遺体

2017年3月 9日 (木)

身元不明者の慰霊祭・東日本大震災アーカイブ④

身元不明者の慰霊祭
一昨日の7日、仙台の葬儀社・清月記の西村恒吉さんからメールをもらった。


今日(注・201737日)石巻仏教会による東日本大震災身元不明遺体慰霊祭が行われました。今年からは火葬場近くに新設された納骨堂前でのご供養となりました。僧侶20数名と、市職員5名の参列でした。

 

私たちは震災の翌年から、いつものメンバーでこの慰霊祭の準備をお手伝いしており、年々、減少する数は少なくなっていたのですが、昨年は34名のご遺骨で、今年は33名だとの事です。

1年間で1人しか身元が判明しなかったことになります。

これ以降、ご遺骨の身元が判明する可能性は低いのかもしれません。

 

安置されたご遺骨の中には「東火」と書かれたものも多く、これは当時、一旦東京都の博善社様で火葬を受け入れて頂いた方々だったと思い返しました。東京へお柩を送り出す手伝いもしましたが、今日までずっと身元不明という扱いになってしまっていることに胸が痛みました。

http://www.jiji.com/jc/article?k=2017030700989&g=eqa



2011年当時の私が書いたものには次のようにある。
東日本大震災の津波被災者について最初仮埋葬が行われ、その後掘り起し火葬が行われた。その過酷な作業が現地の葬儀社が担ったということは記憶され続けていい。

 

当時の報道を見ると、
市の火葬場は通常1日9体の火葬を
20体まで拡大したが追いつかないので仮埋葬(土葬。当時は「土葬」と表現されていた)用の墓地を市内3カ所に整備すると報じられている。

3月
22日に第1回の仮埋葬を行ったのは東松島市。


仮埋葬は自衛隊が行った。
しかし、自衛隊を
他の任務に振り替えるというので3月末日までとし、民間委託の方針になった。


石巻市の仮埋葬を請け負ったのは清月記。

清月記は仙台が本社であるが、石巻市に2カ所の会館を保有して営業展開していた。
最初は宮葬協組に依頼があったが、石巻の組合員と相談したが困難と回答。
清月記が単独で請け負うことになった。
以下は西村恒吉(仙台市。清月記)の報告による。

清月記が仮埋葬に着手したのは4月4日。
以降4月
24日まで276体行った。


当初は1000体の予定だったが、4月から東京都で火葬を引き受け、東京への搬出作業が開始されており、火葬事情の好転から中止となった。
その後宮城県内の火葬事情も好転。

石巻市は清月記に仮埋葬した柩の掘り返しての火葬を要請。
清月記は5月7日から8月
17日まで掘り起こし火葬を行った。


掘り起こしは8月
15日に終了。
計672体。
8月
17日に最後の火葬が石巻斎場で遺族立ち会いのもと行われた。
合計665体であった。


石巻市から依頼を受けての仮埋葬とその後の掘り起こし火葬を担った西村によれば、掘り起こしの最初は,4月
15日。

遺族が親戚に頼んで重機を手配し、掘り起こすので、仙台まで搬送し、安置してほしいという依頼に立ち会ったことだ。

その必死な様子が、口や鼻からあふれ出る血液や体液を拭い、可能なかぎり清めてから改めて納棺する、という過酷な作業を、遺体の尊厳を守りながら行う仕事を促した。

 

今回の震災に直面し、最初は寒い雪降る中、最後は夏の暑い中を海中から破断され一部白骨化した状態で収容された遺体の納棺、安置、搬送、火葬という仕事を、多くの葬祭従事者たちが逃げず、礼をもって行ったことは、ここ石巻においてもまったく同様であった。

 

2017年3月 3日 (金)

妻を捜す 東日本大震災②―個から見た死と葬送(22)

妻を捜す

3月11日以降、私の胸のなかを風が吹きすさび、ときおり内部に奥が見えない空洞が広がり、心を揺さぶり続けている。

捜す。

東日本大震災発生直後は、毎日遺体安置所に通って、新しい遺体を確認して回るのが日課だった。
妻が見つかればと願い、でも妻ではなかったことにどこかで安堵していた。


4カ月経った今では、新しく収容される遺体は日に数体あるかないか。
多少類似している遺体を見せてもらうのだが、近づくのを拒むような圧迫するような臭いのバリアが立ち込めている。
鼻が殺がれ、目が窪み、遺体には生前の面影を偲べるものはない。

そこにも妻はいない。


妻をあの地獄から一刻も早く救い出して火葬してやりたい、と思うのだが、妻があのように腐乱した姿で現れるのも怖い。


私の心のうちでは、笑顔が弾け、どんな苦労も笑い飛ばす、めげない、健康そのものの妻の姿だけがある。


妻は、あの大津波に攫われ、太平洋の大海原に漂い、浄土に旅立った、と思いたい。
そして頼りない夫と子どもたちをいつも見守ってくれている、と思いたい。


遺体が発見されなければ、妻の死の事実を示すものがない。
申述書を書いて死亡届を出す、というのは手ずから妻を殺す行為にも思え、躊躇う。

今夜の食事当番は次男。
いつものように母の場所にも焼き魚を置いていた。

(
2011年7月 取材に基づく)

2017年1月11日 (水)

安易に「孤独死」「孤立死」と言うな!―「弔い」としての葬式(2)

安易に「孤独死」「孤立死」と言うな!
死者(遺体)の尊厳と「遺体のリアルな認識」

 


死者(遺体)の尊厳を守る―というのは、死者(遺体)を美しく保つことだけを意味しません。
腐敗した遺体であろうと尊厳をもって扱うということです。


※東日本大震災では葬祭業者がこの問題に直面した。
そして死者の尊厳を守るべく正面から相対し、自らの責務を尽くした。
このことはあまり報道されなかったが、きちんと記憶されるべきだと思う。


火葬と埋葬―東日本大震災の仮埋葬

http://www.sogi.co.jp/sub/zuiso/skar.htm
東日本大震災 遺体搬送、埋葬・火葬
http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2011/03/post-fe36.html
奥州平泉の「大文字」。現地に空元気を送るな!
 http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2011/08/post-a4a8.html
中秋の名月

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2011/09/post-112a.html

また、
その死者が生前どんな評価を世間、社会から受けていようと、その弔いにおいては差別することなく、人格としては等しく尊重して扱うことを意味します。


最近心配することは人間の身体は死ぬとどうなるか、ということへのリアルな認識の欠如です。


病院で死に、すぐに斎場(葬儀会館)に運ばれ、冷蔵庫に保管され、通夜・葬儀、そして火葬となると、意識していないと、遺体に対面せずに葬式を終えることすらあります。


冷蔵庫で保管されれば安全と思いがちですが、腐敗の進行が緩やかになるだけで、腐敗が止まるわけではありません。

人間も他の動物と同じく、死亡すれば腐敗を開始するのは自然なことです。
魚も2週間も冷蔵庫に入れっぱなしにすれば腐ります。

 

※腐敗の問題を解決するためにはエンバーミングしかない。
エンバーミングはIFSAでは「遺体衛生保全」と訳されているが、腐敗を防止するのみならず、公衆衛生的にも安全にする。
日本ではIFSA(一般社団法人日本遺体衛生保全協会)が自主基準のもとに実施している。
「遺体保全」と称してエンバーミングもどきも行われているので注意が必要だ。
エンバーミングの処置を施した場合、約2週間程度は安全に保全される。
海外移送等で2週間以上の保全を必要な場合にはそれなりに対処する。
事故遺体、長期闘病でやつれた遺体の修復も行うが、状態によって限度があるのはもちろんのこと。
費用は処置内容によっても異なるが、1体12~20万円程度。平均15万円。
IFSAの自主基準作成等に私は責任をもっている。

http://www.embalming.jp/embalming/


1995
年の阪神・淡路大震災で仮設住宅に入居した人が、周囲に気づかれることなく死に、その遺体が死後相当経過した後に発見される事例が出て「孤独死」として注目を浴びました。
最近では遺体発見が遅れたのは、死者が社会から孤立していた結果の死として「孤立死」と呼ばれることもあります。
東日本大震災でも仮設住居内で死後相当程度経過して遺体が発見された事例があるとの報道がされました。

単独世帯に住む人が血縁、地縁、社縁、あるいは友人関係という縁から孤立していたから発見が遅れた「無縁者の死」であるとも言われます。


だが、こうした単独死の事例を「無縁者の死」と決めつけ、死者を人間関係が希薄で孤独、あるいは周囲から孤立していたと一律に断ずるのはいかがなものでしょうか。


実際、遺体の発見が遅れた場合、腐敗が進行し、遺体は融解し、体液や血液が漏出し、腐敗臭がきつく、住居も相当にクリーニングしないと再度の利用が困難となります。

長期間でなく死後数日以内でも夏や入浴中の死であれば腐敗は進みます。


遺体は腐敗する、という至極当たり前の事実がセンセーショナルにとらえられてはいないでしょうか。


15
年の国民生活基礎調査では単独世帯は26.8
%を占めています。
現代社会は単独死のリスクを抱えているのです。
しかし死後の形状だけでもって、第三者が「無縁死」「孤独死」「孤立死」などの安易な論評をすることで、遺された家族の悲痛が増すことになってはいけないと思います。


※遺品整理業の方が「孤独死」「孤立死」という言葉を生み、また、その作業を「特殊清掃」と言う人がいる。
事情は確かにはわからないのだから「単独死」でいいではないか。
鵜飼秀徳『無葬社会』では「孤独死」と安易に用いていたので、週刊現代の書評で私は「単独死」と言い換えた。また同書では遺品整理業者が「特殊清掃」と言っているのを何の問題意識もなく、そのまま「特殊清掃」と書いているのは違和感があった。
「人の死」を論ずる以上、こうした問題については細心でなければならない。
こういう無神経な言葉が一般化して一人歩きしていることを憂う。

腐敗が長期におよんだ場合の作業は大変であることは確かだろう。だが「特殊」と名づけることが適切であろうか?
そう呼ぶ「態度」に疑問をもつ。


孤独死、孤立死の用語はこれでいいのか?

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2012/11/post.html

死者はものを言いません。
しかしその生死には常に固有の物語があります。
それを知ったがごとく、死者やその家族を論評することは、死者の尊厳への不当な介入ではないでしょうか。

2017年1月10日 (火)

葬式の原点は何か?―「弔い」としての葬式(1)

葬式の原点は何か

葬送の変化を決定づけたのは2008年のリーマンショックです。
しかし、変化は今から20年前の1995年から始まっています。

お葬式は確かに表面的にはとても変化しています。
現在進行形で変化しています。

葬祭仏教の成立期である戦国時代のお葬式、
昼間に行われるようになった明治時代のお葬式、
祭壇が照明で煌めいたバブル景気時のお葬式、
それぞれ様相には変化があります。
しかし、原点、基本には変化がないように思います。


変わっているのは死者を取り巻く環境です。
環境の変化に伴い、お葬式の形態も変化してきています。


原点、基本に関して言うならば、お葬式とは「人の死を受けとめる作業」全体を言います。


社会的に影響力の多い人の場合、関係する人は多数に及びますが、一般的に言うならば、
葬式とは、死者と関係の深い人、たとえば配偶者、親、子ども、きょうだいらの家族、親戚、友人、仕事等の仲間、その他関係を結んだ人が、その人の死に直面し、営む心理的、精神的、宗教的、事務的等の作業一切を言います。


※「葬式」を「通夜}(90年代以降「通夜式」なる語が現れた!)、「葬儀」という今では1時間内外で行われる儀礼部分を指して言われることがあるのは大いなる誤解である。こういう単純な見方では葬式全体を見ることができない。


その中でも欠かせないのは、


①死者(遺体)の尊厳を守る

②近親者の悲嘆への配慮


この2つに尽きると思います。


そのために死者を弔い、鄭重に遺体を葬る(火葬、土葬等で)作業をするのではないでしょうか。


家族の喪(も)の作業を考えることで重要なのは、
看取りを充分に行うことと、
死後の死者との別れに可能なかぎり時間を取ることです。


とはいっても看取りは家族が離散し、少数化している現在、できないこともあります。
死後もあちこちへの連絡やらで遺体と向き合う時間は案外取りにくいものです。

せめて
仏教で言えば枕経の時間、あるいは納棺、通夜、葬儀の前に、1時間でも、
他に干渉されないで向き合う時間を取ることは極めて重要です。
おそらくこの時間の過ごし方が最も重要なように思います。

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