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2018年7月11日 (水)

死亡の場所の変化と遺体の取り扱いの変化

このところ「遺体管理」の問題について考察している。

流れとしては

 

死後、人間の身体はどう変容するのか?―死体現象

 http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2017/09/post-b3b3.html

 

遺体は公衆衛生上安全か?

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/07/post-5f6c.html

 

に続くものである。

今回書くものを含め、概要は以下に書いている。

 

死者・遺体の尊厳を守るー葬祭サービスとは何か?②

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/03/post-963f.html



死亡の場所の変化と遺体の取り扱いの変化

 

死亡場所により、その直後の遺体処置に違いがある。

また、病院でも、見分けは困難だが、すべてが看護師によって行われているわけではない。
当然歴史的変化がここには反映されている。

 

①死亡の場所の統計的変化

 

死亡の場所は、人口動態調査によると戦後大きく変化した。


1951
(昭和26)年には、自宅が88.4%と圧倒的に多い。
病院は9.1%、診療所は2.6%、合わせても11.7%に過ぎない。

病院・診療所が2割を超えるのは経済成長が著しくなった1959(昭和34)年のことで、病院と診療所を合わせ20.6%。
この年に自宅は79.3%と減少。


戦後の経済成長と共に医療のインフラは整備され、それに比例して病院等の医療施設での死亡が増加する。
病院死が増加することで、地域共同体による遺体処置(湯灌等)は病院での看護師等による死後の処置に取って代わられることになる。


病院等の医療施設での死亡が半分を超すのは1977(昭和52)年のこと。
以降は病院死が増加して自宅死が減少するという傾向が顕著になる。
1999
(平成11)年には病院・診療所での死亡が合わせて80%を超え、自宅死は15%まで減少した。

老人施設での死亡が2%を超え2.1%となり注目されるようになったのが2004(平成16)年のことである。

2010(平成22)年には病院・診療所での死亡が合わせて80.3%、老人施設での死亡は3.5%と伸び、自宅死亡が12.6%。
最新の統計である2015(平成27)年には病院・診療所での死亡が76.6%、老人施設での死亡が6.3%、自宅死亡が12.7%となっている。

老人施設での死亡が増加した理由については、終末期を老人施設で暮らす高齢者が増加したことに加え、かつては老人施設で暮らす高齢者が危篤になると救急車を呼び入院させ、死亡すると病院死にカウントされていたのが、老人施設で看取ろうという機運が高まり、施設での看取りが増えたことによる。

 


②死後の処置の担い手

 

自宅死が多い時期、つまり高度経済成長期以前は、人の死は家族が担い、死亡後の葬送は地域共同体が中心になって担っていた。


自宅死が多かった時代


一般には家族が看取り、主治医が来訪し死亡判定し、家族が死水をとり、遺体を安置した枕元で僧侶が枕経をあげ、家族で夜を徹して看取った。

当日、多くは2日目、地域の一員が水に湯を加えて適温にしたお湯で死者の身体を洗い、死装束に着替えさせるという湯灌(ゆかん)という習俗があった。

これは場所、場所で異なるが、古くは僧侶が行った事例もあるが、家族または地域の一員によって行われた。
その実態もさまざまである。
担当となったものの恐怖心を和らげるため、事前に酒を供し、酔っぱらって行われたこともあれば、家族の手で丁寧に行われたこともある。
都市部ではこれを担う専門の人がいたこともある。
あまりにもさまざまで、こうだ、と定式化はできない。

2
日目、または3日目に僧侶の立ち会いの下に家族の手で納棺され、通夜し、3日目または4日目には自宅または寺で葬儀をして出棺し、火葬または墓地に埋葬(土葬)された。


火葬率の推移

 

火葬または埋葬(土葬)までを急いだのは、遺体の腐敗が進行し、死者の尊厳を侵すことへの恐怖からであった。


都市部では火葬が多かったが、郡部では土葬が多く、火葬率が日本の統計で6割を超えたのが戦後の1960(昭和35)年の63.1%。
以後全国で地方自治体単位での火葬場建設が進み火葬率が急伸した。

1975
(昭和50)年に86.5%、1985(昭和60)年に94.5%、1995(平成7)年に98.3%となり、2010(平成22)年には99.9%を記録。
2015
(平成27)年には統計上100%の99.99%となっており、世界一の火葬先進国である。
1970
年以降、かつては土葬が多かった欧米でも火葬が顕著に増加傾向にある。


地域共同体から葬祭事業者へ

 

日本の葬儀は、地方共同体が中心に営んでいた。
大都市では1877(明治10)年頃以降に、地方では戦後の1950(昭和25)年以降に葬具提供業者として葬祭業が始まる。

現在の葬祭事業者の創設時期の分布は、1955(昭和30)年以前が全体の約1割、全体の約4割が1955年以降1995(平成7)年以前、1995年以降現在までが全体の約5割となっている。

葬祭事業者は、出自がさまざまで、登録の要もなく、したがって標準化規制もないため、葬祭事業者の業態はさまざまである。

1996
(平成8)年以降、厚労相認定葬祭ディレクター技能審査が開始され、2016(平成28)年まで21回を重ね、215,489名、116,470名の合格者を出し、合格者総数が葬祭従事者の約3割に達したことで標準化はかなり進行している。
だが、この資格取得が葬祭従事あるいは営業条件とはされていない。


葬祭事業者が葬儀運営の中心になるのは地域によって異なるが197080年代といえる。
ここで運営主体が地域共同体から葬祭事業者に漸次移行が進んだ。

葬祭事業者の遺体の係わりも同一ではない


この時期が病院死亡の増加した時期に相応するため、遺体の処置は地域共同体の湯灌から病院等での死後の処置に移行し、葬祭事業者はそのはざまで遺体処置に係わることになった。

遺体を細かく観察して適切な処置に心を砕く葬祭事業者もいれば、ドライアイスの補充以外は遺体処置にほとんど関心を示さない葬祭事業者もいる。
現在でも葬祭事業者の遺体処置への取り組みに大きな温度差があるのはこうした背景による。
地域差だけではなく葬祭事業者間に取り組みに温度差がある。

※次回は病院での死後の処置の実態について書く。
病院関係者、葬祭担当者も自分の守備範囲の経験だけで、さまざまであること、その実態は意外と知られていない。
ましてや一般の人には知られていない。

ちゃんとした紹介文献もほとんどないので、詳しく書く。

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