報告

2017年4月 9日 (日)

四訂葬儀概論が完成

『四訂葬儀概論』が4月7日完成。
Yonteigairon


初版が1996年4月、改訂版が2003年5月、増補三訂(360ページに)が2011年6月、今回の四訂が2017年4月…と平均5年強で改訂を繰り返してきたことになります。
本体9,524円と少々高いですが、葬送に関してはまとまったものはこれ1冊、内容的にはそれなりのものと思っています。
葬送の歴史としてまとまったものは本書が本邦初でしたが、現在の部分はいまだに書き続けています。
私のライフワークとなりました。

初版は1996年の葬祭ディレクター技能審査の第1回に間に合わせるべく前年の11月から企画、執筆、編集・・・で怒涛の4カ月で完成させましたが、若かったからできたのでしょう。
増補三訂版は全面的な見直しで1割強増ページ、ほぼ1年かけました。
今回の四訂版は2016年12月から4ヵ月かけました。
三訂版までは校正、索引、目次は事務所の共同作業でしたが、今回は単独作業、校正の見落としで追加作業が多く、制作の武田貞盛さんにはご苦労をおかけしました。

今回の四訂はページ数は維持しましたが、6年ぶりなのでデータを一新させるだけでもひと作業でした。
死亡者数の推移は今回は2015年の人口動態統計(確定)を使用し、将来推計については三訂では2006年の社会保障・人口問題研究所の将来人口推計を使用しましたが、今回は現在最新の2012年版を用いています。
死因、火葬率も宗教法人の統計に至るまで最新のに置き換えています。
また、葬送も大きく変化していますので、「現在の葬儀事情」を書き直すだけではなく、各部にわたって手直しを行いました。

法令の変化もあります。一部例を示すならば、
2012年に「死因究明促進法」「死因・身元調査法」が新しくできました。
今回2013年の警察取扱死体が約17万件、全死亡の13.3%であることも示しています。
同年の司法解剖が8,356件であることも法務省資料に基づいて記述しました。。

感染症法はたびたび改正されますので、最新版に基づき記述を改め、アフリカでのエボラ出血熱の深刻な流行から2015年に厚生省令で一類感染症については24時間以内の火葬等を細かく定めましたが、それについても1項を設けました。

献体遺体についても医学生等の解剖実習以外に献体遺体を用いて医師の手術手技研修に用いることができるように日本外科学会・日本解剖学会が2012年にガイドラインを作成し、文書での同意等を条件に可能としました。
この場合には通常の献体遺体が48時間以内の引き取り希望なのに24時間以内の引き取り希望としました。
年金についての制度も改められています。
2011年の東日本大震災の経験から災害遺体を尊厳をもって扱うことの教訓を得ているので詳しく論じています。
病院での死後のケア(死後の処置)の実態を示し、葬祭事業者の遺体管理の重要性もより詳述しています。

本書が常に「現役」のテキストであるために細部にわたって見直しています。

私は2016年度をもって第1回から責任をもっていた葬祭ディレクター技能審査関係の職はすべて辞しました。
しかし、『葬儀概論』については可能な限り責任をもって著者としての責任を果たしていくつもりです。

本書は葬祭ディレクター技能審査の受験者のみならず、既に葬祭ディレクターの資格を得た人へも最新情報を提供するものです。
また、死と葬送関連の学究者、関心を持たれている方、宗教者その他の方々にもきっとお役に立つはずです。

事実、宗教者が自派の儀礼については知っているが、他宗教宗派について知りたい、という需要に唯一応えるものということでお求めいただいてきました。

今回の四訂版の表紙も表現文化社が存在しなくなったことから「葬祭ディレクター技能審査協会」に変わりました。

本書のお申込みは
葬祭ディレクター技能審査協会
〒108-0075 東京都港区港南2-4-12 港南YKビル4階
(1)FAX:03-5769-8702(お問合せ先:03-5769-8704)
(2)FAX:03-3500-4212(お問合せ先:03-6206-1281)
までお願いします。
申込書は下記からダウンロード願います。
http://www.sousai-director.jp/download/chumon_201704.pdf

ぜひお求めください。

2017年2月 5日 (日)

四畳半からの近況報告 2017.02.05

四畳半からの近況報告 2017/02.03の補足


雑誌『SOGI』休刊に伴う事務所、私個人に伴う法的手続きについてすべて完了したことを報告したところ、Facebookにてコメント等をいただきありがとうございます。
このブログのアクセス数が増えたことは、心配いただいていた方々が多かった、ということでしょうか。
私としては少し複雑な気持ちです。

雑誌購読者、関係者個々にご報告すべきことですが、こういう形で報告させていただきました。ご了承ください。

雑誌『SOGI』を四半世紀にわたって刊行したこと、何よりも読者の方々、寄稿いただいた方々、取材者、カメラマン、編集者、デザイナー、印刷関係者、今はなくなりましたが組版、製版の関係者等多くの方々に支えられたものでした。
改めて御礼申し上げます。
雑誌を中心に死や葬送について記録し、発言できたこと(一部の方々には不快感を与えてところがあるかと思いますが)については感謝申し上げます。
44歳で開始し、当初は65歳までを目標にしていましたが、70歳まで行うことができました。
悔いはありません。
今後若い世代の方々が、形を変えようと何らかの形で、私どもが記録し、発言してきたことの志を継いでいただくことを願っています。
その橋渡しとして私にできることがあれば、精一杯努めさせていただきます。


前回も書かせていただきましたが、『葬祭ディレクター技能審査20年史』(葬祭ディレクター技能審査協会/非売品)が完成しました。
200_2


こういう事態であったにもかかわらず、私の名を執筆者として記したまま刊行を許していただいたことに感謝します。

この発足の経緯、理念、20年の歩み、抱えている課題について、記録者として記させていただいたのは、これまでこの制度に係わった者としての責任からです。
そして私の今後に関係なく制度そのものは継続していくわけですから、今後の制度を担う方々への引き継ぎという意味があります。

先人が葬祭業が社会的偏見をもたれていることに危機感を抱き、誇りをもってできる仕事にする、その鍵として人材教育に注目してできたのが葬祭ディレクター技能審査という制度。
この仕事に関与できて多くの方から教えていただきましたし、尊敬できる多くの方々にお会いすることができたのは私の財産です。


葬祭ディレクター技能審査には、近年田中大介さん(文化人類学)に関係してもらい、私の負担はだいぶ軽減しました。
田中さんが私の役割の一部を引き継いでくれるでしょう。
その田中さんが東京大学大学院総合文化研究科博士論文に加筆修正し、

『葬儀業のエスノグラフィ』(東京大学出版会、本体価格5,200円)

http://www.ajup-net.com/bd/ISBN978-4-13-056310-9.html
9784130563109
を出版されました。
264ページの労作です。
ぜひお手にとってお読みいただくことをお勧めします。
ちなみに「エスノグラフィ」とは京都大学フィールド情報学研究会のHPに掲載された辻高明さんによれば―

エスノグラフィ(Ethnography)は,フィールドで生起する現象を記述しモデル化する手法である. 文化人類学における未開の民族の調査に起源をもち,その後,社会学で逸脱集団や閉鎖集団の生活 様式を明らかにする方法として用いられるようになった.http://www.ai.soc.i.kyoto-u.ac.jp/field/chapter5.html

と説明されています。



昨夜、元の会社関係の同年配3人で呑み会。
一人は99歳の母親の介護を抱え、一人は4年前に配偶者が若年性認知症になり介護、皆それぞれの問題を抱えています。

一人が私の学生時代に書いたものを読んでくれて
「あんたはまったく変わっていないね!」
と呆れて言ったのか、褒めて言ったのか(確実に前者だと思いますが)…

そう言えば、我が家では
「中学生の時から変わっていない!」
と呆れられています。
つまり人間としてあるべき進歩がない、子どものまま、ということ。
欠陥人間ということでしょう。
でも、見放され、追い出されていないことに感謝しています。

2017年2月 4日 (土)

四畳半からの近況報告 2017.02.03

ブログでの発言は昨年秋、2016年10月より再開。
雑誌休刊と表現文化社および連帯保証人であった私の破産手続き開始を契機とするものでした。
読者の方々には多大な迷惑をおかけしました。
改めてお詫びをいたします。
この負はお金でお返しできませんが、これからの表現活動でお返ししていきたい、と思っています。

ブログの再開は、お詫びを兼ね、雑誌媒体での発言はできなくなりましたが、その埋め合わせを自分なりにしていこうというものでした。

長年友人の僧侶の方には「無料でなんてもったいない」とありがたい言葉をいただきましたが、表現を続けることが表現者の役目と考えています。
資産0と71でなった人間は今さらの事業は考えていません。
どれだけできるかわかりませんが、できる範囲での発言は、不定期となるかもしれませんが行っていきたいと考えています。

昨年10月に開始された破産手続きは、今年1月24日の東京地裁での債権者集会が債権者に公示されて、意見が求められ、会社と私は地裁から指名された管財人の管理の下に置かれてきました。
金融機関、印刷会社、読者の債権者からは、ありがたいことに異議の申し立てはありませんでした。
債権者集会は多数の債権者数から200人規模の会場が用意されました。
出席は葬儀社の方1名。異議ではなく、雑誌を評価いただき、ありがたい応援メッセージをいただきました。
債権者退場後、地裁は管財人の報告を了承、即時に会社の解散を決定。
26年を超えた表現文化社が正式に消滅しました。
その後、連帯保証人である私の破産、免責については管財人の報告を受け、管財人業務は当日をもって終結し、法的手続きはすべて終了。
開始から終了まで10分足らずでした。
1月31日付で私の免責通知を弁護士経由で受け取りました。

多くの皆様にご心配をおかけしましたので、以上、すべての法手続きが終結したことをご報告します。
文字通り、これからはフリーランスのジャーナリストとして、0からの再出発です。
ご理解、ご支援に対し心から感謝申し上げます。
 
1月の私の報告。

ショックだったのは、葬祭ディレクター技能審査協会が創設以来最も長く一緒に活動した小林一敏さん(サンメンバーズ副社長)が死去されたこと。
会社閉鎖することをメールした折り、心配してくださり「会おう」と言っていただき、落ち着いたらお会いする約束をしていました。
だが、小林さんは昨年10月末の検査で大腸がんが発見され、12月には入院されましたが、心臓が悪く手術しないまま一時退院。
ご自宅で療養されていました。
1月12日に再度入院、緩和ケア病棟に入られましたが、当日0時を回り13日の1時過ぎに息を引き取られました。
連絡いただき、埼玉県本庄市で12日に行われた密葬通夜、13日の密葬に出席、お顔を拝見し、お別れしました。
小林さんは私の1歳上、穏やかで芯の強い方でした。
私にとっては「戦友の死」という感じでした。
Photo


小林さんと長年ご一緒した葬祭ディレクター技能審査ですが、
『葬祭ディレクター技能審査20年史』
が1月20日ようやく完成しました。
昨年7月末に書き上げる予定が、諸事情から遅延し、主として11月以降に書いたものです。
この遅延で、関係者の方々にはご迷惑をおかけしました。
これで、この仕事に係わった責任に一つのけじめをつけた気がします。
私としては『全葬連50年史』『IFSAの20年』に続く主な年史の執筆となりました。

1月に刊行された『ソナエ』第15号2017年冬号
http://www.sankei-books.co.jp/sp/sonae/index.html
に「碑文谷創の終活に喝!」というコラムを書いています。
タイトルは
「人生は統計どおりにいくわけがない」

その他、新聞、雑誌へのコメント少々。

これからの企画の打ち合わせが2~3というところです。

ボチボチ年齢を考えながらやっていこうかな、と思っています。

以上、ご報告まで。

2016年12月27日 (火)

4畳半からの近況報告 2016.12.26

①YouTube「ともびきまえ」

これは旧知のS水さん、S木さん、S藤さん、今回知り合えた(耳では聴きなれているが)司会のS本さん(役者、声がいい)、通常「4Sさん」と言われている人たちが「あ~でもない、こ~でもない」と自由闊達に話しているコンテンツ。
これに招かれ話してきた。
長寿番組で「400回記念」というので、私が出演したのは399~405回と7回にわたって放送された。

若者たちのスピード感のある会話に入っていけるか心配だったが、うまく引き出してくれてかなり自由に話をさせてもらった。
だが、歳を重ねるのに合わせますます酷くなる滑舌の悪さはいかんしようもない。
一晩で収録したのだがS本さんの名人芸でうまく分割された。
この番組、お約束事で頭文字をアルファベットで言うことになっている。
そこで私も「H文谷」と紹介された。

話は、死別、寺、東日本大震災、家族葬…などなど多岐にわたった。
役者のS本さんも食えない役者稼業の裏で葬儀のアルバイトを長くやったというので、皆いわば葬儀のプロ、現場を担い、現場で起こっていることをきちんと把握していて、さらによく勉強しているので、話し相手としては最高。

私の出番は終わったので、これからは一聴衆として楽しませてもらおうと思っている。

私の出番の最終回となったのは、
第405回「被災した遺体と最後まで向き合った人たち ~東と西で違う収骨容器?400回記念更新月間~」。
https://www.youtube.com/watch?v=v3LNc-6uOgk

彼らとは収録の後と12月10日の「びきまえ忘年会」と2度呑んだ。
4人以外にも新しい人たちと出会え、楽しかった。


②リメンバー名古屋自死遺族の会

12月18日のリメンバー名古屋自死遺族の会の講演会の模様が「リメンバー新聞」82号に掲載された。
http://will.obi.ne.jp/remember/newspaper/pdf/newspaper82.pdf
2面に掲載されている。

うれしかったのは、ここで雑誌『SOGI』が1991年1月の創刊号から2016年8月の154・155号の最終号まで展示されたことだ。
関係者に感謝!

集まってくださったのは、ほとんどが自死遺族の方々。
アンケートも見せてもらったが、何とか話が通じたようだ。


私の話は、正直言って上手ではない。
滑舌の悪さは「びきまえ」でわかってくれるだろう。
でも、真面目に話す。
どんな小さな集まりでも、聴いてくれる、というならどこにでも行く。
ディスカッション方式でもいい。
その場での質問、という形式でもいい。
というか、いろいろな立場の人の意見を聞けるなら大歓迎である。
よく「講演料は?」とたずねられるが、それぞれの予算でかまわない。
(但し、商用は要相談)
問い合わせはメールで:orange46@mbn.nifty.com


③Facebook


このブログはFacebookと連動している。
https://www.facebook.com/hiroshi.fujita.79677


もともとは毎日新聞の記者が私も相談にのった新聞連載記事をFacebookと連動するというので、発言するより覗くことを目的に開設した。

そのため第3のペンネーム「藤田宏」で登録したが、フリーランスになったことを機に登録名を「碑文谷創」に変更した。

「公開」にしているので誰でも覗けるようになっている。


興味深いのは、坊さん仲間が、寺にとって一見不利と思われる情報にも耳を傾けてくれることだ。
いい坊さんはちゃんといるのだ。

2016年12月14日 (水)

四畳半からの近況報告 2016.12.14

家は東南の角なのだが、私の籠る四畳半は北に面しているので陽当たりもなく寒い。
この部屋で10時から22時半のほとんどを過ごす。
家人がいない時はうどん、そば、ラーメンを作って食べる。
たまに人に会いに出かける。

夜は酒を呑み、腹筋10回、腕立てふせい10回、その他軽い運動をする。
息子が「その年齢で鍛えることはダメ、維持できる程度がいい」と言うので、ほんとうに軽い運動で15分もすれば終わる。
たまの外出では、エスカレータはできるだけ避け、階段を歩くようにしている。ときどき誘惑に負けるが。
電車では座らないようにしている。
時折立って席を譲ってくれる優しい若者がいるが、「次に降りるので」と断わり、次の駅で降り、次の電車にまた乗るようにしている。
外に出る時は帽子着用。
頭の毛が少ないので寒いからだ。
白髪を隠す意味もある。

抗うつ剤は減らしているが、今のところ困ることはない。
自宅にいるようになり、精神的に落ち着いているようだ。


今月12月18日13時半より名古屋駅前ういんくあいちで講演する。
リメンバー名古屋自死遺族の会が主催だ。
http://www.will.obi.ne.jp/remember/

に詳細が書いてある。

テーマは「人それぞれの別れ方、メモリーがある」

かつて小児がんで我が子を亡くされた親の会で話す機会があったが、葬儀の慣習に悩まされたという話をいやというほど聴いたからだ。
「葬式が遺族の心を傷める」ことは絶対避けるべきである。
私はクリスチャンであるのに仏教のことばかり書いている、
と思われる方がいるかと思うが、キリスト教会でも機会があれば話している。
呼ばれるのは仏教関係者が多い、というだけである。
神道者に呼ばれればいく。選ぶことはしない。

その一つ、
事務所を閉鎖した後の10月9日に、」日本キリスト教団エパタ教会(新宿区矢来町)で
「死と葬送の現在とあり方」と題して話した講演録がエパタ教会のホームページに掲載されている。
http://ephphatha.web.fc2.com/09102016-himonya.html
ここでは私の家族の死について結構語っている。

2016年11月28日 (月)

四畳半からの近況報告 2016.11.28

YouTube「びきまえ」400回が公開された。
https://www.youtube.com/watch?v=E7u-j6_tWfs

前から「文章はいいがトークは今いち」と評されることが多かったが、下手なトーク、滑舌の悪さはあいかわらず。

「東西の拾骨の違いはなぜか?」 が今回の話の中心。


『週刊現代』12月10日号が発売されたが
私が書いた、鵜飼秀徳『無葬社会』(日経BP社)の書評が掲載されている。
※dマガジンで読める。
これについては改めて書く。
 
先日、互井観章さん(日蓮宗経王寺住職)と話した。
地域さらに家族からも離れ看取る者、弔う人もいないときは最終的に誰が?
という話になった。
法律的には死亡地の市区町村の仕事とされている。
実際には社会福祉事務所の職員。
だが、彼らには職務以上のことは期待できない。

では?
という話になった。
途中(これが重要なのだが)を省略し、結論だけ述べるなら、

葬儀社の社員は立ち会う、僧侶も志があれば立ち会うことが可能。
最後に立ち会うことになった葬祭従事者、僧侶が覚悟をもって供養する必要がある。
というのが私の結論。
その覚悟がこれからますます必要になるように思う。
 
 
昨日は樹木葬のパイオニア
千坂げんぽう和尚(岩手県一関市祥雲寺、知勝院先住=前の住職)
が上京したので荻窪駅前の喫茶店で話をする。
彼は中学時代の同窓会の会長も務めている。
http://www.jumokuso.or.jp/
 
私を心配をして会いに来てくれた。
先日の毎日新聞「ひと」もコピーして同級生30人に配ってくれたという。

彼が力を入れている「久保川イーハートーブ自然再生事業」の新しい展開を聴く。
http://www.jumokuso.or.jp/kubokawa/index.html

「樹木葬」がいつの間にか墓地内に木を植え、その下に遺骨を埋蔵する形態「樹林葬」が盛んになっているが、最初は自然保護と葬送の両立にあった、ということはもっと考えられてよいと思う。
東京都にいたっては、いかに効率よく、たくさんの遺骨を埋蔵できるかが関心になっている。

散骨、樹木葬が同列に論じられ、「遺骨処分」と考えられることが多いが、理念なき計画者に問題がある。
「自然葬」と言われた散骨にも当初は理念があった。
すべてを消耗し尽くす商魂には腹が立つ。
理念なき永代供養墓が売れ残り、そこが今日銭を稼ぐ「遺骨処分」場化している。
 
 
ひっかかっていた原稿をようやく書き上げ、初校戻しを土日にかけて行なった。
原稿でのポカ癖はあいかわらず治っていない。
その分、デザインのKさんには迷惑をかける。
申し訳ない。


落ち着かないので四畳半の窓に毛布を張った。
家人に「ますますホームレスの住処になった」と嗤われた。

2016年11月23日 (水)

恥ずかしながら「びきまえ」が公開、そして自棄酒

昨日は温かかった。
また明日からは寒くなるらしい。
関東にも雪が降るかもしれない。
ラジオによると7割の確率で雪らしい。
北海道はすでに雪の時期に入っている。
温暖差が激しいのは身体にきつい。

さて、一昨日からこのブログのアクセス数が少し上昇した。
更新もしていないのに「なぜ?」と思ったが
https://www.youtube.com/watch?v=0P_zLhjEsSY&feature=em-subs_digest

のせいのようだ。
YouTubeの「びきまえ」という友引前に更新される番組で、399回目だ。
私の雑誌が156号で閉じたので、継続力は感嘆に値する。

S水さん(ここでは名前をそのまま言わず頭文字とするのが約束ごと。レギュラーのS水さん、S藤さん、S木さんは旧知の仲、S本さんが初対面)が、以前の番組で、私からの電話を「不幸の電話」なんて言っていたが、ついに私に出演要請がきた。

「事務所を閉じることになったがいいか?」
と念を押した結果、ありがたいことに「かまわない」とのことなので出演を了承。
S木さんの会社のビルで収録。
後1~2回続くのだろうか。

自分の声を改めて聴くと「歳をとったな」と思う。
初対面のS本さんは声のプロ、さすがにいい声をしている。
私みたいなロートルを歓迎してくれて恐縮。S本さん感謝!
私も「H文谷」で出演した。
気持ちのいい時間を過ごさせてもらった。
こうして「仲間」として扱ってくれる人たちがいるのはうれしい。

だが、こうしたうれしい話ばかりではない。
このところ業界ではすっかり「犯罪者」扱いされている。

いろいろ言われることは覚悟のうえだった。
しかし、これからの発言を倒産したからと変えるわけにはいかない。
遠ざかる者は追わず、信頼してくれる人が数人だけでも、そのために表現者であることは辞めない。

そもそも「儲け」を第一義にしていたら25年半もやってこない。
10年以上前に辞めていた。

これまで「仲間」と思っていた人すら、相変わらず信頼してくれる人と腰が引ける人とに大きく分かれた。
私の人徳のなさだ。
これまで私を「うるさい」「やりすぎ」と思っていた人たちが業界内に少なからずいたことが、よ~くわかった。

倒産のニュースを耳にして、原稿を依頼してくれる人もいるから、それはとてもうれしい。

多くの人にとって「倒産は人生からの落伍」であり「皆に損失と迷惑をかける行為=社会的犯罪」と見做されることなのだと思う。
そう思っている人がたくさんいて、「存在を許さない」と思っている人がたくさんいる…ということがよくわかった。

私が原稿内容を批評した人間が、いくら働きかけても私には応答しないでいて、私が倒産ということになると、会う人に「知っている?」と楽し気に言って回っていたという。
「へッ」と思う。

しかし「破産はいのちまでは盗らないから安心しな」と励ましてくれた人が何人かいた。
表現者にとって「いのち」とは表現することだ。
だから、相当悩んだが、裸一貫となったが、個人として表現者であり続ける、と覚悟した。
年齢からくる身体の衰えには勝てないが、後を続く人への道を拓く、受け渡しをするまでやってみよう、と思った。
これからはむしろ仕事をどう受け渡すかが私の仕事なのだろう。
70歳は表現者としては「賞味期限過ぎ商品」なのだろうが。

でも、正直、やれるかどうかは覚悟だけでできるものではないから、再びの「敗北宣言」をここで書くハメになるかもしれない。


今回、倒産ということで迷惑をかけるが、それを最小限にしようと思った。
特に、私が書いたが、いわば公有財産については、権利関係を無視して、残せるようにした。
いずれ再評価されるかもしれない。それまで待とうと思った。

だが、早速きたのは「追い打ち」だった。

昨夜は家で、〆切のきたゲラ校正をメールで出版社に返した後に、自棄酒を呑んだ。

なお、書いたのは鵜飼秀徳『無葬社会』(日経BP社刊)の書評だった。
これについては雑誌が発売後に詳しく書いてみようと思う(雑誌発売前に書くのは出版仁義にもとるので)。

もう一つ報告しておくなら、新発売の『現代用語の基礎知識2017』にも例年どおり署名入りで書いている。死と葬送について論じるなら、せめてこのくらい読んでくれよ、と思っている。近年は「素人」ジャーナリストが、不勉強のまま書いているのが目立つ。

本日のブログ、後半は、はっきり言って「愚痴」である。

2016年11月13日 (日)

四畳半からの近況報告 2016.11.12

冬の寒さ到来か、と思ったが、少し温(ぬく)んできた。


11月11日、このブログのアクセス数が増加した。
朝8時から
これは当日の毎日新聞朝刊「ひと」で紹介されたからだった。
恐るべし、マスコミの影響力。
http://mainichi.jp/articles/20161111/ddm/008/070/051000c
 
少し痩せたのではないか、と心配してくれるメールがきたが、写真の角度のせい。
むしろもっと痩せたほうがいい状態が続いている。
記者が最終号となった雑誌『SOGI』154・155合併号(2016年8月10日発売)で一挙掲載した「死と葬送」歴史年表を評価してくれたのがうれしかった。
 
実はこの年表は2010年に1年かけて書いた。
こうしたテーマで古代から現代までを通史として、社会・文化の変化を参照しながら書いたものがなかった。
私自身がこうしたものがほしくて書いた。
1年間かけてけっこう苦労して書いた。
雑誌に全部を掲載しきれないので6回に分けて掲載した。
 
雑誌掲載時は反応がほとんどなかった。
「こういう作業は評価されないんだ」と結構落ち込んだ。
読者に関心のないものを押し売りしているのではないか、と思った。
 
合併号としたのは、私の執念であった。
分冊では全体を見ることができない。古代から現代までを通史として見てもらいたい、ということで再提出したものであった。
2011年(3.11!)から2016年6月までをスタッフの助力を得て追加して完成させた。
おかげで多少評価してもらった。
だが残念ながら雑誌を継続する余力が尽きたので、これが最終号となった。
 
事務所を閉鎖したため最終号をお分けするすることができないのは残念。
問い合わせがいった毎日新聞にはご迷惑をおかけした。
主要な図書館では閲覧できるだろう。
千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館では創刊号から最終号まで閲覧可能となっているはずであるが確認はしていない。
 
歴史年表を編みながら改めて痛感したのは、災害、飢餓、そして感染症が人間にとって脅威だったことである。
「死の穢れ」について民俗学や文化人類学では人間の現実を無視した蛸壺議論がなされてきた。
かつて「疫病」と記述された感染症への恐れを公衆衛生的知識がないものだから、今から見ると?と思われる形で表現しようとしたものであった。
 
「表現文化社」時代は、通常は10時から23時頃まで平日・休日関係なく事務所にいた。
今はこの時間を自宅の四畳半で過ごしている。
やせ我慢ではなく、このくらいの空間がいい。
FMのJ-Waveを流しながら原稿書いたり、本を読んだり、メールを書いたりしている。
外出する機会は激減した。
でも往復2時間の通勤時間がないこと、昼に何を食おうか悩むこともないので楽である。
精神的には少し落ち着いた。
身体は今のところ問題はない。

2016年10月 6日 (木)

ご心配に感謝

先回の休刊、事務所閉鎖のご報告に対して、多くの方々からご心配のメールやお電話をいただきました。
ありがとうございます。

ご心配いただいている「からだ」については元気にしております。
(相変わらずの薬漬けではありますが)

先日、ご迷惑をおかけした印刷会社にお詫びにうかがいました。
事務所創設以来、変わることなくお世話になった会社です。
歴代3人の担当者にお世話になりました。
印刷経費のもっと安い会社はあったでしょうが、雑誌というのは印刷との深い連携が必要です。
担当者のこれまでの尽力に感謝し、最後にご迷惑をおかけし慚愧の限りです。

雑誌の果たしていた役割は今後どのように担われるのか、というご心配を特に研究者の方からいただきました。
私にはもうできません。
但し、儲かる仕事ではないので、雑誌という形態にこだわらず、志ある人々からの寄金で基金をつくり、若手の人たち中心にやっていただくことを頭に描いています。
いずれその橋渡しができればいいな、と考えています。

企業である以上、破綻しては「失敗」の烙印を押されても抗弁しようがありません。
だが、この間、破綻を先延ばしながら、情報発信し続けた意味はあると考えています。
少なくとも私は情報発信を限界まで続ける選択をしました。
そしてどうしようもなくなり、破綻するに至りました。

「儲ける話」は掲載してきませんでしたが、今どういう状況にあり、どういう問題を抱えているのか、については、皆さんの判断資料となるものについては、客観的な情報を提供し続けたと多少は自負しています。
儲けることが不得意な人間が儲け話をすること自体が悲喜劇なので避けましたが、というより私には見えませんでしたので取り組むことができませんでした。
長期的に考えるならば今葬送業界で必要なのは消費者からのイメージを変える倫理宣言であろうし、そのためにはいくばくかのことができたであろうと思います。
次代を担ってくれるであろう人たちもたくさん輩出しているので、私は希望をもって次代に委ねることができます。

若い人たちが心配して発言の場を提供してくれるよう動いているので、少しづつ発言を継続していきたいと思っています。
皆さんの動向はフェイスブックでは見させていただきますが、自らはむしろこのブログで地道に発言していきたいと思っています。
会社のホームページは今のところ、少なくとも年内は見られる状態にありますので、過去の私の発言は参照いただけます。

事務所は閉鎖し、駐車場も返却しましたが、まだ残務整理が続いています。
最後まで責任をもって撤退戦をやる覚悟でいます。
会社を終わらせることが、かくも多くの方々にご迷惑をおかけし、精神的のみならずあらゆる力を削いでいくものかを実感しています。
すべての方々にお返事しかねますので、ここで謝意を表させていただきます。

私の身の振り方は未明です。
私自身がまったく見えません。
継続を必要とされる仕事は継続したいと思っていますが、皆さんの意思次第です。
でも年齢も考え合わせれば困難と判断されることも当然でしょう。
逆風も吹き荒れています。
今やるべきことを私としてはやるだけです。
いかなる状況でも「表現者」であり続けたい、もちろん知力、精神力、体力がある限りですが。
このことはブログを見て心配してくれた旧友に念を押されました。

新聞報道によると「老齢」の時期と考えられているのは70歳が最も多いとのこと。
その老いにどう寄り添っていくのかも極めて個人的ながら大きな課題です。
自信をもって今後も「やれる」とは断言できません。

まずは取り急ぎのお礼まで

2016年10月 2日 (日)

雑誌『SOGI』休刊のお知らせ

本年1月4日以降の更新になります。
重要な告知をさせていただきます。

2016(平成28)年9月28日をもちまして
雑誌『SOGI』の休刊と㈱表現文化社の閉鎖
を告知させていただきます。

雑誌『SOGI』の創刊は1991(平成3)年1月。
以来四半世紀、年6回刊行してまいりました。

2016(平成28)年8月刊行の通巻154・155合併号(特集「葬送の原点と歴史」)
が最終号となりました。

死と葬送をテーマに、多くの方々のご協力により、刊行を続けてまいりました。
儲け話とは無縁の地味な雑誌が四半世紀継続できたことに深く感謝します。
また、継続を期待された方々にご迷惑をかける結果となりましたことに謹んでお詫び申し上げます。
いちばん支えてくださった方々に最もご迷惑をかける結果に忸怩たるものがあります。

追って敗因の分析は当ブログでもしてまいるつもりです。

零細出版社としては巨額な5千万円超の債務超過に耐えられなくなりました。
12年前に編集の自立性確保のために実質債務4千万円を抱え込むという無茶を行い、読者の方々の支持に頼り、さまざまな経費削減策を取りながら、刊行を継続してまいりました。
しかし、小生の精神力、知力、体力の減退もあり、維持の限界となり、破綻しました。

営業、広告宣伝力をないがしろにした、編集中心主義がここにきて破綻したと言えます。
雑誌の情報のクオリティと広告料の確保、購読者の増加はまったく比例しないという冷酷な現実の前に敗退しました。
拙い経営が招いたことであり、私にすべての責任があります。お詫び申し上げます。

私が執筆し、当社が編集を行ってまいりました
『葬儀概論』『解題 葬儀概論』『葬祭ディレクター技能審査模擬問題集』
は、従前どおり葬祭ディレクター技能審査協会にてお求めできます。

多くの方々にご迷惑をおかけしますことを改めてお詫び申し上げます。

25~26年間の歴史は小生が44歳から70歳8ヵ月の現在までにあたります。
この間、必死で模索し、思索し、雑誌のみならず多くの媒体で発言させていただいたことに対しては悔いはありません。
四半世紀これを可能とさせてくださった方々には心から感謝しております。
とりわけ雑誌の購読ということで支え続けてくださった方々に深く感謝します。

事業をやめる、閉鎖するということは、財務資料の細部までの整理、膨大な本、資料の整理、移管、廃棄等々約1カ月はまったく他の作業ができないまで忙殺され、肉体労働を強いられました。
しかし自ら招いたことであり、最後まで完遂すべく撤退戦を戦ってきました。
深い敗北感とともに、今ほとんどを終え(最終的に処理が完了するのは約半年後と思われます)、皆さまにご通知できるまでになりました。
微妙な問題であり、皆さまへの連絡をここまで、破綻するまでお知らせできなかったことをお詫びいたします。

雑誌というのは総合力であり、取材に協力してくださった方々、寄稿してくださった方々、広告を出稿してくださった方々、取材スタッフ、カメラマン、デザイナー、編集スタッフの献身的なご協力なしにはできないものです。
こうした多くの関係者に深く謝意を表します。

私個人としては残務整理、この間放置していた原稿執筆と当面は忙殺される見込みです。
一段落しましたら、もう一度この間を整理します。
まだ温泉等で保養する日は来ませんし、その費用もありません。

すっからかんに70歳8ヵ月にしてなりましたが、かつてのように無茶に大量の原稿を書くということは無理にしろ、一個人になって死と葬送のテーマについて少しずつ書く仕事をしていくつもりです。
私ができる仕事であれば何なりとお問い合わせください。
雑誌、事務所は閉鎖しましたが、表現者(創刊時は「表現社」という社名でした)としてはしばらく継続していければいいし、その責任はある、と思っています。

関係してきた仕事にご迷惑をかけることはいたしません。事務所が発行していた書籍その他は無理ですが、個人としてお引き受けした原稿、講演等はきちんと行います。

事務所を閉鎖しましたので事務所の電話、ファックスは使用できません。
郵送物は2017年の9月25日までの1年間は転送され、私に届きます。
これまで私が利用していた携帯、メール(非公開)は引き続き利用できます。

ご連絡はこのブログまで(公開前に私のところに届きますので、公開できない連絡にも利用できます)または下記のメールアドレスまでお願いいたします。

orange46@mbn.nifty.com

以上、長い報告をお詫びと感謝をもって行わせていただきます。

碑文谷 創

追記
先ほどまで記載したメールアドレスに誤りがありました。
一度お送りいただいた方は申し訳ございませんが、再度お送りください。

 

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