宗教

2018年9月28日 (金)

格差社会の葬送、寺院・教会

人口動態統計の最新の発表等があったため、それらの紹介を兼ねて、本日「も」長い。

 

■「人生90年時代」の到来と少子多死社会の伸び

 

平成29年(2017)簡易生命表によると、平均寿命(0歳児の平均余命)は、男性81.09年、女性87.14年と前年比0.1年伸びた。
1960
(昭和35)年が男性65.32年、女性70.19年であったから約60年間で1517年伸びたことになる。
より実感に近いのは寿命中位数である。
「寿命中位数」とは、「生命表上で、出生者のうちちょうど半数が生存すると期待される年数」のこと(それまで半数が死亡することと同義であるが)。
寿命中位数では、男性84.08年、女性90.03年となっている。
女性が90年を超え、「人生90年時代」の到来である。

でも、これを寿ぐ雰囲気ではない。

9
21日に97日付の「平成29年(2017)人口動態統計(確定数)の概況」が公表された。それによると、
出生数は前年より約31千人減少して946065人。
死亡数は前年より約3万3千人増加して134397人。
人口の自然減は拡大している。
※出生数が100万人を割ったのは2016年、死亡数が100万人を超えたのは2003年。出生数は19471952年まで200万人を超えていた。その世代がすべて65歳を超えた。

他方、まとまり調和した社会を謳った日本社会も1991年のバブル景気崩壊、2008年のリーマン・ショック(金融恐慌)を経て分断が進んでいる。
1970
年頃には高度経済成長を背景に内閣府の調査で自らを中流と意識する者が9割となり「1億総中流」と言われたが、今や「格差社会」である。

 

■「高齢者」の定義

 

実感として言うならば、別の言い方をすれば「私の個人的な体験に基づく極めて個人的な感想」であるが、60歳の定年は早い。

私は65歳を過ぎて、急に体力が落ちた。
あくまで「実感」にすぎないのだが、65歳定年が適切であろう。

だが、これも個体差が大きい。
65
歳を過ぎても元気に働ける人がいる。
意欲も高く保っている人がいる。
そういう人は積極的に用いないと資源の無駄遣いになる。

65
歳定年がうたわれているが、いまだに60歳定年が多く、後は65歳まで1年更新の再雇用制度が多い。
給料は2分の1
3分の2に減って。
同じ仕事をする能力があり、同じ仕事をしているならば、同じ給料払っていいではないか。

これまで一般的に「現役世代」より「高齢者世代」が相対的に裕福であった。
だが高齢者世代にも変化が見える。
大雑把に言えば4分の1が「貧困高齢者」である。

今は「高齢者」とは65歳以上を言うが、6574歳を「前期高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」と言う。
今この75歳以上高齢者が増加していることから、年金支給、健康保険負担の問題もあり、行政は「高齢者」の定義を70歳あるいは75歳以上に変更しようと画策している。

20171月、日本老年医学会は、高齢者の定義が65歳以上であるのは、個体差はあるものの現状に合わないとして、6574歳を「准高齢者」、7589歳を「高齢者」、90歳以上を「超高齢者」と区分することが妥当、とする提言を発表している。
※プロ野球では内野手の松井稼頭央(西武)が引退を発表したが42歳。同じく現役引退を発表した投手の浅尾拓也(中日)は33歳。プロ野球では30歳を超えると「ベテラン」で、40歳を超えての現役は一握り。人間の身体能力はそうしたものなのだろう。だが、社会的に引っ張っていく世代は30代、40代、50代中心であるのが健全だと思う。ところが企業では、スポーツ選手もどきに、40歳前後でふるいにかけられることが横行している。子どもを育てる世代が苦境に陥っているのも「子どもの貧困」の一因。

■国民生活基礎調査で見る所得格差

 

「国民生活基礎調査」によると、1世帯あたりの2016年の所得では次のようになっている。平均所得金額は500万2千円であるが、中央値はもう少し下がって442万円。
所得分布を見ると、

 

平均所得金額を上回るのは、5001000万円31.7%、1000万円以上が12.6%の約44%と半数未満。
平均所得金額が500万円未満は55.6%と過半数を超える。
これだけではない。
500
万円未満を見ると、
300
500万円が24.6%、300万円未満が31.2%を占めている。
上と下に分れ、下が多くなっている。

 

2017年時点の生活意識調査で見ると、

 全体では
「大変苦しい」が23.8%、「やや苦しい」が32.0%と合わせて過半数を上回る55.8%となり平均所得金額以下の割合とほぼ同率。
「高齢者世帯」では54.2%であるが、「児童のいる世帯」が58.2%であり、「子どもの貧困」が裏付けられる数字となっている。
「大変苦しい」では、より明確で「全体」が23.8%なのに対し、「高齢者世帯」は所得が少ないにもかかわらずそれを下回る220%(資産が関係)であるが、「児童のいる世帯」では4分の125.1%となっている。

多いのは「普通」で32.0%であるから半数はもとより3分の1に届かない。
「ややゆとりがある」は4.3%、「大変ゆとりがある」はわずか0.7%。
1000
万円以上が12.6%であるから、実際のゆとり層はもう少し多いはずだが。

日本の世帯状況は、大雑把に言えば、
1
割強の「富裕」層、3割強の「普通」層、2割強の「普通以下」層、3割強の「貧困」層に分れている。
これだけの格差のある社会だ、ということになる。

※だから「平均葬儀費用」「平均布施額」などというデータは意味がなく、消費者がそれに踊らされる必要もなければ、実際踊らされるわけがない。

■格差社会と葬送、寺院・教会


1991
年のバブル景気崩壊、2008年のリーマンショック以降、日本国内においても経済格差が深刻になっている。
一時は「総中流」と言われたが、今やすっかり瓦解。
一部の者たちへの富の集中は進み、その他との経済文化には大きな開きが生じている。

テレビコマーシャルを見ても、富裕層対象とそうでないのに二分化している。
富裕層対象商品、サービスは、はなから富裕層以外を対象としていない。

貧困層は明らかに拡大している。
近年、多くの寺やNPOが「子どもの貧困」に着目し、「子ども食堂」を開く事例が増えているが、頭が下がる。

近年の葬送の変化は、単身世帯の増加等の社会変化、戦後70年以上を経過した個人の意識の多様化もあるが、経済格差の拡大も大きな要素となっている。

葬儀総費用については、おおまかに言うならば、次の3つに分かれる。

・補助なしで葬儀を営めない層から50万未満の葬儀がせいぜいとする層が3割
50200万円とする層が4割

 

200万円超でも平気とする層が3

「平均金額」などは無意味である。
富裕層がたくさん消費すれば「平均」は上がる。

葬祭業者を見ても、平均葬儀単価が100万円以下と150180万円に2分化している。
1990
年頃の200300万円が「平均」だった時代とは明らかに異なっている。

今でも「平均葬儀単価」は140150万円である。
中央値は100120万円だろう。
しかし、この数字をまったく消費者は参照する価値がない。
0~50万円の層が70万円だと言われたら「高い!」と思うのは自然なこと。
200
万円超が平気な層は180万円だったら「良心的、安くついた」と思うだろう。

中にはお金があっても死者のための支出は無駄と考える人間もいる。
それも一つの現実ではあるが、
「葬儀費用が高ければ供養心が高い」なんてことはない。

寺院へのお布施も当然ながら異なる。
寺院の檀信徒にもいろいろな層がいる。
10
万円がせいぜいの檀信徒も少なくない。
100
万円以上普通に出せる檀信徒もいる。
これらを平均して2030万円になる。
「平均」というものがあるわけではないのだ。
いろいろな層があって、結果として平均金額を算出すると2030万円になるのである。

低額な布施を出す檀信徒が増加していることを「宗教心の低下」と結論づけるのはやめたほうがいい。
そもそも「出せない」層が増えている。

都会の大寺院はブランド化して富裕層が多い。
だから平気で70万円以上を提示する。
それに比して、圧倒的多数の地方寺院は、檀信徒が流出して数も減り、高齢化が進み、負担できる金額は明らかに減少している。
「ほとんどが10万円」と言う地方寺院も多い。
「イオンのお葬式」で「お布施金額の目安」が15万円と聞くと、「うちより高い」と言う地方僧侶は少なくない。

「自立」が困難な寺院は増加一方である。
これは仏教寺院に限った現象ではなく、キリスト教会においても言える。

都市部(だけではないが)の仏教寺院、キリスト教会で今問題になっているのは、檀信徒、教会員に単身高齢者が増加していることである。
こうした寺院、教会内の単身高齢者の世話、サポートで忙しくしている住職、牧師、神父は少なくない。

もっともこうした問題を内包しながら、その現実を見ようとしていない住職、牧師がより多数派であるのが残念である。

 

2018年8月16日 (木)

「聖職者」の虐待に思う「聖」への幻想

日本では僧侶の堕落について言及するとき、妻帯制度をもち出す人が依然として多い。
僧侶に「聖職者」たるべきことを求め、出家によって異性と交わらない道を歩むことを過度に期待した幻想による所産でしかない。


日本では1985(明治5)年に僧侶の異性との接触、異性間交渉を長く禁止していた僧尼令が廃止され、以降は僧侶の肉食妻帯は自由とされた。

 

もとより僧尼令はあれど、破戒僧はいつの時代にも存在したし、実態として守られてきたわけではなく、一休、親鸞の時はあまり問題とされていない。

 

宗教に係わる者が今でも「聖職者」と言われることがあるが、私はある意味、これは「宗教者差別」であると思う。
人権に属する人間の基本的欲求を制限することを課し、それで「聖」であることを教団のみならず社会が強制している。


こんな「差別」がいつまでも続くわけはない。
これが今続々と明らかにされているローマカトリックの神父の性犯罪である。

ローマカトリックの神父は公的には妻帯を禁止されている。
だが、こうした無理が通用するわけがなく、その無理が多くの性犯罪を生んだ。
今明らかにされているのは現在のものだけではない。
すでに死亡した神父の過去の性犯罪もどんどん明らかにされている。

 

昨日(2018815日)に朝日新聞が報じたものは
カトリック神父300人が性的虐待 被害者は数千人か

https://digital.asahi.com/articles/ASL8H23KWL8HUHBI002.html?iref=pc_ss_date

そこに報じられている内容は凄まじい。


米ペンシルベニア州最高裁判所は14日、同州のカトリック教会で起きた神父による少年少女への性的虐待についての大陪審の調査報告書を公表した。報告書には虐待を行っていた神父300人以上の実名リストも盛り込まれた。教会側の隠蔽(いんぺい)工作についても指摘している。

大陪審は同州内の8教区を対象に2年かけて50万ページの教会内部文書を調べたほか、関係者への聞き取りなどを行った。過去70年以上にわたって神父400人以上の関与が浮上、うち虐待の証拠がそろった故人も含む300人以上について公表した。」
文書から明らかになった被害者は1千人ほどだが、大陪審は実際には数千人に上ると見ている。被害者の多くは少年だが、中には少女も含まれていたという。思春期前の年齢の被害者が多かった。また、教会は虐待の告発を受けても警察に通報せずにいい加減な内部調査で済ませたり、加害者を別の任地に配属したりし、問題が大きくなるのを防いでいた。」

これは「犯罪」である。
ローマカトリック教会の問題であるが、それだけではない。
人々が宗教者に無責任に「聖」の幻想を抱き、それが制度となり、それが現実と著しく異なるものであるから「犯罪の温床」となり、多くの犯罪を今もなお生んでいる。

ローマカトリック教会の犯罪報道を以下に示すが、これはカトリック教会のみを批判するためではない。
「聖職者」ではないが、プロテスタント教会にも「牧師の性犯罪」はあるし、仏教の「僧侶の性犯罪」もいまだにある。
宗教界のみならず社会に性犯罪は蔓延している。
宗教者(教職もそうだ)の性犯罪が多いのは、「聖職者」であることを期待される幻想の所産、という面があることを忘れてはならない。

キリスト教団体で性的虐待、被害4千人超 豪政府が調査

https://digital.asahi.com/articles/ASKDH4W7CKDHUHBI025.html?iref=pc_ss_date

ローマ法王「苦悩と恥辱」 聖職者の性的虐待に謝罪

https://digital.asahi.com/articles/ASL1K2FC4L1KUHBI00C.html?iref=pc_ss_date

(地球24時)聖職者の性的虐待問題、チリの司教ら34人辞意

https://digital.asahi.com/articles/DA3S13500699.html?iref=pc_ss_date

スポットライト世紀のスクープ カトリック教会の大罪 著者:ボストン・グローブ紙《スポットライト》チーム 出版社:竹書房https://book.asahi.com/article/11594245?iref=pc_ss_date
日本カトリック司教団、「性虐待被害者のための祈りと償いの日」を制定
https://www.christiantoday.co.jp/articles/22845/20161220/japan-catholic-bishops-sexual-abuse-victims-day.htm

2018年3月27日 (火)

いくつかの報告―経王寺「ハスのカホリ」、毎日新聞「合葬墓」

経王寺

少し前の話だが、互井鑑章さんが住職の日蓮宗経王寺(東京都新宿区)の寺報『ハスのカホリ』2018年春号47号が送られてきた。


経王寺のホームページ
http://www.kyoouji.gr.jp/index.html
経王寺のFacebook

https://www.facebook.com/kyoouji/

 

ハスのカホリ』2018年春号47こに互井さんと私の対談「葬儀とお寺の未来」が掲載されている。

 

ハスのカホリ』表紙

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目次

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互井住職×碑文谷創

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合葬墓

毎日新聞2018322日夕刊「どうすれば安心」で合葬墓(永代供養墓)が取り上げられた。
契機は築地本願寺が合同墓を造ったことにある。

 

築地本願寺の合同墓

https://tsukijihongwanji-lounge.jp/top/goudoubo.html

 

毎日の記事は小松やしほ記者が取材して記事にした。
これに私と小谷みどりさんがコメントしている。

記事は

https://mainichi.jp/articles/20180322/dde/012/040/004000c

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2018年2月 4日 (日)

個人化時代の葬儀①‐弔いのあり方

個人化時代の葬儀①―弔いのあり方

 

朝日新聞(201824日)に「弔いのあり方」(全4回)の1回目「お葬式」が掲載された。
1
ページだてである。

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https://digital.asahi.com/articles/ASL2200C7L21ULZU01C.html?iref=comtop_8_06

 

主旨は
団塊の世代が高齢化し、“多死社会”が本格化します。大切な家族が亡くなったら、どこに相談すればいいのか。葬儀の費用はいくらかかるのか。自分が眠る墓はどうするのか――。お葬式やお墓への不安が尽きません。いずれ誰にもやってくる弔いのあり方について、みなさんとともに考えます。

 

朝日新聞の実施したアンケートの回答を紹介し、「不透明なお布施不信感」「葬儀の平均費用140150万円」という2人の記者の取材記事が入り、「個人化の時代 規範にしばられずに」という800字の高橋美佐子記者による私の談話記事が掲載されている。

記事の中心は読者の声。
タイトルは
「もっと多様な形であっていい」

その中で、

●「一昨年父を亡くして実感したが、葬儀やその後の法要などは、故人のためだけでなく残された者が少しずつ死を受け入れてその後を生きていくために必要な行事でもあった。母から葬儀はいらないと言われているが、なにもしないことは考えられない」(大阪府・30代女性)

●「長男の嫁です。義両親の際病気だったため、葬儀までもちろん看病がありましたので、葬儀を終えるにはかなりな体力を要しました。自宅に連れて帰り、仮通夜のようなこともしましたのでご近所の方々もいらっしゃり、通夜、本葬では義兄弟の連れ合いの親戚や勤める会社の方々も多数来られました。どさくさに紛れて国会議員の弔電披露もあり(怒)、本葬後ほうほうの体で帰宅直後、義兄弟から『誰からいくら香典をもらったか?』と電話があった時には虚無感だけでした。ゆっくりと義親を悼むことが出来たのはかなり後です。(略)」(大阪府・50代女性)

が印象に残った。

人の死があってのお葬式である。
人の死と無関係かのようにして語られる葬式論はいい加減終わりにすべきだろう。

 

記者さんの記事については
「不透明なお布施不信感」

埼玉県の50代の女性の声の紹介

きっかけは5年前、84歳で亡くなった父の葬儀でした。母は認知症で施設に入っていて、寺との付き合いは父任せでした。一人っ子の松本さんは親戚もほとんどなく、相談相手もいないなかで、葬儀社から祭壇や棺のランク、料理の人数などを次々に尋ねられました。僧侶への対応にも追われ、父の死に向きあう余裕がなかったと言います。


そう、現実の葬式は忙しいのがネックである。

仕事を進めるためには、それも遺族の意向を確認しながら、事務的な確認作業が多いのはわかる。
しかし、まず大切なのは遺族の状況を、特に精神的な状況を把握するのが第一であるべきだろう。

遺体の保全という、すべきことは行い、1日は遺族が死者と向き合うことに専念できるようにし、2日目に葬式の日程その他を打ち合わせるというのもありではないか?


葬祭業者に聞くと、葬儀や火葬の日程、費用をまず決めたいという遺族が多い、という。

追われる気持ちになる遺族の気持ちもわからないではない。
これも家族に死者が出たことの混乱からくる。

僧侶も忙しいので、僧侶の日程を確保するのも大変、という。

そういう事情はわからないではないが、葬儀というのは儀礼だけにあるのではなく、死者と向き合うことが基本である。
1日は遺族に死者に想いを傾けることに専心させる、という選択があっていい。

お布施の問題は、同じ僧侶が父の時は「15万円から」と言い、友人の父の時は「35万円から」と言ったのが不信感を招いたと書いている。

僧侶の印象が布施の額だけであるのが淋しい。
僧侶はそれ以外に遺族の印象に残すべき係わりをしなかったのだろうか?

僧侶側に立って見るならば、片方に「15万円から」と言い、もう一方に「35万円から」と言ったのは、それぞれの家庭の経済状況を勘案してのことだろう。
一律「35万円から」と言わなかったのは、この僧侶なりの配慮の現れであろう。

葬儀の布施は僧侶の個人収入ではなく、宗教法人である寺の収入となる。
寺は多くの人に支えられ護持されている。
支える人は多様な現実を抱えており、一律の負担を求めた場合には経済的弱者には高負担になる。
負担するにしても、それぞれの経済状況に合わせてするのでなければ「寺を皆で支える」ことはできない。
だから寺の布施は定額ではないのだ。

私の知っている寺では葬儀の布施は
「檀徒の方は基本10万円以上ですが、無理な方は相談してください。経済的に許す方は、それぞれできるかぎりお願いします。また檀徒でない方は基本20万円以上でお願いします」
としている。

これは僧侶が決めたのではなく檀徒が相談して決めた。

檀徒でも10万円の負担が困難な人がいる。
しかし寺は檀徒の葬儀を拒否できない。
檀徒の葬儀をするのは寺の義務であるからだ。
檀徒のなかには分割での申し出もあり、寺はそれを受けている。
なかには寺が持ち出しのケースもある。

布施は持ち出しのあるマイナスから高いのは150万円まである。
1
年間の1件あたりの平均は約25万円であった。
最も多いのは20万円から40万円。
こうした実態は知っておいていい。

その僧侶は言っている。
「金額は明示したくないのだが、不安になる遺族が多い。いろいろ噂が立っても困る。そこで基準額を総代会で決めて提示することにした」
布施が不明、透明性がない、と言われることについては寺も頭を悩ましているのだ。

寺の実状から言えば、葬儀や法事の収入が寺の財政に占める割合は依然として高い。
現在、布施の相場は下がっている。
寺はこのままでは維持できない、と危惧している寺は多い。

かつて大檀家と言われた人は寺を護持するために多額の布施をした。
しかし近年、富裕な檀家も多額を布施しない傾向にある。
これも寺を悩ませている。

布施に幅があることに対し、消費者視点で係わる遺族は不信感を寄せる。
二重価格ではないか?
人を見て値段を変えるのか?
と。
サービスの対価だと受け取られているのだ。

真面目に取り組んでいる寺がある一方、「金の亡者」と言われても仕方がない寺があることが問題を複雑にしている。

遺族の生活状況を考えることもしないで、50万円、70万円、100万円…と提示する寺もある。
大きな、有名寺院がブランド料的感覚で平気で高額の金額を提示する例がある。

また遺族でも、得意顔をして大寺院で葬儀をしたことを語り、「200万円とられた」と、何ら困っていないのに被害者顔で語る人間がいる。
「布施のブランド化」は腹立たしい。

記事に戻ろう。

不信感を抱いたこの人は母の葬式では寺から離れ、ネット業者に依頼する。

昨年12月、90歳の母が施設で亡くなりました。インターネットで調べ、定額の葬儀を提供する業者に頼みました。06年に設立され、全国で使える葬儀場は約3500式場に上ります。葬式の件数は年々増え続け、16年度までに10万件以上を手がけました。僧侶のほかに葬儀社も紹介しています。

 母の葬儀代は、僧侶へのお布施も含めて20万円。紹介された僧侶とは火葬場で初めて会い、火葬する前にお経をあげてもらい、3万円を渡して帰ってもらいました。火葬場では家族だけです。母に戒名はなく、四十九日法要もしません。


話がわかりづらいのは、ネット業者のことを間に挟んでいるからだ。

「直葬」(ちょくそう)を「火葬式」という業者が少なくない。
火葬前に簡単に読経してもらうので、儀礼はしましたよ、という言い訳である。

別に、どこでどのように宗教的儀礼が行われてもよい。
しかし、それが「死体処理」の言い訳になっていいわけはない。
「粗末にしたわけではないのですよ」と遺族は言いたいのだろう。

檀那寺があるなら、経済的に困窮しているのであれば、率直に申し出ればいい。
檀那寺は檀徒の葬儀を拒否することはできないのだから。
檀徒には寺を支える義務(それもできる範囲で)もあるが、弔われる権利もある。むしろこちらの方が大きい。

このような時代だから、宗教までもビジネス化するのは、賛成するわけではないが、時代の趨勢であろう。
しかし、派遣僧侶といえども僧侶である。
死者を弔うことには責任感がほしい。
15
分の読経=3万円(手配業者の取り分があるから1.5万円~2万円が僧侶の取り分だろうが)という時給感覚で人の死に立ち会ってほしくはない。

ネット業者が良心的なわけはない。
葬儀の手配に加えて僧侶手配も加えれば売り上げが増え、手数料も多くなる、というビジネス的関心だけがある。

但し、残念ながら、檀那寺の僧侶と派遣僧侶、どちらのクオリティが高いか、ということは定まっていない。
檀那寺の僧侶にも不届き者がいるし、派遣僧侶にも良質な人がいるからである。

問題は、宗教者は葬儀に係わる以上は、きちんと死者、遺族、近親者に向き合うべきことだ。
今、家族も孤立しがち。
きちんと支える人が必要。
寺の僧侶がそうであってくれれば遺族は助かる。

もっとも、そうした支え手となっている宗教者は数は少ないが確実にいるし、そういったところでは「お布施が高い」とかは人々の話題にすらならない。

布施に不信をもたれる宗教者は自らの葬儀への係わりを再点検すべきなのだろう。

この読者は結局寺からは離れてしまった。


もう一つの記事は

「葬儀の平均費用140150万円」

何だかな、と思う。
世の中格差社会、葬儀の規模も費用も多様化している。
「平均」というのが意味をなさない時代だ。

また、どこからどこまでの費用を言っているのか明確ではない。
「全部」と言うのであれば、寺へのお布施も含む。
しかし、これは葬祭業者を通す筋合いのものではない。
経産省での統計によれば、葬祭業者の1件あたりの売上高の平均額はここ数年140150万円。

もっとも業者格差があり、1件当たりの売上高平均でも少ないところは80万円、多いところは170万円程度と大きく差がある。

かつては会葬者数に葬儀費用がある程度比例したが、少人数の葬儀が多くなり、会葬者数には比例しなくなった。
極端な話、会葬者20人規模で400万円かける人もいる。

自己負担額という観点で見るならば、会葬者数はいてくれたほういい。
香典を受け取ってもお返しは3分の1~2分の1
香典は5千円と1万円が多く、平均すると7~8千円になる。
今は即返しが多いから、返礼品は3千円~4千円程度が多い。

もっとも人数が少なくなったのには死亡者の高齢化も影響している。

 

今は最も一般的なのは3050人規模だろうが、現役の人が亡くなった場合には会葬者数は100人を超す例が多い。

葬祭サービスについてもクオリティが問われていい時代である。
安かろう、悪かろうが今でも通用しているのは考えものだ。
もっとも安全なのは近所の顔を見知っている葬祭業者に頼むことだ。

案外気をつけなければいけないのは安過ぎるもの。
いくら直葬とはいえ15万円以下は粗悪サービスの可能性が高い。
福祉葬ですら20万円程度。
尊厳をもって弔う、葬るには人材育成費も含めて適正な費用はかかる。
安ければいいならばサービスの質は期待しないことだ。

 

2人の記者さんの記事、いずれも金額の話。
世の中、不良サービスは淘汰されるべき。
葬儀を金額の問題としてではなく、そろそろいかに弔うべきかという観点で議論しませんか?
人間の死には無視できない問題がたくさんあるのです。






2017年5月14日 (日)

共謀罪から「聖俗」二元論までつらつらと―雑感①

今朝(20170514)の朝日から気になった言葉を抜いてみた。(ディジタルから引用しているので、本紙とは一部異なる)





共謀罪


共謀罪に関するカメラマン宮嶋茂樹の発言


むしろ共謀罪は、市民が犯罪者を拒む理由になるんじゃないか。「あなたとは会うだけで共謀罪に問われそうだから」と。もちろんテロリストや暴力団などの組織的犯罪集団と関係があるような人は一般市民とは言えない。

 若い頃、大物右翼の赤尾敏氏(故人)を撮影した写真展を開いた。最初に会場に来たお客さんが「よう、宮嶋君。いい写真だね」と言う。公安刑事だった。身辺を洗われていると感じたが、別に悪いことはしていない。不肖・宮嶋、女の好みとか警察に知られたくない秘密はある。だけど、少しくらい監視されたって枕を高くして眠る方がいい。
(略)

日本人は、テロや他国からの攻撃に対する危機感が薄い。先月、北朝鮮ミサイル発射で一部の地下鉄が運転を見合わせた。「過剰反応だ」という声もあったが、止める判断は正しかったと思う。災害時の避難指示なら「空振り」でも文句が出ないのに、ミサイルやテロだとやり過ぎと言われる。国民に「どうせ起きるわけない」という思い込みがある。聞き手・岩崎生之助)

 

共謀罪は計画段階だと物証に乏しく自白重視の捜査になるのでは?というので、2003年鹿児島県議選をめぐる冤罪事件「志布志事件」で無罪となった元被告の証言。


共謀罪」の国会審議で政府は「一般人は対象外」「裁判所による令状審査が機能しており、恣意(しい)的な運用はできない」などと答弁している。ただ、一般人かどうか、嫌疑の有無などの判断をするのは捜査当局だ。中山さんは「一度決めれば、あらゆる手段を使って、描いた筋書き通りに『犯人』を仕立てる危険がある」と感じる。

志布志事件では、警察からは「自白」を迫られ、否認すると395日間勾留された。取調官は「否認を続ければ(経営する)会社はつぶれる」「認めなければ娘も息子も逮捕する」などと怒鳴った。ともに逮捕された妻が自供したので罪を認めるように、と迫られたこともある。心が折れそうになったが、否認を貫いた。後で妻は自供しておらず、取調官がうそをついていたことを知った。 「警察はシナリオを書いたらあの手この手で認めさせようとする。みな自分に関係ないと思っているのだろうが、自分に降りかかってきてからでは手遅れだ」(編集委員・大久保真紀)


私は共謀罪には反対だ。
そもそも容疑をかけられたら捜査をしないと「一般人」かどうかわからない。
「共謀罪は一般人が対象にならない」という論理は成立しない。
それこそ「安全な一般人」と「安全でないかもしれない危惧のある一般人=非一般人」とに分けられる可能性は高い、と元非一般人としては思う。


「元非一般人」は=「元犯罪者」ではない。もとよりそう見られてもいっこうにかまわないが。


60
70年代に感じたヒリヒリした時代感覚を思い出している。
公安があの当時の感覚で共謀罪を扱うなら、私は明らかに処罰対象になっていただろう。


「不肖・宮嶋」さんの危惧もわかる。
リスクに対する感覚の鈍さは感じている。
だが、だ。
人間=善人でないから共謀罪をもち出すのだろうが、捜査陣=善でもないから安心できないのだ。
どこかを「善」と信じられればいいのだが、人間社会はそんなに都合よくない。



土岐健治『死海写本』を読みながら、


「聖俗」二元論までつらつらと

 

ここ数日、土岐健治『死海写本』(講談社学術文庫)を電子書籍で読んだ。

紀元前
4世紀から紀元後2世紀に至る古代パレスチナの歴史が死海写本を中心に語られるのだが、そこに描かれる善と悪の軋轢・対立が歴史に翻弄される様は、「善」がいかに相対的なものであるかを教えてくれる。

 

仏教では真の意味での文献学が未成熟なため、初期仏教の世界が剖出されていないから、現代の仏教者は「平和仏教」と安穏として語る。

 

だが釈迦は紀元前500年頃であり、その死後100200年で激しい部派対立が生じた。

宗教といっても人間世界のこと。
「善」は絶対的なものでありえず、「信仰」も純粋足り得ない。
何がいいか、という価値観も相対的で、また歴史に翻弄される。

 

死海写本でエッセネ派に魅了される部分があるだろうが、彼らのいわば「出家」は、深い女性蔑視の上に成り立っていたことは無視できない事実。

今の日本仏教を「堕落」とする意見の一つに妻帯があり、それでは出家ではない、「聖性」が失われたと非難する意見も未だにある。
まさに「いまだに」である。時代遅れもいいとこだ。

江戸時代までは公式に僧侶妻帯が公認されていなかったが、実態は「聖」とは一部を除いてほど遠かったのも歴史的事実。

 

キリスト教のカトリックの「聖職者」は妻帯が認められていないが、では「高潔」かといえば必ずしもそうではない。
小児や女性へのハラスメント問題はたくさんあり、今深刻な問題になっている。

 

私は「出家しよう」という一途さを否定するものではないが、人間はそれをもって「聖」になるわけではないことを知るべきだろうと思う。

そもそも人間を「聖」と「俗」に分けるのに無理がある。

 

「俗」たる一般人にとって「聖」を尊敬したい気持ちはわかるが、それは幻想だし、「聖」とされる人間にも負担なのだ。

「聖じゃない」と宗教者を批判すれば、「俗」はすかっとするだろうが、そんなの解決ではない。
今は世俗化された社会だから世の中悪いのは坊さんのせい、なんて言えない。

凄まじい修行を積んで、独身を守る僧侶が宗教者として讃嘆され、名声を得るが、話すと人間的深みがまるでない、という例は昔から少なくない。

 

「聖俗」は両者の幻想と無理の上に成り立っているものだから、現実には信じがたい権威主義を生み出したりする。

 

 日本仏教で「聖」と言うと「ひじり」と読み、戦国時代を中心に民衆の中に入り、葬祭仏教の基礎をつくった下層僧侶、非公認僧侶たち、既成教団の枠外の民間僧のことを言う。

日本仏教において親鸞、道元等の仏教思想の深化とは別に、仏教の日本社会への浸透には大きな働きをなした。
社会現実、世俗への対応を担った。


しかし「聖(ひじり)」個々が「聖(せい)性」をもっていたかといえばそうではない。
字が同じことから混同されがちだが「ひじり(聖)=聖性をもった人」ではない。


また、彼らの活動は徳川幕府の本末制度の中で社会制度に絡めとられてきた。
(その後、パブリックな存在として地域社会の中に位置づいた面は評価できるのだが)

 

話は脇道に逸れたが、「善」もすこぶる相対的なものだ、少し突っ込んで見てみるとかなりあやふやな面を抱えていることがわかる。
そうしたものであることへの自戒はもっていていい。

 



2017年2月23日 (木)

仏教界への提言・葬儀は何が問題か?―戒名、布施問題の多角的アプローチ⑦番外編

仏教タイムズ2017年2月16日号に「仏教界への提言」が掲載された。
これを本ブログのシリーズ「戒名、布施問題の多角的アプローチ」の番外編として公開する。

紙面は大きいが、字数が少ないため、問題を絞った。
全日本仏教会の中間報告へも言及していない。
しかし、最も言いたかったことを書いた。

編集部からは「消費者からの視点」で書くよう要請を受けたので、「葬儀とは遺族にとってどういう場面か」ということを切り口にした。
そのことで戒名問題、布施問題、僧侶派遣についても根本的なことを書けたかと思う。
詳細は本ブログで展開しているので、本ブログの読者にはわかっていただけるだろう。

201702224

この記事は「僧侶派遣の現状と背景を追う〈5〉最終回」として掲載された。

読みやすいように、以下本文を掲載する。

■遺族にとって葬儀とは?

葬儀というのは一般論で語られるものではない。
個々の人にとっては身内が死亡し、直面する重大事なのだ。
その死者とどう相対し、送り出せばいいのか迫られる。

それが高齢(何歳から「高齢」なのかわかりにくくなっているが)で徐々に弱ってきた場合には、ある程度の受け入れ準備があるかもしれない。
死亡してホッとする場合もあれば、強い寂寥の感情に襲われる場合もある。
老老介護の場合には遺された者が役割喪失感に襲われることもある。

状況はさまざまである。

たとえがんでステージⅣを宣告され闘病していた身内であろうと、その最後が生かしているのがむごいと思っていた場合でも、死亡という事態に愕然とする。
まったく違う心的情況に追いやられる。

人間の死は、たとえ高齢者が多いとしても、基本は年齢を選ばない。
若年者が死ぬこともあり、遺された年長者、特に高齢者の場合、自分が生き残ったことへの罪悪感でさいなまれることも多い。
その悲嘆は長期化、深刻化する事例が少なくない。

災害死、突然死、事故死、戦死、犯罪死…遺族はその事態を受けとめることを拒否し茫然としている。

単独世帯が4分の1を超えた。
身内の死を後から知らされる場合もある。
家族以外がその死を世話することもある。
家族に拒まれ、あるいは家族を拒んだまま死亡する人もいる。

いかなる形であれ、死は、他人にとっては「人間は死ぬ」という事実以外のものではないかもしれないが、身内にとっては迫られる事態、緊急時としてある。

そういう「人の死」に対処するのが葬儀である。
個々の死がそうであり、固有である。

僧侶は、どんな立場で葬儀を勤めるにせよ、その固有の死に相対する想いなくして葬儀を勤めることはできない。

また、単に同じ儀礼を型通りに行えばいいものではない。

その死者、死者の周囲の人の想いに無関係に行われるのは葬儀ではない。
単なる装飾だと知るべきである。

■紛いものの「仏教式葬儀」の横行

仏教の体裁をとった葬儀は、これだけ批判されても8割以上ある、というのは、過去の慣習を引きずった結果であり、ほんとうに必要とされているものは多くて4割。

それを僧侶に葬儀を依頼するのがあたりまえ、という感覚でいる僧侶が多すぎる。
その証拠に一つひとつの葬儀に向き合って行われない葬儀が多すぎる。

葬儀で初めて遺族に会うのに、話も聴かない、死者がどうであったか、遺族の気持ちも知ろうとしない僧侶がいる。

ある僧侶派遣団体では、僧侶が遺族と話をするのを禁じている。
バカな、と思う。
そこには商売しかない。

自分の宗派の儀礼に則ることには熱心だが、死者にも遺族にも無関心な僧侶がいる。

遺族も僧侶と話すことを敬遠し、僧侶も遺族を敬遠する。

そこで行われる僧侶の営みは大いなる空虚以外の何ものでもない。
それは葬儀とは呼べないしろものであることは確かだ。
そうした紛いものが横行し、それが「葬儀」だと言われているところに不幸がある。

そうした紛いものに対して「布施」なんてあるはずがないではないか。
出す方にも受け取る方にも。

遺族の心理は敏感である。
紛い物か本物かは頭ではなく、肌で感じ取る。

■信頼される寺

寺に行けば、そこの住職が檀信徒や周囲の人に信頼されているかわかる。

「オラが死んでも住職が葬式してくれるから安心」
と思われている寺は意外と多い。
そこではあまり布施の額や「戒名料(院号料)」などという言葉を耳にしないものだ。

遺族が少し無理して包んでくると、
「後々の付き合いもあるから半分だけ今はいただく」
と半額返す僧侶もいる。

生活困窮者の檀信徒が死ぬと、「檀信徒の葬儀は寺の責任」と無料で、しかも香奠持参で駆けつける僧侶もいる。

こうした僧侶は、一般の目に入らないだけで、多くいる。
そうした住職の下にいる檀信徒たちには、生活不安、家族間の問題、その他の不安はあっても寺への不安はあまりない。

■送り手がいなくても送る覚悟

私は葬祭ディレクターの育成にこれまで長く関与してきた。
そこで言ってきたことは

「たとえ身内が死者に無関心であろうと、死者の尊厳を守り、たとえ自分だけでもきちんと弔い、送る覚悟をもて」

ということであった。

同じことが僧侶にはより以上求められると思う。

「葬祭仏教」として民衆に定着したのは、戦国時代の聖たちのそうした覚悟があったからではないか。

 

 




2017年2月19日 (日)

布施と寺の関係―戒名、布施問題の多角的アプローチ⑥

布施と寺の関係

 

「布施」は理念的には、

「施す人も、施される人も、施す物品も本来的に空であり、執着心を離れてなされるべきもの」

とされている。

本質的には、仏法を説く「法施(ほっせ)」も布施としてなされるものであり、見返りを期待したものではない。
また、その僧を支えるものとしてなされる「財施(ざいせ)」も「布施」としてなされるものであり、何らかの対価、見返りを期待したものではない。
また僧や仏教徒の布施は寺院の関係を超える。地域社会に精神的、身体的、経済的、人間関係的に不安や困窮し困難にある人や事態に対して布施する。これが「無畏施(むいせ)」である。

近年、若い僧侶を中心に災害支援、被災者の物心支援、生活困窮者への支援、終末期にある病者、高齢者の支援、貧困や疎外された子どもの支援、海外の弱者への支援…などさまざまな活動が積極的に行われるようになってきている。


以上が前回のまとめである。

 

前回も紹介したように、

「布施」について『岩波仏教辞典』は後段で
転じて、僧侶に対して施し与えられる金品をいう。

と極めて現実的な解釈を示した。
これは「布施」が日本仏教においては寺檀(じだん)制度を支える財政基盤として機能したことを示している。

 

そこで「檀家制度」における布施の機能を見る前に、そもそも寺という組織について考えてみたい。
これは過去がどうあったかではなく、現代において寺という組織が機能するために、どういう検討が必要か、という課題である。

 

「寺」という組織のあり方

 

僧は個だけではなく、仏教集団、寺院、教団…という組織をもつ以上、「組織のあり方」を考えざるを得ない。

これは仏教寺院だけではなくキリスト教会も必然的に抱える問題である。

 

第1は、活動理念である。

一般に宗教教団の場合、教義であり、その教義の普及により信者の獲得となる。

だが組織が小さく、民衆の近く位置するに伴い、活動理念はより具体的にされないと、それを支える意識が不明確になる。

また、教義というのも歴史的産物である以上、常に問い返しが必要とされる。
問い返しのない教義は保存はされるかもしれないが、単なる遺物と化し、活きて働かないものとなる。

 

第2は、組織運営である。

宗教団体では、とかく上から下、という形態が見られる。
しかし、上から下へ「教える」という一方通行だけではうまくいくわけがない。

下からの信頼、信仰が強くなければ組織は機能しない。

下から、つまり信者側からの熱意ある活動を組織に活かさないと組織は活性化しない。


実際に、住職や牧師中心で成員である信者が活性化していない寺や教会は活き活きとしていない。

 

第3は、活動の透明化である。

 

その組織が何をしようとしているのか、それをどうしようとしているのかを上だけではなく下まで認識を共有しなければならない。

例えば寺の行事一つとっても、これが欠けては成立しない。


これは、一方的な考えの押しつけになってはいけない。
成員個々の多様な考えは尊重されるべきである。

だが、個々に遠慮して何も発言しない、というのもまたおかしい。

 

第4は、組織の財政基盤の確立である。

 

現実的に組織運営する以上、その活動を可能とする財政的基盤を作らなければならない。

また、その財政は組織の形態によって変わる。
ボランティアがお金と労力だけで係わる場合があるが、それはしばしば不安定で、また負担が偏ることで継続性が困難になる。

その規模に合った人件費、運営費が確保される必要がある。


理念が正しくとも成員だけで維持できる組織というのは少ない。

また成員の経済力もさまざまである。
成員が過負担になれば組織から遠のく。

企業ではないのだから、それぞれに合った負担ということが許される必要がある。貧困者を閉めだす寺なんて最悪である。

成員だけで無理なら協賛、寄附が必要となる。
これは一部の資産家や企業に頼り過ぎてはだめである。
石材業者、葬祭業者等に頼り過ぎれば癒着も生じるし、偏り過ぎるとそこが撤退したとたんに成り立たなくなる。
薄く、広く求める必要がある。


戦後の農地解放で寺は経済的な打撃を受けた。
寺自体が大地主であったのが土地を取られ、大檀家が地主、大農家に偏ったため、大檀家が没落し、財政基盤を喪失した、という寺は多い。


※これが高度経済成長期の「戒名(院号)」料問題の背景となっている。


「布施」問題はこのコンテキストで正しく語られる必要がある。


「布施は檀家制度が崩壊したので根拠がなくなった」と言う人もいるが、寺は危機にあるが崩壊、消滅したわけではない。

これからの寺を検討すべき課題として「布施」問題はきちんと、中途半端ではなく検討される必要がある。

仏教界の議論はまだまだである。

寺のあり方を問う中できちんと議論されるべきである、と私は思う。
 

そうでないと苦労している僧侶たちを見捨てることになる。

 

第5は会計の公開である。

 

今の寺を見ていると経済的に自立している寺は全体の3割もないだろう。
むしろ財政実態を公開し、どうしたらいいかを皆で考えることから再出発すべきだろう。成員であることの自覚もできる。

また、そのためには寺の運営実態を透明化し、寺が何をしていくべきかの目標を共有することが必要だ。

私の知っている寺では、個人名は伏せるが、葬儀のお布施も公開している。

100万円以上出す人もいれば、その人にお金がなく、寺が負担して葬儀を出すこともある。

平均で20万円代であった。

自分たちの葬儀だけではなく、信者全体の葬儀を可能にするために葬儀代がまさに布施として活用されている。
会計公開は成員の自覚につながるし、寺が公共性を確保するための義務でもある。

 

第6は組織の規律である。

 

組織が崩れるのは自己規律がないことからきていることが多い。


組織運営が一部の者の都合がいいように偏ったり、運営が公平を欠いたり、偏見に基づいた差別やいじめが行われたり、お金の使い方がいい加減であったり、私欲がまかりとおるものであったり…


およそ最低限の規律が確立され、常に第三者の点検に耐え得るものである必要がある。


あたりまえのように見えるが、相当意識的にしないと規律保持は難しい。

また、規律が崩れると組織内はもとより対外的信用も崩れる。
雑誌やテレビのワイドショーで寺や僧侶の悪い話題が取り上げられるのは、規律が失われた寺の問題であることが多い。

 

 

檀家制度成立以前

 

寺の組織は「檀家」制度によって支えられてきた。

といっても本格化は江戸中期以降のことで、歴史的に中世までは寺の檀那(だんな)は権力者、貴族、武家に偏していた。

ある意味で権力者の権威の誇示に寺は利用されてきた。

また、寺は宗教的=世俗的権威ともなり一大勢力ともなった。
これが戦国時代に信長が仏教団と激しく対立、排撃されるところともなった。


仏教は権力者が檀那であった時代はある程度は拡がったが、民衆の中に定着したとは言えない。

 

 もっとも中世以降になるとさまざまな僧が民衆へのアプローチを行うようになるが、それは教団としての組織的なものではなかった。


例えば、平安時代の
938年、阿弥陀聖、市聖と呼ばれ中世以降の高野聖、民間浄土教行者である念仏聖の先駆けとなった空也(972年没)が京で念仏を広める。

これ以降、民間仏教の「聖(ひじり)」と言われる僧が民衆の中に入り、死者儀礼や農耕儀礼と結びつき大衆化していった。

 

 

「檀那(旦那)」とは、

サンスクリット語のdânaに相当する音写。もともとは、施し・布施を意味するが、わが国では、寺院や僧侶に布施・寄進をするパトロン、つまり檀越(だんおつ)・檀家と同じ意味で用いられた。布施を受ける寺のことは〈檀那寺(だんなでら)〉と呼ばれる。檀家はそこで死後の菩提(ぼだい)を弔ってもらうことになるので〈菩提寺(ぼだいじ)〉とも呼ばれる。なお檀那は、家を支えるパトロンとか、恩恵を与えてくれる者の意味から、既婚の男子、特に夫や主筋の相手に対する一種の敬称とも転じ、〈旦那〉とも書かれるようになった。(岩波仏教辞典)

 

「戦国時代」とは、室町後期の応仁の乱から織豊政権誕生による天下統一に至るまでの時代のことである。

政治的には乱れ、飢饉、戦乱で民衆は苦しんだ。
一方それまでは貴族や武士の下で翻弄されていた民衆が農業生産力を向上し、定住し、近世の村をつくり、一定の社会的地位を向上させた時期にも相当する。


「戦国仏教」という言葉もあるように。この時期を中心に仏教の民衆化は進む。

それを可能としたのが「葬祭仏教」であった。

(以下続く)


☆近況報告と予告

①仏教タイムズ2017年2月16日号
http://www.bukkyo-times.co.jp/pg125.html
に「僧侶派遣の現状と背景を追う(最終回)仏教界への提言―聖たちの覚悟を現代に 碑文谷創(葬送ジャーナリスト)」
。タイトルは編集部が付けたもである。全日本仏教会の「法務執行に関する協議会」の中間報告を読んではいるが、直接は触れていない。1800字という制限であったので、問題の根幹だけに絞って書いた。記事はネット紹介。まだ掲載紙が手元に届いていない。

②日本消費者協会第11回「葬儀に関するアンケート調査」(2017年1月)
仏教タイムス2月17日号には
2017/1/19
「日本消費者協会・葬祭アンケート 葬儀費用、やや増加 相談は寺院から業者 仏式葬儀 首都圏で減少気味」
というレポートがあり、これはネットで読める。
中外日報も報じている。2017年2月3日付

「僧侶と葬儀の関係希薄に 日本消費者協会調査」

http://www.chugainippoh.co.jp/rensai/jijitenbyou/20170203-001.html
この日本消費者協会調査は入手したので、後日きちんと分析し、書く。
問題も多いこの調査、読み方も含めて提示したいと思う。
何回かに分けて書くことになるだろう。


③橳島次郎『これからの死に方 (平凡社新書)』

http://booklog.jp/item/1/4582858082
を読んだ。
なかなか切れ味のいい本だ。
多くの人に読んでほしい本。
中には?の部分もあるので、これについては問題点も含めていずれ書評したい。


 

 

 

 

2017年2月16日 (木)

布施の基本的理解―戒名、布施問題の多角的アプローチ⑤

戒名、布施問題について間が空いた。
前回は「布施問題の現況」について書いた。
http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2017/01/post-68ab.html#_ga=1.177174245.173638439.1487207866

今回は「布施」について基本に立ち返るところから書いてみる。

手元にある『岩波仏教辞典』(膨大な辞典類は事務所閉鎖に伴い譲渡したが、手元に残した数少ない辞典の一つ)には以下のようにある。

出家修行者、仏教教団、貧窮者などに財物その他を施し与えること。

とある。
「貧窮者などに」という言葉が入っているが、僧や寺院への財政的施しという面が強いことがうかがえる。


辞典でも、布施については「財施(ざいせ)」以外に、僧側からの「法施(ほっせ)」、そして「無畏施(むいせ)」について触れている。
今日専ら用いられている「僧や寺院への財政的施し」ということだけに布施は限定されないことを説明している。

これを私なりに再整理すると次のようになる。






「布施」
は、仏教では、布施は菩薩(悟りを求めて修行する人)が行うべきつの実践徳目の1つとされている。

施す人も、施される人も、施す物品も本来的に空であり、執着心を離れてなされるべきものとされている。






布施はさまざまに分類されるが、一般的には次の3つに分けられる。






財施(ざいせ)





出家修行者、仏教教団、貧窮者などに財物、衣食などの物品を与えること。
仏教の教えへの感謝を表し、施すこと。






法施(ほっせ)





正しい仏法の教えを説き、精神的な施しを行うこと。僧侶の務めとされている。






無畏施(むいせ)





「施無畏(せむい)」とも言い、不安やおそれを抱いている人に対し安心の施しをすること。
困った人に対し親切を施すこと、など。







無畏施
は、近年特に注目されている。
といっても「無畏施」という言葉で語られることはあまりない。

無畏施は、対象に檀信徒(そもそも戦国末期以降、特に江戸中期以降確立した、寺をさまざまな形で支える人。戦前は家制度を背景として「檀家(だんか)」と言ったが、戦後は家制度でなくなったこと―慣習的には残っているが―、信教の自由を背景に「檀信徒(だんしんと)」と正式には言われる。「檀徒(だんと)」と言うこともある)や信者も含むが、それだけではない。
寺の壁を越え、地域社会、社会の精神的、経済的、その他に困難にある人へさまざまな支援をすることを言う。
葬式、法事といった範囲を超えた僧侶、寺の社会的活動(だけではないが)は「無畏施」に相当するであろう。
その意味では「布施」を論ずる際に、もっと注目されていいいことであるように思う。

近くでは、
阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震等の災害時に若い僧侶を中心にさまざまな支援が積極的に行われた。
また「臨床宗教師」等の終末期患者等への支援(「日本的チャプレン」とも言われるように、北米のキリスト教のチャプレン活動に刺激され、日本にも日本人の宗教に合った宗教者の病院や施設等での活動が必要、と開始された。宗教間協力として行われている。中には仏教者に特定した活動も)もある。
http://www.sal.tohoku.ac.jp/p-religion/diarypro/diary.cgi?field=8
アジアの子どもの支援活動をするシャンティ等の活動もある。
http://sva.or.jp/about/

これらは「無畏施」に相当する「布施」である。
もっとも僧や寺が行う活動のみが「無畏施」ではなく、仏教徒が行うこうした活動がすべて「無畏施」に相当する。

この解釈には一部の仏教者から異論があるかもしれない。

「無畏施」を
「衆生を危険から救い、安全な状態にすること」(『岩波仏教辞典』)
をそのまま理解すれば、これは人々に仏法を説くことによって施すもの、という解釈も充分にあるからである。
しかし、説く内容がなければ施しにはならない。

「布施」について『岩波仏教辞典』は後段で以下のように書く。

転じて、僧侶に対して施し与えられる金品をいう。

現実的解釈と言えよう。

だが布施が成り立つのは「出す者」と「受け取る者」の間に関係が必要である。
関係があって成り立つのが布施である。
しかし、「出す者」が何かを得ることを目的とするのは布施ではない。

施す人も、施される人も、施す物品も本来的に空であり、執着心を離れてなされるべきものとされている。

のが布施の本質であるからだ。

だから、布施には定額はない。あったらおかしいのだ。それはもはや布施ではない。

しかし、「布施」も歴史的文脈を離れては語れない。
建前だけでは今日の布施問題は解決しない。

(以下、続く)

※後ろを長々と書いたのだが、途中保存せず長々と書いたため、保存できず後半のデータが紛失(泣)
今回は中途半端だが、ここまで。




2017年1月29日 (日)

「布施」の問題の現況―戒名、布施問題の多角的アプローチ④

「布施」問題の現況

「布施」が今問題になっているのは、主に「葬儀の布施」である。

通称「お経料」とか「戒名料」と言われるのはその類である。

葬儀のお経の対価として「お経料」、戒名の対価として「戒名料」と言われる。

仏教会では「布施は対価ではない」として、布施は本来定額化されるべきではない、と布施の定額化に抵抗する。

それに対して僧侶派遣業は「消費者はいくら支払っていいかわからないで悩む」と、「明瞭化」をうたって定額化を進める。

寺院の一部では、消費者の「わからない、という心理は理解できる。強制ではなく、目安は出すべきだろう」と目安金額の提示をしている。

ネットで見ていると葬祭関連事業者ではなく、寺院のホームページに「布施料」などといった表現を見つけ、思わず嗤ってしまったことがある。

「布施」基盤の喪失

「布施」は寺院の財政的基盤であることは事実である。

寺院は信仰共同体であり、これの運営を財政的に支えるのは檀信徒であり、それが「布施」である。

ところが檀信徒に寺を支えるという意識が希薄になってきている。
あるいは寺を積極的に支えようとする檀信徒が少なくなってきている、ということが一つの問題。
昔は「大旦那」という存在がいたが、今は少ない。
金をもっていても大きく負担しようという大旦那がほとんどいなくなった。

もう一つは、宗教的浮動層の増加により、そもそも寺との関係がないにもかかわらず、葬儀や法事だけに僧侶を呼ぶケースが少なくない。

彼らには寺の活動を支えようとする意識はなく、あくまでも葬儀や法事の宗教的サービスの対価としての意識しかない。
そこで「対価ではない」と言ってもチンプンカンプンという現実がある。

彼らに寺を支える「布施」という意識はまるでないのだから、「対価である以上、料金を明示してほしい」という意見があるのは、ある意味で当然と言える。

寺院は「建前」を主張するが、宗教サービスの受け手である消費者は「本音」で迫る。
その「せめぎ合い」というのが「布施」を巡る問題である。
布施が寺院の財政的基盤、という問題は、布施の本質論だけではなく、寺院に「定額化」が布施の安い水準への統一になり、寺院収入を減らすことになるのではないか、という危機感もある。

地方寺院の問題

寺院の状況も異なる。

都市化つまり過疎化で、地方寺院は檀信徒が減少し、そもそも寺院収入は低下傾向にあり、地方経済も悪化しているから檀信徒にこれ以上の負担を求められない。

そこで寺院の僧侶は檀信徒に頼るのではなく、自ら正業を別にもつ。
つまりは兼業化している僧侶が多い。

但し、兼業寺院の現実も困難を抱えている。

兼業の主なものは昔から「役所の職員」「教師」「農協の職員」が多かった。
ところが役所は地方自治体の広域合併で職員が減っている。
教師は少子化で減っている。
農協も大型合併で職員数が減っている。

つまりは兼業先が少なくなっている。
住職が兼業できないと寺院は跡継ぎ不足に悩むことになる。
地方に行けば「子どもに寺を継がしていいものか」と悩む僧侶は多い。

また1カ寺で専任の住職を雇えない寺では複数の寺を兼務する「兼務住職」に頼る。
中には10カ寺ほど兼務する僧侶もいる。
いっそ寺を合併すればいいのにと思うが、これは一筋縄ではいかない。
それぞれの寺の檀信徒にとっては「おらが寺」であり、合併を好まない檀信徒が多い。

こうした兼務寺院では寺の本堂等の老朽化が大きな問題となる。
老朽化した建物を修復したいと思っても、当該寺院の檀信徒だけではできない。
そこで兼務先の他の寺の檀信徒に寄進を呼びかけても、自分の寺の話ではないので応えようとする人は少ない。
よって荒廃する寺院が後を絶たない。

「布施」相場の格差

葬儀の「布施相場」は、全国平均すれば40~50万円というところだが、現実的に多いのは20~30万円というところである。

都市部では50~70万円という数字が言われるが、郡部では5~10万円というのも少なくない。

5万円と70万円の違い、それはそのまま檀信徒の経済力の差である。

もう少し言うならば、郡部の寺の僧侶は地域住民と顔が見える場所にいる。
都市部の寺の僧侶は地域住民という感覚がなく、顔が見えない場所にいる。
という問題である。

この問題は大きい。
郡部寺院の住職は檀信徒の生活が見えているので「もっと」とは言えない。
都市部寺院の住職は檀信徒の生活が見えないので「もっと」と言える。
さらに言うならば、宗教的浮動層は檀信徒ですらない。顔が見えるはずがない。

「僧侶派遣」の問題は寺院格差を背景とした問題でもあることが問題を複雑化している。
(この項続く)

2017年1月24日 (火)

戒名問題の視点―戒名、布施問題の多角的アプローチ③

「戒名」に関する問題

戒名についての社会的関心の一つは、「戒名料」に係わる問題である。
 
これは生活者の関心である。
近年は僧侶派遣のネット事業等が「戒名料の定額化」を打ち出し、仏教会がこれに反発するという構図になっている。

これはそのまま仏教寺院の財政基盤に関する問題である。

「戒名料とは言わない」というのが仏教会および各教団の立場である。
そもそも「戒名料」と言われるようになったことが問題なのであり、これが戦後の高度経済成長以降の主に都市における「社会的」問題の一つである。

かつてこの議論があった時、大阪の僧侶が「それは東京の問題だ」と言った。
訊いたら「院号料はある」と言う。
私は「その院号料と東京の戒名料は同質の問題だ」と指摘したことがあった。

もう一つは、「戒名」が歴史的に保持してきた階級性の問題である。
そこから派生した「差別戒名」の問題である。
過去において被差別部落民に対して被差別部落民であることを示す戒名をつけたことに対する糾弾とこうした歴史に対する寺院の反省の問題である。

「戒名」「法名」「法号」の基礎理解

以下、共通理解のための基礎的解説をする。
宗派によっても理解は異なる。

元々インド仏教には戒名はなく、仏教が中国に伝わった以降に生まれたものである。

「戒名」とは、仏教教団に入り戒律を守ることを誓った者に与えられる名前のこと。
本来は戒を授けられ出家した僧にのみ与えられるものだった。
つまりは「出家名」である。


出家しない在家の檀信徒も授戒会に加わって戒を受けることにより、仏法に帰依した者として戒名を与えられるようになった。
これは出家者以外の葬儀をどうするか、で課題となったものである。


日本の仏教の在家葬儀の原型となったのが禅宗の葬儀法である。
禅宗が中国で儒教の影響を受けて葬儀法を確立した。

禅宗では、出家者に対する葬儀法「尊宿喪儀法」と修行途中の僧侶に対する「亡僧喪儀法」があった。
後者の「亡僧喪儀法」を、出家ではない者、つまり「在家喪儀法」に援用した。

修行途中であり、正式に僧ではなかったので、急いで戒を授け、僧とし、あの世に送り出した。
これと同様に僧でない在家の者も戒を授け、剃髪し、僧の如きにし、あの世に送り出した。
江戸時代には男性のみならず女性も剃髪された例があったようだ。

これは民衆の葬儀法が課題となることで生まれたものである。
江戸時代以降、寺檀制度が確立する中で、亡くなった人に授戒して戒名を与えることが一般的となった。

本来戒名は、生前に入信して与えられるべきものだが、死者の場合でも生きている者として扱い、できるだけ早く授戒させようと、しばしば枕経や通夜に授戒が行われた。


これは「没後作僧(もつごさそう、ぼつごさそう)」と言い、亡くなった人を仏の弟子にして浄土に送るということを表す。
文字どおり「死没後に僧となす」ことを意味する。

授戒は引導と共に葬儀儀礼の中心をなすものとして位置づけられている。

「没後作僧」については、「生前、入信に際して授かるのが本来であるが、その縁がなかった者も死後といえども切り捨てるのではないという仏の大慈悲が存在する」と説明するものもある。

もっとも日本の葬儀では、葬式以前の通夜までは「生と死の中間」つまり「死者を生きているものと見做して」取り扱ったので、通夜までの間に行うのは生きている者と見做して行ったことを意味した。


近年、「戒名料」が問題とされたこともあり、多くの教団では、できるだけ生前に授戒会などに出て戒名を得ておくことを勧めている。


浄土真宗は在家道で教義にも戒律や授戒はなく、「聞法者」という意味をこめて「法名」と言う。
仏法に帰依した者が授かる名前で、「帰敬式」(「おかみぞり」「おこうぞり」とも言う)を受けていただくものとされている。


日蓮宗は「法華経に帰依することが持戒にまさる」ということで、あるいは「経(法華経)を受け持つことが戒を持つこと」という考えから葬儀式に授戒という作法はない。
「信仰に入った証」ということで「法号」が与えられる。

「入信の証」であるならば、本来は生前に与えられるものだが、亡くなった後に授与されることが多く、また生前に与えられていても死後改めて授与し直されることが多い。
特に「院号」等の修飾語が付けられるのは一般的に死後である。


修飾語の問題

戒名(法名)は、基本的には法号の2字である。
平易に表現すれば出家名であり、仏弟子としての名前である。

これに付加された院号、道号、位号は修飾語である。
だが、この修飾語が問題である。

過去において、どんな修飾語を付加するかという基準が、寺院への貢献度と社会的功績におかれた。

「死後追贈の褒章のようなものだ」というのは的を射ている。

寺院への貢献度は、寺院の建立や修繕に貢献したとか、檀家総代として尽力したとか、篤信な信者であったとか寺院または信仰を基準にしたものだから、ここでは問わない。

問題は社会的功績である。

大名だから、武士だから、庄屋であったから、という階級社会の上の立場という理由だけではなく、下の立場の階級付けまでがされたことによる。
この道具として戒名が用いられたことが問題となる。

※今戒名の修飾語の最高位として「院殿号」が位置付けられていることが多いが、これは足利尊氏が最初と言われる。以降、武家が天下を取ったことで、大名家やその上位家臣、旗本に陰殿号が授与されることが多くなったことから来ている。

戒名が檀信徒への褒章としてだけでなく、人の社会的階層づけに利用され、ひいては差別の固定化を招いたことが、仏教寺院の体質、それを許した日本社会の問題として批判される。

「差別戒名」問題

戦後、寺院は宗団全体で差別戒名の調査を行い、その付け直し作業を行った。

※曹洞宗では
曹洞宗がこのような取り組みを始めたのは、1979(昭和54)年の「第3回世界宗教者平和会議差別発言」(注1)に対する人権の確立を願う人びとや運動団体などによる糾弾・学習がきっかけでした。

1981(昭和56)年1月の第1回糾弾会から5回におよぶ一連の糾弾・学習の中で、「差別戒名」の問題、「差別戒名」のつけ方や「差別儀礼」のやり方などが書いてあった「差別図書」の問題(注2)、寺院住職が引き起こした「身元調査差別事件」が提起されました。
そして、曹洞宗としてこれらの問題が実際に存在することを確認、「差別戒名を改正する」「差別図書を回収する」「身元調査に加担しない」ことに取り組むことを社会に約束をしました。この3点の取り組み課題は現在でも、曹洞宗の人権確立へ向けた取り組みの大きな柱です。
(注1) 「第3回世界宗教者平和会議差別発言」
1979(昭和54)年、アメリカのプリンストンで開催された、第3回世界宗教者平和会議(WCRPⅢ)において、当時の全日本仏教会理事長・曹洞宗宗務総長が、再三にわたり「日本に部落問題はない」「百年ほど前にあったことで今はない」「部落問題を理由にしてさわぐ一部の人がいるだけ」などの差別発言を繰り返し、WCRPⅢの報告書から部落問題についての言及部分を削除させてしまった差別事件です。
その後、5回にわたり確認糾弾会が行われ、「差別戒名」「差別図書」の存在、「身元調査」に加担した事実などが指摘された、個人の差別発言のみならず、曹洞宗がこれまで抱えてきた差別体質や、歴史・社会状況への認識・疎さの現れであったのです。

(注2) 「差別戒名」、「差別図書」
主に、江戸時代から昭和初期にかけて、被差別部落の檀信徒のみに「授与」された、一般の檀信徒と比較して「不当に差別され、おとしめられた戒名」を「差別戒名」と言い、曹洞宗寺院でもその事象が確認され、現在、改正の取り組みがなされております。
また、この「差別戒名」の付け方の手引書など、曹洞宗関係者が出した書籍について、差別的な記述等が確認された6種類を「差別図書」として回収を進めております。
http://www.sotozen-net.or.jp/activity/jinken/torikumi 

だが、差別戒名だけの問題ではない。
差別戒名の原因となった、戒名が人の階層化の道具であったことへまで及んでいる。

経済の民主化による「戒名料」問題

他方、「戒名料」は、戦後社会における寺院の民主化の問題であったという側面をもつ。

戦後、民主化が達成することにより、一般の檀家は、過去の身分によって戒名が階層化されて固定化されることを嫌い、戦後日本社会の実質的な規範である経済力によって新たに階層化することを望んだ。
それが民主的だと考えたのである。

寺院側にもそれを受け入れざるを得ない理由があった。
戦前の寺院経済を支えてきた大檀家の没落が相次いだ。
大農家が農地解放で没落し、大地主であった寺院そのものも農地解放により経済的基盤を失った。
寺院経済を支える新たな基盤作りに迫られていた。

一方で、都市化により、旧来の檀家ではない新たな都市住民が都市寺院に葬祭サービスを求めてくるようになった。
これらを取り込む基準は旧来の檀家としての貢献度や社会的立場以外のものでなければいけなかった。
それは戦後社会にあっての認められた基準である金銭を置いて他になかった。

「戒名料」という名称は、戒名の階層付けを新たに経済的な貢献度で行うという表明である。
経済の民主化が進み、都市化が進んだ高度経済成長期に「戒名料」が定着し、院号の乱発が行われるようになったのは、理由のあることなのである。

この後、80年代になると消費文化が成熟し、「消費者」という概念が定着してくる。
「安く良質のものを」という考え方は戒名料にも及んだ。

ところが戒名料には公認された社会的基準がなかった。
寺院側も、おおっぴらに戒名の基準が入手時の経済的貢献度とは表明しにくい。
苦々しく感じる寺院も少なくなかった。
寺院それぞれの対応の違いが、消費者には戒名料はブラックマーケットであると映った。

90年代に入ると社会的風潮も変化してくる。
特にバブル経済が崩壊して以降、価値観の変化が見られる。
褒章を求めない人が増えてきたのだ。
世俗化が進み、あの世への信仰が低下したこともこれに重なった。

戒名の院号信仰を支えたものは、死者の冥福を願う切なる心情があったことは事実である。
まさに欧州の宗教改革時代の免罪符に近い意味を戒名は負っていたのである。

だが、あの世信仰が希薄になることによって、その意味すら感じられなくなってきた。
この結果、これまでの戒名料批判に戒名不信が付け加わる事態となった。
これがジワジワと浸透していき、戒名料収入の低下を招き、将来的には寺院経済の基礎が揺るがされるのではないか、という不安が寺院を覆うようになっている。

一方、「戒名を買う」者には檀信徒として寺を支える意識が希薄で、「寺への寄附義務がない」ことが歓迎される風潮がある。
これが寺院側にとって悩ましい問題であり、僧侶派遣業者は「檀信徒にならない」ことをメリットとして宣伝している。

※現在の戒名に対する布施の定額化で、あたりまえのように「院号、居士大姉は別料金」になっているのはいかなる理由によるものか?
「ブランド」化になっていないか?

付加価値だから「高い」のだろうか?説得力をもって語られるのを聞いたおぼえがない。

戒名問題のこれから

教義的には既に今日の戒名問題を正当づけるものはないだろう。

僧となること、仏教徒たることを表明した徴、それ以上のものではない。
このことを教義的に意味づけることは可能であろうが、できるとしても法号に対してである。院号や位号などは歴史社会的に説明できるだけである。

対処としては仏弟子たることを表明し、あるいは授戒した人に対して、法号の2字(あるいは全て院号付きで)を授与するようにするだけである。
現状の没後作僧という死後授与を改めることも考えられる。

だが、問題はそれだけではない。

戦後に戒名問題が現在のような混迷を招いた原因が寺院経済の維持にあったのであるから、寺院経済の基礎をどこに求めるかを新たに考える必要がある。

戦前までの寺檀制度は寺院経済の基盤としてあった。
だが寺檀制度の基礎となる寺院と檀家の関係が葬祭サービスに偏ったものであったことがが一つの問題である。

寺院の活動が何であるかを明らかし、それが檀信徒に理解されて活動資金が支えられるという構造作りが課題となるだろう。

もう一つは、人の階層づけが戦前は階級社会、戦後は経済中心主義を無批判に基準にして行われたことへの検討であろう。
宗教は民衆に寄り添って力になる必要があるが、社会に埋没することではないだろう。
このことをきちんと考えないと、戒名問題そのものは解決しても、姿を変えて同じような問題が再発するであろう。

ことは寺院経済に絡まった問題であるから容易ではない。
できるだけ手をつけないでそっとしておきたいと考える僧侶が多いことは理解できる。

この問題は、仏教寺院の問題だけではない。
日本社会の縮図とも言うべき問題であるように思う。



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