葬送

2018年7月 9日 (月)

海洋散骨ガイドラインへの要望―『海へ還るー海洋散骨の手引き』を読む③

前回まで
海洋民族の記憶の古層―『海へ還る―海洋散骨の手引き』を読む①
海洋散骨ガイドラインー『海へ還るー海洋散骨の手引き』を読む②

romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/07/post-a687.html

 

『海へ還るー海洋散骨の手引き』を読む

が少し長くなった。

今回はこれでまとめるため、少し長くなっている。

 

海洋散骨ガイドラインは極めてよくできている。
前回紹介していなかった項目で重要と思われるのは

 

10 日本海洋散骨協会ガイドライン遵守事業者の登録及び公表

である。

 

 

7散骨意思の確認業務、8散骨証明書の交付義務(情報の10年間保管義務を含む)と10遵守事業者の登録・公表と組み合わせることで、

誰がどういう目的で誰を散骨しようとしたか、その散骨はどの事業者がどこで実施したか、という記録が保管されることになる。

 

 

これにこだわるのは2点ある。

 

1つは、散骨の方法の相当の節度だけではなく、散骨の目的が「葬送」ではなく、「遺骨遺棄」になっていないかの確認である。
2
つ目は情報の適正な管理である。

 

このために共通仕様の「散骨申込書」を作成し、これには特別な理由がない限り火葬許可証(火葬済印)、火葬証明書(分骨証明)、改葬許可証のいずれかを添付することを条件とするとよい。

 

加えて次の文書に申込者の自署を求める。

 

 

海洋散骨申込書

 

私は、海洋散骨ガイドラインを遵守して、下記の者の遺骨を、海洋散骨することを申込みます。

 

申込みにあたり、あくまで遺骨遺棄を目的としたものではなく、葬送を目的とすることを誓約します。

 

海洋散骨する被葬者氏名

 

添付する証明書 いずれかに〇 火葬許可証、火葬証明書、改葬許可証、その他(             )

被葬者本人の生前の散骨希望する文書等がある場合はそのコピー

 

申込み者氏名(自署)

 

被葬者との関係

 

当事業所は申込み内容を確認しましたので、海洋散骨の申込みを受託します。

 

受託するにあたり、当事業所は、海洋散骨ガイドラインならびに関係法令を遵守します。

 

本申込書ならびに散骨証明書の控えは当事業所において「個人情報取扱に関する海洋散骨協会の基本方針」に従い、個人情報保護法等の関係法令の定めに従い、5年間適正に管理します。

 

事業所名

 

担当者名(自署)

 

 

申込書と受託書は同一の書面に書かれ、控えを申込者に残す。

 

散骨で必要なことは目的の正当性と方法の相当の節度である。

 これを文書化することが望ましい。

 

自署とし、記名捺印にしないのは証拠の確保である。

記名捺印では偽造が行われる可能性があるからだ。

 

本書との関係でいえば、勝桂子さんによる第5章「墓じまいと海洋散骨」が本来で言えば、火葬許可証、火葬証明書(分骨証明)、改葬許可証の手続きについて実務家の立場で詳述されるべきである。

 それが必ずしもそうなっていないのは残念である。

勝さんの指摘で、墳墓に収められているのは焼骨が埋蔵されている事例ばかりではなく、埋葬(土葬)された遺骨も古い場合あり、原状復帰、改葬作業においては費用が嵩む可能性がある、というのは重要である。

 

「墓じまい」という言葉自体が新しい用語で、法律概念としては改葬である。
承継者不在、あるいは墳墓が遠隔地にある、という理由で、これまであった墳墓を維持できないために整理する事例は、びっくりするほどではないが増加していることは事実である。

 

墓所は原状復帰すれば解決するが、問題は墳墓に埋蔵してあった遺骨の取扱である。

改葬とは墓地埋葬法第23項で

 

この法律で「改葬」とは、埋葬した死体を他の墳墓に移し、又は埋蔵し、若しくは収蔵した焼骨を、他の墳墓又は納骨堂に移すことをいう。

 

とある。

 

この先が永代供養墓(合葬墓)であれば問題は少ない。

これまで管理していた遺骨を、今後は承継を必要としない墓または納骨堂に託すことになるからだ。


しかし、この先が散骨であるとすれば、どうだろう。

れまでの遺骨の本人の生前意思、あるいは直接関係して供養してきた人の意思も不明である。

 

遺骨遺棄になるかならないか、かなり微妙である。

それが葬送であるならば、葬送する人の意思、心情が問われる。

 

個別の心情は問えないので、せめて散骨を申込む人が申込書に「遺骨遺棄ではなく葬送を目的としている」ことの意思表示が必要となろう。

そして申込む人も自らの死後に散骨を希望するのでなければ論理矛盾になるだろう。

 

供養論を展開するのであれば、主観で「寺院が悪い」とか、どこに、誰に責任を求めるか、ではなく、死者、遺骨に対する宗教感情の変化を社会背景との関係で整理して論じられるべきである。

 

その整理が充分にされていない議論展開になっている。

 

あえて些末な部分を例として取り上げる。

 

(墓じまいが)これほどに一気に、市民権を得、広まった理由は何でしょう?(略)よく言われるのは、核家族化によって、3世代で同居することが少なくなったからという理由です。(略)行政書士という立場からは、核家族が増えた端緒は、戦後に民法が改正されたとき、親と子のみの二世代戸籍が採用され、三世代以上がひとつの戸籍に入ることができない制度になったところにあると考えています。(略)すなわち、核家族を率先して推奨したのは、この民法を採用した政府だったのです。

 

明治民法の家制度が戦後民法で廃されたことは事実である。

戦後憲法と矛盾するからである。

 

「核家族を率先して推奨したのは、この民法を採用した政府だったのです」という意味不明な言葉は、では明治民法の家制度がよかったとするのか、という疑問をもたざるを得ない。

もちろん、そうではないだろう。

 

戸籍法が変わったりしたことが家族意識に影響を与えたことは事実であるが、それだけではない(勝さんも「端緒」と言っている)。

 

戦後、高度経済成長することで、郡部から都市部への人口の大移動が起こり、家族分散が生じ、都市部に移動した住民は地方の実家に住む親と同居せず、親と子のみの核家族単位の生活が多くなった。


核家族は、子が育ち独立すれば夫婦のみ世帯となり、どちらかが欠ければ単身世帯になる。

現在、全世帯の4分の1、一般世帯(施設等の世帯を除いたもの)の3分の1が単身世帯となっている。

 

「親族」と言っても、子ども時代に近くに住んでいた、行き来が多かった、今も連絡がある…というのであれば関係は親密である。

だが離れて、無関係に過ごせば関係は自然に疎遠になる。

 

今、葬儀で「親族席」が縮小傾向にあるのは、戦前と比べてではない。

1980年代、1990年代と比して大きく縮小している。


勝さんが言いたかったのは、供養する気持ちを持ち続けることの大切さ、ということだろう。

 

海洋散骨が増えた社会的背景については村田ますみさんの第1章「海洋散骨とは?」がよくまとまっており充分である。

 

村田さんは海洋散骨がどういうものであるか、イメージしやすく展開している。

海洋散骨基礎知識が40ページ程度にうまくまとまっている。

 

感心したのは「散骨の歴史」。

 

12ページ程度にコンパクトに、ヨーロッパ、アメリカ、アジア(特に中国、韓国)の火葬事情、墓地事情、そして日本の古代からの火葬史から現代の墓事情までまとめられている。

 

私はとかくグダグダ書く癖があるので、こうしたまとめ方には教わるところが多かった。

 

補完するなら、1960年代のローマ教会のバチカン公会議で世界的に火葬が公認化されて以降、火葬は近代葬法として村田さんが紹介した以上に、ヨーロッパ、アメリカで伸びている。

 諸外国の火葬率の新しいデータは日本斎苑協会のホームページで見ることができる(イギリス火葬協会のまとめが出典)

http://www.j-sec.jp/files/f_1528351312.pdf

 

村田さんは2010年のデータで、ヨーロッパで火葬率70%を超えている国としてスイス、イギリス、スウェーデン、デンマークの4か国を挙げているが、201516年ではチェコ、スイス、スウェーデン、デンマークの4か国が80%を超している。

 

北米ではカナダが70%、アメリカ合衆国が50%と急伸している。

 

北米ではCANA(北米火葬協会)が2017年のデータを公表しているが、各州軒並み火葬率がアップしている。

「カリフォルニア州では火葬率が50%を超える」と書かれているが、全米で50%となり、西海岸ではワシントン州、オレゴン州では70%を超え、カリフォルニア州では6170%となっている。

ニューイングランドの最東北部にあるメイン州でも火葬率は70%を超えている。

 

村田さんがカリフォルニア州法に着目しているのはさすがである。

散骨、エンバーミングでは、カリフォルニア州法が日本にとって参考となると思われる。

 

 

2018年7月 8日 (日)

海洋散骨ガイドライン―『海へ還るー海洋散骨の手引き』を読む②

村田ますみ編『海へ還るー海洋散骨の手引き』はいろいろな意味で興味深かった。
特に興味深かったのが「付録」として掲載された日本海洋散骨協会「海洋散骨ガイドライン」である。
これは優れている。

ガイドライン策定趣旨に次のように記されている。

万が一、散骨の態様が祭祀としての節度を越え、一般市民の宗教的感情を害した場合、遺骨遺棄罪にあたり違法と判断される可能性があります。
そこで、海洋散骨が祭祀としての節度をもって行われることを確保するために、業界団体として散骨方法に関する自主基準を策定する必要があると考えました。

そこで「散骨について否定的見解」をもつ人がいるという「事実も真摯に受け止め」、そうした人にも「理解を得られるよう、適正な散骨方法を広めていくこともまた、散骨事業者の責務」としている。
加えて、次の一文がある。出色と言ってよい。

そこで、海を生業とする方々とのトラブルの防止、環境保全、散骨の安全確保などの観点から問題視される可能性のある海洋散骨を抑止するためにも、業界団体として自主基準を策定する必要性があると考えました。

この点に関しては第4章に海事代理士の高松大さんが「海洋散骨と海事法規」を書いており、これは必読である。
私個人としては海洋葬について突き詰めて考えてこなかった。
まさに「不勉強」であったが、これは教えられた。

この自主基準は極めて具体的である。

〇粉骨義務
「遺骨を遺骨と分からない程度(1ミリ~2ミリ程度)に粉末化」
〇散骨場所の選定義務
「人が立ち入ることができる陸地から「1海里以上離れた海洋上のみ」「河川、滝、干潟、河口付近、ダム、湖や沼地、海岸・浜辺・防波堤やその近辺」での散骨禁止
「散骨のために出航した船舶においてのみ」散骨可で、「フェリー・遊覧船・交通船など一般の船客がいる船舶」では不可。
「漁場・養殖場・航路を避け、一般の船客から視認されないよう努める」義務。
〇自然環境への配慮義務
「自然に還らないもの(金属・ビニール・プラスチック・ガラスその他の人工物)を海に」撒くことの禁止。
「献花、献酒するにあたっては、周囲の状況に配慮」する義務。
〇参列者の安全確保義務
「船客賠償保険加入」義務、「小型船舶に乗船中の小児」にライフジャケット着用義務、「緊急時の連絡体制」、「乗員定員厳守」、「風速・波高・視程による出航停止基準や出航後の運航中止基準」の確立、厳守、「法令に従い安全に船舶の運航を行うこと」
〇散骨意思の確認義務
「官公庁からの依頼の場合を除き、本人の生前の散骨希望意思に基づく申込みまたは葬儀を主宰する権限がある者からの申し込みが必要」
「本人の生前の散骨希望意思の確認が取れずかつ葬儀の主催者が本人の親族でない場合」は「全量散骨を避けるなど適切な助言」の努力義務
〇散骨証明書の交付義務
「緯度・経度を示した散骨証明書を交付」、散骨場所情報の「10年間保管」義務
〇一般市民への配慮義務
「桟橋やマリーナの他の利用者への配慮」義務

驚くべきは、8つの注を設け、なぜこうした配慮が必要かを解説している点。
行き届いた内容となっている。
このガイドラインについては第3章「海洋散骨に関する法律」で弁護士の武内優宏さんが詳しく解説している。

■散骨の合法性に対する論理への若干の疑問

8月23日のエンディング産業展で村田さん、武内さんによるセミナーが予定されている。
このタイトルが「散骨は違法?合法?グレイゾーン?高まるニーズに対応するための海洋散骨基礎知識」と題されている。

私個人としては「葬送を目的として、相当の節度をもって行われる」前提で散骨は刑法190条の遺骨遺棄罪に該当しないと考えている。

1991年に葬送の自由をすすめる会が相模灘で第1回の散骨を「自然葬」と名付けて行った。
同会は「葬送の自由」を掲げて実施した。

法律に優位するのは無論憲法である。憲法第13条には

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

とある。

その下に刑法も民法といった法律も存在する。
さらに自治体が独自に定めるものが「条例」である。
(注)付言するなら、戦後民法が改正されたが、憲法が変わった以上、その理念を異にする明治民法は大きく改正をよぎなくされた。

散骨が合法か否かが問題となるのは2つの法律である。

刑法190条
死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の懲役に処する。

この中で、散骨は「遺骨遺棄罪」に該当するか、否かである。

ガイドラインでは

散骨については、法務省が、1991年に、葬送のための祭祀として節度をもって行われる限り遺骨遺棄罪(刑法190条)に違反しないとの見解を示しています。
このように、散骨は「節度をもって行われる限り」自由に行うことができます。

と、書いているのは書きすぎである。

武内弁護士はさすが、もう少し精緻に議論を展開している。

ここは、朝日社会部による「法務省見解」に依らず、
海洋葬の自由を確保するために「葬送の祭祀を目的」として「相当の節度」をもって行うべくガイドラインを設けた。
と書くのが適当である。
この点はぜひ次回改正してほしい。
せっかくの自主基準である。

(注)エンバーミングについても刑法190条死体損壊罪にあたるのではないか、という係争があったが、IFSA(一般社団法人日本遺体衛生保全協会)が精緻な(A420ページ)自主基準をもって実施していたことにより「IFSAの自主基準に則して行われるエンバーミングは正当業務行為」という判決が2006年に確定している。ここでも目的の明示、詳細な相当の節度の内容を規定している。

なぜ書きすぎか、というと、法務省が見解を発表した事実はないからである。
「法務省の見解」とされたのは、第1回自然葬実施について朝日新聞社会部記者が報じたものである。
後日、私が「見解を発表した」とされる法務省刑事局の担当官に面接して聴いたところはこうである。

相模灘の散骨について、法務省として遺骨遺棄罪として摘発する意思があるかないか取材を受けた。
法務省として違反かどうか判断する立場にはない。
違反かどうかは裁判所が判断すべきものである。
したがって法務省は判断しない。
今、これを摘発する段階ではない。
検事という法曹人としての個人的な考えで解説するならば、刑法190条の法益(法律が守ろうとしているもの)は遺体、遺骨に対する社会的風俗としての宗教感情である。
今回の散骨がこの法益を害するものか慎重に見極める必要がある。
目的が仮に正当であるとしても次に問われるのは方法が「相当の節度」をもって行われているか、である。
散骨は外形的には遺骨遺棄に当たる。
例えば死体解剖であるが、外形的には死体損壊になるが、死体解剖保存法、献体法、刑事訴訟法で定めがあり、これらに該当すれば死体損壊罪に該当しない。
それ以外であれば、目的と方法について慎重に検討されるべきであろう。
散骨法ができれば別だが。

当時、各種世論調査が行われ、散骨を自分が行うか、については15%程度であったが、家族がその意思をもって行うか、については7割程度が支持すると回答していた。
国民に明確な違反意識がない段階で法務省が摘発するというのは違うだろう、という意見であった。
見解発表という報道については「見解発表する立場にないのだから」と強く否定していた。

朝日社会部記者は2つの過ち、世論のミスリードをした。
1つは「法務省が見解発表」という事実でないことの報道。
2つめ、担当官の個人的考えのうち「方法については相当の節度が必要」をより簡易な「節度」という表現に置き換えたことである。

武内弁護士が参考として例示している熱海市、伊東市のガイドラインでも「節度」ではなく、「相当の節度」という表現が用いられている。

墓地埋葬法
第4条 埋葬又は焼骨の埋蔵は、墓地以外にこれを行ってはならない。

ここで書かれている「埋葬」とは「土葬」の意で、「焼骨」とは「火葬された骨」の意である。
厚生労働省は、墓地埋葬法は散骨を想定していない、と発言しているが、散骨は合法とは言っていない。
現実としては散骨に反対する、あるいは規制したいという自治体があり、それぞれの自治体に判断を任せている状態にある。

海洋散骨ガイドラインも、喪服着用しない等、ここまで神経を使う必要があるか、と思うほど民意に配慮している。
北海道長沼町の散骨を禁止する条例にしても、散骨を一律否定するのは行き過ぎと思われるが、きっかけが無茶苦茶な住民の意識を逆なでするような事業者の散骨実施にあった。
まさに自主基準が求められる。
または、民意を反映した散骨法等の制定が必要となる。

私個人は基本的人権に属することを何がなんでも法律で規制しよう、という考えには組みしない。
しかし、葬送というのは弔う権利を保障するためにも慎重な相当の節度を要する、と考えている。

2018年6月14日 (木)

藤井正雄先生のこと

宗教学者、大正大学名誉教授である藤井正雄先生(1934年生まれ)が69日にお亡くなりになった。83歳。

浄土宗僧侶(お父上は浄土宗門主、知恩院85世、増上寺84世の藤井實應師)。
仏教と民俗の関係についての研究の第一人者である。
「仏教の民俗化、民俗の仏教化」は名言。
1990
年以降は生命倫理に強い関心をもたれ、京大再生医学研究所倫理委員会委員、日本生命倫理学会会長も歴任された。
若い頃、当時気鋭だった学者仲間には奈良康明、佐々木宏幹、山折哲雄、伊藤唯真氏らがいる。

私の関心から言えば、先生は葬送と仏教の関係について、最初にトータルに教授してくださった方。
雑誌の顧問として多くの学者、宗教者をご紹介くださり、座談会への参加、連載のご執筆…と、四半世紀にわたりご指導、ご協力いただいた。

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雑誌『SOGI』創刊号(1991.1)に誌上特別講義を行ってくださったうちの冒頭の2ページ。
この時に私が取材し、記事をまとめたのを評価していただいて以降四半世紀以上お付き合いいただいた。


雑誌の編集には多くの方からご協力をいただいたが、その筆頭は藤井先生であった。

私が何がしか葬送と仏教について語れるのは藤井先生あってのこと。
ご自宅にもおうかがいしたし、先生が用事の途中で事務所に来られたことも多い。

主著は博士論文『祖先祭祀の儀礼構造と民俗』


1990
年の対談集『葬儀を考える』はとかく葬儀に対して理論的に斜に構えていた仏教界に、葬儀というテーマを提起した画期的な本である。
藤井正雄先生と伊藤唯真先生(当時:仏教大学教授、現:浄土宗門主)が1997年に編まれた『葬祭仏教 その歴史と現代的課題』は、浄土宗の立場からであったが、教義仏教と生活仏教に分立並行していた仏教界に寺という基盤に立って日本仏教を見直すことを促す最初期のものであった。

貴重な辞典・事典も編集された。

『仏教儀礼辞典』『葬儀大事典』

遺骨、墓についても広く説明、問題提起した

『骨のフォークロワ』『お墓のすべてがわかる本』
は今読んでもおもしろい。
晩年も新しい動きには関心をもたれ、散骨、永代供養墓、樹木葬については直接お会いし、電話などでずいぶんと意見交換したものだ。

啓蒙書も多く出されているが
『仏事の基礎知識』は出色である。

訃報が入り、奥様とお話をさせていただいたが、5年前より病み、昨年秋以降は、自宅での看護が困難となり入院され、最期は心臓が弱くなられたとのこと。

通夜は61718時から
ご葬儀は61813時から
いずれも増上寺光摂殿講堂にて行われる。
供花等は下記にお問い合わせください。

㈱牧野総本店 電話03-3445-0506 FAX 03-3445-0508

以上、藤井正雄先生に心からなる感謝を表し、報告させていただきます。

 

2018年3月27日 (火)

いくつかの報告―経王寺「ハスのカホリ」、毎日新聞「合葬墓」

経王寺

少し前の話だが、互井鑑章さんが住職の日蓮宗経王寺(東京都新宿区)の寺報『ハスのカホリ』2018年春号47号が送られてきた。


経王寺のホームページ
http://www.kyoouji.gr.jp/index.html
経王寺のFacebook

https://www.facebook.com/kyoouji/

 

ハスのカホリ』2018年春号47こに互井さんと私の対談「葬儀とお寺の未来」が掲載されている。

 

ハスのカホリ』表紙

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目次

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互井住職×碑文谷創

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合葬墓

毎日新聞2018322日夕刊「どうすれば安心」で合葬墓(永代供養墓)が取り上げられた。
契機は築地本願寺が合同墓を造ったことにある。

 

築地本願寺の合同墓

https://tsukijihongwanji-lounge.jp/top/goudoubo.html

 

毎日の記事は小松やしほ記者が取材して記事にした。
これに私と小谷みどりさんがコメントしている。

記事は

https://mainichi.jp/articles/20180322/dde/012/040/004000c

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2018年3月22日 (木)

葬祭サービスの歴史的文脈ー葬祭サービスとは何か?①

以下、昨年度に季刊誌『CORI』に連載した「葬祭サービスとは何か?」を数回に分けて掲載する。
1年をおいて掲載するのは雑誌に対する仁義のようなものである。
掲載にあたって手を加えている。
本稿の対象は葬祭事業者である。
第1回は「葬祭サービスの歴史的文脈」である。

葬祭サービスの歴史的文脈~葬祭サービスとは何か?①

「葬祭サービス」という表現はいまや葬祭業を語るときに一般的な表現としてある。
しかし、その歴史は、本格化してまだ約20年にすぎない。

1955(昭和30)年以降に日本では「葬祭サービス」という用語が現れ始めた。
だが、それは米国のフューネラルサービス(葬儀。元は埋葬時の祈りを中心とした礼拝に起源を持つ)を誤訳して「葬祭サービス」としたことから始まった。

「遺体、遺族に対する火葬(あるいは死後の事務処理)までを一貫してサポートするサービス」と理解されるようになったのはこの10年といってもよい。

1995(平成7)年前後以降、高齢化と家族像の変化・拡散を背景に、それまで地域共同体に基盤をもった葬儀が「個人化」へ大きく舵を切った。
その潮流が明確になったのは2008(平成20)年のリーマン・ショック以降である。

長く地域社会の慣習、仏教を中心とした宗教儀礼としてあった葬儀は大きく変質しようとしている。
それに伴い、葬祭業者が提供する葬祭サービスも内容を大きく変えようとしている。
しかし、葬祭業者がこの変化にどう対応していいいか、ということについては認識もさまざま、ある意味「右往左往」状態にある。

① 葬具提供業から開始された葬祭業

葬儀の歴史は古い。
人類が死を自覚して以降のこと、といってよい。

その歴史は日本においても流転してきた。
だがここでは「葬祭業」という専門業の登場以降を見てみたい。

葬祭に従事する職業が登場したのは古い。
だがそれは墓を掘る、火葬をする等の使役に従事する人々で、葬祭を事業とする人たちではない。

葬祭業の登場は江戸末期と想定されるが、その実態は、ほんの一部を除いて明らかではない。

「葬祭業」が明確に登場するのは1877(明治10)年以降といっていい。
江戸末期には創業していたかもしれない仙台の菊地葬儀社、東京下谷の小泉桶甚本店、名古屋の一柳葬具總本店はその頃に企業として創業されている。
明治という近代から本格的に葬祭業は登場したことになる。
だが、これとて現在の葬祭業全体の出自とは言い難い。

※1877(明治10)年といえば西南戦争の年である。
それにさかのぼること10年、1868(明治元)年に神仏分離令が出され、廃仏毀釈等の仏教排撃運動が激化。
これが止んだのは1872(明治5)年のことであった。
幕末の政権交代に伴う混乱が一段落し、産業興隆に向かう時代に突入する、まさにその時、葬祭業が誕生したことになる。

現在の葬祭事業者を分析すると、戦後の高度経済成長以前に創業し、現在残っている事業者はわずか1割程度である。
全体の約4割は1955(昭和30)年前後に始まる度経済成長期に創業している。
また全体の約5割は個人化の潮流が発生した1995年以降の創業となっている。

最初期(といっても地域により明治から昭和中期と幅が広いが)葬祭業に手を出すきっかけとしては棺(龕)(ガンヤ、カンヤ)の製造、造花の製造(ハナヤ)、その他葬具材の提供から小間物屋、葬儀の食材の提供から八百屋、乾物屋等、出自は多彩である。

1877年と言えば西南戦争の年である。幕末の政権交代に伴う混乱が一段落し、産業興隆に向かう時代に移行する頃。
産業が興隆することで、商工業業者が台頭し、その地位を示すかのように都市部では葬列が大型化、奢侈化することになる。

明治中期以降、今日目にする寝棺、祭壇の基礎となった輿、造花の銀蓮、金蓮、四華花等のさまざまな葬具が開発、提供され、葬列を彩ることになる。
このための各種葬具を提供するために葬具提供業者として葬祭業が展開を開始した。

しかし、これは都市部の話である。
都市部では街を練り歩く大型葬列が奢侈であるとの批判を受け、大正から昭和初期にかけて葬列から告別式へと中心が移動する。
代わって登場するのが霊柩車であり、告別式の装飾壇としての祭壇であった。

大正時代の初期に、現在の一部上場企業燦HDの公益社の前身の一つで、大阪で大型葬列時代に奴の行列等を演出し名を売った駕友、名古屋の一柳が前後して米国の当時流行の霊柩自動車ビム号を導入した。

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大正11年霊柩車ビム号(『一柳葬具総本店100年史』)


1922(大正11)年、元首相、早大の創始者、侯爵・大隈重信の日比谷公園での30万人を動員したと言われる国民葬。
ここで小型トラックの荷台に輿を載せた形が登場。
これが影響して自動車と輿が一体化した宮型霊柩車が昭和初期から東京、横浜、名古屋、大阪等の大都市で使用される。
自宅や寺院の葬儀では輿に葬具を並べた告別式用の祭壇が装飾された。
この告別式の誕生に伴う祭壇装飾、葬具提供に加えた式場装飾が葬祭業の第2期。

しかし、宮型霊柩車、祭壇の全国化は朝鮮戦争停止の1953(昭和28)年以降のこと。
それ以前は、地方では地域共同体主体型の葬祭事業者を必要としない葬儀が行われていた。

② 葬祭事業の確立

戦後の生活混乱期を背景に、主として地方部から新生活運動が展開された。
地域住民の香典の低額一律化、返礼品の簡素化等である。
「新生活運動」は、1947(昭和22)年に政府が提唱した新日本建設運動が最初で、「生活困窮に打ち克つ」「勤労精神」「文化の発揚」以外に「相互扶助友愛」「合理的・民主的な生活慣習の確立」等が謳われた。
地域の青年団、婦人会、労組が動員された。新日本建設運動は収束したが、地方での新生活運動は以後も展開され、90年代にようやくほぼ終息した。

この新生活運動を背景に登場したのが冠婚葬祭互助会である。
1948(昭和23)年に神奈川県横須賀に第1号。全国展開の契機は、紅白歌合戦の大晦日開催が始まり戦後復興が急激になった1953(昭和28)年、名古屋で山本信嗣が冠婚葬祭互助会を興したこと。

葬儀専門事業者も互助会の台頭に危機感を募らせ、1956(昭和31)年に任意組合全日葬祭業協同組合連合会(全葬連の前身)を発足させた。

祭壇が全国的に普及した時期と重なり、祭壇セットを基本料金として金額明示した互助会は葬儀においても急速に影響力を強めた。
冠婚葬祭互助会と葬祭専門事業者の正面対決が「葬具屋」「葬儀屋」の時代から「事業としての葬祭業」への道を拓いた。

1955(昭和30)年前後以降が高度経済成長である。
高度経済成長期は日本の消費文化を大きく変化させた。
葬儀もまた大きく変化した。

地域共同体色を残しながらこれに会社が関与し、会葬者数が拡大。
社会儀礼色を強めた。
互助会を含む葬祭事業者が進めたことは祭壇の大型化であり、会葬者サービスに手を抜いて遺族に恥じを欠かせないことであった。
立派な葬儀を滞りなく執り行うために葬儀のマニュアル化が大きく進んだ。

1985(昭和60)年以降、斎場(葬儀会館)建設が一つの傾向になり(最初は70年代初期)、90年代以降は「斎場戦争」と言われるようになった。
いまや自宅葬は約1割である。

葬儀が自宅離れし、地域共同体依存型から葬祭事業者依存型へと変化した。
これは葬祭事業者の位置取りとしては大きな変化となった。

それまでは死者、遺族の側には親戚、地域関係者、宗教者がいて、葬祭業者は葬儀の中心ではなく周辺の式場設営、会葬者の案内をしていればよかった。
それが急に葬儀の内部に、死者、遺族の側に位置することになったからである。

と同時に葬祭業は消費者からの視線に晒されることになった。

③ 葬儀の個人化と求められるサービスの変化

バブル景気の崩壊は1991(平成3)年から開始したが、景気後退の認識が消費者の間で定着したのが1995(平成7)年頃からである。
宝石が急激に売れなくなるのもこの時期である。

95年に阪神淡路大震災(死者・行方不明6,437人)が発生したことも消費者心理に少なからぬ影響を与えた。

95年に誕生した葬儀関係の用語は「家族葬」と「自由葬(無宗教葬)」であったが、圧倒的にその後に影響を与えたのは「家族葬」である。

「家族葬」という言葉の誕生を契機に、日本でも葬儀の個人化、小型化が進んだ。
既に欧米では個人化、小型化は進行していたが、日本人は別と言われていた現象である。

日本でも葬儀に対するコンセンサスが崩れ、高度経済成長期の葬儀マニュアルが容易には通用しなくなる。
経済格差も大きくなり、遺族像も多様化した。
単独世帯が4分の1を超え、「おひとりさまの死」が例外ではなくなってきた。
「高齢化」も伸張し、この課題は無視できないものとなった時期でもある。

※現在の高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)は26.7%(2015)である。
推移を見ると、1955年が5.7%、1970年に7.1%になり「高齢化社会」に、これ以降急激に高齢化が進み、1985年に10.3%、1995年には14.6%となった。
2000年に17.4%となり「高齢社会」に、2010年には23%となり「超高齢社会」になった。
2017年の社会保障・人口問題研究所の将来人口推計によると、2025年には30.0%に、2035年には32.8%になると推計されている。

葬祭サービスは一様なパターンの商品を提供する時代ではなくなった。
個々の死者、遺族に添ったサービスを的確に提供していくことが期待される時代となった。
それはまた葬祭業が葬儀について専門家(プロ)であることが求められる時代になったことを意味している。

2018年2月 4日 (日)

個人化時代の葬儀①‐弔いのあり方

個人化時代の葬儀①―弔いのあり方

 

朝日新聞(201824日)に「弔いのあり方」(全4回)の1回目「お葬式」が掲載された。
1
ページだてである。

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https://digital.asahi.com/articles/ASL2200C7L21ULZU01C.html?iref=comtop_8_06

 

主旨は
団塊の世代が高齢化し、“多死社会”が本格化します。大切な家族が亡くなったら、どこに相談すればいいのか。葬儀の費用はいくらかかるのか。自分が眠る墓はどうするのか――。お葬式やお墓への不安が尽きません。いずれ誰にもやってくる弔いのあり方について、みなさんとともに考えます。

 

朝日新聞の実施したアンケートの回答を紹介し、「不透明なお布施不信感」「葬儀の平均費用140150万円」という2人の記者の取材記事が入り、「個人化の時代 規範にしばられずに」という800字の高橋美佐子記者による私の談話記事が掲載されている。

記事の中心は読者の声。
タイトルは
「もっと多様な形であっていい」

その中で、

●「一昨年父を亡くして実感したが、葬儀やその後の法要などは、故人のためだけでなく残された者が少しずつ死を受け入れてその後を生きていくために必要な行事でもあった。母から葬儀はいらないと言われているが、なにもしないことは考えられない」(大阪府・30代女性)

●「長男の嫁です。義両親の際病気だったため、葬儀までもちろん看病がありましたので、葬儀を終えるにはかなりな体力を要しました。自宅に連れて帰り、仮通夜のようなこともしましたのでご近所の方々もいらっしゃり、通夜、本葬では義兄弟の連れ合いの親戚や勤める会社の方々も多数来られました。どさくさに紛れて国会議員の弔電披露もあり(怒)、本葬後ほうほうの体で帰宅直後、義兄弟から『誰からいくら香典をもらったか?』と電話があった時には虚無感だけでした。ゆっくりと義親を悼むことが出来たのはかなり後です。(略)」(大阪府・50代女性)

が印象に残った。

人の死があってのお葬式である。
人の死と無関係かのようにして語られる葬式論はいい加減終わりにすべきだろう。

 

記者さんの記事については
「不透明なお布施不信感」

埼玉県の50代の女性の声の紹介

きっかけは5年前、84歳で亡くなった父の葬儀でした。母は認知症で施設に入っていて、寺との付き合いは父任せでした。一人っ子の松本さんは親戚もほとんどなく、相談相手もいないなかで、葬儀社から祭壇や棺のランク、料理の人数などを次々に尋ねられました。僧侶への対応にも追われ、父の死に向きあう余裕がなかったと言います。


そう、現実の葬式は忙しいのがネックである。

仕事を進めるためには、それも遺族の意向を確認しながら、事務的な確認作業が多いのはわかる。
しかし、まず大切なのは遺族の状況を、特に精神的な状況を把握するのが第一であるべきだろう。

遺体の保全という、すべきことは行い、1日は遺族が死者と向き合うことに専念できるようにし、2日目に葬式の日程その他を打ち合わせるというのもありではないか?


葬祭業者に聞くと、葬儀や火葬の日程、費用をまず決めたいという遺族が多い、という。

追われる気持ちになる遺族の気持ちもわからないではない。
これも家族に死者が出たことの混乱からくる。

僧侶も忙しいので、僧侶の日程を確保するのも大変、という。

そういう事情はわからないではないが、葬儀というのは儀礼だけにあるのではなく、死者と向き合うことが基本である。
1日は遺族に死者に想いを傾けることに専心させる、という選択があっていい。

お布施の問題は、同じ僧侶が父の時は「15万円から」と言い、友人の父の時は「35万円から」と言ったのが不信感を招いたと書いている。

僧侶の印象が布施の額だけであるのが淋しい。
僧侶はそれ以外に遺族の印象に残すべき係わりをしなかったのだろうか?

僧侶側に立って見るならば、片方に「15万円から」と言い、もう一方に「35万円から」と言ったのは、それぞれの家庭の経済状況を勘案してのことだろう。
一律「35万円から」と言わなかったのは、この僧侶なりの配慮の現れであろう。

葬儀の布施は僧侶の個人収入ではなく、宗教法人である寺の収入となる。
寺は多くの人に支えられ護持されている。
支える人は多様な現実を抱えており、一律の負担を求めた場合には経済的弱者には高負担になる。
負担するにしても、それぞれの経済状況に合わせてするのでなければ「寺を皆で支える」ことはできない。
だから寺の布施は定額ではないのだ。

私の知っている寺では葬儀の布施は
「檀徒の方は基本10万円以上ですが、無理な方は相談してください。経済的に許す方は、それぞれできるかぎりお願いします。また檀徒でない方は基本20万円以上でお願いします」
としている。

これは僧侶が決めたのではなく檀徒が相談して決めた。

檀徒でも10万円の負担が困難な人がいる。
しかし寺は檀徒の葬儀を拒否できない。
檀徒の葬儀をするのは寺の義務であるからだ。
檀徒のなかには分割での申し出もあり、寺はそれを受けている。
なかには寺が持ち出しのケースもある。

布施は持ち出しのあるマイナスから高いのは150万円まである。
1
年間の1件あたりの平均は約25万円であった。
最も多いのは20万円から40万円。
こうした実態は知っておいていい。

その僧侶は言っている。
「金額は明示したくないのだが、不安になる遺族が多い。いろいろ噂が立っても困る。そこで基準額を総代会で決めて提示することにした」
布施が不明、透明性がない、と言われることについては寺も頭を悩ましているのだ。

寺の実状から言えば、葬儀や法事の収入が寺の財政に占める割合は依然として高い。
現在、布施の相場は下がっている。
寺はこのままでは維持できない、と危惧している寺は多い。

かつて大檀家と言われた人は寺を護持するために多額の布施をした。
しかし近年、富裕な檀家も多額を布施しない傾向にある。
これも寺を悩ませている。

布施に幅があることに対し、消費者視点で係わる遺族は不信感を寄せる。
二重価格ではないか?
人を見て値段を変えるのか?
と。
サービスの対価だと受け取られているのだ。

真面目に取り組んでいる寺がある一方、「金の亡者」と言われても仕方がない寺があることが問題を複雑にしている。

遺族の生活状況を考えることもしないで、50万円、70万円、100万円…と提示する寺もある。
大きな、有名寺院がブランド料的感覚で平気で高額の金額を提示する例がある。

また遺族でも、得意顔をして大寺院で葬儀をしたことを語り、「200万円とられた」と、何ら困っていないのに被害者顔で語る人間がいる。
「布施のブランド化」は腹立たしい。

記事に戻ろう。

不信感を抱いたこの人は母の葬式では寺から離れ、ネット業者に依頼する。

昨年12月、90歳の母が施設で亡くなりました。インターネットで調べ、定額の葬儀を提供する業者に頼みました。06年に設立され、全国で使える葬儀場は約3500式場に上ります。葬式の件数は年々増え続け、16年度までに10万件以上を手がけました。僧侶のほかに葬儀社も紹介しています。

 母の葬儀代は、僧侶へのお布施も含めて20万円。紹介された僧侶とは火葬場で初めて会い、火葬する前にお経をあげてもらい、3万円を渡して帰ってもらいました。火葬場では家族だけです。母に戒名はなく、四十九日法要もしません。


話がわかりづらいのは、ネット業者のことを間に挟んでいるからだ。

「直葬」(ちょくそう)を「火葬式」という業者が少なくない。
火葬前に簡単に読経してもらうので、儀礼はしましたよ、という言い訳である。

別に、どこでどのように宗教的儀礼が行われてもよい。
しかし、それが「死体処理」の言い訳になっていいわけはない。
「粗末にしたわけではないのですよ」と遺族は言いたいのだろう。

檀那寺があるなら、経済的に困窮しているのであれば、率直に申し出ればいい。
檀那寺は檀徒の葬儀を拒否することはできないのだから。
檀徒には寺を支える義務(それもできる範囲で)もあるが、弔われる権利もある。むしろこちらの方が大きい。

このような時代だから、宗教までもビジネス化するのは、賛成するわけではないが、時代の趨勢であろう。
しかし、派遣僧侶といえども僧侶である。
死者を弔うことには責任感がほしい。
15
分の読経=3万円(手配業者の取り分があるから1.5万円~2万円が僧侶の取り分だろうが)という時給感覚で人の死に立ち会ってほしくはない。

ネット業者が良心的なわけはない。
葬儀の手配に加えて僧侶手配も加えれば売り上げが増え、手数料も多くなる、というビジネス的関心だけがある。

但し、残念ながら、檀那寺の僧侶と派遣僧侶、どちらのクオリティが高いか、ということは定まっていない。
檀那寺の僧侶にも不届き者がいるし、派遣僧侶にも良質な人がいるからである。

問題は、宗教者は葬儀に係わる以上は、きちんと死者、遺族、近親者に向き合うべきことだ。
今、家族も孤立しがち。
きちんと支える人が必要。
寺の僧侶がそうであってくれれば遺族は助かる。

もっとも、そうした支え手となっている宗教者は数は少ないが確実にいるし、そういったところでは「お布施が高い」とかは人々の話題にすらならない。

布施に不信をもたれる宗教者は自らの葬儀への係わりを再点検すべきなのだろう。

この読者は結局寺からは離れてしまった。


もう一つの記事は

「葬儀の平均費用140150万円」

何だかな、と思う。
世の中格差社会、葬儀の規模も費用も多様化している。
「平均」というのが意味をなさない時代だ。

また、どこからどこまでの費用を言っているのか明確ではない。
「全部」と言うのであれば、寺へのお布施も含む。
しかし、これは葬祭業者を通す筋合いのものではない。
経産省での統計によれば、葬祭業者の1件あたりの売上高の平均額はここ数年140150万円。

もっとも業者格差があり、1件当たりの売上高平均でも少ないところは80万円、多いところは170万円程度と大きく差がある。

かつては会葬者数に葬儀費用がある程度比例したが、少人数の葬儀が多くなり、会葬者数には比例しなくなった。
極端な話、会葬者20人規模で400万円かける人もいる。

自己負担額という観点で見るならば、会葬者数はいてくれたほういい。
香典を受け取ってもお返しは3分の1~2分の1
香典は5千円と1万円が多く、平均すると7~8千円になる。
今は即返しが多いから、返礼品は3千円~4千円程度が多い。

もっとも人数が少なくなったのには死亡者の高齢化も影響している。

 

今は最も一般的なのは3050人規模だろうが、現役の人が亡くなった場合には会葬者数は100人を超す例が多い。

葬祭サービスについてもクオリティが問われていい時代である。
安かろう、悪かろうが今でも通用しているのは考えものだ。
もっとも安全なのは近所の顔を見知っている葬祭業者に頼むことだ。

案外気をつけなければいけないのは安過ぎるもの。
いくら直葬とはいえ15万円以下は粗悪サービスの可能性が高い。
福祉葬ですら20万円程度。
尊厳をもって弔う、葬るには人材育成費も含めて適正な費用はかかる。
安ければいいならばサービスの質は期待しないことだ。

 

2人の記者さんの記事、いずれも金額の話。
世の中、不良サービスは淘汰されるべき。
葬儀を金額の問題としてではなく、そろそろいかに弔うべきかという観点で議論しませんか?
人間の死には無視できない問題がたくさんあるのです。






2017年12月22日 (金)

最新死後事情ー講演録

昨日(2017年12月21日)午後に東京・飯田橋で関東シニアライフアドバイザー協会のビバシニア講座で講演してきた。
古くからの仲間である田島エリコさんから紹介された。
同協会では電話相談を受け付けており、最近は樹木葬やらの葬送関係の問い合わせも多く、電話相談の受けて向けに話を聞かせてくれ、というのが主旨。
行政書士、社会福祉士、医業経営コンサルタントなど多彩な肩書をもつ方々が多かった。

パンフレットには次のように書かれていた。

一人暮らしが増えて人生の終末期の考え方も大きく変化してきました。
身寄りのない人は死後処理や葬儀、お墓を生きているうちにきちんと決めておく人が多くなりいろいろな選択肢が出てきました。
特に「樹木葬」「散骨」「納骨堂」などの新しい情報を知ることが大事です。
今回は、葬送ジャーナリストの碑文谷創氏を講師にお迎えして詳しくお話していただきます。


90分の講義の後で30分の質疑。
最近の講演ではできるだけ写真を多用している。
葬儀の変遷、永代供養墓、散骨、樹木葬…耳では聞いたり、読んだりしているがイメージがさまざまなので、見てもらうことがいちばん、と写真を見せる。
最近は講演を頼まれると、依頼テーマに合わせてパワーポイントで資料を都度用意する。
全部新規というわけではない。
過去の資料を再構成しプラス新規ということが多い。
同じテーマで話すなら楽だが、構成が新規となると時間配分が難しい。
今回は樹木葬等の墓の最新事情というのが最初の依頼であったが、これに家族葬、直葬などの葬儀の最近の動向も、というので話す量は倍になった。
資料は倍、話す時間は90分だから、どう時間配分したらいいか悩む。
だから、ここは資料を後から読んでくれ、とか途中カットしながら進める。

以下は昨日の講演の資料(但し、写真はカット)

◎タイトル:
最新死後事情 家族葬、直葬、散骨、樹木葬が人気だが。 多様化する葬送

◎主旨:
´社会が変わる今の社会は少子化・高齢化・多死社会へまっしぐら。「家族」も核家族すら危うくなり、個人化、単身世帯の増加が進んでいます。社会の経済格差も拡大しています。
´葬送習慣が変わる地域共同体、血縁共同体を中核に形成されてきた葬送習慣が急速に崩れています。
´葬儀が変わる葬儀をしない火葬のみの直葬、近親者中心の家族葬、葬儀はさまざまになりました。一方、死と葬式の自宅離れが進み、葬儀会館での葬式が中心になり、まるごと葬祭業者への依存が進んでいます。葬式の宗教離れも進行中です。
´墓が変わる:跡継ぎ不要の永代供養墓、墓を不要とする散骨(自然葬)、樹木・森との共生を求める樹木葬…等新しい葬送形態も生まれています。
´死のもつ特性:死は計画できない。死はいつか、どのように、わからない。誰もが死ぬのは確実だが。終末期、死後のことは誰かに頼まないとできません。死は自分だけの問題ではない。事前に意思を示すことや準備はできるが

◎変わる社会
1 少子多死社会(1955年から2075年までの出生数、死亡数の予測を含めたグラフ)
2 本格的な高齢社会(超高齢社会) (0~14歳、15~64歳、65~74歳、75歳以上人口の構成推移と予測グラフ)
3 死亡の場所の割合推移(グラフ)
4 伸びる平均寿命(平均寿命の推移と予測グラフ) しかし、誰もが長命ではない。80歳過ぎたら認知症リスク
5 世帯構成・世帯構造の割合推移(グラフ) 一人世帯が増え、三世代世帯は減少 「ひとり死」のリスク
6 高齢者世帯構成・世帯構造の割合(グラフ) 高齢者はだれが看る 嫁、配偶者→娘、同居の未婚の子(娘、息子)、誰もいない、一人暮らしを選ぶ人、一人暮らしをしなくてはならない人

◎死者のいのちの価値比べはしない
それぞれによって死別の意味は違う。
それぞれの人にとって変わるもの。
それぞれにとってかけがえのないもの。
残念なことに人間は他者の死に無頓着。

◎看取りの大切さ
看取りはお葬式より大切。
でも看取れない死もある。
その時は通夜が大切。


◎お葬式の変遷(写真)

◎葬式はどう変わったか?
■会葬者数の推移
 1991 280人  2011年 114人 2017年 40人?
■社会儀礼中心の葬儀→個人の葬儀
 マニュアル葬儀はイヤ→その人に合った葬儀
■デフレ→格差社会

◎どんな葬式だったらイヤか? 「0葬」「直葬」が出現したわけ
■簡略な処理の横行 
 引き取られない遺体約6万体
 増える「送骨」
■ゆっくり別れる
■送るのは血縁者とは限らない時代に
■「直葬」葬儀儀礼をしない葬儀  「0葬」拾骨をしない
■マニュアル葬儀はイヤ
 お仕着せ
■意見を聴いてくれなかった
■慌ただしい
 ゆっくり別れる時間が取れなかった

◎家族葬は人気だが、「家族葬」って何?
1995年に現れた「家族葬」
 本人と親しい者だけでゆっくり別れたい
 本人を知らない人が7割の葬儀への疑問から始まる。
■「家族葬」には定義がない ⇒近親者葬
 数人から80人までの幅
■「家族葬」が本人とほんとうに親しかった人を 拒むのは正当か?
■「家族葬」は「安い葬儀」?「簡略な葬儀」?

◎あなたが弔ってほしい人は誰ですか?
■「迷惑をかけたくない」というが
 「迷惑」とは何か?
■誰が「近親者」なのか?
■死は「高齢者」のものか?
■死後の事務処理を委託する場合
 生前契約書
 公正証書遺言 祭祀承継者の指定 負担付き遺贈

◎残る問題
■葬式にお坊さんは必要か?
■遺骨の行方 散骨、樹木葬、永代供養墓
■死別で発生すること グリーフ


◎お墓の世界
´新しい形態のお墓を選ぶのはもはや例外ではない。
´承継者が必要としないものを選ぶ傾向も。
´家族が一緒に入るのも悪くはない。

◎墓の略歴
 墓地は古来よりある。
´民衆が墓をもったのは戦国時代以降
´江戸時代までは個人単位の墓
´明治末にコレラ流行を機に政府が火葬を推進、明治民法が「家」を単位にしたため以降「家墓」が人気に。
´1955年火葬率6割を超える(現在ほぼ100%)
´1970年代より都市化の影響で大都市部に墓地需要増加。墓石のブランド化、墓石に家紋入れが流行
´1991年バブル崩壊で墓地需要急低下。少子高齢化多死社会が問題に。
´2011年経産省調査。墓新規3割。うち3分の1が永代供養墓、散骨、樹木葬等の新形態を選択。

そもそも墓は?
´墓地埋葬法に規定。
´墓地、納骨堂は特別区と市が許可権限。
´埋葬=土葬 火葬が進み、現在ほとんどない。
´焼骨の埋蔵 墓地に限る
´焼骨の収蔵 他人の焼骨を預かるのは納骨堂に限る。
´墓地、納骨堂は一部例外はあるが原則として地方自治体、宗教法人以外には認めない。
´寺墓地 檀信徒用 境内墓地 宗教施設
 事業目的(檀信徒以外に供する)は民間霊園
 
宗教法人の墓地 名義貸し禁止。土地が宗教法人の所有が条件。

◎永代供養墓(えいたいくようぼ)
1985
比叡山久遠墓
1990年前後新潟妙光寺安穏廟
京都 女の碑の会「志縁廟」
東京巣鴨 もやいの碑
マスコミが話題に
今、遺骨処分場になるケースも
´永代久遠墓 「貴方自身の子孫に代わり、永代に亘り供養する墓地」(HPより)
´永代供養墓 跡継ぎがいないかわいそうな人のための墓=無縁塔ではない。
´人間の生き方はさまざま、どんな人のためにも寺は開かれている。それぞれの生き方、生を尊重し、承継者のいかんにかかわらず寺が責任をもって供養
´永代供養墓 理念なきものは不人気
´信頼されると会員から檀徒になる事例も多い
´子がいる事例が多い。 親が選んだ場所というので墓参する子が多い。
´血縁という枠を取り払う事例も。
´生前から係わる

永代供養墓 新潟 妙光寺安穏廟(写真)

東京・巣鴨 合葬墓 もやいの碑、飛天塚(写真)

東京・中野 明治寺 多宝塔(写真)

長野県松本市 神宮寺永代供養墓(写真)

◎散骨(自然葬)
´1991年 葬送の自由をすすめる会 相模灘で散骨実施 「自然葬 (しぜんそう)とは、墓でなく海や山などに遺体や遺灰を還すことにより、自然の大きな循環の中に回帰していこうとする葬送の方法の総称です。自然葬」という言葉は、本会が1991年2月、発足にあたって起草した「会結成の趣旨」の中で初めて使われました。」(HPより)
´「厚生省が公認」は朝日社会部のフライイング
´法的一般的解釈 「遺骨を遺棄(捨てる)する目的ではなくあくまで葬送を目的とし、相当の節度(①細かく砕き、原型を残さない、②風評被害を招かないよう生活用水としての川、養殖場や海水浴場の付近を避ける、③付近の住民の感情を尊重等)をもって行うならば刑法190条遺骨遺棄罪にはあたらないだろう。
´墓地内の散骨場では可
´地方自治体によっては条例で禁止、制限もある。
´厚労省は「墓地埋葬法は散骨を前提としていない」とは言うが「合法」とは言っていない。

カズラ島 散骨場(写真)

◎樹木葬
´1999年岩手県一関市で祥雲寺(現・知勝院)が樹木葬墓地を開設。自然保護に共感する人が墓地として使用することで理念に共感し、自然保護活動を支援
´墓地として許可を得るので粉骨の必要なし。
´穴を深く掘り(1メートル以上)遺骨を骨壺なしで埋蔵し、埋蔵地に花木を植える。半径1メートル以内の占有使用権を最後の埋蔵後33年に限り認める。そのエリアの共同利用は可。承継者がいなくとも改葬することはない。
´エンディングセンターが2004年「都市型樹木葬」として東京町田いずみ浄苑内に「桜葬」
´その後「樹林葬」とかさまざま理念なき世界に

岩手県一関市 知勝院樹木葬墓地(写真)

エンディングセンター樹木葬 桜葬(写真)

千葉県袖ケ浦市 真光寺里山葬(写真)

以上。

資料をきちんと説明するなら180分かかるので途中省略しながらである。

後の質問では週刊文春の「ビル型納骨堂の利点と難点」について質問された。
私の見解は明確である。
「全部とは言わないが、ほとんどが理念より事業、もうけを目的としており薦められない。また永続性ということでも疑問がつくところが多い。基金などつくって運用しているかチェックが必要だろう。」
というものである。

永代供養墓の選択基準についても質問された。
「3万円から90万円まであるが、安ければ良識的ということでは全くない。全国に数は多いが、理念がなく、無縁塔の衣を替えただけのものが8割といっていい。死後を託すのだから託す信頼がおけるか見極める必要がある。」
というのが回答。

 




2017年11月30日 (木)

自身の樹木葬や宇宙葬への考えは?-Q&A②

前回に続きます。
http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2017/11/post-b397.html#_ga=2.243146891.848299424.1512040010-979389886.1507963435


②自身の樹木葬や宇宙葬への考えは?

 

Q

 長く葬送という事に向き合ってきて、自身の樹木葬、宇宙葬等の現代の葬儀に対する考えを聞いてみたいと思いました。

 

A
私は90年代の初期より、初期の跡継ぎ不要の永代供養墓の概念作成、日本最初の樹木葬墓地の理念作り約款作成に関与してきました。
散骨の合意形成にも関わりました。

どんな人も埋蔵を拒否されることなく、自分の想いが生かせるような選択肢を葬送の世界に築きたいと思ったからです。
無論、私一人でしたことではなく、いろんな考えの人たちと共にやってきたことです。
その端緒は築けたかな、と思っています。

墓も保持しているし、散骨場、樹木葬墓地、永代供養墓のいくつかは私の遺骨が埋蔵されることを歓迎してくれています。
但し、私自身にこだわりは一切ありません。

遺骨に対する想いは遺された者のものだからです。

反対するのは人の想いをもてあそんで商売することです。

宇宙葬には反対です。
人々の夢を利用して、ほんのわずかな骨片を安くない費用で商売としてやろうという意識がみえみえです。
私は「宇宙は私有物すべきでなくゴミで汚すな」と言っています。

葬送には理念が必要です。
理念が説得力あり方法が相当の節度あるものは許容します。

しかし理念なき商売目的だけのものには強く反対します。
葬送の世界にはまだ商売だけを目的としたおかしなものがたくさんあり、これは「葬送の自由」とは言いません。

「永代供養墓」という名の単なる遺骨処分場もあるし、「樹木葬」を名乗りながら平気で自然破壊をする者もいます。

2017年10月 9日 (月)

弔われない遺体、近親者にとっての遺体―遺体論③

弔われない遺体

 

①行旅死亡人(身元不明の死者)

 

1899(明治32)年にできて1986(昭和61)年に改正された法律に「行旅病人及行旅死亡人取扱法」がある。

この法律の第1条に「行旅死亡人と称するは行旅中死亡し引取者なき者をいう」とあり、具体的には「住所、居所もしくは氏名知れずかつ引取者なき死亡人は行旅死亡人とみなす」と定められている。

7条には「行旅死亡人あるときはその所在地市町村はその状況相貌遺留物件その他本人の認識に必要なる事項を記録したる後その死体の埋葬または火葬をなすべし」とある。

 

行旅死亡人は、死亡地の市区町村により官報に記載される。
遺体は腐敗するので身元が判明するまで保全できないので、公費によって(約20万円)火葬され、骨壺として遺留物と共に各役所の責任で一定期間保管される。

 

官報記載例をあげておこう。

 

「名前本籍・住所・氏名不詳年齢6070歳位性別男性身長167cm身体的特徴体格中肉着衣灰色トレーナー長袖ハイネックシャツ黒色ズボン黒長靴所持品現金3,110円在中の小銭入れ上記の者は、平成2×年6月●日午後零時●分頃、●●市の●●川河口から北へ500メートルの●●湾で発見され、死亡年月日・死因は不詳。身元不明のため火葬に付し、遺骨は保管してあります。心当たりの方は、当市生活福祉課まで申し出てください。」

 

「名前 本籍・住所・氏名不詳 年齢 5060歳位 性別 男性 身長 175センチメートル 身体的特徴 やせ型、短髪白髪混じり 着衣 none 所持品 カバン(黒色) ポーチ(黒色) 財布(2つ折り、黒色) 現金60円 腕時計 電気髭剃り 果物ナイフ 眼鏡 はさみ

上記の者は、平成2×年●月●日午前9時●分、●●市●●公園●番●号●立●●公園内●●東方付近樹木で縊死しているところを発見されました。遺体は火葬に付し、遺骨は保管してあります。お心当たりの方は当市生活福祉課までお申し出ください。」

 

これで身元が判明するというのも無理があるだろうが、行方不明となった家族を必死に捜そうとすれば類似ケースがあるかもしれない。

 

なお、行旅死亡人についての全国統計はない。

東京都で年間約100人程度、全国でも約1000人程度であるというのが2010年のNHKの調査でわかった。

 

②引き取り手のない遺体

 

その他身元は判明しても引き取り手のいない遺体がNHKの調査(20101月)によると約3万1千人。

身元判明し縁者を見つけても甥や姪というケースが少くなく、「縁者」というだけで、実際は「他人」に等しく、遺体の引き取りを拒否するケースが多いという。

 

NHK調査によると、縁者が親子、きょうだい関係にある場合は引き取られる率が高く、引き取られる率が低かったのが叔父、叔母―甥、姪の関係にあった場合、という。
但し近年は親子関係も危うくなっている。
中高年の一人暮らし世帯には離婚した者も少なくない。
離婚して妻方に引き取られて年月の長い子が一人暮らしの父の死にあたって遺体の引き取りを拒否する例も少なくない。


人口動態総覧(2016年)によると
離婚は216,798組で結婚の620,531組に対して34.9%になることから推定されるように、一度結婚しても離婚経験する者は3割以上はいると思われる。
2016
年については、全離婚組数のうち、結婚5年未満が31.4%、510年が20.5%、以下年数が増えるにしたがって割合は低下し、1015年が13.6%、1520年が10.6%、2025年が7.8%となっている。結婚25年以上でも9.6%いることから結婚年数に関係なく離婚の危機はある。
離婚は子がいない場合が41.9%と多いが、別に言えば半数以上に子がいる。
離婚者の年代を多い順に並べると(全離婚者の内訳)、男性では3033.1%と最も多く、4028.8%、2015.8%、5013.6%、606.3%、701.9%、80歳以上0.4%、100.4%、女性は順に3035.3%、4027.3%、2021.9%、509.7%、603.7%、701.1%、100.7%、80以上0.2%
80以上が少ないのは配偶者の生存率の低下、10代が少ないのは結婚数が少ないことからきている。
20
代、30代と子どもが小さいうちに離婚し、以後単身という人も多い。
離婚は妻方から言い出すケースが圧倒的に多いと言われる。


三世代同居世帯が急速に減少し、単身世帯が各年代で増加した結果、血縁にかぎらず人間関係をもちにくい人が増えている。
全国の死亡者総数は1,307,748人(2016年人口動態統計確定)であった。
おそらく引き取り手のない遺体数は、この4.5%、年間約6万体はいるのではないか。


死亡者総数の1割以上は引き取り手のいない人や、引き取り手がいても、弔いの想い不在のまま、事務的に火葬の手続きでお終いというケースだろう、と私は推定している。

これについて「人は生きたように死ぬ。本人の自己責任」と言う者が絶たない。
しかし、その人の生のプロセスがどうであれ、すべての死者、遺体の尊厳は保持されるべきである。

今後、こうした弔われることのない遺体が増加すると予測している。

引き取り手のない遺体のその後


引き取り手のない遺体は(市区町村によって対応は異なるが)、親族調査、親族交渉が面倒、かつ遺体保全の問題があり、市区町村の福祉事務所等ではとりあえず公費(約20万円)で火葬までし、骨壺にして5年程度保管し、引き取り手がいない時は市町村墓地または好意で協力してくれる墓地の合葬墓に埋蔵される。
また費用は本人の遺産を精査し、残金がある時はそこから弁済し、残りは国庫に収められる。

相続人がいる時は、遺体を引き取らず、相続だけするというケースはなくはないだろうが、そう多くはないだろう。
相続するなら公費はそこから弁済される。

横須賀市エンディング・プラン・サポート事業
2016
年開始。ひとり暮らしで身寄りがなく生活にゆとりがない高齢の市民の葬儀・納骨・死亡届出人・リビングウィルという終活課題を生前契約という形でサポート。これは本人の生前意思を生かすという意味で有用だが、一人暮らしの人の死で発生するトラブルを事前に解決しておこうという自治体にとっては自衛策という面もあろう。公費使用を抑制できるし、作業は生前契約先の葬祭事業者が行い、福祉事務所の関与は少なくなる。今後各自治体に拡がるだろう。但し、横須賀市が献体斡旋にまで乗り出すのは行き過ぎと思うが。

 

「遺体」について考察するとき、こうした「弔われることのない遺体」の存在について理解しておく必要があると思う。

 

 

「遺族」とは誰のことか?―縮小する「家族」観

 

死者と親しい者、愛着をもっている者にとっての遺体とはどういう存在なのだろうか。

血縁関係の遺族は、家族が解体していく中で、死者にこだわらない、つまり死を特別な出来事と見ないケースも増えている。

「家族」を私は二親等以内の血族、配偶者と見做している。
生まれた時の家族、つまり両親(一親等)、きょうだい(兄弟姉妹)は二親等、それに祖父母(両親のそれぞれの親)。
結婚後の家族、配偶者、子ども(一親等)、孫(二親等)。
この2つを合わせて死者本人の家族という。

だが、これが変化しているようだ。
二親等から一親等への縮小が見られるのだ。

葬儀は本来、死者本人の関係性で見ていかなければならない。
喪主が子となる時(配偶者はいても高齢)、子は案外と親の歴史、交友関係を知らない。
別居であるとなおさらである。
すると喪主の立場では、本人のきょうだいは三親等の「おじ」、「おば」になって家族ではない親戚になってしまう。
私は個人的には「いとこ」すら「家族」同様に思う人間だが、これは稀らしい。
どうも本人のきょうだいは、結婚後は家族でなくなることが多いらしい。

葬式などではこのところの違和が現れるのだ。
本人のきょうだいは自分の家族のことだから親身に心配する。
しかし喪主らにとっては「無関係な親戚が口を出す」となる。

これは子どもだけではない。
本人の配偶者も、場合によっては本人すら、「本人のきょうだい」を「家族」の範疇とはしない例が結構見られる。
「遺族」という言葉がもつイメージが変化してきているのだ。

そこで血縁以外の関係も含めた概念として「近親者」という言葉を用いてみる。
実際にその死者と近い関係にあった人、という意味である。
事実、血縁以上に、あるいは血縁同様に、本人と親しい者がいる。
そして、今流行の「家族葬」で排除されがちなのが、こうした「近親者」なのだ。

死は一人称だけのものではない


WHOの提言として終末期医療において、「本人」に続いて「家族」への配慮が出てきて以降、変化が見られる。

2013年に施行された死因・身元調査法(警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律)では、
第二条 警察官は、死体の取扱いに当たっては、礼意を失わないように注意しなければならない。

とこれまでの死体取扱規則の文面を踏襲し、かつ、

第三条 警察官は、死体の取扱いに当たっては、遺族等の心身の状況、その置かれている環境等について適切な配慮をしなければならない。
と定めた。


人の死は本人だけの問題ではない。
それは近親者にとってのものでもあるのだ。


その近親者にとっては、死亡直後の段階では、既に息をしなくなった、死んでしまった、魂の抜けてしまったものであったと言われたにしても、その死後の身体には愛着がある。
特別な感情の対象である。
これは人間としてきわめて自然な感情である。
割り切る者もいるが、割り切れない想いを抱く者は少なくない。
むしろ依然として多数派であろう。

「故人」という言葉で割り切れない、まだ人格をもった、半分生きた存在と見ていることが多い。

遺体は、近親者にとって「故人」という他者にはなり切れていない存在である。
それ故にそれを送別するには充分な可能な限り納得できるだけの身体をもった死者との心の対話が必要とされる。
といっても納得できるとは限らないのだが、それでも死者との別れを行うことが重要であることに変わりがない。

そうであっても多くの人にとって「死」は「自分の死」つまり第一人称の死を本義と理解する人が多いらしい。
どうも近年の「終活ブーム」は「死」の理解への誤解をも促進しているらしい。

確かに自分の遺体は自分ではどうしようもない。
誰かに頼まなくてはいけない。
だが自分だけでできないのはそれだけではない。
人間は好き嫌いに関係なく、人との関係において生きている。
そして死んだ時、本人の想いを超えて、周囲の人に及ぼすのだ。
それは長寿の死の場合、時には安堵感かもしれないが、けっしてどうでもいい感情ではない。
私は身近に90歳を超えた近親者を3人送ったが、それはどうでもよいこと、厄介なことではけっしてなかった。
遺された私にとっても、実に大切な時間だったし、大切ななすべきことであった。


「死」を「自分の死」に偏して見ることは「葬式」への意識調査に明確に表れる。

朝日新聞の
(be between 読者とつくる)自分の葬式は必要ですか?
http://digital.asahi.com/articles/DA3S13111191.html

「自分の葬式はいらない。そう考える人は56%にのぼった。その理由は、お金、しがらみなど様々だ。」
という。

 

死とは無論、本人にとっても一大事である。
しかし遺される者、二人称の人間にとっても一大事なのだ。
何も「普通の葬式」をすることにこだわることはない。
すでに高度経済成長期~バブル期までの1955199年までに風靡した葬儀観は常識でもなんでもなくなった。
あの日本人の歴史としてはほんの短い時期に流行した「見せる葬儀」の時代は終わったのだ。
「普通の葬式」といっても今やさまざまである。
しかし、人の死を弔い、送るという本義は今こそ回復、獲得しなければないのではないか。


近年の傾向として、
死、葬式について、いわれなき偏見、穢れ意識は減少したが、死、遺体に対する無感覚も増加している
ように思うのだ。

「死」は人の死である。
きわめて人間的な出来事なのだ。
これに対する感性を失ったら、人間はほんとうに大切なものを失うことになる。

古来、日本では、通夜までは死者を生者と見なして取り扱った。
これは死について近親者の認識には時間的差異があることを長い時代の知恵として学んだからである。

私は死亡判定から通夜までを「生と死の境界線にある」と表現している。

 

近親者は、その死者をある種の断念をして葬るのである。
この時、古来多くの地域、民族において、その葬りはその人たちが信ずる宗教の手を借りて葬ってきた。

土葬にしても、例えばキリスト教徒(カトリック)は、終末の日の身体の蘇りを信じ、例えば仏教徒は火葬による白骨化をもって成仏の<徴(しるし)とし、風葬では死者の魂が山の頂にある浄土に昇ると信じられ、というように。
死後の行き先に対するさまざまな信仰に裏打ちされて葬法が選択されてきた。

それ故、葬式を行って遺体処理をする、あるいは、葬式全体の中に遺体処置を位置づけたのである。


遺体処理を行うための道すがら人々が葬列をして見送る、というのは世界各地で見られる風習である。
そこには遺体処理が汚物処理の如きものとは明確に区別されて、死者に対する愛惜と敬意の思いを見てとることができる。

 

2017年7月29日 (土)

『〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓』小谷みどり

小谷みどりさんから最新作
『〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓』(岩波新書)
が送られてきた。

すごい本だ!

最新の葬送事情が歴史的社会的背景も踏まえ、また確かな情報分析力で描出されている。
Photo
この本読まずに葬送を語るなかれ、だ。

「火葬場が足りない?」という表面的にいかにも通の人たちの間違い
神奈川県横須賀市。大和市等の自治体で取り組んでいる話題のエンディングサポート事業
「墓じまい」が話題となっているが顕著に増加する無縁墓

こうした旬の問題だけではない。
ここに取り上げられていない問題はないくらいだ。

私は「孤独死」「孤立死」という第三者がよくも知らず他人の生を価値づける用語が大嫌いで「単独死(おひとりさまの死)」と上野千鶴子さんの命名と重ねて言っているが、小谷さんは洒落ています。
「ひとり死」…いいですね。

小谷さんがかねがね言うように
「問題は、どんな死に方をしても、自分では完結できない」

新書214ページだから重くはない。
これだけで今の葬送の課題が整理されているのだから読まないと損である。
しかし、ヤワな本ではない。
考え抜かれた本である。
きょう同時に郵送されてきたのが『女性セブン』8月10日号。
私がちょこっとコメントしたために送られてきたのだ。

オバ記者(60)涙の実録手記
身内(弟・58才)を亡くして改めて感じた
”その日”から49日法要までの心痛(ドタバタ)

「オバ記者」こと野原広子さんが実弟(茨城)を胃がんで亡くし、遺族として体験した「葬送一連の経緯」について書いたもの。
Obakisha

これはよく書けている。

弟を亡くした姉の真情も、茨城の葬儀事情も、詳しく、しかし「雑誌記者」であることを忘れず、きちっと描いている。
フォト
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