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2017年6月 8日 (木)

認知症―報道に学ぶ

私の母は4年前99歳の1ヶ月前にして死亡。
10年以上認知症であった。

母は最初の頃こそ私を息子と認識していたが、そのうち「息子」とは私が小学生時代のことを言い、目の前にいる私を「親しい人間」とはわかっていたが息子とは認識しなかった。

全ての記憶がなくなったわけではない。
フィリピン戦線でどういう経緯で死亡したかも不明なままに弟の「遺骨」なるものが戦死公告と共に送られてきて、開けてみたら石が1個だけだったことは、最期まで憤怒と共に繰り返し語っていた。

父が87歳で死亡した時、2歳下の母は既に認知症だったからその歴は15年を超える。
父は本人の強い希望で在宅で死んだ。
それを可能にしたのは父の想いを理解してくれた主治医が丁寧に訪問治療をしてくれたことによる。

父が「今晩が峠」と医師に言われた晩、そのことを母に告げなかったのだが、母は本能的に危機を感じたのだろう。
母はその晩、寝間着に着替えず、父に寄り添った。
父が死亡したのは、翌朝、医師が訪問してくれた前であった。
母はとりわけ取り乱すわけではなく、その後、たんたんと父の葬儀に子の言うがままに従って動いた。

姉のちょっと気をゆるした間に家(母が女学校時代に住み、いまだに「母」(私の祖母で、私が4歳の頃既に死亡)がいると思っている昔の仙台の実家)に「帰ろう」とし、外に出て、転んでも前に這いながら進んだ、ということもある。
その時は鬼気迫るものがあったが、温和な状態も多かった。
特に食事の席は楽し気であった。

世話をした姉は、介護に行き詰まり、母をショートステイに預け、空いていたツアーに申し込み、急にエジプトに行ったりした。
ショートステイはありがたかった。

結果的に姉の介護後の時間はほぼなかった。
母を見送り10ヵ月後に姉がステージⅣのがんと診断され、11ヵ月後に72歳の生涯を終えたからだ。
それを考えると、姉の急の単独のエジプト旅行を可能としたショートステイの仕組みはありがたかった。


朝日新聞アピタルで精神科医の松本一生さんによれば
http://www.asahi.com/articles/SDI201705316812.html?iref=comtop_list_api_f01
松本さんらが「認知症は誰もがなる可能性がある病気。怖がることなく早期発見、早期治療・対応に努めましょう」と言い続けてきました。」
のが2004年のことだからまだ12年くらいの歴史にすぎない。

松本さんは言う。
認知症を早期に発見することができたとしても、診断だけでその後のサポートがなければ、患者さんは「早期絶望」せざるを得ないこともあるのです。当時は今とは異なり、専門医療機関でも本人や家族の支援をしているところは限られていました。そのためにこのような残念な展開(専門医とかかりつけ医の軋轢。専門医の診断後の態度が原因で、患者さんが絶望し、症状が急激に悪化したことがあったため、かかりつけ医は「専門医には紹介しない)になったのでしょう。

 自戒の念も込めて思います。専門医は診断するだけでなく、本人には自尊感情を傷つけずに通院してもらい、家族とは積極的にケアや福祉対策について話ができるようにしなければならないのです。

今朝の朝日の朝刊
(インタビュー)認知症、家族と社会と 「認知症の人と家族の会」代表理事・高見国生さん
http://www.asahi.com/articles/DA3S12977543.html?iref=comtop_list_ren_n05
はさまざまなことを教えてくれる。

もしこの人がいなかったら、認知症に対する社会の関心はもっと低かったのではないか。
と記者(編集委員・村山正司)は語る。

高見さんの発言は示唆に富んでいる。

認知症の本人の話が、思った以上にメディアのスポットライトを浴びましたな。認知症になっても普通に生きられる。そういう明るいトーンの報道が多かった。ただ、認知症になって苦しんでいる人や、介護で苦労している人のことも忘れたらあかん」

 「そのころは役場に相談に行っても、
認知症は対象外やと言われた。要望書では患者への定期的な訪問、援助のほか、通所サービスや短期入所をさせてくれと言うたんです。今のホームヘルパー、デイサービス、ショートステイですわ。『在宅福祉の3本柱』として厚生省が政策にしたんは89年のゴールドプラン(高齢者保健福祉推進10カ年戦略)でしたな」
会を結成した37年前当時のことだ。私たち家族もこの恩恵を受けた。

 「国には要望するんやけど、政党は一切回らなかった。国政選挙で推薦してくれんかという話があった時も断りました。特定の政党を応援したら会がまとまらない。本当に認知症の人と家族の利益だけを物差しにしようと意識していましたね」
何か動かすにはすぐ政治に結びつきがちだが、この姿勢はまっっとうだ。

「介護保険で家族の生活は変わったか」という質問に対し
 「そりゃ雲泥の差です。会員にアンケートを取ると、デイサービスやショートステイに行ってくれることで『自分の時間ができた』とか『外出できるようになった』という回答が増えた。ただ変わらないのは、気持ちのしんどさ。認知症の人の介護は毎日が新しい出来事の連続で、気が休まらない」
介護保険に対し「利用しない者には取られるだけで恩典がない」といらだつ声もあるが、また不充分さを嘆く声は聞くが、以前と以後ではまったく異なる。

「このところ国は、すごく自助を強調するけど、僕はお上が言う話やないと思う。あんたらは公助だけ一生懸命やってくれたらええ。自助は住民が勝手にやるんです。家族の会はほんまに自助ですよ。」
まさにその通り。公が「自助」を言うのは筋違い。本人、介護者はいやでも自助せざるを得ない。
不足を補い、介護者の疲弊を防ぐのは「公助」の責任であり義務だ。
国の「上から目線」はいつになったら直るのか。

「つどいで大事にしているんは、初めて来た人にしゃべってもらうこと。どこの支部の者も言うんは、初めて来はった人は悲愴(ひそう)な顔してね、泣きながら介護の話をするけども、帰る時には笑顔になって帰っていきはる。初めての人の悩みには、同じような経験をした会員が必ずいて、自分はどうしたか話すんです。独りぼっちでないと分かってもらうことで元気になる。」
これに対し、聞き手は「そのやりとりはかなり高度な技術ではないか」と問うのだが、この回答が秀逸である。

「カウンセリングの専門家ではないし、そんなん全然違うわけです。でも、自分のこととして分かるから、共感が生まれる。人間てね、親が徘徊(はいかい)して困ってると言う時は泣くけども、人が自分とおんなしことを話すと笑うんですよ。なんかあれ不思議やね。悲しくてつらい話やのに、ああ、あの人も一緒かとなると笑う」
この回答を引き出すために記者はインタビューをしたのではないか、と思ってしまう。
卑近過ぎる例を挙げると、私は30~40代にひっきりなしにぎっくり腰になった。
そりゃ辛い。
エレベータを降りるのにも、柔道の受け身をしながら転んで降りるほど。
その経験があるから、ぎっくり腰にあった人間には面と向かって嗤うことにしていた。
これは私なりの精一杯の思いやりという奴だ。
ぎっくり腰は辛い、痛いといっても一時的なもの、比べるものではないが雰囲気はわかる。

「カウンセリングの専門家」といえども自分が体験していないことについては「頭」だけの理解。
「聴く」ことを心理学用語で「傾聴」なんて言っているが、私は偏見があって嘘臭さを感じている。
当事者に「傾聴」なんて言葉を吐こうものなら、「こいつは所詮他人」と拒否されるのがおちだ。
「傾聴」を企業でも使用しているが、嘘臭い。
こんな嘘臭い言葉をなぜ追放しないのだろう、と思う。
いわゆる「いい人」がこの言葉を熱心に語ると無残に感じる私がいる。
私は「傾聴嫌い」を広言している。

「もし仮に僕らが出した政策要望が100%実現しても、家族が
認知症になって変わっていく姿を見る悲しさやつらさはなくならへんのやと。そういう感情は、制度ではなくて個人のつながりの中で癒やされるんやから、政策より支援のほうが大事やと思っていました」
この人は現実にきちんと向き合っている、と感じるのはこのスタンスだ。

最後の言葉は、あたりまえのことだが胸に響く。
「ただね、認知症は老化に伴って増えるんですから、必死に治そうとか、防ごうとか思わなくてもいいように思うんですよ。薄毛だって認知症だって、老化の一つと思えば一緒やないですか。もっとも、薄毛でも生活の支障はない。そやけど認知症は生活に支障が出るから、支えないかんという話が出てくる。この違いだけで、みんな薄毛だからいうて死のうとか思わへんでしょ。そういうふうに考えるべきちゃうかな」

書き手として思うのは、取材でここまで絞った言葉を限られた紙面で表現した記者に敬意を表したい。
簡単にできた記事ではない。

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