エンバーミング

2017年1月11日 (水)

安易に「孤独死」「孤立死」と言うな!―「弔い」としての葬式(2)

安易に「孤独死」「孤立死」と言うな!
死者(遺体)の尊厳と「遺体のリアルな認識」

 


死者(遺体)の尊厳を守る―というのは、死者(遺体)を美しく保つことだけを意味しません。
腐敗した遺体であろうと尊厳をもって扱うということです。


※東日本大震災では葬祭業者がこの問題に直面した。
そして死者の尊厳を守るべく正面から相対し、自らの責務を尽くした。
このことはあまり報道されなかったが、きちんと記憶されるべきだと思う。


火葬と埋葬―東日本大震災の仮埋葬

http://www.sogi.co.jp/sub/zuiso/skar.htm
東日本大震災 遺体搬送、埋葬・火葬
http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2011/03/post-fe36.html
奥州平泉の「大文字」。現地に空元気を送るな!
 http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2011/08/post-a4a8.html
中秋の名月

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2011/09/post-112a.html

また、
その死者が生前どんな評価を世間、社会から受けていようと、その弔いにおいては差別することなく、人格としては等しく尊重して扱うことを意味します。


最近心配することは人間の身体は死ぬとどうなるか、ということへのリアルな認識の欠如です。


病院で死に、すぐに斎場(葬儀会館)に運ばれ、冷蔵庫に保管され、通夜・葬儀、そして火葬となると、意識していないと、遺体に対面せずに葬式を終えることすらあります。


冷蔵庫で保管されれば安全と思いがちですが、腐敗の進行が緩やかになるだけで、腐敗が止まるわけではありません。

人間も他の動物と同じく、死亡すれば腐敗を開始するのは自然なことです。
魚も2週間も冷蔵庫に入れっぱなしにすれば腐ります。

 

※腐敗の問題を解決するためにはエンバーミングしかない。
エンバーミングはIFSAでは「遺体衛生保全」と訳されているが、腐敗を防止するのみならず、公衆衛生的にも安全にする。
日本ではIFSA(一般社団法人日本遺体衛生保全協会)が自主基準のもとに実施している。
「遺体保全」と称してエンバーミングもどきも行われているので注意が必要だ。
エンバーミングの処置を施した場合、約2週間程度は安全に保全される。
海外移送等で2週間以上の保全を必要な場合にはそれなりに対処する。
事故遺体、長期闘病でやつれた遺体の修復も行うが、状態によって限度があるのはもちろんのこと。
費用は処置内容によっても異なるが、1体12~20万円程度。平均15万円。
IFSAの自主基準作成等に私は責任をもっている。

http://www.embalming.jp/embalming/


1995
年の阪神・淡路大震災で仮設住宅に入居した人が、周囲に気づかれることなく死に、その遺体が死後相当経過した後に発見される事例が出て「孤独死」として注目を浴びました。
最近では遺体発見が遅れたのは、死者が社会から孤立していた結果の死として「孤立死」と呼ばれることもあります。
東日本大震災でも仮設住居内で死後相当程度経過して遺体が発見された事例があるとの報道がされました。

単独世帯に住む人が血縁、地縁、社縁、あるいは友人関係という縁から孤立していたから発見が遅れた「無縁者の死」であるとも言われます。


だが、こうした単独死の事例を「無縁者の死」と決めつけ、死者を人間関係が希薄で孤独、あるいは周囲から孤立していたと一律に断ずるのはいかがなものでしょうか。


実際、遺体の発見が遅れた場合、腐敗が進行し、遺体は融解し、体液や血液が漏出し、腐敗臭がきつく、住居も相当にクリーニングしないと再度の利用が困難となります。

長期間でなく死後数日以内でも夏や入浴中の死であれば腐敗は進みます。


遺体は腐敗する、という至極当たり前の事実がセンセーショナルにとらえられてはいないでしょうか。


15
年の国民生活基礎調査では単独世帯は26.8
%を占めています。
現代社会は単独死のリスクを抱えているのです。
しかし死後の形状だけでもって、第三者が「無縁死」「孤独死」「孤立死」などの安易な論評をすることで、遺された家族の悲痛が増すことになってはいけないと思います。


※遺品整理業の方が「孤独死」「孤立死」という言葉を生み、また、その作業を「特殊清掃」と言う人がいる。
事情は確かにはわからないのだから「単独死」でいいではないか。
鵜飼秀徳『無葬社会』では「孤独死」と安易に用いていたので、週刊現代の書評で私は「単独死」と言い換えた。また同書では遺品整理業者が「特殊清掃」と言っているのを何の問題意識もなく、そのまま「特殊清掃」と書いているのは違和感があった。
「人の死」を論ずる以上、こうした問題については細心でなければならない。
こういう無神経な言葉が一般化して一人歩きしていることを憂う。

腐敗が長期におよんだ場合の作業は大変であることは確かだろう。だが「特殊」と名づけることが適切であろうか?
そう呼ぶ「態度」に疑問をもつ。


孤独死、孤立死の用語はこれでいいのか?

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2012/11/post.html

死者はものを言いません。
しかしその生死には常に固有の物語があります。
それを知ったがごとく、死者やその家族を論評することは、死者の尊厳への不当な介入ではないでしょうか。

2012年7月 8日 (日)

エンバーミングの教科書を刊行

このところ会う人に「最近ブログの更新がないですね」とよく言われる。
1月からの仕事の重なり、遅れが持ち越している。
このブログでも「3月はお休みします」と書いたが、4月には改善するのではないか、と願望していたのだが、いっこうに改善されないままでここまできた。

自分ではそれなりに着々と仕事をあげているつもりなのだが、3月末に仕上げる作業が7月に入っても上がらない。これはさすが7月中にけりをつけたいと思っている。
4月には書き上げる予定の本の原稿は着手すらしていない。
弁解するなら1月から6~7回の徹夜をした、ということは、徹夜をするのは大体最終段階なので、同じ回数以上のものを仕上げている、ということである。

前にも言ったと記憶しているが「老化」現象である。
以前は、これくらいの日数があればあがったものが、平均して時間が倍かかるようになっている。
予定を入れる段階では、以前の処理能力で計算しているものだから、遅れ、重なり、さらに遅れるという負のスパイラルに完璧に入っている。

私が例年抱えている課題について詳細は書けないが、3月から作業が始まり、7月いっぱいまでかかる。これが地方行脚を伴うため、梅雨と夏にかかり、これで体力を消耗する。自分一人の都合で左右できないので、これはいやがおうでもしなければならない。
このところ止めていたパソコン持参の旅がまた復活するはめになった。

抱えていた仕事の一つ、『遺体衛生保全(エンバーミング)概論』が7月下旬に発行される。これはIFSA(日本遺体衛生保全協会)が刊行するもので、若いエンバーマーが中心になって作成した。

私も「死学と遺体論」という少し長いのを書いていて、巻末付録の大部になる「法規集」を編んだ。若い人たちに編集はすっかりまかせていたが、最後の段階で入らざるを得なくなった。
B5判で約450ページになる化け物のような本になった。これは入稿を済ませ、印刷・製本の段階。7月20日には納品予定。

この本も6月下旬に出版記念会が予定されていて、告知も済んでいたのだが、ミスのない本にしようと1か月出版記念会を延ばしてもらった。特別な事故がないかぎり、7月23日の出版記念会には間に合う。
この本、エンバーマーのための教科書として作成しているが、葬祭に携わる人にも大いに有用である。死体変容についても、遺体の公衆衛生についても詳述されている。

20,000円もする本だが、少部数発行でしかも大部なので勘弁いただきたい。「これからエンバーミングをめざす人のために」と執筆はほとんどがボランティアで行われたので、。原価で譲るとなると4万円くらいになる。
販売はIFSA事務局でも私の事務所(表現文化社)でも扱う。7月30日頃から申し込みを受け付ける。

自分が関係して言うのも何だが、これは日本の葬祭分野では記念碑的出版物となるであろう。

昨年6月に難産の結果『増補三訂 葬儀概論』を出版したが、この2つの本を送り出し、私としては葬祭関連の方々から受けた恩の一部をお返しできたかな、と思う。

葬送、エンバーミングについては、あいかわらずいい加減な言説が飛び交っているが、基本図書に目を通したうえで言ってほしいと思う。

7月末には私の個人史としては40年間胸がつかえるように思っていた出来事について、40年前(69~71)に私が書いた論考をまとめ、当時のまま復刻する本が出る。私が散逸したものもあり、編集した野田さんが探し蒐集した。
私としては、出すこと自体への躊躇いがあり、また、恥ずかしい失敗作もあるので復刻を躊躇ったが、企画した編集者の野田さんが「記録ですから」と熱心に言うので、あえて削らないで出すことにした。条件は一つ、発表順に掲載すること、であった。
2年間、この本を出すことに躊躇してきた。当時の仲間誰一人と相談しないで決めた。
今でも悪文だが当時は数倍も悪文である。だが誤字以外には手をつけず、巻末に現在の心境を書いた。
40年前のこととはいえ、歴史の批評に晒されることを回避してはならないだろう。当時、キリスト教界で「異端」とまで言われたものだ。当時のことを研究する人のため、何が故に異端と断じられたのか、一次史料を残しておくのもいいだろうという心境になった。
正式にタイトル、価格が決まった時にお知らせする。

一般に入手できるものとしては、
『大法輪』9月号(8月8日発売)の特集に書いている。(締切を過ぎて昨晩書き上げて編集部にメール添付で送った)
7月12日(木曜)夜、生放送でFM放送J-waveのジャム・ザ・ワールド20~21時台で20分くらいだろうが、東京都の新しい樹林型墓地(樹林型合葬埋蔵施設、小平霊園に作られた)のことなど話す予定。まだ内容について書いたものが送られてきていないのだから、あくまで「予定」でしかないが。

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