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2018年10月23日 (火)

葬儀では遺体との対面が強制される?

近年の葬儀について、参列した人から
「出棺前の遺体との対面を強制された」
という声を聞く。


バブル期(もう20年以上前のことだが)の葬儀は今と大きく違って、有名人でも会社役員でもない普通の人の葬式で会葬者数が300人程度はざらにあった。
会葬者の7割が死者本人を知らない人が占めることさえ珍しくなかった。


そんな葬式では、出棺前のお別れの儀(遺体と対面しお別れし、花を添える)については死者本人と親しい人に限るため、
「ご遺族、ご親族の皆様は式場内にお残りください」
という案内がされた。
その他の人は式場外のホール、玄関前、あるいは道路で(かつては自宅での葬式が多かった)霊柩車で出棺するのを待っていてくれということだ。


現在はその案内があまり聞かれない。
案内がないので式場に留まっていると、柩が中央に出され、柩の蓋が開かれ、遺体との対面が行われる。
あまり親しくないのに、流れで遺体に花入れをさせられることになるケースもあるだろう。
そのことへの苦情である。


なぜ最後の遺体とのお別れを限定する案内がないのか?

それは近年の葬式が小型化し、60人以下の会葬者ということが多い。
バブル期と違って死者本人を知らない人が少数になったため、あえて案内する必要がなくなったからだ。

その裏には、あまり死者本人と親しくない人は黙って遠慮して席を外すだろうという暗黙の了解がある。
また遺族にしても会葬してくれた人が死者本人と親しかったかどうかわからないため、血縁という枠だけで切り分けしないことからきている。


それを「親族に限る」という案内がないからいたら、したくもない遺体との対面、花入れを強制された、などと文句を言うのはガキの言うことだ。
対面を辞するのであれば黙って近寄らないままでいるか、室外や屋外に出ればいいだけの話である。
誰も死者との対面を強制しようとはしない。
対面してお別れしたい人はご自由にどうぞ、と言うだけである。

こうした困惑が生じるのは、葬式はきわめて人間的な営みである、ということを忘れ、形式的な儀礼であると依然として誤解している人間が多いことからきている。


確かに人は誰でも死ぬ。
しかしその人の死を悼むのはその人と血縁とは限らぬ何らかの心的関係があるからである。
その人を悼み、場合によっては親族以外であっても心を傷めることもある。
親族だから悼み、心を傷めるとは限らない。
親族が悼み、心を傷めるケースが多いのは事実だが。
それが葬式なのだ。

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