葬儀

2018年10月23日 (火)

葬儀では遺体との対面が強制される?

近年の葬儀について、参列した人から
「出棺前の遺体との対面を強制された」
という声を聞く。


バブル期(もう20年以上前のことだが)の葬儀は今と大きく違って、有名人でも会社役員でもない普通の人の葬式で会葬者数が300人程度はざらにあった。
会葬者の7割が死者本人を知らない人が占めることさえ珍しくなかった。


そんな葬式では、出棺前のお別れの儀(遺体と対面しお別れし、花を添える)については死者本人と親しい人に限るため、
「ご遺族、ご親族の皆様は式場内にお残りください」
という案内がされた。
その他の人は式場外のホール、玄関前、あるいは道路で(かつては自宅での葬式が多かった)霊柩車で出棺するのを待っていてくれということだ。


現在はその案内があまり聞かれない。
案内がないので式場に留まっていると、柩が中央に出され、柩の蓋が開かれ、遺体との対面が行われる。
あまり親しくないのに、流れで遺体に花入れをさせられることになるケースもあるだろう。
そのことへの苦情である。


なぜ最後の遺体とのお別れを限定する案内がないのか?

それは近年の葬式が小型化し、60人以下の会葬者ということが多い。
バブル期と違って死者本人を知らない人が少数になったため、あえて案内する必要がなくなったからだ。

その裏には、あまり死者本人と親しくない人は黙って遠慮して席を外すだろうという暗黙の了解がある。
また遺族にしても会葬してくれた人が死者本人と親しかったかどうかわからないため、血縁という枠だけで切り分けしないことからきている。


それを「親族に限る」という案内がないからいたら、したくもない遺体との対面、花入れを強制された、などと文句を言うのはガキの言うことだ。
対面を辞するのであれば黙って近寄らないままでいるか、室外や屋外に出ればいいだけの話である。
誰も死者との対面を強制しようとはしない。
対面してお別れしたい人はご自由にどうぞ、と言うだけである。

こうした困惑が生じるのは、葬式はきわめて人間的な営みである、ということを忘れ、形式的な儀礼であると依然として誤解している人間が多いことからきている。


確かに人は誰でも死ぬ。
しかしその人の死を悼むのはその人と血縁とは限らぬ何らかの心的関係があるからである。
その人を悼み、場合によっては親族以外であっても心を傷めることもある。
親族だから悼み、心を傷めるとは限らない。
親族が悼み、心を傷めるケースが多いのは事実だが。
それが葬式なのだ。

2018年9月28日 (金)

格差社会の葬送、寺院・教会

人口動態統計の最新の発表等があったため、それらの紹介を兼ねて、本日「も」長い。

 

■「人生90年時代」の到来と少子多死社会の伸び

 

平成29年(2017)簡易生命表によると、平均寿命(0歳児の平均余命)は、男性81.09年、女性87.14年と前年比0.1年伸びた。
1960
(昭和35)年が男性65.32年、女性70.19年であったから約60年間で1517年伸びたことになる。
より実感に近いのは寿命中位数である。
「寿命中位数」とは、「生命表上で、出生者のうちちょうど半数が生存すると期待される年数」のこと(それまで半数が死亡することと同義であるが)。
寿命中位数では、男性84.08年、女性90.03年となっている。
女性が90年を超え、「人生90年時代」の到来である。

でも、これを寿ぐ雰囲気ではない。

9
21日に97日付の「平成29年(2017)人口動態統計(確定数)の概況」が公表された。それによると、
出生数は前年より約31千人減少して946065人。
死亡数は前年より約3万3千人増加して134397人。
人口の自然減は拡大している。
※出生数が100万人を割ったのは2016年、死亡数が100万人を超えたのは2003年。出生数は19471952年まで200万人を超えていた。その世代がすべて65歳を超えた。

他方、まとまり調和した社会を謳った日本社会も1991年のバブル景気崩壊、2008年のリーマン・ショック(金融恐慌)を経て分断が進んでいる。
1970
年頃には高度経済成長を背景に内閣府の調査で自らを中流と意識する者が9割となり「1億総中流」と言われたが、今や「格差社会」である。

 

■「高齢者」の定義

 

実感として言うならば、別の言い方をすれば「私の個人的な体験に基づく極めて個人的な感想」であるが、60歳の定年は早い。

私は65歳を過ぎて、急に体力が落ちた。
あくまで「実感」にすぎないのだが、65歳定年が適切であろう。

だが、これも個体差が大きい。
65
歳を過ぎても元気に働ける人がいる。
意欲も高く保っている人がいる。
そういう人は積極的に用いないと資源の無駄遣いになる。

65
歳定年がうたわれているが、いまだに60歳定年が多く、後は65歳まで1年更新の再雇用制度が多い。
給料は2分の1
3分の2に減って。
同じ仕事をする能力があり、同じ仕事をしているならば、同じ給料払っていいではないか。

これまで一般的に「現役世代」より「高齢者世代」が相対的に裕福であった。
だが高齢者世代にも変化が見える。
大雑把に言えば4分の1が「貧困高齢者」である。

今は「高齢者」とは65歳以上を言うが、6574歳を「前期高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」と言う。
今この75歳以上高齢者が増加していることから、年金支給、健康保険負担の問題もあり、行政は「高齢者」の定義を70歳あるいは75歳以上に変更しようと画策している。

20171月、日本老年医学会は、高齢者の定義が65歳以上であるのは、個体差はあるものの現状に合わないとして、6574歳を「准高齢者」、7589歳を「高齢者」、90歳以上を「超高齢者」と区分することが妥当、とする提言を発表している。
※プロ野球では内野手の松井稼頭央(西武)が引退を発表したが42歳。同じく現役引退を発表した投手の浅尾拓也(中日)は33歳。プロ野球では30歳を超えると「ベテラン」で、40歳を超えての現役は一握り。人間の身体能力はそうしたものなのだろう。だが、社会的に引っ張っていく世代は30代、40代、50代中心であるのが健全だと思う。ところが企業では、スポーツ選手もどきに、40歳前後でふるいにかけられることが横行している。子どもを育てる世代が苦境に陥っているのも「子どもの貧困」の一因。

■国民生活基礎調査で見る所得格差

 

「国民生活基礎調査」によると、1世帯あたりの2016年の所得では次のようになっている。平均所得金額は500万2千円であるが、中央値はもう少し下がって442万円。
所得分布を見ると、

 

平均所得金額を上回るのは、5001000万円31.7%、1000万円以上が12.6%の約44%と半数未満。
平均所得金額が500万円未満は55.6%と過半数を超える。
これだけではない。
500
万円未満を見ると、
300
500万円が24.6%、300万円未満が31.2%を占めている。
上と下に分れ、下が多くなっている。

 

2017年時点の生活意識調査で見ると、

 全体では
「大変苦しい」が23.8%、「やや苦しい」が32.0%と合わせて過半数を上回る55.8%となり平均所得金額以下の割合とほぼ同率。
「高齢者世帯」では54.2%であるが、「児童のいる世帯」が58.2%であり、「子どもの貧困」が裏付けられる数字となっている。
「大変苦しい」では、より明確で「全体」が23.8%なのに対し、「高齢者世帯」は所得が少ないにもかかわらずそれを下回る220%(資産が関係)であるが、「児童のいる世帯」では4分の125.1%となっている。

多いのは「普通」で32.0%であるから半数はもとより3分の1に届かない。
「ややゆとりがある」は4.3%、「大変ゆとりがある」はわずか0.7%。
1000
万円以上が12.6%であるから、実際のゆとり層はもう少し多いはずだが。

日本の世帯状況は、大雑把に言えば、
1
割強の「富裕」層、3割強の「普通」層、2割強の「普通以下」層、3割強の「貧困」層に分れている。
これだけの格差のある社会だ、ということになる。

※だから「平均葬儀費用」「平均布施額」などというデータは意味がなく、消費者がそれに踊らされる必要もなければ、実際踊らされるわけがない。

■格差社会と葬送、寺院・教会


1991
年のバブル景気崩壊、2008年のリーマンショック以降、日本国内においても経済格差が深刻になっている。
一時は「総中流」と言われたが、今やすっかり瓦解。
一部の者たちへの富の集中は進み、その他との経済文化には大きな開きが生じている。

テレビコマーシャルを見ても、富裕層対象とそうでないのに二分化している。
富裕層対象商品、サービスは、はなから富裕層以外を対象としていない。

貧困層は明らかに拡大している。
近年、多くの寺やNPOが「子どもの貧困」に着目し、「子ども食堂」を開く事例が増えているが、頭が下がる。

近年の葬送の変化は、単身世帯の増加等の社会変化、戦後70年以上を経過した個人の意識の多様化もあるが、経済格差の拡大も大きな要素となっている。

葬儀総費用については、おおまかに言うならば、次の3つに分かれる。

・補助なしで葬儀を営めない層から50万未満の葬儀がせいぜいとする層が3割
50200万円とする層が4割

 

200万円超でも平気とする層が3

「平均金額」などは無意味である。
富裕層がたくさん消費すれば「平均」は上がる。

葬祭業者を見ても、平均葬儀単価が100万円以下と150180万円に2分化している。
1990
年頃の200300万円が「平均」だった時代とは明らかに異なっている。

今でも「平均葬儀単価」は140150万円である。
中央値は100120万円だろう。
しかし、この数字をまったく消費者は参照する価値がない。
0~50万円の層が70万円だと言われたら「高い!」と思うのは自然なこと。
200
万円超が平気な層は180万円だったら「良心的、安くついた」と思うだろう。

中にはお金があっても死者のための支出は無駄と考える人間もいる。
それも一つの現実ではあるが、
「葬儀費用が高ければ供養心が高い」なんてことはない。

寺院へのお布施も当然ながら異なる。
寺院の檀信徒にもいろいろな層がいる。
10
万円がせいぜいの檀信徒も少なくない。
100
万円以上普通に出せる檀信徒もいる。
これらを平均して2030万円になる。
「平均」というものがあるわけではないのだ。
いろいろな層があって、結果として平均金額を算出すると2030万円になるのである。

低額な布施を出す檀信徒が増加していることを「宗教心の低下」と結論づけるのはやめたほうがいい。
そもそも「出せない」層が増えている。

都会の大寺院はブランド化して富裕層が多い。
だから平気で70万円以上を提示する。
それに比して、圧倒的多数の地方寺院は、檀信徒が流出して数も減り、高齢化が進み、負担できる金額は明らかに減少している。
「ほとんどが10万円」と言う地方寺院も多い。
「イオンのお葬式」で「お布施金額の目安」が15万円と聞くと、「うちより高い」と言う地方僧侶は少なくない。

「自立」が困難な寺院は増加一方である。
これは仏教寺院に限った現象ではなく、キリスト教会においても言える。

都市部(だけではないが)の仏教寺院、キリスト教会で今問題になっているのは、檀信徒、教会員に単身高齢者が増加していることである。
こうした寺院、教会内の単身高齢者の世話、サポートで忙しくしている住職、牧師、神父は少なくない。

もっともこうした問題を内包しながら、その現実を見ようとしていない住職、牧師がより多数派であるのが残念である。

 

2018年7月18日 (水)

葬祭事業者における遺体管理業務の実態

病院等における「死後のケア」の実態について①

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/07/1-f03a.html

病院等における「死後のケア」の実態について②

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/07/post-eea3.html

の続き

 

葬祭事業者における遺体管理業務の実態

死後のケアが病院死のケースでは看護職員において行われることが一般的ではある(看護職員以外が行っているケースもある)。
だが、死亡後に火葬までに少なくとも2日、一般的には3~5日(長い場合は2週間も)時間を要するので、死後ケアをもって遺体への十全な処置であるわけがない。
その後に家族から委託されて管理する葬祭事業者による遺体の管理することがより重要となる。

 

(1)葬祭事業者に委ねられる遺体管理

 

①病院死の場合

 

死亡直後における遺体処置としては、病院内死亡の場合に病院経営者の経営方針によっては葬祭事業者が病院内で処置にあたるケースがあるが、一般的には看護職員が担当する。


但し、病院により死後のケアは極めて限定的で簡易な処置で終え、遺体搬送のためにくる葬祭事業者にその後の処置を任せる病院は意外と多い。


また、「死体現象」に無理解なために、エンゼルメイクにはこだわるが、内容的にも技術的にも不充分な処置に留まり葬祭事業者に遺体が委ねられるため、葬祭事業者による補充処置が必要とされるケースは多い。

 

②病院死以外の場合

 

病院死以外のケース、老人施設、自宅、その他の事例ではほとんどの場合、死亡後に遺族の委託により葬祭事業者が遺体を管理し処置している。

病院死以外には病院における死後の処置と同程度の処置が葬祭事業者の責任で行われる。

 

(2)葬祭事業者の責任で行われる遺体処置の差異

 

葬祭従事者によって行われる遺体管理はさまざまである。


遺体管理を自らの責務と自覚しておらず、式の設営や進行を主業務と認識している者もいる。
また、遺体処置のほとんどを外注化してドライアイスの交換だけを行っている者もいる。


しかし、映画『おくりびと』のヒット、近年は葬祭ディレクターの認知、普及、増加、エンバーミングへの認知の高まり、そして東日本大震災における経験等から遺体の尊厳への関心が高まっており、遺体の処置および管理に関心を寄せる者は増加している。

 

①簡易な処置、管理

 

葬祭従事者が行う遺体処置、管理は簡易なものは以下の通り。


主として病院等死で、病院等で死後の処置が行われていた場合、布団の上にビニールシートを敷き、体液や血液の漏出に備え、遺体を寝かせ、顔に体液や血液の漏出がある場合には脱脂綿で拭い、ドライアイスを約10㎏程度遺体に載せ、布団をかけ安置し、顔に白布をかける。

納棺時には家族の手を借りて納棺のうえ、ドライアイスを1110㎏程度交換する。
通常ドライアイスは10㎏単位にパックされている。

 

②細かな処置、管理

 

死体現象には個体差が大きいため、着衣を解き、全身を観察する。

体液および血液の漏出がないよう創傷部については脱脂綿をあて包帯等をして患部を覆う。
鼻、口腔の脱脂綿を交換し、奥に詰める。
下腹部のおしめを交換する。

全身を水に濡らし絞った手拭で拭き、アルコール消毒液で拭く。
保湿剤を全身に塗る。
顔の膨らみ等を確認し、必要な場合には含み綿で形状を整える。
必要な場合には洗髪する。髪、眉毛、髭を整え、着替えを行う。
家族が希望すれば一緒に化粧を施す。
布団の上にビニールシーツを敷き、安置する。

ドライアイスは気候、遺体の状況を判断して10㎏~20㎏を判断し載せる。
頭の下にもドライアイスを置き、10cm程度頭を高くする。
ドライアイスは喉、胃腸の上に配置し、体液漏出部を凍らせ、また、胃腸部が最も早く腐敗が進行するのでドライアイスで腐敗進行を遅延させる。


状態を1日に2度は確認し、乾燥状態を確認し、保湿し、体液及び血液漏出部があるか確認する。
顔には浮腫がなくとも全身の浮腫発生を確認する。
消臭を行う。

遺族と相談し、早期に納棺を勧め、納棺後も棺内の遺体を細かく観察し、変化に対応した処置を行う。

5℃以下では腐敗進行は遅くなり、納棺後は冷気が還流するので保冷効果は高い。
しかし、遺体は時間の経過で進行するので常に変化の確認を行う必要がある。


処置は使い捨ての手袋を欠かさず、処置後は手指をよく消毒する。
結核菌は自発呼吸がないので一般には菌は漏出しないが、移動時、また腹部を圧迫することで菌が出ることもある。

 

実際に①と②、その中間、と葬祭従事者の処置と管理には大きな差があるのが実情である。


遺体管理は、家族、処置者の双方の公衆衛生を守る、遺体の尊厳を守る、遺族に臭気等で嫌な想いをさせない、安全に常に配慮している安心感を与える―ということが大事で何よりも優先されるべき、葬祭事業者としては最も優先されるべき業務としてある。


病気によっても変化するので医療関係者との情報交換は必要である。

(この項終わり)

「死体現象」について書いたところSNSで拡散したのだろうか、このブログの読者以外からたくさんのアクセスがあった。
私としては文脈の中で理解を得たいので、まとめて書いてみた。
エンバーミングについては

を参照願いたい。

病院等における「死後のケア」の実態について②

 

病院等における「死後のケア」の実態について①

 

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/07/1-f03a.html

 

の続き

 

病院等における「死後のケア」の実態について②

 

(5)死後のケア(死後の処置)の概容

 

死後の処置の一般的な内容は、小林祐子によると以下の通り。

 

今日の臨終直後のケアは、一般的に以下の ように実施されている。医師の死亡確認後、家族だけで別れの時間を過ごした後、臨終後 の身体の整容になる。この時、風習や習俗の 尊重に配慮する必要がある。例えば「死水」 または「末期の水」では、家族が唇を水で浸す習慣がある。仏教的には釈迦が入滅のとき、 口渇を訴えたという故事に基づくが、地方の 習俗では、悪しきものから守る、魂を呼び止めるという意味があるとされている。
通常の病死の場合、死後硬直の出現は、一般的に1~2時間で始まることから、出現前に身体の 整容を終わることが重要になる。筋肉の弛緩している時期は、比較的ケアが行いやすいと されていることから、家族との別れを済ませてから速やかに実施している。処置に際しては、体内の排泄物・貯留物を除去し、創傷の処置を行う。また、体内の貯留物が排泄されないように、体腔に弾綿を詰める。全身の清拭后、外観を整えるため死化粧を施す。
(「死後のケア再考」新潟青陵大学紀要第520053月)

 

(6)看護職員による死後のケアの実質の差

 

平野裕子は
「死後の処置は諸外国では死体業者、葬儀社、役所などが実施しているが日本においては病院死の増加に伴い、看護師が療養上の世話の延長として実施することが多い」
としながら、
「しかし、看護師は現行の医療体制における入院期間の短縮化や治療の効率化により、煩雑化する医療業務に追われ、死の瞬間まで生存者であり続けたいと願い、心的葛藤を繰り返すがん患者やその家族に十分に寄り添う看護を提供しているとは言い難い」
と実情の困難さを指摘している。


「包括的ケアの観点から遺族ケアニーズが高まるなか、死後の処置に関する教育は、先輩看護師が後輩看護師に伝統的に手技を教え、看護師主導、かつ短時間に施されていた背景があり、今なおエンゼルメイクの手技、手法に主眼が置かれ」ている実情を報告している。


平野が行った調査1は
「死後の処置を教える看護師の死後の支援時の思いと新人看護師に対する支援の実態調査」
で、まさに厚労省『新人看護職員研修ガイドライン【改訂版】』で「死後のケア」を「演習」とした内容に相応する。
埼玉県内の5病院の「新人看護師に死後の処置を教えたことのある看護師20名(臨床経験平均10年強)に対する面接調査を行った。

その結果、
「現在勤務している病院における死後の処置を含む逝去時の看護手順書の閲覧経験は3名にあり、メイク方法の確認が1名、理由は忘れたが新人看護師時代に1回のみ見たが2名であった。これ以外の者については見た経験の有無を問われてもその記憶があいまいでわからない、また見たことがないと回答していた」
とある。


看護手順書についても箇条書き程度のものから詳細なものまであった。

死後のケアの手順書が規定されていても実効性が乏しく、標準基準はないに等しい。


平野は死後の処置の実態について、
死後の処置は「たいてい2名で実施していた。死後の処置にかける所要時間については20分以内が原則であり、点滴などのルート類の抜去などを含めても3040分以内に終わらせると回答した者が1名いた」
と所要時間を報告している。
(平野裕子:埼玉県立大学保健医療福祉学部講師、「看取りケア充実に向けた死後の処置教育プログラムの開発に関する研究」科学研究費助成事業研究結果報告書、2015

 

(7)「死体現象」に理解が乏しい看護職員

 

「死体現象」については看護師の認識は乏しい。

時間制限の基になる一つの死後硬直については9割方が理解しているが、腐敗、肌色の変化、皮下出血、体温低下、うっ血、浮腫、乾燥等についての理解は半数以下、中には1割程度というのが実態。

看護職が死後の処置をした場合でさえ「死体現象」を知らずに行うのであるから、遺体に対しての処置としては充分でないことは明らかである。


もっとも口腔への脱脂綿詰めについては
「後から体液漏出防止に効果がない」
として後からの葬祭従事者による低温管理に委ねるエンゼルケア専門家もいる。
だが喉奥への詰め物効果は臭い防止にあり、こうした死後時間経過に伴う変化に対応していない者は少なくないどころか一般的である。



(この項続く)

病院等における「死後のケア」の実態について1

犠牲者が200人を超えた西日本豪雨災害の件について心を傷める毎日である。
連日の酷暑の中、被災者、支援する人たちの置かれた過酷な状況を思う。
自衛隊員にも熱中症被害が出ている、という。
https://digital.asahi.com/articles/ASL7K533CL7KUTIL03B.html
「頑健」と思われる自衛隊員、各地から派遣された消防、警察、自治体職員の熱意は思うが、健康管理が丁寧に実施されることを切望している。

今回の西日本豪雨災害では200人を超える死者が出た。
東日本大震災以降、広島、熊本、今回の広島、岡山、愛媛等広範囲な西日本の災害。
災害が頻繁な感じがする。
私が幼少期に体験した岩手県一関の洪水被害。
1947
1948年に連続で合わせて500人以上が死亡した。
その例だけではなく、古くから日本列島は地震、洪水、土砂災害の歴史と言っていい。

今回は予告したので、病院等における「死後のケア」の実態について書く。
量が多くなったので、3回に分けて掲載する。


「遺体管理」については
死後、人間の身体はどう変容するのか?死体現象

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2017/09/post-b3b3.html

遺体は公衆衛生上安全か?

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/07/post-5f6c.html
死亡の場所の変化と遺体の取り扱いの変化

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/07/post-5cff.html

に続くものである。

 

 

 

病院等における「死後のケア」の実態について①

 

(1)死後の処置の歴史

 

明治時代には自宅死が多かったが、少ないながら病院死はあった。
医療機関での死後の処置については、近代看護婦の先駆と言われる大関和(おおぜき・ちか。18581932)等が著した『實地看護法』(1910【明治43】)に遺体消毒の記述が見られるのが最初といわれる。


戦後、病院死が増えることで、危篤となると家族が呼ばれ、医師による最終救命、死亡判定が行われると家族による死水が取られ、看護婦(以前、女性は「看護婦」、男性は「看護士」と称されたが2002【平成14】年に「看護師」に統一)による遺体の清拭・消毒、浴衣への着替えが行われることが一般的になった。これは「清拭」「湯かん」等さまざまに呼称された。


「清拭」とは看護師が入浴できないでいる患者の身体を拭き、必要に応じて、おしめや下着の着替えを行う作業のことであり、死後の身体への処置もその延長で「清拭」と呼ばれることが多かった。
「湯かん」とは地域共同体が死者の身体をたらいで洗い清浄にして死装束に着替えさせた慣習行為で、病院で死後に清拭や着替えがされたことをもって「病院で湯かんしてくれる」という言い方になった。
病院側から言われることはあまりない呼称。


1995
(平成7)年~2000(平成12)年前後以降に「死後の処置」が一般的になり、その延長線上に現在主に行われている形式にまとまる傾向となり、看護教本に1または2ページ記載され、1時限教授されることが多くなった。(処置の概容は次項参照)


2001
(平成13)年に元看護師の小林光恵等が「エンゼルメイク研究会」を発足させ、死後の処置を家族と一緒の看取り、ケアとしての死化粧である「エンゼルメイク」を提唱。
その影響下で化粧に偏らない「エンゼルケア」という用語が誕生し普及。
死後の処置に看取りの延長戦での「ケア」としての要素を付加する傾向が強まり、看護師等へ死後の処置への関心を高めた。

 

(2)死後の処置は医療外業で健康保険の対象ではない

 

「死後の処置」は「死後」のことであるから健康保険の対象にならないし、看護師という資格保有者だけに許された業としてはない。


保健師助産師看護師法第5条によれば、
「看護師」は「
厚生労働大臣の免許を受けて、傷病者若しくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者」である。
「准看護師」とは、都道府県知事の免許を受けて、医師、歯科医師又は看護師の指示を受けて、前条に規定することを行うことを業とする者」である。
31条に「看護師でない者は第5条に規定する業をしてはならない」、「准看護師でない者は第6条に規定する業をしてはならない」とある。


但し、死後の処置は、死亡をもって医療行為は終了したという考えで、保健師、看護師、准看護師の有資格の看護職員にのみ許された業ではない。

 

(3)「死後のケア」が看護職員の研修項目に

 

死後の処置について厚労省は正式に看護職員の研修に「死後のケア」という言葉で採用することを正式決定するのは2014(平成26)年2月のことである。
それまでは看護師等の研修に義務づけられてはこなかった。

厚労省が20142月に作成したのは『新人看護職員研修ガイドライン【改訂版】』で、
「表4 技術的側面:看護技術についての到達目標」に新たに「死亡後のケアに関する技術」が取り上げられ「①死後のケア」が追加された。
但し、項目が加わっただけで、「技術指導の例」にも記載されておらず、その具体内容は提示されていない。

従来、正式名称がなかったが、おそらく今後は「死後のケア」が正式名称とされるであろう。


ガイドライン本体に記載はないが、調べると
「第3回新人看護職員研修ガイドラインの見直しに関する検討会」(20141月)記録において「新人看護職員研修ガイドライン到達目標の修正内容」として「死後のケア」が追加され、その理由として「超高齢化社会を迎え、新人看護職員研修においても実施すべき項目である。
各施設の状況を考慮し、『★なしⅢ』 とする」と記されている。
(筆者注::★1年以内に 経験し修得到達を目指す項目。Ⅰ:できる Ⅱ:指導の下でできる Ⅲ:演習でできる Ⅳ:知識としてわかる、と区分されている。)


おそらく終末期ケアが課題となっていることから、医療関係者が患者の死にあたって、最期をきちんとケアしたことを示す重要性が提示されているのであろう。


実際に患者の遺族からは、その死後のケアの処置内容がどうかではなく、「看護職員がきちんとしてくれた」ことへの評価が高い。
逆に言えば、死後のケアをきちんと行わないと医療関係者の評価が下がり、終末期ケアへの信頼が得られない、といえるだろう。


死後のケア(死後の処置)に対する看護職員の関心は一般病棟に比べ、ホスピス等の緩和ケア病棟において高い。

 

(4)死後のケアの実態

 

死後のケアは看護職員が行った場合でも約30分程度と短時間を強いられる。

しかも基準が明確でないことから清拭中心に済ませる者、メイクに偏る者等があり、内容は一定しておらず、特に体液・血液漏出保護等に係わる措置では手を抜く傾向が見られ、十全な遺体処置が行われているわけではない。


但し、ガイドラインの項目に「死後のケア」が追加されたからといって、死後のケア(死後の処置)が保健師、看護師、准看護師にのみ許された業ではないということへの変更はない。


実態として死後のケアは看護職員が病院等の施設で一般的に行われてきたが資格が定められた看護師、准看護師以外が行っている事実もある。


看護師等は過重労働で生きた患者の看護に時間を取られる。
また死後のケアの重要性を病院経営者が認識しておらず、死後のケアは看護師の本来業務ではない、という考えの持ち主がいる。
あるいは病院経営上の効率化を考える病院経営者もいる。


病院においては遺体搬送を葬祭事業者と契約しているケースもある。
遺体搬送業務に霊安室の管理を含むだけではなく、葬祭事業者が遺体処置業務もセットに含んで契約して葬祭従事者の派遣、あるいは病院内での遺体処置従事者を葬祭従事者との契約で行っているところもある。

また病院自体がパート契約等で遺体処置従事者を雇用している事例もある。

病院内で看護職員以外が作業を行う場合には病院職員の定めた、供給する作業着を着用して移動、作業するために患者、家族には病院が遺体処置を行っているものと映る。


また、近年では地域によって葬祭事業者の遺体取扱技術が向上しており、斎場(葬儀会館)という施設保有の葬祭事業者が増加していることから、病院内では簡単な処置で済ませ、後は葬祭事業者に委ねるところもある。


病院等以外での死亡の場合には訪問看護師が行う事例はある。
だが、すべてを看護師、准看護師が行っているわけではない。むしろ病院等での死亡以外においては葬祭ディレクター等の葬祭従事者あるいは葬祭事業者の下請としての湯灌業者、納棺業者、死化粧業者等、介護施設職員、または家族、隣人・知人等の非専門の一般人によって死亡後の遺体の処置は行われるのが一般的である。


死後のケアは医療行為外であるために健康保険の対象にはなっていない。
そのため、病院内で看護職員か否にかかわらず死後のケアを行っている場合には、「処置管理料」が無料から約4万円までの差がある。多いのは1万円内外である。

(この項続く)

2018年7月11日 (水)

死亡の場所の変化と遺体の取り扱いの変化

このところ「遺体管理」の問題について考察している。

流れとしては

 

死後、人間の身体はどう変容するのか?―死体現象

 http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2017/09/post-b3b3.html

 

遺体は公衆衛生上安全か?

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/07/post-5f6c.html

 

に続くものである。

今回書くものを含め、概要は以下に書いている。

 

死者・遺体の尊厳を守るー葬祭サービスとは何か?②

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/03/post-963f.html



死亡の場所の変化と遺体の取り扱いの変化

 

死亡場所により、その直後の遺体処置に違いがある。

また、病院でも、見分けは困難だが、すべてが看護師によって行われているわけではない。
当然歴史的変化がここには反映されている。

 

①死亡の場所の統計的変化

 

死亡の場所は、人口動態調査によると戦後大きく変化した。


1951
(昭和26)年には、自宅が88.4%と圧倒的に多い。
病院は9.1%、診療所は2.6%、合わせても11.7%に過ぎない。

病院・診療所が2割を超えるのは経済成長が著しくなった1959(昭和34)年のことで、病院と診療所を合わせ20.6%。
この年に自宅は79.3%と減少。


戦後の経済成長と共に医療のインフラは整備され、それに比例して病院等の医療施設での死亡が増加する。
病院死が増加することで、地域共同体による遺体処置(湯灌等)は病院での看護師等による死後の処置に取って代わられることになる。


病院等の医療施設での死亡が半分を超すのは1977(昭和52)年のこと。
以降は病院死が増加して自宅死が減少するという傾向が顕著になる。
1999
(平成11)年には病院・診療所での死亡が合わせて80%を超え、自宅死は15%まで減少した。

老人施設での死亡が2%を超え2.1%となり注目されるようになったのが2004(平成16)年のことである。

2010(平成22)年には病院・診療所での死亡が合わせて80.3%、老人施設での死亡は3.5%と伸び、自宅死亡が12.6%。
最新の統計である2015(平成27)年には病院・診療所での死亡が76.6%、老人施設での死亡が6.3%、自宅死亡が12.7%となっている。

老人施設での死亡が増加した理由については、終末期を老人施設で暮らす高齢者が増加したことに加え、かつては老人施設で暮らす高齢者が危篤になると救急車を呼び入院させ、死亡すると病院死にカウントされていたのが、老人施設で看取ろうという機運が高まり、施設での看取りが増えたことによる。

 


②死後の処置の担い手

 

自宅死が多い時期、つまり高度経済成長期以前は、人の死は家族が担い、死亡後の葬送は地域共同体が中心になって担っていた。


自宅死が多かった時代


一般には家族が看取り、主治医が来訪し死亡判定し、家族が死水をとり、遺体を安置した枕元で僧侶が枕経をあげ、家族で夜を徹して看取った。

当日、多くは2日目、地域の一員が水に湯を加えて適温にしたお湯で死者の身体を洗い、死装束に着替えさせるという湯灌(ゆかん)という習俗があった。

これは場所、場所で異なるが、古くは僧侶が行った事例もあるが、家族または地域の一員によって行われた。
その実態もさまざまである。
担当となったものの恐怖心を和らげるため、事前に酒を供し、酔っぱらって行われたこともあれば、家族の手で丁寧に行われたこともある。
都市部ではこれを担う専門の人がいたこともある。
あまりにもさまざまで、こうだ、と定式化はできない。

2
日目、または3日目に僧侶の立ち会いの下に家族の手で納棺され、通夜し、3日目または4日目には自宅または寺で葬儀をして出棺し、火葬または墓地に埋葬(土葬)された。


火葬率の推移

 

火葬または埋葬(土葬)までを急いだのは、遺体の腐敗が進行し、死者の尊厳を侵すことへの恐怖からであった。


都市部では火葬が多かったが、郡部では土葬が多く、火葬率が日本の統計で6割を超えたのが戦後の1960(昭和35)年の63.1%。
以後全国で地方自治体単位での火葬場建設が進み火葬率が急伸した。

1975
(昭和50)年に86.5%、1985(昭和60)年に94.5%、1995(平成7)年に98.3%となり、2010(平成22)年には99.9%を記録。
2015
(平成27)年には統計上100%の99.99%となっており、世界一の火葬先進国である。
1970
年以降、かつては土葬が多かった欧米でも火葬が顕著に増加傾向にある。


地域共同体から葬祭事業者へ

 

日本の葬儀は、地方共同体が中心に営んでいた。
大都市では1877(明治10)年頃以降に、地方では戦後の1950(昭和25)年以降に葬具提供業者として葬祭業が始まる。

現在の葬祭事業者の創設時期の分布は、1955(昭和30)年以前が全体の約1割、全体の約4割が1955年以降1995(平成7)年以前、1995年以降現在までが全体の約5割となっている。

葬祭事業者は、出自がさまざまで、登録の要もなく、したがって標準化規制もないため、葬祭事業者の業態はさまざまである。

1996
(平成8)年以降、厚労相認定葬祭ディレクター技能審査が開始され、2016(平成28)年まで21回を重ね、215,489名、116,470名の合格者を出し、合格者総数が葬祭従事者の約3割に達したことで標準化はかなり進行している。
だが、この資格取得が葬祭従事あるいは営業条件とはされていない。


葬祭事業者が葬儀運営の中心になるのは地域によって異なるが197080年代といえる。
ここで運営主体が地域共同体から葬祭事業者に漸次移行が進んだ。

葬祭事業者の遺体の係わりも同一ではない


この時期が病院死亡の増加した時期に相応するため、遺体の処置は地域共同体の湯灌から病院等での死後の処置に移行し、葬祭事業者はそのはざまで遺体処置に係わることになった。

遺体を細かく観察して適切な処置に心を砕く葬祭事業者もいれば、ドライアイスの補充以外は遺体処置にほとんど関心を示さない葬祭事業者もいる。
現在でも葬祭事業者の遺体処置への取り組みに大きな温度差があるのはこうした背景による。
地域差だけではなく葬祭事業者間に取り組みに温度差がある。

※次回は病院での死後の処置の実態について書く。
病院関係者、葬祭担当者も自分の守備範囲の経験だけで、さまざまであること、その実態は意外と知られていない。
ましてや一般の人には知られていない。

ちゃんとした紹介文献もほとんどないので、詳しく書く。

2018年7月 6日 (金)

遺体は公衆衛生上安全か?

遺体は公衆衛生上安全か?

 

遺体のすべてが公衆衛生上リスクが高いわけではない。
だが、同様に言えることは「リスクが高い遺体もある」ということだ。
問題は、多くの場合、その判別がないままに遺体は病院から搬出されていることだ。

「病院が死亡退院を許すのは、公衆衛生上の危険がない、と判断しているからだ」
というのは事実に即さないきれいごと。
「病院が死亡後、死後のケア(死後の処置)をしているので、公衆衛生上は安全である」
というのはほとんど妄言に近い神話。
この神話を信じる医療関係者、葬祭関係者が案外多いのに驚く。
医療関係者、特に医師、は死亡判定後についてほとんど関心を示さない人が多いのは極めて残念なことだ。

神話の怖さはリスク対処をしないことにある。
適正なリスク対処をすればいたずらに怖がる必要はない。

 

したがって、遺体に敬意を払い、尊厳を確保すると同時に、取扱で注意すべきものは、感染症等からのリスクへの対処である。

 

①病理解剖500例の分析

 

森吉臣(獨協医科大学教授【当時、現名誉教授】。専門:病理学)は

遺体を扱う立場にある者(葬儀関係者、医療従事者など)は、多くの遺体が病原菌に汚染されており、不注意に扱うと感染を受ける可能性があること、また、公衆衛生上も周囲環境を汚染する危険性があることを認識する必要がある。しかし、だからといってむやみに恐れる必要はまったくなく、病原体や感染症に対する知識を修得し、予防法、消毒法を身につけて正しく対処すれば危険性はなくなる

と、説く。


森は、獨協医科大学越谷病院において行われた病理解剖500例を分析し、その結果を以下のように述べた。


500例の解剖例中、感染症が認められたのは、全体の65.2%の326例であった。感染症が認められなかったのは、残りの174例で、34.8%であった。特にここで注意すべきことは、感染性の高い肝炎ウイルス感染症や結核症が比較的上位を占めていることである。肝炎ウイルス感染症が35例、結核症が18例、また重症感染症である敗血症が19例で、合計72例である。これは500例の解剖症例中14.4%に相当する。


遺体内の細菌の増殖は経過時間によって飛躍的に増加する。
それは一般的な菌である大腸菌を尿10ml102乗個入れて実験すると24時間経過後に107乗個まで増殖した。
遺体は死亡後の経過時間に比例してリスクは高まる
(以上、森吉臣「遺体と公衆衛生」、『遺体衛生保全の基礎』所収に基づく)


病院等の医療施設での死後の処置は、死亡直後に行われることが多く、死亡後2時間以内がほとんどである。
いわゆる「死体現象」が発生している事例の割合は低い。
また、死後の処置は、死後硬直が顕著になる2時間前までに行うことが原則となっている。


死後の処置によって「死体現象」をなくする、止める効果はまったくない。

「死体現象」の進行を止めるにはエンバーミングを処置する以外の方法はない。
(しかし、病院で死亡直後にエンバーミングが処置されている例は今はない。)


「死体現象」の進行を考えると、「遺体管理」ということで最も重要になるのは、遺体が家族に渡され、葬祭事業者に管理を委ねられる以降が最も重要になる。

 

②開示されない感染症情報

 

感染症については、感染症法による一類、二類、三類および指定感染症は厳しく管理されていて告知も義務づけられている。

だがそれ以外の場合、感染症を主な死因とする死亡以外は、たとえ感染症を保持していても、死亡診断書、死体検案書に記載されない。

病院と懇意な場合は医師が把握している限りの感染症についての情報は葬祭事業者に注意する旨が伝えられることがあるが、多くの場合には個人情報保護を理由に開示されない


また、主な死因でない場合には、医師は遺体が保持している感染症のすべてについて把握していないケースも多い。

先の病理解剖結果は30日以上経過して判明することが多く、その結果は遺族にも葬祭事業者にも開示されないことが多い。
また、開示されてもすでに葬儀は終わり、火葬され、焼骨ななっている。

したがって死亡後に看護師等の医療関係者、介護関係者、葬祭事業者が遺体を取り扱う場合、危険な感染症を保持していることを前提にスタンダードプリコーション(標準予防策)に基づいて患者のみならず遺体も取り扱う必要がある

 

スタンダードプリコーション

どの患者(遺体)も感染症の有無に関係なく感染症を保持しているという前提で、手洗いの励行、うがいの励行、環境の清掃を行う。
また、血液・体液・分泌物・嘔吐物・排泄物などを扱うときは、手袋を着用するとともに、これらが飛び散る可能性のある場合に備えて、マスクやエプロン・ガウンの着用。
また使用器具等は滅菌、消毒する。

 

院内感染の流行から、スタンダードプリコーションは、厚労相においては看護師教育内容基準等には採用され、また高齢者の介護施設でも危険認知と対策強化がなされている。
だが、より危険度が高まる葬祭事業者への指導は弱い

推測するに、医療施設、介護施設においては集団感染発生の危険度が高く、集団発生が生じると社会問題化することがあるのだろう。
遺体の場合、病院や施設外に出た場合、発生源のリスクは同等以上だが個別化されるため、施設、場所が厚労相の管轄を離れるため責任が問われないことによるのだろう。


葬祭事業者が組合等を通じて自衛策として研修をしているが不充分である。
葬祭ディレクター技能審査のテキストでは遺体取扱時のスタンダードプリコーションの内容を示し、必要性を説いているが、葬祭事業者における実態としては、このリスクに対応する熱心度で事業者格差が大きい。
(ちゃんと対策している葬祭事業者もいれば、まったく無関心な葬祭事業者もいる。葬祭事業者の選択は、見積金額が高いか安いか、だけではなく、こうした対処をきちんとしている事業者であるかも見分けることが重要になる。これが「葬祭サービスの質」の一つだ。「お金がすべて」かのように考える消費者も愚かであるし、「葬祭サービスの質」を説明しないで、「低価格のみ」を宣伝する葬祭事業者はおかしいのだ。)

2018年7月 5日 (木)

葬祭サービスと葬祭ディレクター―葬祭サービスとは何か④最終回

「葬祭サービスとは何か?」について、歴史的文脈、遺体、遺族心理と過去3回論じてきた。
しばらく時間を置いたが、最終回となる今回は「葬祭ディレクター」を扱う。

 

葬祭サービスの歴史的文脈ー葬祭サービスとは何か?①

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/03/post-6f10.html

死者・遺体の尊厳を守るー葬祭サービスとは何か?②

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/03/post-963f.html

遺族のケアで考えるべきこと 「死別」ということ―葬祭サービスとは何か?③

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/04/post-9d52.html



なぜ「葬祭ディレクター」なのか?

過去22年間、葬祭業界が団体の壁を越えて一致して取り組んできたのが「葬祭ディレクター技能審査」である。

この制度は「葬祭サービス」という事業分野の社会的地位の向上を目的とし、このためには葬祭サービスに携わる「人材の育成、人材の質の向上」が欠かせない、という共通認識の下に取り組んできたものであるからだ

 

■「葬祭ディレクター技能審査」の経緯と概容

 

「葬祭ディレクター」は一般名称ではない。
厳密に規定された称号である。

葬祭サービス業務に携わる必須資格ではないものの、「看護師」「医師」「税理士」がそれぞれ定められた試験に合格して認定された者だけを指す称号であるのと同様である。

 

「葬祭ディレクター」は、
「葬祭ディレクター技能審査協会が毎年実施する葬祭ディレクター技能審査に合格し、1級(または2級)葬祭ディレクターとして認定された者だけが名乗ることが許される称号」
としてある。


試験を実施し、認定するのは協会であるが、「葬祭ディレクター技能審査」は、1996(平成8)年3月に労働大臣(現・厚生労働大臣)の認定を受けた制度としてある。

 

「技能審査」は、厚労省において現在大きく見直され、現在、新規認定はない。

しかし、葬祭ディレクター技能審査は、過去の実績(毎年約2,600人に及ぶ受験者数、社会的評価の定着)、充実した評価方式が高く評価され、「異例」として存続を許可され継続している。


将来的には(直ちにではないが)「技能検定」の枠組みに包摂されるのではなかろうか、と個人的には思っている(私個人は本制度の立ち上げから関与したが、2016年度をもって退いた)。

 

葬祭ディレクター技能審査の第1回は1996(平成8)年のこと。

同年826日(月)に1級葬祭ディレクター技能審査を、翌827日(火)に2級葬祭ディレクター技能審査を、全国10会場にて実施した。

以来、1級・2級同日併行実施に変更したものの毎年継続実施され、20179月に実施された技能審査で22年となる。

 

2016年までの合計は、受験者総数は49,660名、1級合格者16,470名、2級合格者15,489名。合格者総数は31,959名である。

2級合格者の半数がその後1級を取得していると仮定すると、約2万5千人が葬祭ディレクターの概数となる。

 

葬祭従事者は多岐にわたり各種統計でも実数把握ができないが、およそ10万人と想定すると全体の4分の1程度となる。

葬祭事業に関係する各種事業所の主要担当者は資格取得していると見られる。

別な言い方をするならば、葬祭ディレクターが不在の葬祭事業所はその質が疑われるという認識が一般化するに至った。

 

葬祭ディレクター技能審査協会は、専門事業者の全国団体・全葬連(全日本葬祭業協同組合連合会)と冠婚葬祭互助会の全国団体・全互協(一般社団法人全日本冠婚葬祭互助協会)の主要2団体によって構成・運営されている。

しかし、葬祭事業に従事するすべての者に受験の門戸は開かれており(労働大臣が認定した際の条件)、実際にも両団体以外の受験者、合格者が約3割を占めている。

今では葬祭サービス事業分野における唯一にして統一された資格制度として社会的評価を受けている。

 

■葬祭ディレクターが変えたもの

 

「葬祭ディレクター」が葬祭サービス事業分野で変えたものは何か?

 

制度設計を開始した24年前の葬祭業務現場は、「極端に」言えばこうであった。

葬祭業務従事者の主要業務はどちらかといえば祭壇等の葬儀実施のための設営を中心としたものであり、「葬祭サービス」という視点はあまりなかった。

プロとしての意識は低く、知識は自己流が跋扈し、遺体を取り扱う立場でありながら公衆衛生知識に疎く、対消費者意識も欠け、マナーも悪く、全体的にコンプライアンス(法令遵守)の認識も薄かった。

各企業内部では教育訓練がなされないのに「10年経たなければ一人前ではない」という神話が横行。

 

結果として社会的地位としての評価が低く、かつ、死穢意識からくる不当な差別観に晒されていた

 

こうした状況に対して危機意識を抱いた全葬連、全互協が一致して取り組んだのが葬祭ディレクター技能審査制度の立ち上げであった。

 

相互に何かと軋轢があった両団体が一致して取り組むには、労働省が「認定条件」として強く促したこともあった。

だが、多死高齢社会に足を踏み入れていながら、社会的地位の低さから、このままでは社会的課題に対応できないという差し迫った社会的要求を両団体幹部が共有したことによる。

 

それまでは「葬祭業務」の範囲、要求される質についての確立された共通認識がなかったので、「葬祭サービス」という概念を導入して業務の範囲、深度の枠を再構成した。

 

「葬祭ディレクター」を「葬祭サービスを提供するプロ(専門家)」と位置づけた。

そのうえでどのような知識しかも信頼できる内容のある知識をもつべきかを定めた。

 

歴史、葬儀を囲む社会環境、業務内容、公衆衛生、葬具、棺、火葬、墓、霊柩車、法要、死後事務、関連法令等についての知識、加えて葬儀が宗教儀礼として行われることが多いために宗教宗派とその儀礼の基礎理解も課した。

消費者にサービスを提供する者としての基準となるマナー、弁えておくべき法令の遵守も重要である。

葬祭サービスの中心となるのが死者の尊厳、遺族への配慮であることから遺体の死体現象と対処法、遺族心理についての理解は欠かせない。

 

当初は「葬祭サービス」と言えば、お客様への言葉遣い、礼の仕方といったマナーに関心が集まりがちであった。

これに加えて、お客様、特に死別直後の遺族の立場、心情を尊重したサービスをいかに提供すべきか各自が考えられるようにすることがテーマとなった。

 

「葬祭サービスを提供するプロ(専門家)の育成」という課題が浸透したことには葬祭事業を巡る環境変化もある。

 

葬儀が個人化、多様化し、高度経済成長期に定式化したかに見えた葬儀の常識が変容し、原点に立っての構築、対応が迫られるようになった。

 

家族関係や地域関係が変わり、遺族個々への対応をせざるを得なくなった。

経済格差が拡大し、それぞれに合った適切なサービスの提供も求められるようになった。

 

もはや祭壇の大きさで葬儀の価格やサービス内容を決める時代ではなくなった。

葬祭サービスで求められることの幅も広がり、深度も深くなった。

 

葬儀の現場は大きく変わった。

そのことを痛感しているのは現場の葬祭ディレクターである。

彼らがいなければ今の葬儀現場はどうなっていただろうか、と思うと、継続して葬祭ディレクターを育成してきたことの重要性がわかる。

 

また一方、依然として一部の経営者が葬儀の現場に無理解なまま、数字だけを追っている姿勢は変えなければいけないと思う。

経営と現場が一致して取り組むべき課題はまだまだ道半ばである。


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学科試験、実技筆記試験。このほか、実技試験として接遇、司会、幕張がある。
2級受験資格はじつ葬祭実務経験が2年以上、1級受験資格は2級取得後2年以上の実務経験または5年以上の葬祭実務経験


2018年6月26日 (火)

葬儀の風景は一変したが 個々の生死の現実を突きつける―中外日報コラム④最終回

中外日報に4回にわたりコラムを掲載した。
今回は最終回。

1回は、
「孤独死」「無縁墓」 価値観伴った不当な言葉―中外日報コラム①

 http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/06/post-5ece.html#_ga=2.10109173.1943673036.1528352822-775014334.1512971023

2回は、超高齢社会 「死」の観念、大きく変化中外日報コラム
http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/06/post-ac5c.html

3回は都市化・過疎化と葬儀、墓—中外日報コラム③

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/06/post-ad89.html

 

葬儀の風景は一変したが 個々の生死の現実を突きつける

 

■葬送の変化の20

 

「葬送が変化した」と言われて20年が経過。
葬送が明確に「個人化」へ舵を切ったのが1995年。
阪神・淡路大震災が発生し、6千人を超える大量死を生んだ年であった。


1990
年前後から跡継ぎ不要の永代供養墓(合葬墓)散骨が話題となり、1999年には樹木葬が誕生。
今や「送骨」も現れた。


葬儀では1995年に「家族葬」という言葉が誕生。
2000
年には葬儀式を伴わない「直葬」が話題を集めた。

宮型霊柩車は姿を消し、葬儀は自宅から斎場(葬儀会館)へ場所を移動。

1990年頃は会葬者300人という葬儀もごく一般的であったが、今や3060人程度が最も多い。

 

■仏教各派の葬送儀礼に変化が見られない

 

こうして何もかも変化したように思えるが、仏教各派の葬儀儀礼の次第にはあまり変化が見られない。

禅宗のみならず各宗派の次第を見ると、「葬列」が行われていた時代痕跡を多くが残している。

しかし、おそらくほとんどの僧侶は葬列を知ることはない。

 

中には遺体安置から始まり、柩を前に読経し、棺を閉じて出棺し、葬列を組み、火葬の火を点火するまで、かつての葬儀プロセスが1時間の中に再現されているものがある。

おそらく葬儀の進行に合わせ、都度行われてきたものなのだろう。


しかし、今、かつての葬儀進行への知識も想像力も欠いたまま、「正しい儀礼」を踏襲している。

 

■儀式に現場感覚が失われている

 

儀式が本来もっていた具体性、現場感覚が失われてはいないか。葬儀は、固有の死に直面し、死者を葬り弔うという遺族や死者の仲間たちの悔恨、絶望、悲嘆等の心情の揺れのプロセスを背景としたものであったはずである。

 

例えば、引導の松明は火葬の点火の名残。

今導師は、その生々しい緊張感を保持して引導しているだろうか。

 

死者個々に向き合って行われただろうことを示すのが引導文、歎徳文、諷誦文と言われるもの。

定型文中の名を入れ替えただけのものになってはいないか。

 

■死、葬儀は、どこまでも個々の生死の現実を突きつける

 

「葬儀式は大切だ」と多くの僧侶は言うが、自分たちが営む儀礼にどこまで自覚的だろうか。

 

通夜と葬儀の意味の違いも知らず、遺族が式としての通夜を省くと「儀礼軽視」と難ずる。

そのくせ意味不明な「式中初七日」は簡単に受け入れる。

 

死、葬儀は、どこまでも個々の生死の現実を突きつける。

その場に立ち竦み悩む僧侶にこそ期待したい。



(補足)小型化は全国で起こっているが、東京では20人以下が多いという。
家族5人程度といったのも普通に見られるようだ。

個人化した今、人数が問題ではない。
それぞれで考え方、事情も異なるからだ。
問題は弔いの実質を持っているかだろう。

過去の高度経済成長期の葬儀、多数の会葬者を集めて行われたが、社会儀礼に偏し、弔いの実質が伴わない葬儀が少なくなかった。

中高年の僧侶と話していると、今の葬儀の変化を嘆いているが、それは高度経済成長期の葬儀に比べて、というのが多い。
ちょっとおかしい。

社会の背景も異なる。

しかし、過去のありようへの反省がなくては、今を批判するのはおかしいだろう。

2018年6月23日 (土)

都市化・過疎化と葬儀、墓ー中外日報コラム③

中外日報に4回にわたりコラムを掲載した。

1回は
「孤独死」「無縁墓」 価値観伴った不当な言葉―中外日報コラム①

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/06/post-5ece.html#_ga=2.10109173.1943673036.1528352822-775014334.1512971023

2回は超高齢社会 「死」の観念、大きく変化中外日報コラム
http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/06/post-ac5c.html

そして、今回は3回目。
ちなみに中外日報では「
人口、地方から都市へ 墓じまいより放置墓深刻」と編集部がタイトルを付けた。

■都市化・過疎化と葬儀、墓

 

1950(昭和25)年時の日本の人口は郡部が8割、市部が2割。それが戦後高度経済成長で1955(昭和30)年に始まる戦後高度経済成長以降、人口大移動が発生。今や郡部2割、市部8割と逆転している
戦後日本はこれだけ大きな変化をしたのだ。
地域共同体が中心だった社会が個人化した。
多くのものが変化したし、人の死も葬送もまた大きく変化した。

 

人口分布が大きく変化したのに寺の分布は江戸時代より大きく変わっていない。

過疎地の寺院が残った高齢檀信徒の手では維持できなくなり、消滅が相次ぐのは社会の趨勢ではある。

 

問題の一つは、都市化した住民が大量の宗教的浮動層を生んだこと。

地方寺院と都市寺院を結ぶという点では教団はネットワークとしてまったくといっていいほど機能しなかった。
住民を送り出す側の地方寺院は、都市寺院に檀信徒を奪われるのを嫌って紹介しなかった。

(補記)もとより寺院だけに宗教的浮動層の大量発生の責を負わせることは不当である。
都市住民の足元が浮遊し、家族は核家族を中心とし、将来の単身化を生んだ。
テレビが普及し、情報が溢れる。
都市はたくさんの興味あるもので満ちていた。
経済的には総中流を生み、大量消費社会となる。
しかし、1990年代以降、個は孤に変じ、今や大格差社会となる。
宗教は懐かしさの対象であって、観光として魅力をもつが、人間の生死にあまり交差しない。
それこそ盆、彼岸、葬儀、法事でのみ頭を過(よぎ)るのだが、過らない人もまた多い。


都市寺院は、都市化の恩恵を受け、地方出身の住民の葬儀・法事で泡銭を獲得し、地方寺院の疲弊化と反対に富裕化。
だが、その住民を取り込み檀信徒化することには失敗した。
葬儀に対し、頼まれ仕事という意識で、死者、遺族に責任をもって取り組もうとする寺があまりに少数に留まった。

(補記)都市住民、特に地方から都市に来た新住民はそれなりの悩み、問題を抱えていたのだが、それに対応したのは創価学会、立正佼成会、霊友会等の新宗教。
既成宗教は軒並み新住民の取り込みに失敗する。


その間隙を今ネット企業が僧侶派遣事業で攻める。
派遣要員となったのは地方、都市を問わず寺院格差により食えなくなった僧侶たち、2世僧侶たちだ。

都市寺院は、僧侶派遣を自分たちに入ってくるはずの収入を横取りするものとして敵対視。
だが、葬儀だけを頼む宗教的浮動層からは、都市寺院僧侶の「やってやる」とばかりの尊大さが人気を低くし、「お客様サービス」として評価を受ける派遣僧侶がむしろ相対的に高く評価される傾向にある。

(補記)僧侶個人の資質により大きく異なる。
今は、若い僧侶を中心に、身を低くして接する、誠実な僧侶が増えていることは確かだ。
しかし、総じて大きな名門寺院の僧侶ほど、偉そうな顔して、自分たちが上席に座るのは当然、敬語で話しかけられて当たり前、と思っているのが多い、と思うのは偏見だろうか?
自分に能力がないのを知っているから、上から目線でしか接しようとしないのか?


無論、僧侶派遣事業は宗教収奪であり、正当性はない。
だがそれに対抗すべき寺院側にも宗教性が欠ける点が問題を深刻にしている。


今、NHKが若手のディレクターが中心になり「墓じまい」を煽る。
地方等の家墓を整理し、都市周辺の承継を必要としない永代供養墓(合葬墓、合同墓)へ改葬することだ。
90
年代は「お墓の引っ越し」と言われ、今は「墓じまい」

(補記)確かに住居を地方から都市に移し、もう地方に戻る意思がない者は多く、高齢になれば墓参も大変になる。
地方に親や親戚がいたときはともかく、帰っても実家もない、あっても地元に残る親戚とは疎遠。
子がない人も多い。
子がいても、その子に子がいない例は多い。
継承されるべき家(イエ)がない人は多い。
だが、墓は何とかしなくちゃいけない、と念慮しなくてはならない存在としてあるのか?

 

騒がれてはいるが、はたして「墓じまい」は増加しているのだろうか?

改葬数を見ると1998年7万件、20068.9万件、2014年8.4万件、最新の2016年は9.7万件。

確かに増加はしている。
だがもてはやすほどではない。


他方、確実に増加していると思われるのが地方郡部の放置墓。
2~3割に及ぶ。
墳墓総数を少なめに1千万基と推定、1割としても放置墓は100万基となる計算になる。

(補記)日本人は「先祖」を大切にする、と言われる。
先祖祭祀の事例は多い。

しかし、「墓」ということが大衆に定着してくるのは室町末期の戦国時代以降のこと。

江戸時代に入り、大名、旗本、上流武士、豪農、豪商といった守るべきものがある人たちは、生活の起源となった人を崇拝し、それを祀ることで家のアイデンティティを確保したであろう。

だが名もなき大衆はどうだったのか?
せいぜいが生を共にした両親、祖父母までであり、それは「祖先祭祀」というよりも「死者祭祀」ではなかったか?

一つの墓石に同じ家の死者の遺骨を納める「家墓」。
まず火葬でなければ同じ場所に納骨(法律的には「埋蔵」)できない。
火葬率が高かったのは江戸、大坂等の大都市、地方では浄土真宗の門徒の勢力が強かった北陸地域等。
1896
(明治29)年の調査で火葬率は3割以下(26.8%)であるから、一般的ではあり得ない。

 

江戸時代に一つの墓石に複数の遺骨が納められた事例はあるようだが、家族全員代々となると、よほどではないか。

私の母方の家は大名の家老職であった。
今でも寺の墓地の一角に代々の墓石が広く置かれているが、祖父母までは個人墓である。
叔父が「こんなことは続けられない」と家墓を造り、今では叔父と昨年死んだ叔母が一緒に入っている。

私の父方は関東の大名で「取り立て家老」というのだろうか、代々ではなく、家老になったこともある家であった。

参勤交代があるので、東京と地方に墓はあったようだ。
東京では宗派の異なる複数の墓があったらしい。
というのは、明治で陸軍の将軍になった曽祖父の巨大な墓(隣に妻の墓、一角に息子の墓)があり、私が管理しているのだが、大出世した曽祖父以前の墓の記録がないのだ。
曽祖父が新たに求めた寺は元々の檀那寺とは異なる。
大成功した曽祖父は、それ以前の父母、祖父母等の墓を捨てた。

私の双系は江戸期までは上流武士である。
しかし、そんなものだ。

 

火葬が急速に進捗するのは明治末期以降。
コレラが大流行し、伝染病予防法が制定され、明治政府は公衆衛生の観点で土葬から火葬へ舵を切った。
「家」が単位となったのは1898(明治31)年公布の明治民法が家制度を強調した影響が大きい。

といっても急に火葬率が増えたわけではない。
第二次大戦の直前、1940(昭和15)年に火葬率はようやく5割になった。
昭和の初期に「〇〇家」の墓は大流行するのだが、大都市や火葬が進んでいた地域でのこと。

戦後になり、国が融資制度を設け、地方自治体に火葬場建設を奨励した。
この結果、196063.1%、196571.8%、197079.2%、197586.5%、198091.1%、198594.5%、199097.1%、199598.3%、200099.1%、201099.9%、2015年には統計上100%の99.99%と火葬率は急上昇。
土葬はまれになった。

大人口移動で都市に来た人たちが、都市近郊に墓を求める「墓ブーム」が到来するのは1970年代のこと。
家族形態は戦後民法の基礎、世帯である核家族。
都市周辺は火葬がすでに一般的。
新しい墓地許可条件は「焼骨の埋蔵に限る」と条件づけられた。
時代は総中流。
墓石もブランド物が選ばれる。

古いと思われる「家墓」が一般化したのは戦後、70年代、80年代のこと。
そこで言われた「家」はもはや明治民法下の「家(イエ)」ではなく「世帯」であった。

世帯単位であれば、継承が困難になるのは目に見えている。
今では一般世帯の3分の1(全世帯の4分の1)が一人世帯。
今後は継承を必ずしも前提としないシステムでなければ墓は行き詰る。

近年の東京、大阪に出現しているビル型「大納骨堂」「室内墓地(霊廟)」と称されるもの(墓地埋葬法上は「納骨堂」)。
墓参りに便利、無縁にならない、が売り。

でも、少し危険。
建物、骨壺を自動移送するシステム(倉庫システムの応用にすぎない)、いずれも将来はメンテナンスを必要とする。
納骨堂は「死者の安寧」の観点から維持されるべきである。
売ったお金の一部は常に基金として保全し、将来の用途に備える必要があるが、事業主体である寺院がどれだけ基金化しているだろうか?

すでにいくつか経営困難になり、事実上「売り」に出され、経営母体が変更している事例がある。
経営実態の公開は必要である。



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