2017年6月 1日 (木)

あのとき それから 1990年日本初の樹木葬

昨日2017年5月31日朝日新聞夕刊特集「あのとき それから 1999年(平成11年)日本初の樹木葬」(記者:帯金真弓さん)が掲載された。

Jumokuso20170531_2
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12965781.html?ref=pcviewer


いま樹木葬は中国、韓国でも人気らしいが、起源は1999年に岩手県一関市の祥雲寺(当時:現在は知勝院)が山ごと「樹木葬墓地」として許可を得て開設したのが最初。
自然保護活動と葬送を一体化した提案であった。
http://www.jumokuso.or.jp/description/index.html

これは2005年の「都市型樹木葬」をうたったエンディングセンター「桜葬」の提案につながる。
http://www.endingcenter.com/jumoku/


元来「樹木葬」は90年前後の新潟妙光寺の永代供養墓「安穏廟」に代表される継承を必要としない、誰にも開かれた墓「永代供養墓」の動き、
http://www.myoukouji.or.jp/annon/index.html
1991年の葬送の自由をすすめる会の「自然葬」(散骨)
http://www.shizensou-japan.org/
における自然志向を背景として生まれたものである。

桜葬の出現で墓地内エリアで容易に実施できると理解した横浜市や東京都が「人気がありより安く大量に遺骨を埋蔵できる墓地」として注目。
理念よりも「樹木を墓標とした墓地」くらいの安易な取り組みが全国に広がっている。

自然保護を真剣に考えたものでは千葉県袖ケ浦市の真光寺の里山墓地がある。
https://shinko-ji.jp/jumokuso/

現在「樹木葬」と称するものは多数あるが、理念があるものはそれほど多くなく、便乗型が少なくない。
90年前後に永代供養墓ブームが生じ、墓不況が本格化すると、理念なく追随し永代供養墓が全国に増えたが、「死後の安心を託す」のであるから便乗型の多くが失敗したという過去がある。

なお帯金記者のまとめた私のコメントは以下のとおり。

■「墓の形態=弔う心」ではない 葬送ジャーナリスト・碑文谷創(ひもんやはじめ)さん(71)

そもそも「家墓」は古来の概念ではありません。明治政府の民法による「家」意識の高まりと伝染病対策の火葬推進で、庶民に広がるのは明治末期から昭和の初め。複数人が同じ墓に入る前提となる火葬率が6割を超えたのは1960年以降。家の墓を守るのが「伝統」と語られるが、そんなことはない。

戦後は家制度が廃止されたのに墓制度は戦前のまま。経済成長と共に地方から都市への人口移動が進み、新興都市住民が周辺で墓を買った。70年代は空前の霊園開発ブームで、バブル崩壊までは数百万円もする墓が飛ぶように売れた。社会が変化しているのに、寺を中心とした業界は檀家(だんか)制度や長子継承に縛られたままで、80年代に継承性の問題が表面化したのです。

伝統はないから、崩れるのも早い。今は骨を郵送して納骨を任せる「送骨」サービスも登場し、合葬なら3万円程度で利用できる所も。火葬場から遺骨を引き取らない例も出てきています。

弔いの形態はこの30年で多様化しています。かつて墓の大きさで信心深さを語ることもあったが、今は永代供養墓でも熱心に墓参する人もいれば、立派な家墓でも放置する人もいて、放棄墓の問題は深刻です。その外形から、弔う心を測ることができなくなってきているのです。


コメントがまとめられるというのは難しいことだが、ここは帯金記者の苦労を考え、そのまま掲載しておく。

墓の略歴について書いておこう。

墓地は古来よりある。
民衆が墓をもったのは戦国時代以降
江戸時代までは個人単位の墓
明治末にコレラ流行を機に政府が火葬を推進、明治民法が「家」を単位にしたため以降「家墓」が人気に。
•1960年火葬率6割を超える(現在ほぼ100%)
1970年代より都市化の影響で大都市部に墓地需要増加。墓石のブランド化、墓石に家紋入れが流行
1991年バブル崩壊で墓地需要急低下。少子高齢化多死社会が問題に。
2011年経産省調査。墓新規3割。うち3分の1が永代供養墓、散骨、樹木葬等の新形態を選択。


2017年1月13日 (金)

葬列―個から見た葬送(12)

基本としてここに描いたものはフィクションである。
私の周辺で生じたものが多く含まれているが、当事者の心象に投影して描いている。


葬列

山道は昨夜の雨で少しぬかるんでいた。
近所の年寄りは「滑るから危ない」と言われ、無念そうに家の前で葬列を見送った。

ここの山間はもともと土葬の習慣の残る地区であった。
だが合併し「市」となった今、市の病院で亡くなり、その市の斎場で通夜、葬儀が行われ、市の火葬場で荼毘に付されるケースが増えてきた。


この日の死者は、最近では珍しく自宅で亡くなった。

85
になる母親は「がんの末期で治療の術はもうない」と医師から言われた。
娘が、
「最期は家で」
と、
母親を自宅に連れ帰ったのだ。

娘がスプーンで食べさせようとすると、
母親は「もういい」と拒んだ。
そして静かに「ありがとう」と娘に感謝した。
その数日後の夜、眠るように静かに息を引き取った。


翌朝、連絡を受けてきた主治医が「ばあちゃん、よかったな」と言って涙を零した。


葬式は「母の遺言ですから」と自宅で行われ、近所の年寄り仲間が集まった。

山の中腹にある共同墓地までを、葬儀社の若い社員たちが柩を担いだ。
檀那寺の若い副住職が葬列を先導。
埋葬地に鍬(くわ)を入れ、引導を渡した。

深く掘られた穴に柩が静かに下ろされた。

再び盛られた土の上に、娘は履いてきた草履を脱いで置いた。
そして合掌した。


2017年1月 7日 (土)

「閉眼」って、何?―「改葬」問題のコンテキスト④

「閉眼」って、何?


「改葬」問題から言えば、少し寄り道に近い話だ。


「改葬」に際して、元の墓を原状復帰するか、その費用相当分を墓地管理者に支払う。
墓石を撤去するだけではなく、使用していた墓域である墓所全体を原状=つまり使用以前の状態に復する必要がある。

また、管理料に不払いがあった場合にはそれを支払う。

以上は常識に属する。

しかし、「閉眼供養」って、何だ?

墓石業の方、寺院の方は(もっとも仏教者に限ることだが)
「墓を建てた時は開眼供養をし、墓を閉じる時は閉眼供養をするのは常識」
とおっしゃるだろう。※真宗は言い方が違うらしいが。

岩波仏教辞典


「開眼(かいげん) 新たに作られた仏像・仏画を堂宇に安置し、魂を請じ入れること。開眼の儀式には香華・灯明・護摩などをともなうので、<開眼供養>という」とある。

しかし、「閉眼」の項はない。

親鸞の有名な
某(親鸞)閉眼せば賀茂河にいれて魚に与うべし(改邪鈔)
での「閉眼」は「目を閉じる=死亡」を意味している。

「閉眼供養」の「閉眼」の意味ではない。

仏像修理の時に「閉眼供養」をし、修理中は物とみなす、というのは工事をする者の気持ちを考えてのものであることが多いだろう。
しかも、この場合には修理が終了したら元に戻すのだ。

墓石を建立するのに「開眼供養」をするのは墓を仏像に見立てたからである。
そもそもこの「見立て」がなければ「開眼供養」は存在しない。
「見立て」は教理ではなく「慣習」である。
火葬された焼骨を「白骨」=「成仏の徴」と理解したのは、古くからの仏教の民間信仰であり、これが火葬を推進させる契機とはなった。
特に「喉ぼとけ」(実際には軟骨であるため火葬時に溶解しなくなるので、代わりに第二頸椎を見なすのだが)を「本骨」と言い、「本山納骨」ではこれを納骨する。
だから「白骨」も「成仏の徴」として大切にされ、それを納める墳墓もいわば堂宇と見做したのだろう。

以上は、あくまで見做した話である。
でも民間習俗・民間信仰であれ、それを信じる人がいる以上、大切にされるべきである。
刑法は遺骨、それを納める棺、墳墓を尊重すべし、と定めているのは社会的習俗としての宗教感情を尊重しているからである。

改葬に際し、「閉眼供養」が必要とするのは、後で墓石を撤去する業者等の心理を配慮したものと考えれば少し理屈がつく。

寺院が要求するとすれば、それは仏教者としての要求ではなく、墓地管理者として墓石業者の仕事へ配慮してのことだとすればわかる。
民間信仰を尊重する気持ちであればいいが、とかく逸脱する。

とするならば、墓所撤去作業をする墓石業者が「閉眼供養しなくともかまいません」と言えば閉眼供養は不要となるのではないか?


もちろん墓を建てる人が開眼供養を必要とし、改葬する際に閉眼供養をしたい、というのであるならば問題ない。やればいいのだ。
他人がとやかく言うことではない。

しかし、当事者がそう思っていない場合にはどうなのだ?
墓の開眼も閉眼も仏教の教えそのものとは異なり、仏像相当物と見做す民間習俗だとするならば、それを強制することは寺にはないのではないか?
民間信仰を尊重することを否定しているのではない。
とかくそれ以外の意図をもちかねないのが問題なのだ。

これは仏教寺院の場合、改葬する人にときどき(あくまで一部と信じたいが)閉眼供養を条件かのように要求し、これに相当額を要求する例があるからだ。

出る人が「これまでお世話になりました」と感謝の気持ちで差し出すのはいい。
これは美しい話である。
たくさんの人が進んでお礼を包むのは望ましいことだ。
だが強制すべきではない。

また「離檀料」を要求する事例がある、と聞く。

墓を移すことは即檀家(戦後は「家」がないので「檀信徒」「檀徒」と言うべきだろう)を辞めることを意味しないだろう。

本来なら移転先を訪ね、檀信徒をときどき訪れる、ということがあっていい。
だから改葬する人が申し出ない前に、寺から「離檀」を言い出す性質のものではない。

「離檀料」があるというだけではない。
「入檀料」があるから驚く。

首都圏の民営墓地ではなく、寺院境内墓地に見られるのだが、寺院境内墓地を入手するのに使用料以外に入檀料が要求される。
事務手数料的なもの、2万円程度のものはあっていいが、10万円以上となると性格が異なる。


寺院境内墓地がブランド化しているのだ。
ブランド料であり、それこそ事業型墓地の証左ではないか!

寺の檀信徒になるのにお金を必要とする、というのは壁を設けているようなものだ。
「金持ちだけが檀信徒になれます」
と広言しているようなものだ。

「檀信徒になる、というのはお寺の活動を支えることですよ」
と伝えるのはいい。護持会負担はあっていい。
また檀信徒にさせていただいたお礼をするのは美しい話である。

改葬だけではなく寺墓地購入にあたっても、「美しくない話」が多すぎないか?

改葬元の墓地管理者が「埋蔵(納骨堂の時は収蔵、土葬された場合は埋葬)証明を行うのは、単純に「事実証明」であり、対価をともなうものではない。

こうした問題と寺の財政問題は区別されるべきであろう。

確かに寺側からは改葬により檀信徒が減少するのは財政的に痛手である。
だから寺財政について話し、寺への寄進の継続を依頼するのはあっていい。
しかし「要求」すべきものではない。

寺の問題はまた別に論じる機会もあろう。

「改葬」にあたって、こうした「美しくない話」はいい加減やめないと、不信感のほうが増すのではないだろうか。

「開眼供養」「閉眼供養」を常識化してきた墓石業者にも問題はあるのではないか。




最初に断わったように「派生」の問題である。

こう考えると、いちばん腹が立つのは「入檀料」である。
「離檀料」はまだ地方寺院の事情から同情すべきところがある。
しかし、大寺院の「入檀料」は弁解の余地がないからだ。

妄言多謝


僧侶、墓石業者の方々から意見をいただけるとうれしい。

2017年1月 5日 (木)

弔われなかった死者たちの「葬」―個のレベルから見た死と葬送(9)

個のレベルから見た死と葬送(9

基本としてここに描いたものはフィクションである。
私の周辺で生じたものが多く含まれているが、当事者の心象に投影して描いている。


弔われなかった死者たちの「葬」


「葬」とは、歴史的に見れば多様である。


大昔であれば、死ねば山や野に、いや川原や路端に捨てられたこともある。
聖たちがその死体を集めて火をつけ燃やし、その跡地である塚に名をつけて歩いたとされる記録もある。
中世から近世にかけ、戦場や災害で死んだ者の死体は、集められ、大きな穴が掘られ、そこに投じられ埋められ、その跡は「塚」等と呼ばれた。

大昔でも、死者を棺に入れ、集落の近くにハカを設けて埋葬したり、死者を担ぎ、霊の他界への入口と伝えられた聖なる山の麓に置くことで葬ったこともある。
 近世になると、民衆へも、死者には「戒名(法名)」と言われる死者への名の贈与が行なわれ始めた。
他界へ旅立つ餞のように。
もとより無名のままの死も多かった。

今も世界では、戦災や大災害での死者が、名もなく葬られることが起きている。

日本でも、わずか半世紀余り前の第二次大戦中の戦地や被災地では、個々の名を記録されない「葬」があった。
それを悔いて、一人ひとりの死者の残滓を探す旅も戦後70
余年を経た今でも続けている人がいる。

「施餓鬼」、毎年寺で行なわれるその場には、集まる者たちの血縁等の死者だけではなく、名もなく葬られた死者たちへの深い悔恨や慙愧があるだろう。

「葬」が揺れる今、弔われなかった非業の死者たちの「葬」にも目を向けることがあっていい。


2017年1月 3日 (火)

「改葬」に関する法令と若干の注釈―「改葬」問題のコンテキスト③

未だに改葬許可申請に、改葬先から受け入れ証明が必要と記載されていたり、改葬元墓地等管理者の埋蔵等証明が改葬承諾書みたいに誤解されている、と誤解されていたり、誤った記載をする説明が見られる。
そこで「改葬」に関する法令について詳しく書く。


「改葬」に関する法令

墓地埋葬法(墓地、埋葬等に関する法律)

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO048.html

第1条第3項
「改葬」とは、埋葬した死体を他の墳墓に移し、又は埋蔵し、若しくは収蔵した焼骨を、他の墳墓又は納骨堂に移すことをいう。

第5条
埋葬、火葬又は改葬を行おうとする者は、厚生労働省令で定めるところにより、市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)の許可を受けなければならない。
   前項の許可は、埋葬及び火葬に係るものにあつては死亡若しくは死産の届出を受理し、死亡の報告若しくは死産の通知を受け、又は船舶の船長から死亡若しくは死産に関する航海日誌の謄本の送付を受けた市町村長が、改葬に係るものにあつては死体又は焼骨の現に存する地の市町村長が行なうものとする。

第8条
市町村長が、第5条の規定により、埋葬、改葬又は火葬の許可を与えるときは、埋葬許可証、改葬許可証又は火葬許可証を交付しなければならない。

第14条
墓地の管理者は、第8条の規定による埋葬許可証、改葬許可証又は火葬許可証を受理した後でなければ、埋葬又は焼骨の埋蔵をさせてはならない。

 納骨堂の管理者は、第8条の規定による火葬許可証又は改葬許可証を受理した後でなければ、焼骨を収蔵してはならない。
 火葬場の管理者は、第8条の規定による火葬許可証又は改葬許可証を受理した後でなければ、火葬を行つてはならない。
《注釈》

①第5条第1項の「市町村長」とは、第2項に規定されているとおり、「死体又は焼骨の現に存する地の市町村長」、つまり改葬元の墓地等の所在する市町村長。

②第8条第3項の規定が想定しているのは埋葬(土葬)された死体(の遺骨)を改めて火葬する二重葬を想定したものと思われる。



第5条第1項に「厚生労働省令で定めるところにより」とあるので、以下示す。

墓地、埋葬等に関する法律施行規則
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23F03601000024.html

第2条   法第5条第一項 の規定により、市町村長の改葬の許可を受けようとする者は、次の事項を記載した申請書を、同条第二項 に規定する市町村長に提出しなければならない。
 死亡者の本籍、住所、氏名及び性別(死産の場合は、父母の本籍、住所及び氏名)
 死亡年月日(死産の場合は、分べん年月日)
 埋葬又は火葬の場所
 埋葬又は火葬の年月日
 改葬の理由
 改葬の場所
 申請者の住所、氏名、死亡者との続柄及び墓地使用者又は焼骨収蔵委託者(以下「墓地使用者等」という。)との関係
 
 前項の申請書には、次に掲げる書類を添付しなければならない。
 墓地又は納骨堂(以下「墓地等」という。)の管理者の作成した埋葬若しくは埋蔵又は収蔵の事実を証する書面(これにより難い特別の事情のある場合にあつては、市町村長が必要と認めるこれに準ずる書面)
 墓地使用者等以外の者にあつては、墓地使用者等の改葬についての承諾書又はこれに対抗することができる裁判の謄本
 その他市町村長が特に必要と認める書類

第4条   法第8条 に規定する埋葬許可証は別記様式第一号又は第二号、改葬許可証は別記様式第三号、火葬許可証は別記様式第四号又は第五号によらなければならない。

《注釈》

③第2条第1項に定める市町村長に申請する「改葬許可申請書」の実例
・青森市
https://www.city.aomori.aomori.jp/seikatsu-anshin/kurashi-guide/saijyou-reien/documents/kaisou.pdf
・水戸市
http://www.city.mito.lg.jp/3500/3505/3539/p011604.htm
l
・世田谷区(東京都)
http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/101/111/203/204/d00005291_d/fil/kaisoukinyuurei.pdf
・岸和田市
https://www.city.kishiwada.osaka.jp/uploaded/attachment/24943.pdf
・高知市
http://www.city.kochi.kochi.jp/soshiki/67/yuuenshinsei.html
・宮崎市
http://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/life/funeral/cemetery/577.html

少し多く例を挙げたのはランダムに選んだ「改葬許可申請書」では改葬先の墓地等の「受け入れ証明」という項目名はなく、第2条第1項6「改葬の場所」という項目名に統一されていて、改葬先の墓地等からの証明書が要求されていないことを例証するためである。

④第2条第2項1に定める「埋蔵(埋葬・収蔵)証明」
これは改葬元の墓地等から現に遺骨が存する事実証明であって、改葬元の墓地等が改葬を承諾するものではない。
つまり改葬元の墓地等は埋蔵等証明に離檀料等を条件にすることはできない。

⑤第4条に定められている「改葬許可証」別記様式第3号
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu-eisei17/pdf/01.pdf

⑥厚労省による墓地埋葬法の概要解説
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000130181.html
墓地埋葬法を巡る厚労省、都道府県、市町村の関係がわかる。

2016年12月31日 (土)

お墓の引越し、墓じまい、遺骨処分等―「改葬」問題のコンテキスト②

お墓の引越し、墓じまい

2015年10月27日、このブログで「墓じまい」について書いた。

今「ハカジマイ」ということが結構話題になっている。
週刊誌的にはいい話題なのだろう。

少し前までは地方にある墓を住所地、例えば東京に墓を移す、「お墓の引越し」つまり「改葬」が話題になっていた。
遠隔地に墓があったのでは墓参が大変、という理由であった。

今はもう少し進んで、継承者の必要な墓は地方でも東京でも維持がたいへんなので、家族の墓を整理して、継承者を必要としない「永代供養墓」(合葬墓)等に移すことを言うようである。

少子化、生涯未婚率の上昇もあり、墓が家族で維持していけないというので行われるものである。
http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2015/10/post-4a92.html


ここでも触れているが、今「改葬」は主として「お墓の引越し」と「墓じまい」の2通りで話題になっている。
経緯的に言うならば、「お墓の引越し」が90年代から問題になり、2010年代から「墓じまい」が問題になった。
「お墓の引越し」は都市化、つまり地方から都市へという人口移動がもたらした問題であり、「墓じまい」は少子化や家族の解体がもたらした問題、ということができる。
この2つはつながっている。
「墓の承継者不在」が問題となり、承継者を必要としない墓である「永代供養墓」が登場し、話題を集めたのは90年代である。
その後に現れた「散骨(自然葬)」も「自然回帰」だけではなく、承継者不在が背景にあるし、90年代末に現れた「樹木葬」も「自然回帰」「自然保護」「承継者不要」ということを背景に登場した。

そして新しく登場した「墓じまい」はその後処理として「永代供養墓(合葬墓)」「散骨(自然葬)」「樹木葬(樹林葬)」が選択されている。
つまり、90年代の新しく登場した「承継者不要」の葬法が「墓じまい」に道を拓いた。


遺骨処分

そして「墓じまい」は今新しい局面を迎えている。
それは「遺骨処分」ということである。
「0(ゼロ)葬」と言われる火葬後の骨上げ放棄であったり、「送骨」と言われる3~5万円でのゆうパックでの永代供養墓への火葬後の遺骨の送り付けである。


「墓」以前の問題であるが、そもそも「遺体引き取り」されないケースが多い。NHKが2010年に「無縁社会」で調査した結果が、年間で行旅死亡人が1千人、身元は判明したが縁者に遺体引き取りを拒否された遺体が31,000体であった。
2016年それが推定で約5~6万体になっているのではないか、というのが私の推定。

「引き取られない遺体」はそのまま「引き取られない遺骨」になる。
しかし、「引き取られた遺体」でも「引き取られない遺骨」になる事例はある。
火葬まではするが、それ以上を拒否する例である。
これは今ほど多くないが古くから(80年代から)少しずつ見られた。
火葬すると縁者がドロン、火葬場に残された遺骨は「取りにくるかもしれない」というので保管される。
保管期間は最低5年というのが多いようだ。
その後は行政や理解のある寺等の墓地が合葬墓や納骨堂に引き取られる。

私が注目したのは「いやいや引き取られた遺体」の存在である。

気持ちが落ち着かない、というのもあるだろう。
また単独者の死の場合、引き取られないのは圧倒的に「遺産がなかった」事例が多いだろう。
別な言い方をすれば、
「本当は引き取りたくないのだが、遺産があるため仕方なく遺体を引き取り火葬にした。しかし、その後の遺骨までを守っていくつもりはない」
という人が「遺骨処分」を選択する。
(これがすべてではなかろうが)

今や3~5万円で個別埋蔵ではなく「合葬」ということであれば引き取る寺、墓地は少なくない。
その代表が「送骨」である。


骨壺での埋蔵、カロート

そもそも骨壺に入れて個別埋蔵が増えたのは戦後のことである。
骨壺での個別埋蔵が可能なように墓所には言葉の起源がはなはだ不明な「カロート」が設けられた。
理由の一つは「改葬できるように」であった。
石材店は骨壺に入れた状態での個別埋蔵が「丁寧な供養」と勧めたのであろうが、その結果、遺骨が土に還ることはなくなった。

もっとも近年の先端が1200度、平均800度という高熱で火葬された焼骨はなかなか土に還らなくなったということだが。
カロートの広さは有限だから、骨壺でいっぱいになると古い遺骨から骨壺から空けられる。


墓の変容

「墓」の歴史は確かに古い。
しかし、今の墓の形態が昔からあったわけではない。

民衆が墓をもち出したのは室町後期以降。
貴族であっても平安期にはさほど墓を意識しない例は多かった。
土葬が多かったから遺体を埋葬しなければならない、という意味では墓はあったが、多くはそんな立派なものではない。
土葬が多かったこともあり、江戸時代までは個人墓が多い。
火葬墓も土葬墓も墓石はあっても小さいもの。今の墓石と比べるとすこぶるささやかなものであった。

「家墓」が多くなるのは明治末期。
「家」を基礎にした明治民法とコレラにより伝染病予防法ができ、火葬が推進されたことによる。

私の曽祖父の墓が品川の東海寺にあるが、その墓石は大きい。側に今の墓石の大きさに近い大きさの曾祖母の墓石が並んでいる。
しかし大きいのは曽祖父が陸軍の将軍だったからである。

近くの寺院の墓地に行ってみて気づくのは日中戦争、太平洋戦争で戦死した者等の墓石の巨大さである。
戦死者の墓が巨大化し、死者の戒名に院号が付けられるようになる。

日本の火葬率は現在ほぼ100%であるが、火葬率が6割を超えたのは1960(昭和35)年のこと。
全国的に今のような家墓形態が増えたのは60年代以降だと言ってよい。

60年代以降に高度経済成長を背景に墓も変容する。
御影石等のブランド石が用いられ、民衆の墓石には家紋が登場する。
死者の戒名に院号がインフレのように付けられ、葬儀でも提灯や水引幕に家紋が付けられた。

「家紋」だから古い、と思っているだろうが、士族は別にして民衆が家名をもつのは明治維新以降。1875(明治8)年以降のこと。
葬儀社、墓石店が「付加価値」として高度経済成長期に家紋を普及させた。

戦後民法は「家」を廃し、結婚を機に新しい世帯を作る核家族が基礎となる。
高度経済成長を背景に続々誕生した家墓は実態は核家族墓である。
「マイホーム」が流行語となる。
今日のように「持ち家」の名前で使われるようになるのはもう少し後である。

核家族であるから子のいない世帯は継続性がない。
80年代には両家墓が都市の墓地では珍しくなくなり、墓の非継承性が問題となる。
80年代末から脱継承の「永代供養墓」が登場し、話題を集める。


生涯未婚率の上昇、単独世帯の増加

しかも近年は結婚そのものが選択肢になっている。

国立社会保障・人口問題研究所『人口統計資料集2016年版』
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/Popular2016.asp?chap=6
によれば、
50歳時の未婚割合(生涯未婚率)は
1960(昭和35)年 男性1.26%、女性1.88%
(圧倒的に既婚が多かった、既婚者でも女性は70年代まで死別が多かった。夫の戦死経験者が多かったからである。)
2010(平成22)年 男性20.14%、女性10.61%
これが2035年頃になれば生涯未婚率は男性4割、女性3割になるだろう。
離婚も増えた。
離婚数は年20~30万件、婚姻数が60~80万組に対して3割近い。

『平成27年国民生活基礎調査の概況』
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa15/index.html
によるならば
平均世帯人員は、1953(昭和28)年が5人、2015(平成27)年には半減の2.49人
単独世帯の割合は1983(昭和61)年が18.2%、2015(平成27)年には4分の1を超える26.8%。
高齢者世帯の割合は83年が6.3%だったのが、15年には4分の1を超える25.2%。
「超高齢社会」と言われる。
高齢者(65歳以上)がいる世帯の単独世帯も増加しており、83年が13.1%であったのに対し、15年はやはり4分の1を超える26.3%。
「お一人様の死」はもはや少数者の問題ではない。

「家族」は3分の2の人にとって親密な感情をもってとらえられる言葉であるが、3分の1の人にとっては疎遠な感情でもってとらえられる言葉になった。

こうした変化は当然にも、葬儀、墓に影響してくる。

※この項続く。「改葬」を論じるつもりが、だいぶ横道に逸れている。

朝日「引き取り手のない遺骨」報じる

引き取られない遺骨が増えている。

今朝2016年3月31日の朝日新聞朝刊が大きく取り上げている。
私の推定では遺体の引き取り手のない遺体は約6万体に達しているのではないか?
 

2016年12月29日 (木)

「墓(墳墓)」の使用権、祭祀財産、無縁墳墓の改葬―「改葬」問題のコンテキスト①

これから書くのは、12月24日に書いた「遺骨の定義、散骨ー「改葬」を論じる前に」
http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2016/12/post-1ab4.html
の続きである。

「改葬」問題のコンテキスト①


「墓(墳墓)」の使用権


「墓」を購入する時に支払うのが「永代使用料」と言われる。
近年は誤解を避けるために「使用料」とされることもある。
「永代」という言葉が「未来永劫」と誤解されることが多いからである。
「永代使用権」とは「期限を定めず、使用者がいる限り使用できる権利」ということ。

また「使用料」というのは墓所の所有権が移転するのではなく、あくまで墓地経営者のもので、「墓所として使用する権利を入手する」ものであるからだ。

墓所の使用は借地に家を建てるのになぞらえられる。

墓所の土地はあくまで墓地経営者のもので、その上に建てる墓石の所有権は使用者のもの、という関係である。
(無縁墳墓の改葬の後、墓石が集められ、積み上げられている光景を見るが、墓石処分に費用がかかることもあるが、墓石の元来の所有権は使用者にある、という理由もある。)

墓所の使用で誤解があるのは、使用しているのは埋蔵された死者たちではなく、生きて墓所を管理している人間である点だ。

借地に建てられた家が居住者が死亡し、その後に使用者がいない場合には借地契約が取り消されるのと同じく、墓所を管理している使用者が死亡し、承継する者が不在になると、その墓所の使用権が取り消される。
これが「無縁墳墓」である。
どうも言葉は感じが悪いが。


祭祀財産

また、墓所等は民法上は「祭祀財産」となる。

第八百九十七条  系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。 
 前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。

この規定は「相続」に含まれている。「前条にかかわらず」というのはその他の財産とは異なる、という意味で、遺産相続の対象にはならないし、相続税も課せられない。

墳墓の所有権、つまり墳墓を使用する権利の相続は分割できない。
使用者は一人である。

これがときどき問題になる。

きょうだい3人で両親の墓を建てた。
とりあえず長男が使用者になった。
その長男が死亡し、墳墓の使用人が長男の子になった。
その長男の子は一緒に建墓した叔父、叔母に向かってこう言った。
「叔父さん、叔母さんの面倒は見られません。この墓には入れません」

これは実話である。
独身を貫き、学校の教員をしていた女性は、結婚している兄たちよりも建墓費用を負担したにもかかわらず、甥によって両親と一緒の墓に入ることを拒まれ、新たに自分用に永代供養墓を入手した。

祭祀財産について書かれた897条を整理すると、墓所の承継は、本人が指定した者がいればその人(血縁関係は書かれていない!)、いなければ慣習によるが決まらない場合は家裁が決定する、という順序になる。


無縁墳墓の改葬

墓の承継者不在という問題は80年代から行政でも問題になっていた。
「無縁墳墓等」の問題である。

「無縁墳墓等」とは、(墓地埋葬法施行規則第3条によるならば「死亡者の縁故者がない墳墓又は納骨堂(以下『無縁墳墓等』という。)」)、を言う。
つまりは「承継者が不在となった墳墓や納骨堂」のことを言う。
「縁故者」となっているのは、正式な承継者がいなくなった場合には縁故者がいれば誰でもよいから承継してほしい、という無縁にならないようにという行政の希望がうかがえる。

90年代の末、行政は墓地埋葬法施行規則を改正し、「無縁墳墓の改葬手続きの簡略化」に踏み切る。
それ以前は、無縁墳墓の使用者本人あるいは縁故者によるのではなく墓地管理者の手で改葬を行う場合には、全国紙2紙以上への公告、縁故者調査という費用も手間もかかり、しかし実効性のない手順を義務づけていた。

そこで公示は官報(ほとんど読む人がいない!)だけでよく、縁故者調査も不要とし、1年間立札を立てればよいとした。

墓地埋葬法施行規則
第三条   死亡者の縁故者がない墳墓又は納骨堂(以下「無縁墳墓等」という。)に埋葬し、又は埋蔵し、若しくは収蔵された死体(妊娠四月以上の死胎を含む。以下同じ。)又は焼骨の改葬の許可に係る前条第一項の申請書には、同条第二項の規定にかかわらず、同項第一号に掲げる書類のほか、次に掲げる書類を添付しなければならない。
 無縁墳墓等の写真及び位置図
 死亡者の本籍及び氏名並びに墓地使用者等、死亡者の縁故者及び無縁墳墓等に関する権利を有する者に対し一年以内に申し出るべき旨を、官報に掲載し、かつ、無縁墳墓等の見やすい場所に設置された立札に一年間掲示して、公告し、その期間中にその申出がなかつた旨を記載した書面
 前号に規定する官報の写し及び立札の写真
 その他市町村長が特に必要と認める書類

但し、無縁墳墓の改葬が必要なのは新たな需要者が望める都市部の墓地。
地方ではそもそも新たな墓地需要がない。

結果、地方墓地は無縁墳墓が残されたままになっている。

結論を先取りするならば、無縁墳墓の改葬はそれほどではない。

改葬全体としても、
少しずつ増えているものの、極端な伸びではない。

平成27(2015)年度衛生行政報告例
第4章生活衛生6埋葬及び火葬の死体・死胎数並びに改葬数,都道府県-指定都市-中核市(再掲)別

埋葬・火葬の総数 1,346,276(死体+死胎)
・死体の総数    1,323,473
・・埋葬の総数       185(土葬された数)
・・火葬の総数   1,323,288 (火葬率99.986%) 
・死胎総数       22,803
改葬            91,567
 (14年度83,574、13年度88,397、12年度79,749、11年度76,662)
・無縁墳墓等の改葬 3,625
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001031469  


※これで火葬率を都道府県別にみることができる。大体2年前が最新となる。
土葬が2桁となるのは東京都(島嶼部が多い)、石川、奈良、和歌山、島根、鹿児島。
 

 


2016年12月24日 (土)

遺骨の定義、散骨ー「改葬」を論じる前に

「改葬」とは「墓地、埋葬等に関する法律」(「墓地埋葬法」。かつて「墓埋法」と略すのが一般的であったが、近年変化が見られる)第2条3項に次のように定義されている。

この法律で「改葬」とは、埋葬した死体を他の墳墓に移し、又は埋蔵し、若しくは収蔵した焼骨を、他の墳墓又は納骨堂に移すことをいう。

ちなみに「埋葬した死体」とは「土葬された死体」(年月が経過すれば骨化して「遺骨」になっているだろうが、墓地の墳墓(一般にこれを「お墓」と言う)に入れた状態を言う)のこと。
「埋蔵した焼骨」とは火葬後の遺骨(=焼骨)を墓地の墳墓に入れた状態のこと。
「収蔵した焼骨」とは火葬後の遺骨(=焼骨)を納骨堂に入れた状態のこと。

一般にお墓に遺骨を入れることを「埋葬」と言うが、これはあくまで一般的表現で、墓地埋葬法では「埋葬」と言えば「土葬」以外の意味はない。
ちなみに、ここで「遺骨」と書いたが墓地埋葬法では火葬後の骨は「焼骨」と表現される。

「改葬」を論じる前に言葉の整理をしておこう。

「遺骨」という表現は刑法190,191条に出てくる。

第189条  墳墓を発掘した者は、2年以下の懲役に処する。

第190条  死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の懲役に処する。

第191条  第189条の罪を犯して、死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3月以上5年以下の懲役に処する。

刑法190条は内容的に次のものを含む。
死体損壊罪、死体遺棄罪、死体領得罪
遺骨損壊罪、遺骨遺棄罪、遺骨領得罪
遺髪等損壊罪、遺髪等遺棄罪、遺髪等領得罪
※「遺髪等」とは「遺髪又は棺に納めてある物」を言う。

墓地埋葬法の「焼骨」は「火葬された人骨」であるが、刑法の「遺骨」の定義は特にない。
墳墓に埋葬(土葬)された死体の骨化したものは189~191条の文脈で明らかに「遺骨」である。
では「焼骨」はすべて遺骨か、というと簡単ではない。
日本では大きく西日本は部分拾骨、東日本は全部拾骨と骨上げ(拾骨)の慣習が異なる。
焼骨がすべて遺骨であるとすると西日本の拾骨慣習は遺骨遺棄になってしまう。
従って「焼骨のうち拾骨されたものが遺骨」と解すべきであろう。

刑法190条との関係で問題となったのが
散骨(自然葬)が「遺骨遺棄罪」との関係で
エンバーミング(遺体衛生保全)が「死体損壊罪」との関係で
である。

刑法は法務省の管轄であるが、法務省では朝日新聞が散骨について見解公表したと報じたが、見解が公表された事実はない。
朝日新聞の当時の記者のミスリードである。
http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2016/12/post-8690.html

墓地埋葬法は厚労省の管轄である。
散骨について厚労省のホームページに記載があるのは「全国厚生関係部局長会議資料(生活衛生局)説明事項」
http://www1.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/seikatu1.html
にある「これからの墓地等の在り方を考える懇談会の開催について」だけである。
これは厚生省生活衛生局時代の生活衛生局長私的懇談会(これはよくわからない会合だった)で、その結論ではなく、懇談会の開催主旨が書かれている。
・ 墓地、埋葬等に関する法律が制定されてから50年になろうとしているが、その間に、首都圏への人口集中により周辺地域の墓地の不足や高価格化が進む一方、核家族化の 進展に伴う無縁墳墓の増加、葬送等に対する国民の意識の多様化などが見られ、墓地、埋葬等をめぐる状況は大きく変化してきている。
・ このような状況を踏まえ、時代の変化に対応した墓地等の在り方について広く有識者 の意見を伺うため、本年2月から、生活衛生局長の私的懇談会として、「これからの墓 地等の在り方を考える懇談会」を開催する予定である。
・ 検討事項として、墓地等の需要とその計画的供給の在り方、墓地等の経営の在り方、墓地等の管理者の養成の在り方、墓地等の有期限使用契約の導入など契約の標準化、無 縁墳墓の改葬手続きの見直し、散骨等新たな葬送方法への対応などを予定している。

この私的懇談会の結果生まれたのが「無縁墳墓の改葬の簡略化」であり、墓地埋葬法の施行規則第3条に記載がある。今は
「死亡者の縁故者及び無縁墳墓等に関する権利を有する者に対し一年以内に申し出るべき旨を、官報に掲載し、かつ、無縁墳墓等の見やすい場所に設置された立札に一年間掲示して、公告し、その期間中にその申出がなかつた旨を記載した書面 」で済むようになった。http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23F03601000024.html

散骨についてはその後特に定めがない。
厚労省の見解では墓地埋葬法制定当時には散骨という葬法が想定されていなかったのでいい悪いが言えない。対象外。
懇談会では一定の方向性を出すべきという意見があったがその後は対処がされていない。
今は墓地等の許可権限が都道府県から市ならびに特別区(町村は都道府県知事のまま)に権限が移行したので、各地方自治体の考え次第となる。

規制で有名なのは北海道長沼町で、「長沼町さわやか環境づくり条例 」
第11条 何人も、墓地以外の場所で焼骨を散布してはならない。
と散骨を禁止している。
その他、規制をしている地方自治体がある。
http://www.352-mag.com/law.html

刑法190条との関連で論じるならば
刑法190条は「国民の死体(法律的には「生体」との関係で「死体」であり、われわれが慣用的に「遺体」と言うのは、死体を尊厳あるもの、と理解した表現)や遺骨等に対して社会的風俗としての宗教感情を守る」
ことを目的とした法律である。
つまり「遺体、遺骨等を大切にしようという気持ち」を保護することを目的としている。

したがって、遺体や遺骨等を損壊、遺棄、領得してその国民感情を害する目的ではなく、葬送等を大切にしようという目的から相当の節度をもって行われるのであれば違法とは言えないだろう。
目的と方法の適正さが問題となる。
他人の感情、風評被害を無視した散骨は適切でない。
遺体の公衆衛生や尊厳を冒す技術的不備をもったエンバーミングも適切でない。

散骨についてはルールの合意は明確なものはないが、「遺骨処分」を目的としたものは適切ではないだろう。
また、散骨を実施する場所も、生活用水で用いられている河川、養殖場や海水浴場等の付近や他人の農地や住宅地の付近も避ける配慮がほしい。
撒く場合、遺骨の原型が残らないまで細かく砕くことも必須の条件となろう。
目的と相当の節度は厳密に考えられていい。

各種調査で「自分は散骨してほしい」という意見は3割未満であるが、「本人が希望するなら散骨していい」とする意見は約7割以上、と肯定的に受け取られている。

だから希望する人の気持ちも尊重して、それが悪感情で妨害されないためにも実施は適切さが求められる。

散骨についての法規制も一部の自治体以外にはなく、裁判所の判例もない。

エンバーミングについては既に判例がある。
IFSA(一般社団法人日本遺体衛生保全協会)の自主基準を守って行われる、という条件付きで「正当業務」と認定されている。
このIFSAの自主基準、そんじょそこらの法律よりも細かく規定している。
http://www.embalming.jp/
(エンバーミングについては別に論じる)

2016年12月 3日 (土)

「宇宙葬」の可否?! クイズ番組に出す不見識

昨日の夜クイズ番組を見ていたら、

「宇宙への埋葬は可能か?」(この通りの表現だったかどうかは?だが)
という質問が出された。

「可能」が正解とされたが、出題そのものが不見識である。

これはやらせである。
「宇宙葬」を手掛ける銀河ステージあたりが仕組んだのだろう。
法的規制はない。だから「いい」とは言えない。
私はこの「宇宙葬」なるもの、人の夢を利用した「えげつない商法」だと思っている。

事業開始後数年経過して、新しいニュースでもないのに、この会社の働きかけに応じて大々的に報道した新聞、雑誌があるが、
「報道がこの会社の事業の宣伝の片棒担ぐことになる」
と批判したが、コメントそのものが抹殺された苦い経験がある。

米セレスティス社のCelestis Memorial Spaceflightsを提供するもの。
遺骨を粉骨したものをカプセル(標準クラス・シングルで1g、ツインで2g、ファーストクラス・シングルで3g、ツインで7g)に入れ、ロケットに搭載、大気圏外に打ち上げ、いずれは重力で墜ちてくる際に燃え尽きる、というもの、45万円以上かかる。

私は、宇宙空間は今でも宇宙ゴミが心配されている人類共有の大切な空間、汚すおそれのあるものは自粛すべきだと思っている。
規制がないことをいいことに、さまざまな商魂での利用は慎むべきだと考えている。
こうした事業は「葬送の自由」でもなんでもない。

この社のホームページに
Q.
宇宙葬に関して、法律上の問題点はありませんか?
A. 日本では墓地、「埋葬等に関する法律」により「埋葬又は焼骨の埋蔵は、墓地以外の区域に、これを行ってはならない」と定められていますが、宇宙葬や海洋への散骨に関しては「葬送の一つとして節度をもって行われる限り、遺骨遺棄罪には当たらない」というのが法務省の見解として発表されています。

とあるのは明らかな嘘である。(※「墓地、埋葬等に関する法律」、「墓地埋葬法」「墓埋法」と略される。)

「法務省の見解」そのものが存在しない。
91年10月に葬送の自由をすすめる会が最初の散骨を相模灘で行った際に、これを朝日新聞の社会部記者(同会会員)が報道にあたって法務省刑事局担当官に面接した際、担当官は「法務省として見解を出すことはない」と断わった。
これに対し、食い下がった記者に対し「法曹人としての個人としては、遺骨遺棄を目的にするのではなく、あくまで葬送を目的として相当の節度をもって行うのであれば、遺骨遺棄を禁じた刑法190条の法益上、即違法とか考えて対処すべきとは考えてはいない。」
と「違法見解」に踏み切らない背景説明を行った。

これを朝日記者は意図的に「法務省が見解を発表」としたものである。
法務省が記者会見を行って発表したものではない。
言うならば、この記者のスタンドプレイである。
(以上は私が直接取材したものである。)

「大朝日」がそう書いたものだから、事実関係を調査しないマスコミや学者たちが「法務省見解」があることを既成事実として書いた。愚か者たちよ!

しかも、朝日の記者は意図的にだと私は思うが、担当官の「相当の節度があれば」を「節度があれば」と書き換えた。

私も法務省見解によるのではなく
、「葬送を目的として、相当の節度【遺骨が原型を残さないよう細かく砕き、撒く場所も風評被害が生じない場所(生活用水として用いられている河川、養殖場や海水浴場の付近、他人の敷地等は避けて)で行う等】をもって行うならば違法とは言えないという法的合意がおおよそできている
という見解を示している。

この朝日の歪みある意図的報道にせよ、相模灘の散骨に対して言っているので、この当時「宇宙葬」なるものに言っているのではない。
ないものに対して「見解」があるわけないのだ。

こうした銀河ステージの説明を鵜呑みにしてテレビはクイズ番組の「正解」を作っている。
答のないものは答がないのだ。
これは「正解の捏造」であり、こうしたクイズの質問そのものが「宇宙葬」事業の宣伝なのである。

この会社のホームページを覗いてみて驚いた。
葬送をなんでも商売にしている。
ここの「樹木葬」なんていい加減だ。
「樹木葬」が商標登録されなかったことを利用して、過去の歴史も理念も無視して、「樹木葬」を名乗る。
多少係わった者だから言わせてもらうが、こんなの「樹木葬」jじゃねぇや!
ここには葬送の理念はなく商魂しかない。
 
いちいちろくな検証のない、安易な作りのクイズ番組にケチをつけるのは大人気ない。
しかし、変な「常識」が捏造されるのは嫌だ。

福島から自主避難した子どもに対して担任教師までも「菌」呼ばわりしたニュース
 
新潟市の小学校で、原発事故のあと福島県から自主避難してきた4年生の男子児童が、担任の教諭から名前にばい菌の「菌」をつけて呼ばれたとして、1週間以上、学校を休んでいることがわかり、新潟市教育委員会は、児童の心を傷つける不適切な発言だったとして謝罪しました。(NHK
の方が重要である。
 
「びきまえ」YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=jLHWb0KD45c
3回目が公開された。
「第401回  改めて問われる遺体への尊厳 ~葬送明文化の礎登場!400回記念更新月間~」
相変わらず私の滑舌の悪さは酷い。
内容は「遺体を取り扱わない葬儀社なんかあり得ない。遺体の尊厳を守る最後の砦は葬祭業者」という話。
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