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2018年9月に作成された記事

2018年9月28日 (金)

格差社会の葬送、寺院・教会

人口動態統計の最新の発表等があったため、それらの紹介を兼ねて、本日「も」長い。

 

■「人生90年時代」の到来と少子多死社会の伸び

 

平成29年(2017)簡易生命表によると、平均寿命(0歳児の平均余命)は、男性81.09年、女性87.14年と前年比0.1年伸びた。
1960
(昭和35)年が男性65.32年、女性70.19年であったから約60年間で1517年伸びたことになる。
より実感に近いのは寿命中位数である。
「寿命中位数」とは、「生命表上で、出生者のうちちょうど半数が生存すると期待される年数」のこと(それまで半数が死亡することと同義であるが)。
寿命中位数では、男性84.08年、女性90.03年となっている。
女性が90年を超え、「人生90年時代」の到来である。

でも、これを寿ぐ雰囲気ではない。

9
21日に97日付の「平成29年(2017)人口動態統計(確定数)の概況」が公表された。それによると、
出生数は前年より約31千人減少して946065人。
死亡数は前年より約3万3千人増加して134397人。
人口の自然減は拡大している。
※出生数が100万人を割ったのは2016年、死亡数が100万人を超えたのは2003年。出生数は19471952年まで200万人を超えていた。その世代がすべて65歳を超えた。

他方、まとまり調和した社会を謳った日本社会も1991年のバブル景気崩壊、2008年のリーマン・ショック(金融恐慌)を経て分断が進んでいる。
1970
年頃には高度経済成長を背景に内閣府の調査で自らを中流と意識する者が9割となり「1億総中流」と言われたが、今や「格差社会」である。

 

■「高齢者」の定義

 

実感として言うならば、別の言い方をすれば「私の個人的な体験に基づく極めて個人的な感想」であるが、60歳の定年は早い。

私は65歳を過ぎて、急に体力が落ちた。
あくまで「実感」にすぎないのだが、65歳定年が適切であろう。

だが、これも個体差が大きい。
65
歳を過ぎても元気に働ける人がいる。
意欲も高く保っている人がいる。
そういう人は積極的に用いないと資源の無駄遣いになる。

65
歳定年がうたわれているが、いまだに60歳定年が多く、後は65歳まで1年更新の再雇用制度が多い。
給料は2分の1
3分の2に減って。
同じ仕事をする能力があり、同じ仕事をしているならば、同じ給料払っていいではないか。

これまで一般的に「現役世代」より「高齢者世代」が相対的に裕福であった。
だが高齢者世代にも変化が見える。
大雑把に言えば4分の1が「貧困高齢者」である。

今は「高齢者」とは65歳以上を言うが、6574歳を「前期高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」と言う。
今この75歳以上高齢者が増加していることから、年金支給、健康保険負担の問題もあり、行政は「高齢者」の定義を70歳あるいは75歳以上に変更しようと画策している。

20171月、日本老年医学会は、高齢者の定義が65歳以上であるのは、個体差はあるものの現状に合わないとして、6574歳を「准高齢者」、7589歳を「高齢者」、90歳以上を「超高齢者」と区分することが妥当、とする提言を発表している。
※プロ野球では内野手の松井稼頭央(西武)が引退を発表したが42歳。同じく現役引退を発表した投手の浅尾拓也(中日)は33歳。プロ野球では30歳を超えると「ベテラン」で、40歳を超えての現役は一握り。人間の身体能力はそうしたものなのだろう。だが、社会的に引っ張っていく世代は30代、40代、50代中心であるのが健全だと思う。ところが企業では、スポーツ選手もどきに、40歳前後でふるいにかけられることが横行している。子どもを育てる世代が苦境に陥っているのも「子どもの貧困」の一因。

■国民生活基礎調査で見る所得格差

 

「国民生活基礎調査」によると、1世帯あたりの2016年の所得では次のようになっている。平均所得金額は500万2千円であるが、中央値はもう少し下がって442万円。
所得分布を見ると、

 

平均所得金額を上回るのは、5001000万円31.7%、1000万円以上が12.6%の約44%と半数未満。
平均所得金額が500万円未満は55.6%と過半数を超える。
これだけではない。
500
万円未満を見ると、
300
500万円が24.6%、300万円未満が31.2%を占めている。
上と下に分れ、下が多くなっている。

 

2017年時点の生活意識調査で見ると、

 全体では
「大変苦しい」が23.8%、「やや苦しい」が32.0%と合わせて過半数を上回る55.8%となり平均所得金額以下の割合とほぼ同率。
「高齢者世帯」では54.2%であるが、「児童のいる世帯」が58.2%であり、「子どもの貧困」が裏付けられる数字となっている。
「大変苦しい」では、より明確で「全体」が23.8%なのに対し、「高齢者世帯」は所得が少ないにもかかわらずそれを下回る220%(資産が関係)であるが、「児童のいる世帯」では4分の125.1%となっている。

多いのは「普通」で32.0%であるから半数はもとより3分の1に届かない。
「ややゆとりがある」は4.3%、「大変ゆとりがある」はわずか0.7%。
1000
万円以上が12.6%であるから、実際のゆとり層はもう少し多いはずだが。

日本の世帯状況は、大雑把に言えば、
1
割強の「富裕」層、3割強の「普通」層、2割強の「普通以下」層、3割強の「貧困」層に分れている。
これだけの格差のある社会だ、ということになる。

※だから「平均葬儀費用」「平均布施額」などというデータは意味がなく、消費者がそれに踊らされる必要もなければ、実際踊らされるわけがない。

■格差社会と葬送、寺院・教会


1991
年のバブル景気崩壊、2008年のリーマンショック以降、日本国内においても経済格差が深刻になっている。
一時は「総中流」と言われたが、今やすっかり瓦解。
一部の者たちへの富の集中は進み、その他との経済文化には大きな開きが生じている。

テレビコマーシャルを見ても、富裕層対象とそうでないのに二分化している。
富裕層対象商品、サービスは、はなから富裕層以外を対象としていない。

貧困層は明らかに拡大している。
近年、多くの寺やNPOが「子どもの貧困」に着目し、「子ども食堂」を開く事例が増えているが、頭が下がる。

近年の葬送の変化は、単身世帯の増加等の社会変化、戦後70年以上を経過した個人の意識の多様化もあるが、経済格差の拡大も大きな要素となっている。

葬儀総費用については、おおまかに言うならば、次の3つに分かれる。

・補助なしで葬儀を営めない層から50万未満の葬儀がせいぜいとする層が3割
50200万円とする層が4割

 

200万円超でも平気とする層が3

「平均金額」などは無意味である。
富裕層がたくさん消費すれば「平均」は上がる。

葬祭業者を見ても、平均葬儀単価が100万円以下と150180万円に2分化している。
1990
年頃の200300万円が「平均」だった時代とは明らかに異なっている。

今でも「平均葬儀単価」は140150万円である。
中央値は100120万円だろう。
しかし、この数字をまったく消費者は参照する価値がない。
0~50万円の層が70万円だと言われたら「高い!」と思うのは自然なこと。
200
万円超が平気な層は180万円だったら「良心的、安くついた」と思うだろう。

中にはお金があっても死者のための支出は無駄と考える人間もいる。
それも一つの現実ではあるが、
「葬儀費用が高ければ供養心が高い」なんてことはない。

寺院へのお布施も当然ながら異なる。
寺院の檀信徒にもいろいろな層がいる。
10
万円がせいぜいの檀信徒も少なくない。
100
万円以上普通に出せる檀信徒もいる。
これらを平均して2030万円になる。
「平均」というものがあるわけではないのだ。
いろいろな層があって、結果として平均金額を算出すると2030万円になるのである。

低額な布施を出す檀信徒が増加していることを「宗教心の低下」と結論づけるのはやめたほうがいい。
そもそも「出せない」層が増えている。

都会の大寺院はブランド化して富裕層が多い。
だから平気で70万円以上を提示する。
それに比して、圧倒的多数の地方寺院は、檀信徒が流出して数も減り、高齢化が進み、負担できる金額は明らかに減少している。
「ほとんどが10万円」と言う地方寺院も多い。
「イオンのお葬式」で「お布施金額の目安」が15万円と聞くと、「うちより高い」と言う地方僧侶は少なくない。

「自立」が困難な寺院は増加一方である。
これは仏教寺院に限った現象ではなく、キリスト教会においても言える。

都市部(だけではないが)の仏教寺院、キリスト教会で今問題になっているのは、檀信徒、教会員に単身高齢者が増加していることである。
こうした寺院、教会内の単身高齢者の世話、サポートで忙しくしている住職、牧師、神父は少なくない。

もっともこうした問題を内包しながら、その現実を見ようとしていない住職、牧師がより多数派であるのが残念である。

 

2018年9月24日 (月)

人生は統計どおりにいくわけない

 

「人生90年時代」と言われる。
(「100年時代」と言われることがあるが、少し早すぎ)
女性の寿命中位数(過半数が生存する年齢。出生者のちょうど半数が生存すると期待される年数)が、90年を超えたからである。

 

最新の簡易生命表(2017【平成29】年)によれば、寿命中位数は男性84.08年(平均寿命81.09年)、女性90.03年(同87.26年)となっている。

以下の原稿は201612月に書いたので、雑誌掲載は20172月頃であろう。
※データは執筆当時。

・・・・・・・・・

今、私は71歳を目前にしている。

 

この年齢、いささか中途半端である。
80
歳を超えた先輩からは「まだまだ若い」と言われ、50代以下の人たちからは「賞味期限切れ」「老害」と言われる。

 

「高齢者」という枠組上も中途半端である。
75
歳以上は「後期高齢」で立派な高齢者扱いだが、「65歳以上75歳未満」は「前期高齢」とされて「高齢者予備軍」扱いである。

 

データで見てみる。
最新の「平成27年簡易生命表」によるならば、「平均寿命」と言われる0歳児の平均余命は男性80.76年、女性86.99年となっている。
戦後最初の昭和22年には男性50年、女性54年であったから、この70年で日本人の寿命は30年も伸びたことになる。

 

「寿命中位数」というのもある。
「生命表上で、出生者のうちちょうど半数が生存すると期待される年数」のことであり、これでは、小数点以下を四捨五入するならば男性84年、女性90年になる。

 

私が後何年生きるか?というのは平均的な予測では1416年である。
ところがこれはあくまで統計上の話に過ぎない。

 

人生は統計上の推測どおりにはいかないのだ。
私の中学の同級生の約2割はすでに人生を終えている。
早い者は10代で死んだ。
40
代からがんで死ぬ者が多くなった。
この1年間に死亡した同級生は10名近くいて、その7割は女性であった。
女性が長生きなどとは決まっていない。

 

女性の寿命中位数が90年ということは、90歳には同年の人の半数がすでに死亡しているということだ。
そして生きていても80歳台になると認知症になる可能性が急激に高まり、あくまで平均的な話だが、85歳を超すと要介護の生活になる可能性が高まる。

90
歳を超えても、100歳を超えても元気な人はいる。
「健康」はブームでテレビや雑誌でも関心が高い。
しかし、誰もが元気な高齢者になるわけではない。

 

私の母は3年前に98歳で死亡した。
長寿だったが、10年以上を認知症で要介護の終末期を送った。
そして1年後に母を看取った姉が72歳で死亡した。
その1年前には従妹が62歳で死亡している。

姉も従妹も死亡の約1年前の健康診断でがんが発見された。
すでに後期のステージⅣで、従妹は13ヵ月後に、姉は11ヵ月後に慌ただしく死んでいった。

 

従妹、姉、同級生の死を経験すると、71歳の自分が生きているのは、たまたま、運でしかないと思う。
同年代や年下の者の死は何とも辛い。

 

小児がんで子どもを亡くした親の集まりに参加したことがある。
子が15歳で入院し20歳で死亡した親は、10年経過しても子の死をきのうの死であるかのように想い、心を傷つけていた。

死亡後の喪は1年とは決まっていない。

 1ヶ月後に早々と死者を忘れる人もいる。
他方、10年経過してもまだまだ喪の最中にいる人もいる。

 

従妹、姉の終末期の1年は、私にとって濃密な時間であった。
死亡後は、しばらく虚脱感から脱せないでいた。
私は今死を刻んで生きている。

2018年9月20日 (木)

彼岸入り 墓参り

本日9月20日は彼岸入り。
そこで墓参りに出かけた。

私が管理している墓の一つが東京・品川にある臨済宗の寺「東海寺」の大山墓地にある。
東海道新幹線が通ることで改築したらしい。
墓のすぐ後ろを新幹線が走っている。
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新幹線のための改築の際に墓所は少し狭くなったらしいが、今でも大きい。
その理由は明治37年に55歳で死亡した父方の曽祖父が陸軍の将軍であったからだ。
曽祖父の横に曾祖母の墓があり、左手前に祖父の弟の家族の墓が同じ墓域にある。
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父方の祖父母の墓は仙台の北山にあるキリスト教墓地にある。
東海寺の墓は祖父が建てたと曽祖父の墓に刻まれており、祖父も曽祖父の墓に分骨されている。
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祖父の弟である大叔父の墓には大叔父夫妻とその子まで入っているが、いつの間にかその下は別に墓地を求めて管理を放棄したために、私がこの墓所を管理している関係上、今は私がまとめて管理している。

午前中に墓参。
墓所内を掃除し、花を3か所に供えた。

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この同じ墓地には先年亡くなった歌手の島倉千代子さんの墓があり、いつも花が供えられている。
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同じ大山墓地には江戸中期の国学者である賀茂真淵の墓がある。
寺墓地なのに墓所には鳥居があり、その奥に墓がある。
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賀茂真淵の墓

東海寺は秀吉の時代から家光の時代に活躍した禅僧である「沢庵和尚」こと、沢庵宗彭が開山した寺で、沢庵の墓もある。
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大きな自然石である。
漬物の「たくわん」は沢庵和尚が考案したと伝えられル。
たくわんを漬ける時の石が先か、沢庵和尚の墓の石が先かはさておき、沢庵和尚の墓の石は見事なものである。

墓参後に徒歩3分ほど離れた東海寺の和尚に挨拶した。
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品川駅構内でかき揚げ蕎麦を食い、昔の事務所神宮前にある25年以上行きつけの理髪店に行って帰った。

東京は午後から雨、今もシトシトと降っている。

2018年9月14日 (金)

「終活ブーム」の底にあるもの

「人生90年」時代に突入した。
明治期までの「人生40年」の倍、統計的な話ではあるが、「人間の一生」は長くなった。

子どもは、6歳で小学生、12歳で中学生…と成長のめどがある。
しかし、高齢者には「いつまで」というめどがない。

私は「たぐいまれ」と言われた古希を過ぎた。
正直なところ生きるのにいささか疲れている。
「もう、いつでもよい」という想いだが、こればかりは自分では決められない。
学生時代に同級の親友に死なれて以降、元々執着心があまりない人間であるが、4年前に姉を72歳で亡くして以降、ことさら自分の生へは一切執着はない。

※こんなことをすぐ言ったり書いたりするものだから、「元気だして」「まだまだ長生きして」とかの励ましを受ける。身体も今のところ元気だし、別に死に急いでいるわけではない。若い人に「70年よく生きましたね」と感心されたが、幸運か悪運かは知らず、生死の境を彷徨う病気等を経験したことはなかった。とりわけ健康に留意して生活したわけではなく、徹夜、深酒等と健康に害あることはたくさんやった。「がんばって生きた」訳ではない。生存という意味ではなんとなく生存という結果になっている。生きている以上、私は「書く者」だから、あっちこっちに難癖をつけながら、私なりに考え、私なりに書いたり、話したり、している。
「今の瞬間を生きる」と言うつもりもない。普通に生きている、今のところは。「生」に過度の思い入れをもたないのは、死者のことが常に私の頭にあるからだ。

よく、尊敬された老僧がいざ自分が死ぬとなると恐怖に怯えた、という話がされ、「人間いつになっても死は怖いものだ」と死と恐怖を結び付けて話されるが、いささか疑っている。

私も姉の年齢を超えた。
72
年も人生を生きていると、さまざまな死、親しい人との別れを体験せざるを得ない。
私もそうであった。
とりわけ辛いのが、同年輩や自分より若い者の死。

叔母は当時91であったか、72で死んだ姉の死の様子、葬儀の模様を報告しに行った時、「なんで年寄りの私が生きていて、ユコちゃん(姉のこと)が死ななくてはいけないのよ」と宙を睨んで呻いていた。
その叔母も死んだ。
私の親世代は昨年に母方の叔母が死んですべてこの世を去った。
だが、子世代でも2人、親世代に先行して死んでいる。

姉の死で思ったことは、死ぬ者もさまざまな解決できない想いを残してであろうが、遺される方がきつい、ということであった。
貧乏くじを引いた感をしていた。

日本は「超高齢社会」にあり、私もその高齢化率を高める要因となっている。
高齢者相手の犯罪も増加、高齢者の犯罪割合も増加、貧困高齢者も増加、そして高齢者相手のビジネスも盛んになっている。
その一つが「終活ビジネス」だ。
「単身世帯」が増えれば「おひとりさま向けビジネス」が盛んになる。
ビジネスをする方からすれば変わった話ではない。
人口の多いところを対象にして狙ったビジネスをするのはあたりまえのことである。

だが何かいやなのだ。
いろんなリスクを挙げて、脅かし、怯えさせる商法に見えるのだ。
親切、優しさで言ってくれているのかもしれない。

しかし、偏見なのだろうが、そうは思えない。

2
年前に当時の赤堀編集長から『ソナエ』に連載の話があり、与えられたコラム名が「終活の喝!」であった。
笑ってしまったが、こちらはお席に招かれたらありがたくうかがう身。
1回を「終活ブームの底にあるもの」とした。

前にも同じようなテーマで書いている。
私も「終活」をテーマに週刊誌等で書いているから、大きく言えばブームを煽っている立場の人間に入るのだろう。
だが、どこかで醒めて見ている。
そうした私が書いた記事である。

碑文谷 創の「終活」に喝!

「終活ブーム」の底にあるもの

 

「終活」は、2012年にユーキャン新語・流行語のトップテンに選ばれ、あっという間に市民権を得た。


「終活」という用語は週刊朝日による造語。
主として葬儀や墓について考えようという主旨の連載だったと記憶している。
だがこれに葬送以外の司法書士、保険やらの事業者がわっと飛びついたのは2011年夏に公表された経産省「ライフエンディング・ステージ」に関する研究報告が契機であった。


省庁が終末期医療、介護、遺言、エンディングノート、成年後見、介護保険、葬儀保険、葬儀、墓、遺族の死別による悲嘆、遺産相続等の死後の事務処理その他の人生の終末期~死後を一連の流れとして提示し、その課題を提起した最初のものであったろう。
終末期医療や介護は既に大きな問題としてあったが、その後の遺族の抱える問題までを一環として捉える視点のものはなかった。


日本は高齢化率が世界一の超高齢社会となったが、過去の基盤であった家族、血縁、地域共同体が弱まり、個人が周囲のサポートが得られにくくなり、行政もそれを充分にサポートするだけの人も金も不足するなか、社会的にどういうサポート体制を築くべきかの民間への問題提起としてあった。


終末期、死、死後…は人としては一連の流れの中にあるのに、それに係わる業界は分断され、横の繋がりに欠けている。
情報は氾濫しているがその質に問題があるものが多い。
当事者はどれが適正な情報かの判断がつかず、最も重要な自由意思に基づく判断・選択が困難な状況に置かれている。

隣接する専門家同士が問題意識を共有し、ネットワークを構築し、生活者のサポート体制を構築することの必要性を説いた。
私も報告書作成に数回徹夜するほど深く関与したので、報告書が評価されたことはうれしいがその後の動きにはいささか心配である。


死の問題は戦後、特に高度経済成長期以降、長く敬遠、忌避されてきた。
ようやく注目されるようになったのが、1985年以降。
がんを中心とした終末期医療のあり方がまず問題となった。

その後の進展は速かった。
高齢化が進み、家族、地域社会は急速に弱体化した。
伝統的家の象徴である墓も継続性が疑問視されるようになった。

この遠因は日本社会の興隆期とも言うべき高度経済成長にあり、急速な人口移動による地方の地域共同体の弱体化・崩壊、核家族化の末路としての家族解体と単身世帯の増加を結果した。
しかも高齢化がここに加わった。

8割あった在宅死が2割を切るまで減少し、現実に死に向き合わない家族が増え、リアルな死の認識が欠け、抽象化した。

「個人化」と言うと好ましく聞こえるが、「個人」についての社会的合意のないまま、さまざまな分野で孤立を強いた。
死も例外ではない。


経産省報告書発表以降、錦の御旗にするように、銀行やら保険会社まで、さまざまな人たちが「終活」に乱入してきた。
口あたりはいいが、生活者当人の真の利益なぞ考えていないのではないか、と思われるものがたくさんあることが心配である

(報告)「葬送ジャーナリスト塚本勝の終活探訪記」の第6回に取り上げられた。

https://seniorguide.jp/column/tsukamoto/1142171.html


このブログも長いが、こちらのインタビューも長い。

2018年9月 8日 (土)

「いのち」を考える―生死のつながりの中で

『ソナエ』に2016年末から当時の赤堀編集長との縁で連載記事をもたせていただいた。
2年のお付き合いであった。
現在発売中の同誌の記事をもって連載終了となる。

「終活」をうたう一般の人向けの発言、というのは私としては得意ではない。
実践的に行政や市民団体との関係で係わることはあったし、それは終末期の問題から死後事務まで幅広く学んできた者の責任であると思っていた。
事実、当初は終末期医療、介護、葬儀、墓、遺言や財産相続、死後事務が独立しており、相互に知識を共有することはなかった。
行政の研究会に参加しても、全体を理解している者はほとんどいなかった。

松島如戒さんがもやいの碑を立ち上げ、会員の要望からその前の葬儀等の死後事務を扱うりすシステムを立ち上げ、その後会員の要望から単身者の入院保証等の生前支援にまで関係するようになった。
業界としての事業分野は異なっても、一人の人生を考えると一連のものである。

15
年以上前であるが、ある終末期医療の研究会から「葬儀の話を聞かせてほしい」と講演の要請があった。
その要請の基になったのが看護師さんたちの「死亡退院した後の遺体、ご家族の様子を知りたい」という関心であった。

看護師さんたちは患者とその家族に接し、看護業務を行っている。
死亡退院したから終わりとは割り切れない想いを抱いている看護師さんが少なくない。
中には、病院から有給休暇をとって葬儀に参列している看護師さんもいるという。

但し、私に講演依頼するのに反対した人たちがいたという。それは医師たちであった。
「尊厳ある死」を迎えさせるために熱心な医師も、関心はそこまでで、死者、遺族となった家族についてはいささかも関心を示さなかったという。
時代も変わったから、今では「遺族外来」を始めた大西秀樹医師(埼玉医大)の例も現れたから、大きく変化しているのだろう。
幸い、看護師さんたちの声が大きく、私は講演することになったし、講演後に相次いで質問にきたのは看護師さんたちであった。

ターミナルケアにおいては、WHO(世界保健機構)も、患者のケアに加えて家族のケアの大切さを唱えている。
医療機関では、そこまでの支援は現実的に困難なようだが、心を砕いている看護師たちは確実にいる。

最近では、実践的に葬送から介護に足を伸ばした吉川美津子さん、医療の現場から葬送の現場まで幅広く取材研究している小谷みどりさん、防衛問題のプロでありながら終末期医療、葬送の現場を、丁寧に取材を積み重ねている毎日の瀧野隆浩記者のような優秀な人たちが出てきている。
私は今や彼らに学ぶ立場にいる。

場違いな『ソナエ』に私が書いたものを順次紹介するが、最初は最終原稿から。

編集部にしてもそうだったろうが、私にも毎回場違い感があった。
そこで「最終原稿」は少々気負ったものになった。

 

「いのち」を考える―「迷惑をかけたくない」は不遜

 

人間は誰でも死ぬ。それは個体での話。


人類という観点でいえば新陳代謝を繰り返し、人類の未来に生命をつなげている。
そうであれば死は必然であるし、生命の継承にとって必要である。


ある仏教の宗派では、死亡すると「還本国」という。
大きな生命の源に還っていく。
けっして無になるのではない。


人間の大きな生命体は、個体である人の膨大な生死(しょうじ)の積み重ねで繋がれている。
そこで生きた人間個々が小さかろうが、中くらいであろうが、大きかろうが、それぞれが文書化されようがしまいが確かな歴史を刻んでいる。


人間の生は長くて115年、明治期までは平均寿命は40年台。
かつては乳幼児の死亡率が高かったから、この世で言葉をもつ前に喪われた生命もおびただしくあった。


近世以前、有力者、学問や芸術で何ごとかをなした者は歴史文書に刻まれたが、多くの名もなき民衆個々の生の痕跡はほとんどが埋もれたままだ。


それなりに恋があり、新しい生命の誕生を喜び、家族や仲間のつながりで充足した時間があったろう。
またきょうのパンを得るための苦労、飢饉、戦に徴兵され、子の病にとまどい、心配し、多くの生き別れがあった。
感染症は猛威をふるい、災害にも弱く、個々の生命は軽々と奪われた。
そうした悲喜の中でいのちは繋がれ、今もある。


大きな種としての生命を考えると同時に、私は固有の個の生死にこだわる。
それを「名もない」と切り捨てたら、今の私たちはない。


誰でもが死ぬ。
ならばせめていい死に方をしたい、と考えるのも当然だ。
戦後、終末期医療は格段に進歩した。
「死に方が選べる」と期待する気持ちもわかる。

だが他方で、依然として「選べない死」が跋扈し、依然多数派である事実は押さえておいたほうがいい。

突然の死は、その人の未来だけではなく、家族がその人とありたいと思った未来をも奪う。


「人生90年」時代、という超高齢社会に突入した。
最期まで元気でありたい、という願望は痛いほどわかる。
だが、それは一握りの人にしか許されない。

今まで他人の世話もしたろう。
だが、多くの人から世話されて生きてきたのも事実だ。
私個人も他人、家族に「迷惑をかけっぱなし」で今がある。

気持ちはわからないでもないが、「迷惑をかけたくない」と思うのは不遜である。


死亡する前でも多くの支えが必要だし、死亡したら、いくら計画や準備をしても、納棺も火葬も、墓への納骨あるいは散骨も自分ではできない。
人が生きるということ自体たいへんだが、死後にも膨大な事務処理が残される。

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