社会

2017年6月24日 (土)

平和の礎―戦争を記憶する沖縄、忘却する本土

623日は沖縄の「慰霊の日」であった。

糸満市の平和祈念公園で沖縄戦戦没者の追悼式が行われた。


沖縄タイムズは追悼式の模様を次のように報じた。


翁長知事、相次ぐ事件・事故に憤り 沖縄全戦没者追悼式典

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/105028

沖縄戦から72年「戦争はもう嫌だ」 慰霊の日、島を包む平和の祈り

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/105014


朝日新聞では「慰霊の日」にちなみ鉄血勤王隊の生存者である古堅実吉さん(87)の話を紹介している。


命の限り 沖縄戦語る

http://www.asahi.com/articles/DA3S13002339.html

 

記事に出ていた沖縄師範健児之塔も平和の礎(いしじ)も行った。
訪れたのは普通の日であったが、戦没者の家族が平和の礎を訪れ、おそらく家族とおぼしき人の名を刻んだ文字を撫で、水をかけ弔っていた姿が強烈な印象としてある。

沖縄戦は太平洋戦争の末期、1945(昭和20)年41日に米国を中心とする連合国軍が沖縄本島に上陸(その前326日慶良間諸島上陸に始まる)、日本軍と激しい戦闘が行われ、多くの民間人を含む20万人を超える犠牲者が出た。


6
23日は牛島司令官が摩文仁岳中腹の司令部壕内で自決した日(22日説もある)で組織的な戦闘が終結したとされる日である。


但しその後も散発的な戦闘は続き、沖縄市では、

沖縄戦の降伏調印式は、沖縄市の前身である旧越来村森根(現、嘉手納飛行場)で行われました。米第10軍の司令部が置かれていた旧越来村森根に、宮古島の第28師団長・納見中将、奄美大島から高田少将、加藤少将らが呼ばれ、正式に降伏調印式が執行されました。1945年(昭和20年)97日のことであります。

(沖縄市「沖縄戦の歴史」)

http://www.city.okinawa.okinawa.jp/heiwanohi/2524

 

として沖縄戦公式終結の97日を「沖縄市民平和の日」に制定している。


太平洋戦争は中国、台湾、インド以東の東南アジアの、いわゆる「外地」が中心であった。

しかし、戦況悪化により本土にも戦争はあった。

最初は1942418日東京、名古屋等へのドーリットル空襲であった.

無差別の大規模なものは沖縄戦に先行する半月前の1945310日のB29による東京大空襲(B293百機飛来し、東京下町を焦土化し約10万人が死亡)を始めとする大阪、神戸、名古屋等の各地で空襲があった。
各地の例の一つに私の出身地仙台での空襲がある。敗戦直前の710日にB29100機以上来襲、10003000人が死亡、約6万人が被災。

1945
86日には広島に、89日には長崎に原爆が投下された。
広島では投下直後を含め約12万人、長崎では7万人以上の犠牲者が出た。

ただ国内の地上戦の戦場は沖縄であった。

 


今年の沖縄慰霊の日が72年目。私の世代と時を同じくしている。

 

私の記憶としては当然自らの戦争体験はない。但し戦後の疲弊は経験していてそれが12歳頃まで明確にあった。
戦争の記憶が人々によって語られ、教育現場でも強くあった。

経済成長が始まる1955(昭和30)年頃から急速に戦争の記憶が遠のいたように記憶している。

 

急速に遠のいた背後には意識的なものがあったように思う。

 

「死」の記憶を遠ざけ、「生」を謳歌する。日本人は高度成長の裏で為政者のみならず大衆意識としても死穢意識を強くした。それが完成するのが1975(昭和49)年前後の「総中流」であったように思う。

もとより個的な戦争の影は残った。
私の叔父のフィリピンでの戦死にしても、それは母にとって認知症になっても深い傷としてあった。
だが共有はされなかった。

 

沖縄は米軍が占領し、米軍施政下に置かれた。
いわゆる本土復帰は1972(昭和47)年のこと。


沖縄は、戦時中は日本軍の、戦後は米軍の支配下にあり、戦後の日本の経済成長とは無縁にあった。
これが沖縄の貧困に影響している。

沖縄では戦争、戦後の記憶が共有されただけではなく、いまだに多くの米軍基地を抱える。

 

沖縄の鉄血勤王隊生存者である古堅さんは87歳。
おそらく1930(昭和5)年生まれだろう。
太平洋戦争開始の1941(昭和16)年には11歳、沖縄戦終結の1945(昭和20)年には15歳。
おそらく動員された最後の世代であったろう。

最後の玉砕戦の先兵として駆り出された世代が1913(大正2)年~1925(大正14)年の大正生まれ世代。

現存者は少ない。

 

指導者層の中心はそれ以前の明治中期以降生まれ世代である。現存者はいないに等しい。

ちなみに開戦時の首相であった東條英機は1884(明治17)年生まれである。

 

子どもとして意識があって戦禍を体験した世代の最後は1942(昭和17)年生まれ、75歳前後が最後である。
しかし沖縄で米軍政下を意識的に体験したのは1969(昭和44)年生まれ以前であるから現在48歳以前の人たちである。

 

沖縄では戦争、戦後の意識が共有され(風化の危険もささやかれているが)、本土ではほとんどが忘却されている。
この意識の差が大きな軋轢を生んでいる。


2017年6月13日 (火)

「個人化」という社会の問題―葬送を小手先で考えるな!

葬儀の「個人化」現象は1995年前後から明確になり、それから20年。

これが葬儀だけの問題ではなく、今日本社会に大きく進んでいる「個人化」という大きな問題の現象の一つである。

この問題に切り込んだ経産省の20代、30代の若手のレポート「不安な個人、立ちすくむ国家」が注目を浴びている。
これを報じた朝日の今朝(2017年6月13日)の記事
社会保障「現役世代に冷たい」 経産省若手、異例の提言
http://digital.asahi.com/articles/ASK6D4GVQK6DULFA01D.html?iref=comtop_8_05

経産省ホームページに掲載されている報告書本文は、元はパワーポイント資料なのだろう65ページに及ぶ。
探すのが面倒だからリンクしておく。
http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

私は昨日名古屋で話してきて、日本社会が戦後であっても
1955年 から始まる経済成長
1975年 頃から顕著になり総中流化
1991年のバブル崩壊を期にした
1995年 前後からの個人化、高齢化、不況の顕在化
2000年 頃からこの問題の顕在化
2008年 のリーマンショックでこの傾向が明確になったこと

こうした社会変化に葬送の世界が見事に照応している。
むしろ反映していない部分もある。これからそれが出てくるだろう。
多様化、個別化を真剣に考えなければいけない。

講演の一部で語ってきたところであった。

社会保障、子どもの貧困、保育所不足、単身化
ひいては
お一人様の死の急増

こういった問題に正面から取り組んだレポートだと思う。

葬儀であれ墓であれ、終活であれ、そこから落ちこぼれるむしろ大きな問題であれ、きちんと見るなら根本から考えなくてはならない。
小手先で流行を追ってはいけない。

その中で「今、人が死亡すること、死別」という大事な営みがどういう問題に晒されているのかきちんと考えなくてはならないと思う。

私は「死」「葬送」というジャンルで発言しているものだから、あえてこだわる。

2017年6月 1日 (木)

あのとき それから 1990年日本初の樹木葬

昨日2017年5月31日朝日新聞夕刊特集「あのとき それから 1999年(平成11年)日本初の樹木葬」(記者:帯金真弓さん)が掲載された。

Jumokuso20170531_2
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12965781.html?ref=pcviewer


いま樹木葬は中国、韓国でも人気らしいが、起源は1999年に岩手県一関市の祥雲寺(当時:現在は知勝院)が山ごと「樹木葬墓地」として許可を得て開設したのが最初。
自然保護活動と葬送を一体化した提案であった。
http://www.jumokuso.or.jp/description/index.html

これは2005年の「都市型樹木葬」をうたったエンディングセンター「桜葬」の提案につながる。
http://www.endingcenter.com/jumoku/


元来「樹木葬」は90年前後の新潟妙光寺の永代供養墓「安穏廟」に代表される継承を必要としない、誰にも開かれた墓「永代供養墓」の動き、
http://www.myoukouji.or.jp/annon/index.html
1991年の葬送の自由をすすめる会の「自然葬」(散骨)
http://www.shizensou-japan.org/
における自然志向を背景として生まれたものである。

桜葬の出現で墓地内エリアで容易に実施できると理解した横浜市や東京都が「人気がありより安く大量に遺骨を埋蔵できる墓地」として注目。
理念よりも「樹木を墓標とした墓地」くらいの安易な取り組みが全国に広がっている。

自然保護を真剣に考えたものでは千葉県袖ケ浦市の真光寺の里山墓地がある。
https://shinko-ji.jp/jumokuso/

現在「樹木葬」と称するものは多数あるが、理念があるものはそれほど多くなく、便乗型が少なくない。
90年前後に永代供養墓ブームが生じ、墓不況が本格化すると、理念なく追随し永代供養墓が全国に増えたが、「死後の安心を託す」のであるから便乗型の多くが失敗したという過去がある。

なお帯金記者のまとめた私のコメントは以下のとおり。

■「墓の形態=弔う心」ではない 葬送ジャーナリスト・碑文谷創(ひもんやはじめ)さん(71)

そもそも「家墓」は古来の概念ではありません。明治政府の民法による「家」意識の高まりと伝染病対策の火葬推進で、庶民に広がるのは明治末期から昭和の初め。複数人が同じ墓に入る前提となる火葬率が6割を超えたのは1960年以降。家の墓を守るのが「伝統」と語られるが、そんなことはない。

戦後は家制度が廃止されたのに墓制度は戦前のまま。経済成長と共に地方から都市への人口移動が進み、新興都市住民が周辺で墓を買った。70年代は空前の霊園開発ブームで、バブル崩壊までは数百万円もする墓が飛ぶように売れた。社会が変化しているのに、寺を中心とした業界は檀家(だんか)制度や長子継承に縛られたままで、80年代に継承性の問題が表面化したのです。

伝統はないから、崩れるのも早い。今は骨を郵送して納骨を任せる「送骨」サービスも登場し、合葬なら3万円程度で利用できる所も。火葬場から遺骨を引き取らない例も出てきています。

弔いの形態はこの30年で多様化しています。かつて墓の大きさで信心深さを語ることもあったが、今は永代供養墓でも熱心に墓参する人もいれば、立派な家墓でも放置する人もいて、放棄墓の問題は深刻です。その外形から、弔う心を測ることができなくなってきているのです。


コメントがまとめられるというのは難しいことだが、ここは帯金記者の苦労を考え、そのまま掲載しておく。

墓の略歴について書いておこう。

墓地は古来よりある。
民衆が墓をもったのは戦国時代以降
江戸時代までは個人単位の墓
明治末にコレラ流行を機に政府が火葬を推進、明治民法が「家」を単位にしたため以降「家墓」が人気に。
•1960年火葬率6割を超える(現在ほぼ100%)
1970年代より都市化の影響で大都市部に墓地需要増加。墓石のブランド化、墓石に家紋入れが流行
1991年バブル崩壊で墓地需要急低下。少子高齢化多死社会が問題に。
2011年経産省調査。墓新規3割。うち3分の1が永代供養墓、散骨、樹木葬等の新形態を選択。


2017年3月26日 (日)

公取「葬儀取引実態調査報告書」公表―葬祭業の実態、課題が明らかに①下請法違反

公正取引委員会は(2017年)3月22日報道発表資料を公表した。

「(平成29年3月22日)ブライダルの取引に関する実態調査報告書」
http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h29/mar/170322_1.html
「(平成29年3月22日)葬儀の取引に関する実態調査報告書」
http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h29/mar/170322_2.html

この2つの報告書が同日に発表されたのは偶然ではない。この同一調査をブライダル業、葬儀業に分けて報告書として作成したものだからである。

「葬儀業とブライダル業を併せて営んでいる事業者も存在することから,葬儀業又はブライダル業を営んでいると思われる事業者を対象として調査票3,500通を送付するとともに,当該事業者のうち葬儀業又はブライダル業を営んでいると回答した事業者(以下,それぞれ,「葬儀業者」,「ブライダル業者」という。)から報告のあった取引先納入 業者を対象として調査票7,000通を送付し,書面調査を実施した。 」

加えて「書面調査における回答者を含め,ブライダル業者4名及び納入業者24名を対象にヒアリングを実施した」(ブライダル業調査)、「書面調査における回答者を含め,葬儀業者4名及び納入業者33名並びに関係事業者団体1名を対象にヒアリングを実施した」(葬儀業調査)とある。

この調査目的は
「公正取引委員会は,独占禁止法上の優越的地位の濫用規制及び下請法に基づき,納入業者に不当に不利益を与える行為に対し厳正に対処するとともに,違反行為の未然防止に係る取組を行っている。また,この未然防止の取組の一環として,公正取委員会は,優越的地位の濫用規制上又は下請法上問題となり得る事例が見受けられる取引分野について, 取引の実態を把握するための調査を実施している。」
とある。

その動機となったのが「葬儀の分野においては,平成28年に冠婚葬祭業者に対して下請法に基づく勧告が行われるなど,これまでも,優越的地位の濫用規制上又は下請法上問題となる行為がみられてきたところである」として報告書が事例をあげているのは「(平成28年6月14日)株式会社日本セレモニーに対する勧告等について」である。
http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/jun/160614_1.html

本件は「ア 結婚式の施行に係るビデオの制作 イ 冠婚葬祭式の施行に係る司会進行,美容着付け,音響操作等の実施を個人である事業者又は資本金の額が5千万円以下の法人である事業者」に対して
「ア 本件下請事業者の給付の内容と直接関係ないにもかかわらず,本件下請事業者に対し,前記(1)の下請取引に係る交渉等を行っている冠婚葬祭式場の支配人又は発注担当者から,おせち料理,ディナーショーチケット等の物品(以下「おせち料理等」という。)の購入を要請し,あらかじめ従業員又は冠婚葬祭式場等ごとに定めていた販売目標数量に達していない場合には再度要請するなどして,購入要請を行っていた。
イ 本件下請事業者(144名)は,前記アの要請を受け入れて,おせち料理等を購入した(総額3302万1500円)
なお「本件下請事業者は,おせち料理等の購入に当たって,日本セレモニーの指定する金融機関口座に購入代金を振り込むための振込手数料を負担していた」
とされる件。

公取は、同社の行為が下請法第4条第1項第6号の規定に違反するものとして、同社に以下の勧告を出した。

「本件下請事業者が購入したおせち料理等の購入金額から当該おせち料理等の飲食物に係る仕入原価相当額を控除した金額及びおせち料理等の購入に当たって本件下請事業者が負担した振込手数料を速やかに支払うこと。」
「取締役会の決議により確認すること。
ア 前記2(2)の行為が下請法第4条第1項第6号の規定に違反するものであること。
イ 今後,下請事業者の給付の内容を均質にし又はその改善を図るため必要がある場合その他正当な理由がある場合を除き,下請事業者に対し,自己の指定する物を強制して購入させ,又は役務を強制して利用させないこと。」
参照:株式会社日本セレモニーに対する勧告等について
http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/jun/160614_1.files/160614.pdf

ブライダル業者において優先的地位濫用規制上問題となる取引状況

「(平成29年3月22日)ブライダルの取引に関する実態調査報告書」でブライダル業を営むと回答のあった255業者、ブライダル業者と取引があるとの納入業者の回答数 1,157を対象。
※数は取引数(%は取引数/回答のあった納入業者の総数)

①商品・サービスの購入・利用の要請 278(24.0%)
②金銭・物品の提供の要請 194(16.8%)
③採算確保が困難な取引(買いたたき) 142(12.3%)
④発注内容の変更(受領拒否を含む。) 94(8.1%)
⑤やり直し 77(6.7%)
⑥従業員等の派遣の要請 77(6.7%)
⑦返品 43(5.1%)
⑧発注内容以外の作業等 56(4.8%)
⑨代金の減額 28(2.4%)
⑩代金の支払遅延 22(1.9%)
合計(上記行為が1つ以上見られた取引数) 435(37.6%)

納入業者から,ブライダル業者から優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を1つ以上受け たと回答のあった取引は37.6%(435取引)。
資本金区分から下請法の適用対象となり得るのは,435取引のうち,90取引。

注:資本金区分とは公取「下請法の概要」によると以下のとおり。

(1)物品の製造・修理委託及び政令で定める情報成果物・役務提供委託を行う場合

(1)物品の製造・修理委託及び政令で定める情報成果物・役務提供委託を行う場合の模式図

(2)情報成果物作成・役務提供委託を行う場合((1)の情報成果物・役務提供委託を除く。)

(2)情報成果物作成・役務提供委託を行う場合((1)の情報成果物・役務提供委託を除く。)の模式図

この実態調査を受けて公取は「本調査の結果,ブライダルに関する一部の取引において,ブライダル業者に よる優越的地位の濫用規制上又は下請法上問題となり得る行為が行われてい る状況が認められた」と結論づけた。


葬祭業者において 優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為がみられた取引の状況(行為類型別)

「(平成29年3月22日)葬儀の取引に関する実態調査報告書」で明らかにされた問題ある取引状況(葬儀業を営むと回答のあった696業者、葬儀業者と取引があるとの納入業者の回答数 1,451)
※数は取引数(%は取引数/回答のあった納入業者の総数)

①商品・サービスの購入・利用の要請 216(14.9%)
②採算確保が困難な取引(買いたたき) 166(11.4%)
③金銭・物品の提供の要請131(9.0%)
④発注内容の変更(受領拒否を含む。) 110(7.6%)
⑤返品 71(6.4%)
⑥発注内容以外の作業等 74(5.1%)
⑦従業員等の派遣の要請 67(4.6%)
⑧やり直し 60(4.1%)
⑨代金の支払遅延 35(2.4%)
⑩代金の減額 28(1.9%)
合計(上記行為が1つ以上見られた取引数) 434(29.9%)

納入業者から,葬儀業者から優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を1つ以上受けたと回 答のあった取引は29.9%(434取引)。 資本金区分から下請法の適用対象となり得るのは,434取引のうち,101取引。

【納入業者からの具体的回答事例】
① 商品・サービスの購入・利用の要請 イベントのチケットやおせち料理の購入,互助会への入会など,様々な要請がある。葬儀業者側では 取引先の納入業者の購入実績や入会実績を記録しており,実績が少ないと取引を減らされるため,不 要なものでも要請に応じるしかない。
② 採算確保が困難な取引(買いたたき) 葬儀業者が消費者向け価格として設定した価格の75パーセントを納入価格とする契約で取引を始め たのだが,一方的に消費者向け価格として設定した価格の45パーセントにまで下げられてしまった。当 該葬儀業者に対する売上高は,当社の年間総売上高の半分以上を占めており,今後の取引を考えると 仕方なく受け入れている。
③ 金銭・物品の提供の要請 葬儀業者が主催するイベントにおけるゲームの景品として,数万円分のフラワーアレンジメントの提供 の要請がある。イベントにフラワーアレンジメントを提供しても直接当社の売上げにつながることはない。 無償のため,当社にとって負担になるが,今後の取引を考えると要請に応じざるを得ない。
④ 返品 通夜・告別式の後,返礼用の海苔の一部を,自宅への弔問客用にということで,施主の自宅に届ける ことがある。遅い場合,3か月以上も経ってから届けた返礼用の海苔が葬儀業者を通じて返品されるこ とがある。返品された返礼用の海苔は風味が落ち贈答用としては使用できず,処分するしかないが,葬 儀業者は代金を支払ってくれない。
⑤ 発注内容以外の作業等 当社が仕出料理を葬儀場に届けた際や食器を引き取りに行った際,当社に関係するゴミだけでなく, 葬儀業者のゴミの処分までさせられる。この業界では,葬儀業者のゴミを仕出料理業者が処分すること が半ば当たり前のようになってしまっており,あまり疑問を持っていなかったが,よくよく考えるとおかしな 話である。ただ,他の仕出料理業者も同様のことを行っているため,取引継続のことを考えると当社の みがやらないということはできない。

仕出料理,花,返礼品・ギフトの取引において優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為がみられた取引の割合が30%を超えており,他の取引内容に比べ高くなっていた。

下請とのブライダル、葬儀取引において問題があるのはかねてより指摘されてきたことである。
指摘された問題点は今始まったことではない。
過去から続く闇の部分が改めて問われた。
しかし、改善は迫られていると言えよう。
総じて葬儀業よりもブライダル業に問題が多い。
また、いずれにしても2005年段階よりは改善されている。
よりいっそう速度をはやめた改善が求めれている。
この課題の一掃は葬儀業、互助会に今突きつけられている。

 



2017年2月14日 (火)

子どもの貧困

子どもの貧困は日本の未来を決する問題だけではなく、子ども一人ひとりの人権に関する問題だと思う。

3keysによれば
http://3keys.jp/state/

OECDによると2005年の日本の子どもの貧困率は14.3%となっており、約6人に1人が貧困状態と言われています(2009年の厚生労働省調査によるとは15.7%)。
子どもの貧困とは、等価可処分所得の中央値の50%以下の所得で暮らす相対的貧困の17歳以下の子どもの存在及び生活状況を言い、一般的な水準の半分にも満たない水準で暮らしている子どもたちがどれだけいるのかということを指しています。

つまり社会がますます豊かになり、一般的な水準が上がっていくのに対して、その水準から落ちこぼれてしまっている子どもたちが、実に6人に1人の割合がいるということになります。
このような日本における貧困率は下図のようにOECD平均値を超えており、世界水準でみたら高い水準であることがわかります。

さらに母子世帯においては、66%が貧困となっており、地域のつながりの希薄化や離婚・核家族化等による支え合いの減少が貧困に強く結びついていることや、ひとり親家庭等に対しての社会保障が十分に追いついていない現状も窺えます。

そして

子どもたちは生まれた環境の経済的状況や、余裕等によってこれからの社会を生き抜いていく上で必要とされているあらゆる力が身につけられなくなってしまっているのが現状です。

さらにそのような力が身につかないことによって自分自身を責めたり、自信や意欲をもなくしていく、意欲や希望の格差にもつながりかねません。

日本では児童憲章によってすべての子どもたちに以下の権利があると定められていますが、実態としては環境によってそれが十分に保障されていないのです。

と指摘する。

親の責任に帰すこともできない。さらには次世代にも問題は引き継がれるリスクが高い。

これらの問題は何世代かにわたって引き継がれてきた根深い問題であり、それに対して社会に十分がサポートがないという社会の在り方の問題として考えていかなければいけません。親が生活保護を受給していた場合、その子どもが母親になった場合に生活保護を受ける確率は一般の約10倍近く、貧困率も3倍程度になります。その他でも親の離婚歴や、親からのDV歴等が、貧困状況に影響している


貧困の連鎖は深刻な問題である。

朝日新聞特集「子どもと貧困」では次のように報じている。
http://digital.asahi.com/articles/ASJBD638ZJBDPTIL022.html

困窮世帯の高校中退率が高いと貧困が連鎖しやすいとして、国は「子どもの貧困対策大綱」などで中退防止を掲げる。

 文部科学省厚生労働省によると、2014年度の高校中退者数は5万3391人で中退率は1・5%。生活保護世帯の中退者数は2323人で中退率4・5%。全世帯平均の3倍だ。

 20代への国の調査結果(12年)を労働政策研究・研修機構が分析したところ、失業率は高卒6・1%に対し高校中退者は14・6%。正社員の割合は高卒44・3%に対し、中退者は21・6%だった。
困窮世帯の高校中退率が高いと貧困が連鎖しやすいとして、国は「子どもの貧困対策大綱」などで中退防止を掲げる。

 文部科学省厚生労働省によると、2014年度の高校中退者数は5万3391人で中退率は1・5%。生活保護世帯の中退者数は2323人で中退率4・5%。全世帯平均の3倍だ。

 20代への国の調査結果(12年)を労働政策研究・研修機構が分析したところ、失業率は高卒6・1%に対し高校中退者は14・6%。正社員の割合は高卒44・3%に対し、中退者は21・6%だった。

記事では、慶応大の中室牧子准教授の話を紹介している。

高校中退で十分な技術や知識が身につかなければ、リーマン・ショックのような予期せぬ事態でリストラなどの困難に陥りやすい。高卒や大卒者との生涯収入の差も出てくる。家庭を持っても、生活が不安定で子どもの教育にお金をかけられず貧困の連鎖が起きうる。問題を放置することの社会的コストは大きい。

NHKスペシャル2月12日放映「見えない貧困~未来を奪われる子どもたち~」
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170212
はかつて「無縁社会」に取り組んだスタッフたちの継続的取り組みによる労作であった。

6人に1人の子どもが相対的貧困状態に置かれている日本。そ
の対策は喫緊の課題とされながら有効な手立てを打てていない。
そうした中、東京、大阪などの自治体や国が初めて大規模調査を実施。
世帯収入だけでは見えない貧困の実態を可視化し、対策につなげようとしている。
調査から貧困を見えにくくしていた要因も浮かび上がりつつある。
1つ目は、ファストファッションや格安スマホなど物質的な豊かさによって粉飾されること。
2つ目は高校生のアルバイトなど子ども達が家計の支え手になっていること。
3つ目は、本人が貧困を隠すために、教師や周囲の大人が気づきにくいことだ。
こうした状況を放置すれば、将来の社会的損失は40兆円に上るという試算もある。
進学率の低迷、生活保護や社会保障費の増加など、社会全体のリスクとして捉えるべきと専門家も指摘している。
相対的貧困に直面する子どもたちの実態ルポとデータ解析で可視化し、専門家の提言も交え、「見えない貧困」を克服する道筋を明らかにしていく。


「将来の社会的損失は40兆円」という数字にも驚かされるが、そうした規模で子どもの人権が侵害され、侵害されるリスクを抱えていることには真剣に向き合う必要があると思う。

2017年2月13日 (月)

超高齢者には「終活」の準備は無理だ では?

『月刊エルダリープレス シニアライフ版』2017年3月号に

「‘ヘルプ信号‘早急に 周囲の支援受け生活継続」という記事が掲載された。
Photo_2


この原稿は「終活」といっても実際に準備しているのはわずか、という状況を踏まえてのものである。


以下、元原稿

困ったら早くヘルプ信号を出す。子や行政に甘えていい

――「終活」がブームになったのはいつからですか?

「終活」という言葉は、2009年「週刊朝日」による造語です。2012年にユーキャン新語・流行語のトップテンに選ばれ、あっという間に市民権を得ました。
――どうして火がついたのでしょうか?

 かつては「人生60年」と言われて生活設計もそれが前提になっていた。ところが今は男性が80年、女性が90年と超高齢社会になり、社会にひずみが出てきました。「長寿」そのものはいいことです。しかし、それを支える基盤が社会にも家族にもなくなりました。長くなった20~30年の生活設計ができない、という問題に直面することになりました。
――その一つは経済不安?

 今の高齢者で最も多いのは夫婦2人世帯。戦後は核家族ですから子どもが育って独立していくと夫婦だけの世帯になる。今の高齢者は優しいですから、できるだけ子どもに迷惑をかけないで、夫婦だけでやっていこうとする。例えば夫が70歳で死亡する。残された妻は自分が残りどれだけ生きるかわからない。10年なのか、20年なのか、30年なのかわからない。どれだけのお金があったら充分かめどが立たない。かつては高齢者ほど資産があって裕福でしたが、格差が広がり、今の80代より下はむしろ資産をもたない貧しい高齢者が多くなっています。「長寿」といっても80代以降は急激に認知症が増えるし、大病して身体の自由が失われる危険は高まる。「要介護」になるリスクが高まります。「高齢者の単独世帯も約25%。「おひとりさまの死」も他人事ではない。

――「老老介護」も増えていますね。

夫婦ともに75歳を超えて、配偶者が要介護になると、残った者も高齢ですから体力的に大変です。共倒れの危険もある。今は「認認介護」という言葉も出てきました。夫婦共に認知症。こうなると生活が成り立たなくなります。

――死後の不安もあります。

 配偶者の死ということは精神的にも大きな問題ですから、残った人が葬式の手配やら、死後のさまざまな事務処理など自分だけでは充分にやれるわけがありません。

 私は、自力での生活が困難になったら、周囲に「ヘルプ信号」をできるだけ早く出すように、と言っています。子どもや行政に遠慮せず出す。自分たちだけでやろうとするな、と言っています。周囲も、より注意深く配慮する必要があります。

 




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2017年1月31日 (火)

へぇ、多死社会ってもうかる社会なんだ!?

いまは通勤時間がないから、朝日新聞の朝刊をゆっくり読み、ネットで毎日等各新聞や各媒体に目を通す。

朝日新聞朝刊
福島第一2号機、原子炉直下に黒い塊 事故の溶解燃料か
http://www.asahi.com/articles/ASK1Z4D49K1ZULBJ005.html
には福島原発問題の先行きの見えない闇を感じる。

あまり関心がなく素通りしてしまいがちな
日経新聞1月30日
大和、中田副社長の社長昇格を発表 日比野社長は会長に
   
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFL30HPP_Q7A130C1000000/
これを朝日新聞1月31日朝刊では
メガバンク系攻勢、「独立系」は正念場 大和証券グループ本社社長に中田氏
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12773100.html
と報じている。
その中にこう書いてあった。

中田氏は、法人部門の経験が長く、現在は個人営業部門のトップ。高齢化が進む中、相続資産などの運用のニーズをつかむため営業を強化する。「年間50兆と言われる大相続時代。主戦場は国内だ」という。

資産0の人間はほんとうに疎(うと)かった!

「終活」でも遺産相続がなぜ活況なのか?
行政書士、司法書士、弁護士が遺言、相続を手に「終活」にかくも熱心に群がるのか?

底辺しか見ていないと、

相続が争族になるのは金持ちだけではない。

という問題だけしか見ていなかった。

「格差社会」という現実は見てきたつもりだった。
かつて社会で相対的に「富裕」と言われた高齢者世代が貧困化に向かっている。
そこでさまざまな問題が出ている。
若年者の貧困化も進んでいる。
子どもの貧困化も大きな問題だ。

しかし、金持っている奴はこんなにいるんだ!

調査をしていた時、信託銀行は既に富裕層を握っていて、いわゆる大衆の信託にはリスクが大きい、効率的でないと冷たい視線でいたことを思い起こす。
超高齢社会を迎えた日本。
「一握り」に過ぎない富裕層の資産はべらぼーなんだ!

彼らにとって

「多死社会」というのは儲かる社会のことなのだ!

葬祭業界なんて、これに比べればかわいいものだ。
せいぜいが1兆5千億円の総市場。

小型化傾向が進み、売上単価は顕著に低くなり(事業者に差があるが)、死亡者数が増加しても総売上の減少傾向がとまらない。
あげく件数は増加しているから手間がかかるので従業員は増えている。
しかし正社員は増えず、非正規ばかりが増える。
しかも低賃金化が進む。
葬祭企業でブラック企業問題が騒がれるのも時間の問題だ。

横道につい逸れた。

資産がこれだけ多く、一方で貧困化が言われているのに、しかも増加傾向にある!

同記事に

各社の力量を測る「預かり資産」をみると、2016年9月時点で野村は99兆円、大和は49兆円、SMBC日興は45兆円。この3年間の増減率をみると、野村は9%増、SMBC日興は22%増三菱UFJは16%増、みずほは5%増。大和はそれよりも低い3%増にとどまった。

そうか、と考え日経やらを検索してみると、
各社預かり資産を増やし、運用益を上げようと必死だ。

「終活」に群がっているのは「心優しい」人間、企業ばかりではないのだ。
(もとより心優しい人間も企業もいる!)

しかし、心優しくない彼らは、これから深刻化する多くの貧困化なんて関心ではないのだ。
「持っている」人間の取り合いなのだ。

多死社会というのは資産の奪い合いが激烈化する市場でもあるということだ。

これが「終活」の裏にうごめく一つの現実か、と思うと、ゾッとする。

2017年1月25日 (水)

子連れ無理心中―個から見た死と葬送(16)

子連れ無理心中

こういうニュースがいちばん怖い。
しかも記事はいつも中途半端だ。
そこに至った経緯を想像しようとしても何も見えてこない。


でもそのニュース記事を書いた当の記者にもそれ以上は書けなかったのだろう。
警察が発表した以上の情報はないのだろう。

おそらくそれを探ったならば、1日はもとより数日でも済まないだろう。
半年あってもその真実はわからないだろう。
また、仮にわかったとしても、それを明らかにすることは死者に対してどうなのだろう。
多くの者が傷つくだろう。
しかし、そこにはもしかしたら、第三者としてではなく、明らかにすべきものがあるかもしれない。
記者は自問するだろう。

見出しが扇情的であるのは、
「自分が書かなくとも他社は書く。ならば書くしかない」
と言い訳のようにも感じる。


事柄が痛切なのに、報じるほうは中途半端な姿勢で日常感覚の意識を出ていないかのように見える。

でも新聞を広げた者には、その見出し以上のものが入ってきて、しばし呆然とする。

何故か知る由もないし、知って何かができるわけではない。
いや、何かをしたらものすごい冒涜になるかもしれない。


ときどき

「子どもが病弱なことをこぼしていた」
「仲良く公園で遊んでいた」
などの説明が記事に付されることがあるが、わからないことは同じだ。

いっそ記事にしないでくれと呻く。
だが、その次には別のページをくっている自分がいる。


そんな日は一日憂鬱である。

しかし、それが家族であったら、憂鬱だけで済むはずがない。

何か自分の血が酷く冷たい感じがした。



2017年1月24日 (火)

戒名問題の視点―戒名、布施問題の多角的アプローチ③

「戒名」に関する問題

戒名についての社会的関心の一つは、「戒名料」に係わる問題である。
 
これは生活者の関心である。
近年は僧侶派遣のネット事業等が「戒名料の定額化」を打ち出し、仏教会がこれに反発するという構図になっている。

これはそのまま仏教寺院の財政基盤に関する問題である。

「戒名料とは言わない」というのが仏教会および各教団の立場である。
そもそも「戒名料」と言われるようになったことが問題なのであり、これが戦後の高度経済成長以降の主に都市における「社会的」問題の一つである。

かつてこの議論があった時、大阪の僧侶が「それは東京の問題だ」と言った。
訊いたら「院号料はある」と言う。
私は「その院号料と東京の戒名料は同質の問題だ」と指摘したことがあった。

もう一つは、「戒名」が歴史的に保持してきた階級性の問題である。
そこから派生した「差別戒名」の問題である。
過去において被差別部落民に対して被差別部落民であることを示す戒名をつけたことに対する糾弾とこうした歴史に対する寺院の反省の問題である。

「戒名」「法名」「法号」の基礎理解

以下、共通理解のための基礎的解説をする。
宗派によっても理解は異なる。

元々インド仏教には戒名はなく、仏教が中国に伝わった以降に生まれたものである。

「戒名」とは、仏教教団に入り戒律を守ることを誓った者に与えられる名前のこと。
本来は戒を授けられ出家した僧にのみ与えられるものだった。
つまりは「出家名」である。


出家しない在家の檀信徒も授戒会に加わって戒を受けることにより、仏法に帰依した者として戒名を与えられるようになった。
これは出家者以外の葬儀をどうするか、で課題となったものである。


日本の仏教の在家葬儀の原型となったのが禅宗の葬儀法である。
禅宗が中国で儒教の影響を受けて葬儀法を確立した。

禅宗では、出家者に対する葬儀法「尊宿喪儀法」と修行途中の僧侶に対する「亡僧喪儀法」があった。
後者の「亡僧喪儀法」を、出家ではない者、つまり「在家喪儀法」に援用した。

修行途中であり、正式に僧ではなかったので、急いで戒を授け、僧とし、あの世に送り出した。
これと同様に僧でない在家の者も戒を授け、剃髪し、僧の如きにし、あの世に送り出した。
江戸時代には男性のみならず女性も剃髪された例があったようだ。

これは民衆の葬儀法が課題となることで生まれたものである。
江戸時代以降、寺檀制度が確立する中で、亡くなった人に授戒して戒名を与えることが一般的となった。

本来戒名は、生前に入信して与えられるべきものだが、死者の場合でも生きている者として扱い、できるだけ早く授戒させようと、しばしば枕経や通夜に授戒が行われた。


これは「没後作僧(もつごさそう、ぼつごさそう)」と言い、亡くなった人を仏の弟子にして浄土に送るということを表す。
文字どおり「死没後に僧となす」ことを意味する。

授戒は引導と共に葬儀儀礼の中心をなすものとして位置づけられている。

「没後作僧」については、「生前、入信に際して授かるのが本来であるが、その縁がなかった者も死後といえども切り捨てるのではないという仏の大慈悲が存在する」と説明するものもある。

もっとも日本の葬儀では、葬式以前の通夜までは「生と死の中間」つまり「死者を生きているものと見做して」取り扱ったので、通夜までの間に行うのは生きている者と見做して行ったことを意味した。


近年、「戒名料」が問題とされたこともあり、多くの教団では、できるだけ生前に授戒会などに出て戒名を得ておくことを勧めている。


浄土真宗は在家道で教義にも戒律や授戒はなく、「聞法者」という意味をこめて「法名」と言う。
仏法に帰依した者が授かる名前で、「帰敬式」(「おかみぞり」「おこうぞり」とも言う)を受けていただくものとされている。


日蓮宗は「法華経に帰依することが持戒にまさる」ということで、あるいは「経(法華経)を受け持つことが戒を持つこと」という考えから葬儀式に授戒という作法はない。
「信仰に入った証」ということで「法号」が与えられる。

「入信の証」であるならば、本来は生前に与えられるものだが、亡くなった後に授与されることが多く、また生前に与えられていても死後改めて授与し直されることが多い。
特に「院号」等の修飾語が付けられるのは一般的に死後である。


修飾語の問題

戒名(法名)は、基本的には法号の2字である。
平易に表現すれば出家名であり、仏弟子としての名前である。

これに付加された院号、道号、位号は修飾語である。
だが、この修飾語が問題である。

過去において、どんな修飾語を付加するかという基準が、寺院への貢献度と社会的功績におかれた。

「死後追贈の褒章のようなものだ」というのは的を射ている。

寺院への貢献度は、寺院の建立や修繕に貢献したとか、檀家総代として尽力したとか、篤信な信者であったとか寺院または信仰を基準にしたものだから、ここでは問わない。

問題は社会的功績である。

大名だから、武士だから、庄屋であったから、という階級社会の上の立場という理由だけではなく、下の立場の階級付けまでがされたことによる。
この道具として戒名が用いられたことが問題となる。

※今戒名の修飾語の最高位として「院殿号」が位置付けられていることが多いが、これは足利尊氏が最初と言われる。以降、武家が天下を取ったことで、大名家やその上位家臣、旗本に陰殿号が授与されることが多くなったことから来ている。

戒名が檀信徒への褒章としてだけでなく、人の社会的階層づけに利用され、ひいては差別の固定化を招いたことが、仏教寺院の体質、それを許した日本社会の問題として批判される。

「差別戒名」問題

戦後、寺院は宗団全体で差別戒名の調査を行い、その付け直し作業を行った。

※曹洞宗では
曹洞宗がこのような取り組みを始めたのは、1979(昭和54)年の「第3回世界宗教者平和会議差別発言」(注1)に対する人権の確立を願う人びとや運動団体などによる糾弾・学習がきっかけでした。

1981(昭和56)年1月の第1回糾弾会から5回におよぶ一連の糾弾・学習の中で、「差別戒名」の問題、「差別戒名」のつけ方や「差別儀礼」のやり方などが書いてあった「差別図書」の問題(注2)、寺院住職が引き起こした「身元調査差別事件」が提起されました。
そして、曹洞宗としてこれらの問題が実際に存在することを確認、「差別戒名を改正する」「差別図書を回収する」「身元調査に加担しない」ことに取り組むことを社会に約束をしました。この3点の取り組み課題は現在でも、曹洞宗の人権確立へ向けた取り組みの大きな柱です。
(注1) 「第3回世界宗教者平和会議差別発言」
1979(昭和54)年、アメリカのプリンストンで開催された、第3回世界宗教者平和会議(WCRPⅢ)において、当時の全日本仏教会理事長・曹洞宗宗務総長が、再三にわたり「日本に部落問題はない」「百年ほど前にあったことで今はない」「部落問題を理由にしてさわぐ一部の人がいるだけ」などの差別発言を繰り返し、WCRPⅢの報告書から部落問題についての言及部分を削除させてしまった差別事件です。
その後、5回にわたり確認糾弾会が行われ、「差別戒名」「差別図書」の存在、「身元調査」に加担した事実などが指摘された、個人の差別発言のみならず、曹洞宗がこれまで抱えてきた差別体質や、歴史・社会状況への認識・疎さの現れであったのです。

(注2) 「差別戒名」、「差別図書」
主に、江戸時代から昭和初期にかけて、被差別部落の檀信徒のみに「授与」された、一般の檀信徒と比較して「不当に差別され、おとしめられた戒名」を「差別戒名」と言い、曹洞宗寺院でもその事象が確認され、現在、改正の取り組みがなされております。
また、この「差別戒名」の付け方の手引書など、曹洞宗関係者が出した書籍について、差別的な記述等が確認された6種類を「差別図書」として回収を進めております。
http://www.sotozen-net.or.jp/activity/jinken/torikumi 

だが、差別戒名だけの問題ではない。
差別戒名の原因となった、戒名が人の階層化の道具であったことへまで及んでいる。

経済の民主化による「戒名料」問題

他方、「戒名料」は、戦後社会における寺院の民主化の問題であったという側面をもつ。

戦後、民主化が達成することにより、一般の檀家は、過去の身分によって戒名が階層化されて固定化されることを嫌い、戦後日本社会の実質的な規範である経済力によって新たに階層化することを望んだ。
それが民主的だと考えたのである。

寺院側にもそれを受け入れざるを得ない理由があった。
戦前の寺院経済を支えてきた大檀家の没落が相次いだ。
大農家が農地解放で没落し、大地主であった寺院そのものも農地解放により経済的基盤を失った。
寺院経済を支える新たな基盤作りに迫られていた。

一方で、都市化により、旧来の檀家ではない新たな都市住民が都市寺院に葬祭サービスを求めてくるようになった。
これらを取り込む基準は旧来の檀家としての貢献度や社会的立場以外のものでなければいけなかった。
それは戦後社会にあっての認められた基準である金銭を置いて他になかった。

「戒名料」という名称は、戒名の階層付けを新たに経済的な貢献度で行うという表明である。
経済の民主化が進み、都市化が進んだ高度経済成長期に「戒名料」が定着し、院号の乱発が行われるようになったのは、理由のあることなのである。

この後、80年代になると消費文化が成熟し、「消費者」という概念が定着してくる。
「安く良質のものを」という考え方は戒名料にも及んだ。

ところが戒名料には公認された社会的基準がなかった。
寺院側も、おおっぴらに戒名の基準が入手時の経済的貢献度とは表明しにくい。
苦々しく感じる寺院も少なくなかった。
寺院それぞれの対応の違いが、消費者には戒名料はブラックマーケットであると映った。

90年代に入ると社会的風潮も変化してくる。
特にバブル経済が崩壊して以降、価値観の変化が見られる。
褒章を求めない人が増えてきたのだ。
世俗化が進み、あの世への信仰が低下したこともこれに重なった。

戒名の院号信仰を支えたものは、死者の冥福を願う切なる心情があったことは事実である。
まさに欧州の宗教改革時代の免罪符に近い意味を戒名は負っていたのである。

だが、あの世信仰が希薄になることによって、その意味すら感じられなくなってきた。
この結果、これまでの戒名料批判に戒名不信が付け加わる事態となった。
これがジワジワと浸透していき、戒名料収入の低下を招き、将来的には寺院経済の基礎が揺るがされるのではないか、という不安が寺院を覆うようになっている。

一方、「戒名を買う」者には檀信徒として寺を支える意識が希薄で、「寺への寄附義務がない」ことが歓迎される風潮がある。
これが寺院側にとって悩ましい問題であり、僧侶派遣業者は「檀信徒にならない」ことをメリットとして宣伝している。

※現在の戒名に対する布施の定額化で、あたりまえのように「院号、居士大姉は別料金」になっているのはいかなる理由によるものか?
「ブランド」化になっていないか?

付加価値だから「高い」のだろうか?説得力をもって語られるのを聞いたおぼえがない。

戒名問題のこれから

教義的には既に今日の戒名問題を正当づけるものはないだろう。

僧となること、仏教徒たることを表明した徴、それ以上のものではない。
このことを教義的に意味づけることは可能であろうが、できるとしても法号に対してである。院号や位号などは歴史社会的に説明できるだけである。

対処としては仏弟子たることを表明し、あるいは授戒した人に対して、法号の2字(あるいは全て院号付きで)を授与するようにするだけである。
現状の没後作僧という死後授与を改めることも考えられる。

だが、問題はそれだけではない。

戦後に戒名問題が現在のような混迷を招いた原因が寺院経済の維持にあったのであるから、寺院経済の基礎をどこに求めるかを新たに考える必要がある。

戦前までの寺檀制度は寺院経済の基盤としてあった。
だが寺檀制度の基礎となる寺院と檀家の関係が葬祭サービスに偏ったものであったことがが一つの問題である。

寺院の活動が何であるかを明らかし、それが檀信徒に理解されて活動資金が支えられるという構造作りが課題となるだろう。

もう一つは、人の階層づけが戦前は階級社会、戦後は経済中心主義を無批判に基準にして行われたことへの検討であろう。
宗教は民衆に寄り添って力になる必要があるが、社会に埋没することではないだろう。
このことをきちんと考えないと、戒名問題そのものは解決しても、姿を変えて同じような問題が再発するであろう。

ことは寺院経済に絡まった問題であるから容易ではない。
できるだけ手をつけないでそっとしておきたいと考える僧侶が多いことは理解できる。

この問題は、仏教寺院の問題だけではない。
日本社会の縮図とも言うべき問題であるように思う。



2017年1月 6日 (金)

「終活」ブームのコンテキスト

記者さんから問い合わせがあったので、かつて雑誌に書いた記事を以下紹介する。
2年前くらいに書いた記事だが、今でも有効だろう。


「終活」は「就活」をもじって週刊朝日が名付けたことから言葉として流行した。
あまり好きな言葉ではない。


以下、が元の記事。

『SOGI』通信 No.69
「終活」という言葉は『週刊朝日』が2009年に連載した記事名「現代終活事情」が最初と言われる。
2010年6月に連載のまとめとして刊行された週刊朝日MOOK「2010終活マニュアル」のタイトルは『わたしの葬式 自分のお墓』となっているように「葬式」と「お墓」がメインテーマだった。

ちょうど2010年は島田裕巳『お葬式は、要らない』(幻冬舎新書)が刊行されてベストセラーになった年。
葬式や墓についての要、不要論が話題になった。
しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災が一気にそのブームを消し去った。現実の大量死を体験して、死者・行方不明者への想い、その家族の想いの痛切さ、リアルな死の衝撃の大きさを感じさせるものであったからだ。

そうした状況を背景に、東日本大震災の発生で発表が延期されていた経産省の「ライフエンディング・ステージ」に関する報告書が同年8月に発表された。
報告書では生前の「老」で抱える終末期医療、介護の問題から死後の葬式、さまざまな事務処理、遺族のケア、お墓、遺産相続まで続くステージについて、バラバラではなく一連のプロセスと考え、ネットワークを組んで消費者をサポートできるシステムづくりを提言した。

『週刊朝日』の葬式、墓中心の「終活」に異を唱えた一人がファイナンシャルプランナーの本田桂子さん。
中高年の遺言や相続の相談を手がけているなかで本田さんが提起したのが「老」の問題。
超高齢社会になった日本社会でのリスク、認知症、延命治療、老後の生活資金、財産分与…等を加えた「終活」を提起した。
本田桂子監修『終活ハンドブック』(PHP)が刊行されたのは、経産省の報告書発表と同年7月末のこと。
同年8月には「おひとりさま」問題に取り組んでいたフリーライターの中澤まゆみさん『おひとりさまの終活―自分らしい老後と最後の準備』(三省堂)が刊行された。

この公の報告書、民の本田さんらの提言にくらいついてきたのが司法書士、行政書士や保険関係の人たち。
「終活ブーム」を代表する終活カウンセラー協会は、2011年10月に第1回終活カウンセラー初級検定を実施。
『終活の教科書』(タツミムック)を2013年6月に刊行。
「終活」ブームは、ここ2年くらいに生じたブームである。

注視しておく必要があるのは、ここでの終活は「事業」である点。
そして終活事情についての講演会等が事業として展開されている点である。

そしてこの背景には戦後の大量のベビーブーマーが65歳以上の高齢者になりつつあることがある。こうした団塊の世代が「終活」や「エンディングノート」に関心を寄せてきた。

関心が高いことを証明したのが、2013年、「終活」をテーマとする季刊誌『ソナエ』(産経新聞社)を刊行、創刊号は約5万部を売り上げたこと。
「ペットの葬儀」や「おひとりさまの終活」を特集した第2号は創刊号を上回る勢い。

多くのデータが示すように、「関心がある」が3割程度はあるが、「実際に準備している」のは5%未満、という壁ははたして破られるのだろうか?

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