないで、死者の尊厳を守ることは不可能である。

 

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