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2018年11月12日 (月)

『現代用語の基礎知識2019』が出た

■自転車を買った

一昨日、自転車を買った。
変哲もない普通の自転車だ。

これまで家にあった、これも変哲もない自転車が壊れていた、ということも理由だ。
もう一つは、はるか昔、高校生時代以降乗っていなかった自転車に乗ろう、と思い立ったのが理由だ。

中学時代、国道の坂道を目を瞑って降りる、という危険な遊びをした、という古層に近い経験があるので、易しいものと思っていた。
50
年を超える長い空白時代を経て乗った自転車は、すぐ慣れはしたものの、老いた者にとってはいささか安定性を欠く乗り物だった。

そこで昨日、「練習」と、歩けば2025分先の井荻駅まで走ってみた。
往復わずかな時間、閉じこもることの多い身としては、さわやかな風を感じて走る楽しい時間であった。
自転車にも少し慣れた。
車では「揺れる」など感じることもないが、自転車は初動時に揺れる。
動き出せば「安定」する。

私は、いわば「初心者」なので、交差点、交差点ではいったん休止する(それが交通ルールに則った正しい乗り方なのだ)が、多くの自転車乗りは、ろくに見ないで、休まず走る。
車に乗っている時、自転車はこわい、と思っていたが、ほんとうに「怖い」走り方をする。

いなかの長い一本道と異なり、小路は特に交差点が多い。
自転車であると、漕いではすぐ交差点。
車と異なり、一方通行も無視だから、どこから車や自転車が来るやもしれない。
それなのに、平気で交差点をわたる。
あまり人の通らない小路では、「だいたい安心」という気があるのだろう。
自転車自体が安定性を欠くが、乗り手の意識が危険である。

 

■現代用語の基礎知識


さて先日、『現代用語の基礎知識2019』が送られてきた。
昨日の朝刊に出版広告が出たので報告しておく。
2019
私が「葬送」というページ(現在3ページ)を担当するようになったのは正確な記憶がない。
手元にある原稿データで最も古いのが2006年。
それが最初だとすると12年間書き続けてきたことになる。

もちろん、毎年少しずつ改訂するのだ。
サラから始めるわけではない。
編集部が新聞、雑誌の新語とおぼしき用語関連記事の切り抜きを送ってくれる。
それに私の調べを加え、掲載語を決める。

最初は見開き2ページだった。
読者のことを考え、フォントを大きくするにつれ、掲載語も解説文字数も少なくなった。

担当するにあたり、基本語はできるだけ外さないようにしている。
「新語」を追いかけては理解できないことが多いからだ。
最初に担当するにあたり、担当外のカタカナ語などの間違いも修正してもらったことを記憶している。


2007
年版の記載を抜粋しておく。

いのちがなくなること。古代の日本人は身体から霊魂が遊離してしまうことを死と理解した。現代の人間の死は医師が判定するとされている。医学的な死とは細胞にいたるまでの死ではなく、有機的全体としての個体として生命活動がやんだと判断されることを言う。現在は心臓死脳死2種類による判定がある。心臓死は、①呼吸の停止、②心拍停止、③瞳孔散大・対光反射消失、の3点の不可逆的停止を判断して死亡を判定。「不可逆的」とは元に戻ることがない、という意味で蘇生の可能性がないということ。脳死は、脳の機能が失われたことをもって判定される死。臓器移植カードなどで本人が脳死判定に同意し、家族も同意した場合に行われる。従来は脳死と心臓死の時間的差はあまり問題ではなかったが、医療技術の進歩により人工呼吸器(レシピレータ)が開発され、脳死に至っても心臓は動き血流が身体を回るという現象が生じた。脳死に至ると人工呼吸器をつけても通常で1週間程度、長くても1ヶ月程度で心臓死に至るとされる。2つの死の概念が出て、どれをもって個体の死とするべきか議論がある。

自宅死

自宅での死亡が減少し、病院での死亡が一般的となっている。その推移を見ると、1952年には自宅死は82.5%あったが、73年には50.2%となり、2004年には12.4%にまで減少した。自宅での家族による看取りが少なくなり、生活の場から死が切り離される傾向にある。今後は介護保険による在宅介護、在宅ホスピスの普及により自宅死も見直される可能性もある。

死後の処置

医師による死の判定直後に行われる遺体に対する清浄、傷口などの処置、衛生的処置、着替え、死化粧などを言う。「清拭」とも言われ、現在では病院死が多いことから、看護師など医療関係者の手で行われることが多い。近年では「エンゼルケア」とも言われることがある。在宅死の場合には訪問看護師あるいは葬祭従事者が行う。葬祭従事者が行うものは「納棺」と言われ、遺体に清拭を施し、死装束に着替えさせ、死化粧を施す。「湯灌」とは現代では遺体を浴槽に入れシャワー洗浄するものを言う。

エンバーミング

日本語で「遺体衛生保全」と訳される。遺体を消毒・防腐・化粧・修復する処置。胸部または大腿部の動脈を小切開し、防腐剤を注入し血液を静脈から排出する。腹部も小切開し、ガスや腸の内容物を排出し、防腐剤を注入する。目や頬、傷口を修復する。半永久的保存も可能。2時間程度の簡易処置でも処置後10日間程度は腐敗などの遺体変化が生じない。北米では遺体の9割に処置される。日本では1988年に導入され、現在25ヶ所で実施し、年間14千体。遺体の海外移送にはエンバーミングを義務づける国が多い。2004年から日本でも民間団体であるIFSA(日本遺体衛生保全協会)が技術者エンバーマーの養成、資格制度を開始した。医科大学解剖学教室における献体遺体の保存においてもこの手法は用いられている。

献体

医学部や歯学部の学生の教育のために行われる解剖実習に死後の遺体を供することを無償で行うこと。生前に自分の意思で家族の同意を得て大学に登録しておく。献体遺体に対する解剖を「正常解剖」と言う。解剖実習後は大学の責任で火葬され遺骨は家族に返還されるが、引き取り手のいない遺骨は大学の責任で合祀墓に納められる。

斎場

葬儀をする場所のこと。昔は臨時に設営されたが現在では常設の建物の斎場(葬儀会館)が現れている。2005年現在斎場(葬儀会館)で行われる葬儀は69.4%となっている。葬儀は一般的には自宅で行われることが多かったが、90年代以降に全国各地で葬祭事業者による斎場建設が進み、今や斎場葬が主流となった。2000年以降、病院からの遺体の自宅への搬送・安置が急激に減少した。火葬場のことを「斎場」とも言うが、これは火葬場に式場を併設した以降の戦後の用法。

祭壇

告別式用の装飾壇のこと、昭和の前期に大都市で現れ、60年代に全国で用いられるようになった。仏式で主として使用される上部が宮型、寺院建築風の装飾物は昔の葬列で用いた輿(柩を運ぶ道具)が変形したもの。現在では葬儀式の法要・礼拝のための装置という意味と死者を弔うための表現装置という意味があり、後者の比重が大きくなっている。現在では生花祭壇が隆盛となり、中には祭壇抜きの葬儀もある。葬儀が個性化する中で大きく変容している。

葬儀

葬送儀礼の略。死後の通夜・葬儀・火葬から喪と続く一連の死者を弔い、葬るための儀礼を言う。「葬式」とも言う。葬儀式(死者を送るために行われる主として宗教儀礼)と告別式(死者に別れを告げる社会儀礼)とが並行して行われる葬儀・告別式方式が主流であったが、近年は通夜への会葬者が多くなり、通夜・告別式方式が主流となってきている。東北地方等、葬儀式に先立って火葬を行う骨葬方式もある。

家族葬

家族中心に営まれる葬式のこと。日本のこれまでの葬式は地域共同体や勤務先等のコミュニティ中心で、対社会的に営まれてきた。これに対して近親者だけでの社会に閉じられて営まれる葬式を「密葬」と言った。95年以降、密葬に代わり「家族葬」という用語が登場、2000年以降に全国的に市民権を獲得してきた。家族葬にも幅があり、家族数人だけによるものから、家族・親戚による30人内外のもの、それに友人・知人を加えた5060人前後のものまである。死者本人をよく知る者を中心としたこぢんまりとした葬儀を呼ぶ。葬儀は92年のバブル景気崩壊後、個人化、小型化の傾向を示している。90年頃の会葬者数の平均は280人程度であったが05年には132人まで減少している。



■「この分野を読む」2012年版


011
年の東日本大震災が契機だったろうか、用語解説に加えて「この分野を読む」を毎年新規に書くことになった。
2012
年版(2011年秋刊行)は以下。

 

【この分野を読む】

●死者・行方不明が2万人を超える東日本大震災の特徴は、大津波により瞬時に死と生が分かたれたことである。人命救助活動は翌12日には終了。その後の遺体捜索・収容作業が難航。直後は1万人を超す行方不明者が出た。海上、崩壊建物下、原発事故現場付近さえ捜索が実施されたが、今なお多くの行方不明者が残る。1カ月後以降に発見された遺体は一部白骨化し腐敗が進み、身元確認は採取されたDNAや歯型によって行われている。自衛隊・消防・警察・宗教者・葬祭業者の徹底した死者への敬意、弔いは記憶されていい。また行方不明者に対する死亡届は特例として家族の申述書により提出可能となったが、家族の多くが自らの手による死亡判定に困惑している。

●被災地の火葬場は小規模が多いうえに停電等で機能停止。多くの遺体は遠隔地の火葬場に送られた。火葬が進まないために公衆衛生上保全が困難な遺体は2年を期限に仮埋葬された。だが、火葬が進むと仮埋葬は中止、埋葬された柩も掘り起こされ、再納棺の後に火葬されている。

●自死(自殺)者数年間3万人台が13年連続。各自治体や宗教者が自殺予防に積極的に取り組むが、自死を「いのちを大切にしない」とする見方も依然多い。多くはさまざまな事情で精神疾患を伴う「追い込まれた死」との認識は徹底していない。被災地では有意に自死が増加している。

●孤独死や引き取り手のいない遺体も依然として多い。家族のいない人は「孤族」とも言われる。終末期や葬送面からも家族、親族関係が弱まるにつれ、血縁に依存しない人間関係づくりが課題となっている。

●超高齢社会となり増大する高齢者の医療費を軽減しようと、家族意思による「尊厳ある死」を政府が推進するなど、人の死が経済効率の対象となっている。

 

2019年版「この分野を読む」

新しい『現代用語の基礎知識2019』の「葬送」編の「この分野を読む」は以下。

「人生90年時代」といわれる超高齢化、一般世帯の3分の1を占めるに至った1人世帯の増加、格差社会化等の社会、家族の大きな変化が人生の終末期およびそれに続く葬送の分野にも大きく影響を与えている。

 終末期医療においては、平穏死、自然な死願望が強くなっている。だが在宅医療、介護の需要が高まる一方、地域医療、介護体制の整備は遅れ、家族の介護負担の大きさから、個別事情に応じた病院、施設、在宅という看取りの選択の多様化、自由が主張されている。
 ターミナルケアについては、WHO (世界保健機構)が本人のケアに加えて家族のケアの必要性を説いているが、介護離職の深刻化もあり、家族の事情へのきめ細かい考慮や対策も社会的課題となっている。

 また、増加する単身者への社会的対応は充分ではない。単身者は入院保証人にも苦労し、看取る者がいなくひとり死する者は推定年間3万人、遺体の引き取り手がいないケースは推定年間6万件以上。

 自治体は、引き取り手のいないひとり死が増加し自治体負担費用が増加し財政を圧迫していることから、横須賀市が開始した生前に単身者が死後事務プランを策定、契約しておくエンディングプラン・サポート事業に多くの自治体が注目、追随している。

 葬儀の個人化、多様化は進み、葬儀の小規模化は都市部のみならず地方部でも明確に認められる。葬儀観が多様化、分裂したことに加えて、80歳以上の死者の割合が6割を超えた。死亡年齢が高くなるほど会葬者が少なくなる傾向が明確に認められる。

 他方、2011 年の東日本大震災以降、14年広島土砂災害、16年熊本地震、18年西日本豪雨災害、北海道地震と各地で大小の自然災害が発生、多数の死者、行方不明者を生んだ。人命救助対策が主だった災害対策に遺体対応の重要性がようやく認識されるようになった。

『現代用語の基礎知識2019』本体では「人生100年時代」としているが、私はデータからいってまだ早く、女性の寿命中位数が90歳台に入った段階なので「人生90年時代」としている。
署名原稿であるから、私自身の眼も大切にしている。
ちなみに「終活」は以下。

 

▼終活

高齢化(寿命中位数84.08年、女性90.63)、少子化、家族分散を背景に、自身の終末期(医療、介護)、死後(葬儀、墓、相続等)について、エンディングノートや遺言等で準備すること。2009年に週刊朝日が造語。葬祭業者、司法書士、弁護士等との事前相談、生前契約もある。団塊世代が65歳以上となり4割程度が「関心あり」との調査結果があるが、実際に着手しているのは1割未満。むしろ世話する人間がいないまま要介護、終末期、死に至る《高齢難民》が増加し、社会がどう支えるかが大きな課題になっている。

2018年10月11日 (木)

「ハカジマイ」はほんとうに流行っているのか?

NHKでは憑き物がついたように「ハカジマイ」を話題にしている。
???

本日アップするのは20172月に書いたもので、『ソナエ』に掲載されたのは同年3~4月頃だろう。
再掲にあたり一部を補っている。(以下、本文)


墓石業者に聞くと「新築される墓があまりない。最近は【ハカジマイ】が多い」という。
ハカジマイ=墓をしまう(終う、了う)、つまりは「墓を片づける」ことの意。

ハカジマイとは、従来あった墓や納骨堂を整理し、遺骨をまとめて承継(跡継ぎ)を必要としない永代供養墓(合葬墓)に移すこと。

中には行き先が海への散骨のケースもあるらしい。
ハカジマイを散骨で、というのは限りなく「遺骨遺棄」に近い。

ハカジマイをすれば承継者がいない場合に墓が「無縁」となることから免れる。
己の遺骨の行方も決めておく必要があるが。

子がいても墓の世話で迷惑をかけたくないのでハカジマイを選択するケースがある。

かつては「先祖を供養する大切なお墓」で、墓参りを欠かさないのが日本人の美徳といわれた。
だが、今や邪魔者扱い。
これを聞いて「あー世も末だ」と嘆く人もいる。


ハカジマイは法律的には「改葬」にあたる。
90
年代から「改葬」が話題になった。
だが、多くは「お墓の引越し」という意味でであった。


戦後の高度経済成長期に日本では地方から都市へという人口大移動が行われた。
当時は「若者」だった世代も高齢者になった。
遠距離のお墓参りは高齢者には負担、ということで、地方のお墓を整理して今住む都市にお墓を求めて引越しするのが「お墓の引越し」。


お墓の引越しには約310万円かかる、と言われた。
元のお墓を撤去し更地にする費用が30万円程度、寺で閉眼供養してもらう費用が30万円程度、新しく都会に新設する墓の費用が250万円程度、しめて約310万円也。


ハカジマイであれば、元の墓の撤去費用30万円程度、閉眼供養30万円程度は変わらないが、新たに求める合葬墓は20万円くらいから、しめて約80万円也。

安いか高いかと言ったら、安くはないし、手間もかかる。
※言っておくが「閉眼供養をしなければ改葬許可申請に必要な埋蔵証明を出さない」と言う権利は寺にはそもそもない。あくまで任意。


「ハカジマイ」「お墓の引越し」が騒がれるのだから、さぞかし「改葬」が増えているのだろう、とデータを調べてみる。
多少は増えてはいるが今のところはビックリするほどではない。
今流行りの「終活セミナー」では「改葬」(ハカジマイ、お墓の引越し)が欠かせないテーマだが踊っているのは業者だけ?

ハカジマイを考えるのは墓の承継を大切な問題と考えていることを示すようなもので、ハカジマイを即危険視する必要はないように思う。


小谷みどりさん(第一生命経済研究所主席研究員)の調査によると、過半数が将来にわたりお墓が継承されることに懸念を示している。
そのデータが示すように、改葬は多くないが、新しく墓を求める人の約3分の1は既に承継者を必要としない新しい形の永代供養墓(合葬墓)、樹木葬、散骨(自然葬)を選択している。
新しく墓石を求める人が激減していることは事実だろう。


そもそも日本人の墓は「先祖の供養」のためなのか?
3代続いているのは古いほう。
祖父母あたりがいいところだ。
むしろ「死者となった家族の供養」あたりが実態に近かったのではないだろうか?
家族の墓参りであれば人間として自然な行為。


「家墓」の歴史が本格化したのは明治末期以降。
火葬が前提なので、火葬率が6割を超えたのが戦後の1960年。
今こそ火葬率は統計上は100%であるが、「家墓」が一般になったのは戦後と言ってもよい。
墓は、日本人は古くから先祖崇拝を伝統としてきた、という神話の象徴として、憶測で語られ過ぎたのではないか?


現在では3世帯同居が少なくなり、核家族、夫婦世帯、単独世帯が中心となった。
墓は家族の姿を似せているのではないか。

 2014年、朝日新聞が報じて話題になったのが熊本県人吉市で行った市内の全墓地995カ所の現況調査結果。
なんと「全1万強の墓の約4割超の6474基が無縁墓」だった。

 

「無縁墓」とあるが、身元調査までやったわけではないだろう。
管理料を納めていない、墓参の様子が見られない、連絡しても返事がない、と言うことなのだろう。
すべてが承継者がいないことを意味しないだろう。

人吉市だけの話ではないだろう。
地方には改葬もされず放置されたままの墓が多い。

2018年8月16日 (木)

「聖職者」の虐待に思う「聖」への幻想

日本では僧侶の堕落について言及するとき、妻帯制度をもち出す人が依然として多い。
僧侶に「聖職者」たるべきことを求め、出家によって異性と交わらない道を歩むことを過度に期待した幻想による所産でしかない。


日本では1985(明治5)年に僧侶の異性との接触、異性間交渉を長く禁止していた僧尼令が廃止され、以降は僧侶の肉食妻帯は自由とされた。

 

もとより僧尼令はあれど、破戒僧はいつの時代にも存在したし、実態として守られてきたわけではなく、一休、親鸞の時はあまり問題とされていない。

 

宗教に係わる者が今でも「聖職者」と言われることがあるが、私はある意味、これは「宗教者差別」であると思う。
人権に属する人間の基本的欲求を制限することを課し、それで「聖」であることを教団のみならず社会が強制している。


こんな「差別」がいつまでも続くわけはない。
これが今続々と明らかにされているローマカトリックの神父の性犯罪である。

ローマカトリックの神父は公的には妻帯を禁止されている。
だが、こうした無理が通用するわけがなく、その無理が多くの性犯罪を生んだ。
今明らかにされているのは現在のものだけではない。
すでに死亡した神父の過去の性犯罪もどんどん明らかにされている。

 

昨日(2018815日)に朝日新聞が報じたものは
カトリック神父300人が性的虐待 被害者は数千人か

https://digital.asahi.com/articles/ASL8H23KWL8HUHBI002.html?iref=pc_ss_date

そこに報じられている内容は凄まじい。


米ペンシルベニア州最高裁判所は14日、同州のカトリック教会で起きた神父による少年少女への性的虐待についての大陪審の調査報告書を公表した。報告書には虐待を行っていた神父300人以上の実名リストも盛り込まれた。教会側の隠蔽(いんぺい)工作についても指摘している。

大陪審は同州内の8教区を対象に2年かけて50万ページの教会内部文書を調べたほか、関係者への聞き取りなどを行った。過去70年以上にわたって神父400人以上の関与が浮上、うち虐待の証拠がそろった故人も含む300人以上について公表した。」
文書から明らかになった被害者は1千人ほどだが、大陪審は実際には数千人に上ると見ている。被害者の多くは少年だが、中には少女も含まれていたという。思春期前の年齢の被害者が多かった。また、教会は虐待の告発を受けても警察に通報せずにいい加減な内部調査で済ませたり、加害者を別の任地に配属したりし、問題が大きくなるのを防いでいた。」

これは「犯罪」である。
ローマカトリック教会の問題であるが、それだけではない。
人々が宗教者に無責任に「聖」の幻想を抱き、それが制度となり、それが現実と著しく異なるものであるから「犯罪の温床」となり、多くの犯罪を今もなお生んでいる。

ローマカトリック教会の犯罪報道を以下に示すが、これはカトリック教会のみを批判するためではない。
「聖職者」ではないが、プロテスタント教会にも「牧師の性犯罪」はあるし、仏教の「僧侶の性犯罪」もいまだにある。
宗教界のみならず社会に性犯罪は蔓延している。
宗教者(教職もそうだ)の性犯罪が多いのは、「聖職者」であることを期待される幻想の所産、という面があることを忘れてはならない。

キリスト教団体で性的虐待、被害4千人超 豪政府が調査

https://digital.asahi.com/articles/ASKDH4W7CKDHUHBI025.html?iref=pc_ss_date

ローマ法王「苦悩と恥辱」 聖職者の性的虐待に謝罪

https://digital.asahi.com/articles/ASL1K2FC4L1KUHBI00C.html?iref=pc_ss_date

(地球24時)聖職者の性的虐待問題、チリの司教ら34人辞意

https://digital.asahi.com/articles/DA3S13500699.html?iref=pc_ss_date

スポットライト世紀のスクープ カトリック教会の大罪 著者:ボストン・グローブ紙《スポットライト》チーム 出版社:竹書房https://book.asahi.com/article/11594245?iref=pc_ss_date
日本カトリック司教団、「性虐待被害者のための祈りと償いの日」を制定
https://www.christiantoday.co.jp/articles/22845/20161220/japan-catholic-bishops-sexual-abuse-victims-day.htm

2018年8月 2日 (木)

シンポ「NPO法人が切り開いた葬送の多様化とその将来」

エンディング産業展2018822日~24日に東京ビッグサイトで行われる。

私はこうしたイベントとはほとんど無縁で、エンディング産業展の第1回のパンフレットに葬送業界の概況について書いたことがあるくらいである。

 

私は、八木澤壮一先生等との関係で旧葬文研(葬送文化学会)のメンバーで、現・日本葬送文化学会の名前だけ(会費を納めるだけ)の会員であるが、現会長の福田充さんから話があって、2413時~14時半に行われるシンポジウムのコーディネータを務めることになった。

 

テーマは
NPO法人が切り開いた葬送の多様化とその将来

参加者は
松島如戒さん(NPO法人りすシステム、もやいの碑の創設者として知られる)


井上治代さん(認定NPOエンディングセンター理事長、桜葬を始めたことで知られる。社会学者、東洋大学元教授)




西田真知子さん(NPO葬送の自由をすすめる会副会長。自然葬として散骨を実施したことで知られる。安田会長の後、一時島田裕巳さんが会長をしたが、現在は安田会長時代のメンバー中心に戻っている)

 

 

永代供養墓は1985年に比叡山久遠墓が最初であるが、社会的に注目を浴びたのが1989年創設の新潟妙光寺の安穏廟が最初。

墓は家墓中心で承継を前提とし、承継者がいない墓は「無縁墳墓」となり存続が保証されていなかった。

そこで安穏廟は承継者を前提とせず、寺が続く限り、永代に供養すると共に、血縁に限らず友人でも(今課題となっているLGBTでも当時すでにOKだった)一緒に入れる墓、すべての人に開かれている墓を提唱した。

これを取材で知った当時ノンフィクション作家であった井上治代さんが共鳴し、紹介。
妙光寺住職(当時)小川英爾さんと一緒に1990年に第1回フェスティバル安穏を開催。
テーマは「21世紀の葬送と結縁を考える」
パネルディスカッションのメンバーは弁護士、地元大学教授のほかに今年亡くなった墓地問題の碩学である藤井正雄先生(大正大学教授=当時)、女の碑の会代表の谷嘉代子先生(関西大学教授=当時)が参加した。

ここに顔を出していたのが松島如戒さんであり、「自然葬」を提唱した安田睦彦さんであった。

 

谷さんの「女の碑」は、1979年、京都・常寂光寺に建てられ、市川房江さん揮毫の「女ひとり生き、ここに、平和を希う」という名言で知られる。
「志縁廟」と名づけられた。
戦時中適齢期で多くの若者が戦場で死に、生涯独身で生きた女性たちが、血縁を超えて一緒に死後埋蔵された(現在は会員を募集停止)。

松島さんは19891990)年に磯村英一さんを会長に「地縁血縁国籍宗教不問の会員制合葬墓」である「もやいの碑」を建立
1993
年には葬儀等生前契約受諾NPO「りすシステム」を組織し、「生前契約」を日本で初めて作った。

 

「葬送の自由をすすめる会」は、安田睦彦さんが19909月に「葬送の自由」を提唱。91年に会を発足。199110月に相模灘で第1回の「自然葬」を実施。
墓地以外での葬送に道を拓いた。

 

井上治代さんは女性問題から家墓制度に疑問を感じ、取材を続け19906月『現代お墓事情―ゆれる家族の中で』を発表し、墓問題を提起。同年7月「21世紀の結縁と墓を考える会」(後に「21世紀の結縁と葬送を考える会」、En21)を組織。妙光寺、りすシステム、日本初樹木葬(岩手県)に関与して、2000年エンディングセンターに発展。2005年桜葬墓地完成。

 

葬送に関する市民運動は1990年前後に開始され、葬送の世界を一変させた、と言っても過言ではない。

 

1999年には岩手県一関で日本初の樹木葬墓地が開設された。

 

1989年~1999年、1990年代を「お墓の革命」と私は称している。

 

これに関与した松島、井上、西村さんの想いを聴く、ということは今後の葬送のあり方を考える上で極めて重要であると思う。

 

30年前の事情を知っている、ということで今回のコーディネータをすることになったが、私はこの問題に報道という面以上に関与してきた。
最初の「永代供養墓セミナー」を小川さん、松島さん、藤井先生、井上さん等と開催したり、「フェスティバル安穏」の企画に参与、りすシステムやエンディングセンターの初期の活動に参与、一関の樹木葬の最初の約款は私が作成した。安田さんからは原稿を求められたこともある(事情があって原稿は撤回したが)。

松島、安田、井上さんとは協働もしたし、喧嘩もした間柄である。

私としても第三者としてではなく、当事者として係わった時期であり、90年代は思い出深い時期である。

 

90分という限定された時間であるが、有意義な時間となるよう努めたい、と思っている。

2018年6月23日 (土)

沖縄 「慰霊の日」

戦後73年の「慰霊の日」を迎えた23日、県内各地で20万人を超える沖縄戦の犠牲者を追悼する催しが営まれ、不戦と恒久平和を誓う祈りに包まれた。

 沖縄戦最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園内にある「平和の礎」や、同市米須の「魂魄(こんぱく)の塔」には、朝早くから多くの戦争体験者や遺族、関係者らが訪れた。亡き家族や友人の思い出、凄惨な戦場の記憶を呼び覚まし目を潤ませながら鎮魂の祈りをささげる高齢者が子や孫らとともに線香や花を手向けた。悲惨な体験を後世に語り継ごうとする家族連れの様子もみられた。

 同公園では、午前11時50分から沖縄全戦没者追悼式(主催・県、県議会)が執り行われ、正午の時報に合わせて黙とうした。翁長雄志知事は平和宣言で、平和を希求する沖縄の心を発信。(沖縄タイムズ 2018623日)
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/271920

 

194541日の米軍上陸から623日の牛島司令官の自決に至る3か月間、沖縄戦では激しい壮絶、凄絶な地上戦が米軍との間に展開され、軍人以外にも多くの住民が犠牲となった。20万人以上が死亡したと記録されている。

戦後、沖縄は1972年まで米国統治下に置かれ、今なお米軍の専用施設の70.3%が沖縄に集中している。

琉球侵攻、沖縄戦、沖縄米軍基地…日本にいる者としては、犠牲、差別を沖縄に強いたし、今も強いていることを常に心しておくべきことであると思う。

2018年5月20日 (日)

散骨の島 カズラ島

Img_3893


「散骨の島」として知られるカズラ島について、本日(2018520日)の朝日新聞に作家である重松清さんと訪問した
(視界良考)重松清さんと @自然葬の島

https://digital.asahi.com/articles/DA3S13502356.html?iref=pc_ss_date

が載っている。

 

カズラ島のことはもっと知られていい。
島根県隠岐の海士町にある無人島カズラ島。
ホームページ
http://www.kazurajima.jp/

 

私はカズラ島については2010年に取材して雑誌『SOGI』に書いている。
当時のものであるが当時の掲載写真とともに再掲しておく。
散骨(自然葬)についての議論も簡単であるが整理している。

 

レポート

現代の霊島 散骨の島

隠岐の無人島カズラ島訪問記

 

■カズラ島

隠岐諸島は、日本海にあり島根半島の北方約50キロにある。

島根県に属している。

昔は隠岐国という自立的な地域であった。

 

隠岐は島前と島後に分かれる。

島前は主に知夫里島知夫村)、中ノ島海士町)、西ノ島西ノ島町)から成り、島後は島後島隠岐の島町)。

小島を入れると180島くらいから成るという。

 

今回の主役は島前にあるカズラ島。

海士町の諏訪湾入り口にある無人島である。

ここ一帯は大山隠岐国立公園の「第一種特別地域」。

将来も無人島であることが約束されている。

内海にあるため海面は穏やか。

 

対岸の慰霊所からカズラ島を望む
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隠岐は遠流の地として有名。

13世紀には後鳥羽上皇が流され、この地で最期を遂げている。

また、隠岐は日本と中国、朝鮮半島の交易の地としても歴史に刻まれる。

 

■散骨(自然葬)を巡る論議

散骨が市民団体葬送の自由をすすめる会の手で「自然葬」と名づけられて相模湾で行われたのが1991年のことである。

その後、散骨(自然葬)は徐々に市民権を獲得し、今では「葬送を目的として相当の節度をもって行われるならば違法ではない」という法解釈が定着している。

 

各種の調査を見ると、「散骨をしたい」とする意見は15%程度であるが、「本人の希望であれば」等の意見を含めると約7割の人が理解を示している。

「理解している」「反対していない」が約7割というのが国民感情を表しており、刑法190条遺骨遺棄罪に該当していないとする数字的根拠である。

 

といっても無原則で認められているのではなく、「相当の節度」が求められている。

 

ここでいう「相当の節度」とは、①遺骨を細かく、原型がわからないまでに粉砕し、②生活用水として住民が使用している河川、養殖場や海水浴場など風評被害が起こる可能性のある土地を避けて行う、ということである。

「散骨が違法ではない」というのは、こうした基本的条件をかなえた場合に限るので、そもそも無条件ではない。

 

だが「相当の節度」を弁えない散骨もあり問題を発生させた。

 

北海道の長沼町では住居に近い公園の木々の根元に原型が残る遺骨を撒き、地域住民の反発を受け散骨禁止条例ができた。

この風評被害を恐れ、秩父市、御殿場市、岩見沢市等のいくつかの市区町村で散骨の禁止、制限の条例化が行われている。

 

長沼町の例で見れば、最初に墓地として申請した業者が、許可を得られなかったので、その地を公園とし、「散骨であれば墓地である必要はない」と勝手に理解し、公園内の木々の根元に遺骨を細かく粉砕することもなく撒いた。

これを「散骨樹木葬」と称した。

これを周囲の住民が発見して騒いだのが条令制定につながった。

 

長沼町のケースであれば、節度を全く弁えずに行った業者の行為が批判されるべきで、つまり散骨の方法が問題とされるべきで、散骨そのものの是非として論じられるべきではなかった。

 

長沼町のケースが教えてくれたのは葬送が住民の素朴な感情と折り合いを丁寧につけることの必要性であった。

だから散骨禁止条例を作り上げた住民が批判されるのではなく、そこまで住民を怒らせた、配慮なく遺骨を放置して「散骨樹木葬」なるものを行った業者が批判されるべきなのだ。

 

■島全体が霊場

隠岐のカズラ島は「日本初の専用散骨所」というネーミング、あるいは「自然散骨所」というネーミングが注目されるのではない。

海士町の住民との息の長い話し合いがあり、隠岐の国立公園という環境を維持しながら、隠岐の人あるいは隠岐出身者の永眠の地を確保しようという合意に向けた努力がなされたということである。

 

カズラ島に接近
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無人島カズラの自然は最大限確保し、むしろその未来を考え、散骨の時だけの上陸、その通路を恒久的なコンクリートではなく、木材によるものとしている。

 

カズラ島の仮設接岸
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島の自然を守るため島への上陸を制限している。

また、追悼はちょうど真向かいの対岸の慰霊所で行う。

 

慰霊所に実際に行ってみて驚くのは、慰霊所からカズラ島が正面にくっきりと姿を現すことである。

地図で見るよりも近いのだ。

誤解を避けずに言うならば、慰霊所から見えるカズラ島全体が「ハカ」に見えるのだ。

散骨は「ハカ」の体内に分け入り、その体内に同化できるように撒き、そして出て、「ハカ」全体を拝む如きなのだ。無人島カズラ全体が自然の造った霊廟の如くあるのだ。

 

島内には地蔵も
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そして隠岐の人が隠岐から出て行った人の遺骨を迎える場所として、跡継ぎがいない人のためにも、また、全国の人も受け入れる場所として設けた霊廟なのだ。

 

島の頂上散骨場所

白く見えるのが先日家族揃って撒いた散骨痕
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カズラの位置は孤島ではない。

隠岐の島々に抱かれているようにしてある。

隠岐をもっと大きな生命体としてとらえるならば、隠岐があらゆる死者を受け入れているが如く感じるのだ。

地元の人々と丁寧に協働して散骨の島カズラは作られて行っている。

 

島から慰霊所を望む
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海士町にある共葬墓地

古い墓石と新しい墓石が混合してある
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問い合わせ先

㈱カズラ

島根県隠岐郡海士町福井847-1

電話085140642

東京支店

東京都板橋区船渡4-16-11

電話0359704149

http://www.kazurajima.jp/sankotsu/index.html

 

 

㈱カズラの当時のスタッフ。取材には設計家の杉山昌司さんも同行したImg_3871_3

2018年4月 1日 (日)

『葬儀概論』四訂第2刷、『解題 葬儀概論』改訂版ができました

『葬儀概論』4訂2刷 2018年3月30日発行

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『葬儀概論』の初版は1996年4月、改訂版が2003年5月、大幅に増ページした増補三訂版が2011年4月、四訂版が2017年4月に出した。

大きな改訂は4回であるが、毎年最新データに入れ替えたり、小さな修正、追加を行っている。

今回四訂版の第2刷を出すにあたっても微修正を行っている。大きいのは第10章関連法規とその解説で死体取扱規則を死因・身元調査法に差し替えた点である。

結果としては微修正であるが、見直しを全ページにわたって行っている。基本は該当ページを変更しない条件で行っている。ページ数の変更をよぎなくされるものは、表現を多少いじり、次の改訂版に持ち越す。
辞書を編むような地道な作業である。
膨大な索引もやり直す。用語数が増えているがページ数は変更しないので、デザイナーには苦労を掛けた。

『葬儀概論』には何が書かれているか?

『葬儀概論』は、葬祭ディレクター技能審査のテキストとして作成したが、葬送について学ぼうとする人々にとっては欠かせないもの、と自負している。
葬送の歴史を古代から現在までを記述しているのは本書しかない。
その内容をあるものは大きく、あるものは細かく以下示す。

第1章 葬儀の意味

第2章 葬儀の歴史

(資料)死と葬送の日本の歴史年表、葬儀の起源、日本の古代の葬送儀礼、古代の葬儀観、厚葬から薄葬へ、御霊信仰、天皇の葬儀と仏教、法華三昧と常行三昧、(略)、明治維新と神仏分離、近世・近代の火葬の歴史、明治時代の葬儀、戦前までの葬儀、戦後の葬儀、現在の葬儀事情

第3章 死とその環境

死の環境(臨終、死の場所、死亡者数の推移、増える65歳以上人口、高齢者の死の割合の増加)、死の判定と死因調査(死の判定、「脳死」の問題、死亡診断書と死体検案書、死因調査、監察医制度、行政解剖と司法解剖、死因、自死、葬祭業者は法的に死が確定しないと遺体を取り扱えない)、遺体と公衆衛生

第4章 葬儀の実際

臨終、受付、遺体の引き取り・安置、打ち合わせ、見積、枕飾り、枕経・遺体処置・納棺、設営、幕張、飾りつけ、通夜、葬儀、司会進行、接客・誘導、出棺、火葬、葬儀後の会食、撤収、請求・集金、アフターサービス、法要、事前相談

第5章 葬儀の知識

死亡記事・死亡広告、告別の方法(焼香、献花、玉串拝礼、宗派による焼香の違い、等)、香典、返礼品、霊柩車、棺、祭壇(祭壇の原型と変遷、祭壇の位置づけ、等)、葬具、戒名(法名・法号)、布施、仏壇・仏具、墓(墓石の形態、墓埋法に規定された「お墓」、埋葬(埋蔵)、改葬、墓地の分類、使用権、お墓の承継、埋骨方法、散骨、樹木葬・桜葬)、死後の手続き、相続、遺言、相続税、遺体の海外移送、海外の葬儀事情、葬儀と習俗、葬儀の生前準備、顧客獲得システム、グリーフワーク

第6章 社葬・団体葬

第7章 日本の宗教の概要

日本の宗教団体概要、神道(神道、神社神道、教派神道)、仏教(仏教の歴史、奈良仏教系、天台宗系、真言宗系、修験道系、鎌倉仏教、浄土宗系、浄土真宗系、融通念仏宗、時宗、日蓮宗系、臨済宗、曹洞宗、新教派系)、キリスト教(キリスト教の歴史、日本への伝来、現在日本のキリスト教)、諸教(諸教の概念、諸教の概要)

第8章 宗教儀礼

神葬祭、天台宗の葬儀、真言宗の葬儀、浄土宗の葬儀、浄土真宗の葬儀(浄土真宗の葬儀の意味、臨終と通夜、本願寺派の葬儀式、大谷派の葬儀式)、臨済宗の葬儀、曹洞宗の葬儀、日蓮宗の葬儀、カトリックの葬儀、プロテスタントの葬儀、天理教の葬儀、金光教の葬儀、友人葬

第9章 葬祭サービスと葬祭ディレクター

事例研究、事例からの教訓、葬祭サービスとは何か?、葬祭ディレクターの倫理

第10章 関連法規とその解説

墓地、埋葬等に関する法律、感染症法、船員法、医師法、戸籍法、軽犯罪法、刑法、刑事訴訟法、死体解剖保存法、献体法、警察官等が取り扱う死体の原因又は身元調査等に関する法律、行旅病人及び行旅死亡人取扱法、臓器移植法、貨物運送事業法、生活保護法、割賦販売法、都市計画法、建築基準法、民法、消費者契約法、景品表示法

多くの書物、情報、協力があったからこそまとめることができたことは言うまでもない。
各章末の参考文献は直接参照しなかった文献以外にも注目すべき文献を示しているので用途は広いだろう。


『解題 葬儀概論』改訂版 2018年3月30日発行

『解題 葬儀概論』は2014年に初版で以後は手を一切加えていなかった。
これは『葬儀概論』の増補三訂4刷をベースにしていたが、今回は四訂2刷をベースに改訂を行った。

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これは葬祭ディレクター技能審査の学科試験用のテキストで、過去問題を単に〇×で覚えるのではなく、文脈で学習できるようにと、問題解説を主として葬儀概論の該当箇所、場合により複数個所を提示して行っているもの。
今回は問題を一部差し換え、問題解説を充実させている。
学科試験対策としては極めてていねいにできているはずである。

これを作った経緯は、
試験問題には重要項目がある。
過去出題のも含まれることがある。
そのままの場合には正解率は著しく高いのだが、同じ内容を出題形式をほんの少し変更しただけで、正解率が著しく低下する現象を憂えてであった。

知識を文脈で理解しないと、本当の知識を身に着けたことにはならない、という危機感からであった。

『解題 葬儀概論』は私の手作りである。
ワードで文書を作成したものをpdfのプレス品質に変換し、印刷会社に直接渡す。
そのため素人感満載であるが、内容的には不足はない。
最後の修正まで自分で操作している。
自分で最後までする、というのは欠点もある。
打ちミスもあるからだ。
すべてプリントして校正はするのだが、どうしても客観視に欠ける点が残る。

『葬儀概論』は毎年の受験者が新たに購入してくれればいいのだが、そうはいかない。
旧版を先輩から譲られて受験する人もいる。
前回の大幅改訂が2011年の増補三訂版であるから、『解題 葬儀概論』(改訂版)の末尾に約4ページの「4訂版以降についての補遺」を加えた。

『葬儀概論』はB5判360ページ、『解題 葬儀概論』はA4判168ページに及ぶ。
したがって作業中は手元のインクジェットプリンターが凄まじく働く。
紙の消費は膨大である。
今年は画面上で赤字を入れられるSurface Proにパソコンを換えて紙消費を少なくしたが、それでも最後は紙での確認になる。

葬祭ディレクター技能審査は1996年の第1回から2016年第21回まで関係し、今は引退しているが、テキスト作成には著者としての責任をもっている。
次の世代に引き継ぐまで残された時間は多くない。
自分の頭がどこまで機能してくれるか、にかかっている。

★『葬儀概論』『解題 葬儀概論』の求め先

葬祭ディレクター技能審査協会
〒105-0023東京都港区西新橋1-18-12 COMS虎ノ門6F
電話 03-6206-1281 Fax 03-3500-4212
〒108-0075東京都港区港南2-4-12 港南YKビル4F
電話 03-5769-8704 Fax 03-5769-8702

なお『葬儀概論』は定価10,258円、『解題 葬儀概論』は定価3,000円となっている(送料別)。


2018年3月27日 (火)

いくつかの報告―経王寺「ハスのカホリ」、毎日新聞「合葬墓」

経王寺

少し前の話だが、互井鑑章さんが住職の日蓮宗経王寺(東京都新宿区)の寺報『ハスのカホリ』2018年春号47号が送られてきた。


経王寺のホームページ
http://www.kyoouji.gr.jp/index.html
経王寺のFacebook

https://www.facebook.com/kyoouji/

 

ハスのカホリ』2018年春号47こに互井さんと私の対談「葬儀とお寺の未来」が掲載されている。

 

ハスのカホリ』表紙

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目次

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互井住職×碑文谷創

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合葬墓

毎日新聞2018322日夕刊「どうすれば安心」で合葬墓(永代供養墓)が取り上げられた。
契機は築地本願寺が合同墓を造ったことにある。

 

築地本願寺の合同墓

https://tsukijihongwanji-lounge.jp/top/goudoubo.html

 

毎日の記事は小松やしほ記者が取材して記事にした。
これに私と小谷みどりさんがコメントしている。

記事は

https://mainichi.jp/articles/20180322/dde/012/040/004000c

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2018年2月 5日 (月)

個人化時代の葬儀②‐弔いのあり方

個人化時代の葬儀②―弔いのあり方

 

昨日(201824日)の朝日新聞「弔いのあり方」第1回「お葬式」について昨日1回目を書いた。
http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/02/post-2a9c.html


きょうは私が寄せた談話について書く。

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談話をまとめた高橋記者も苦労したことだろう。
何せ中世から現在までの葬送の転変を、私が寄り道しながらダラダラ話したものをまとめるのであるから。

しかも取材に来た翌日昼には原稿にしてメールで送ってくるという早業!
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時には修正して戻してほしい、という。
取材にきたのが131日、原稿が21日、掲載が4日。
しかも4日の朝刊を見たら高橋記者の取材記事がほかに2~3本あるではないか!
記者さんの大変さに頭が下がる。

私のように隔月刊の雑誌をつくっていたものには考えられないことだ。
最も私は取材から原稿まで1か月をかけ、原稿にしたらメールで先方に送り、翌日までには戻してほしい、と言い、その翌日にはデザイナーにメールで送る、ということはよくやっていたものだが…

さて、送られてきた高橋記者の原稿、苦労の後が見える。
高橋記者の示した骨格とねらいに沿って原稿を書き改める。
でも手を入れるとどうしても長くなる。
そこで削りに削る。
それでもまだ長い。
後の調整は高橋記者にお願いすることにした。

私が送った原稿は以下。

日本のお葬式は室町後期、戦国時代以降、少なくとも江戸時代から太平洋戦争後の混乱、復興期までは地域共同体中心で地域慣習に従い、檀家制度の影響を受けて、あたりまえのように仏式で行われてきたという特徴があります。
葬式は自宅あるいは寺で営まれてきました。

それが戦後の高度経済成長によって一変。
地方部から都市部への人口の大移動で大都市周辺に人口が集中。

そうした新都市部住民を中心に1960年ごろから、葬祭業者へ「外注」し、任せる動きが出てきます。
地域共同体の弱化、寺離れ、あらゆるサービスの外注化もあって葬祭業者任せの動きは80年代までに全国へと広がりました。

葬儀の会葬者数が増え、バブル期には平均会葬者数が300人、うち7割が死者本人を直接知らない人というケースが珍しくなくなり、遺族は弔いより会葬者に失礼がないよう気づかうという本末転倒も見られるようになりました。


90年代に入ると葬儀会館が各地にできて、自宅や寺で葬式が行われなくなります。
「病院で生まれ、病院で死亡し、葬儀会館で葬式をする」時代へとなりました。

90年代以降、地域住民も親戚も手を引いたし、寺も儀式執行のみで家族を喪い精神的に混迷した遺族をサポートしてくれない。
孤立した遺族は葬祭業者へ頼らざるをえなくなった。
特に阪神・淡路大震災以降、葬式は「個人化」に大きく舵を切ります。


この間、仏式葬儀もほぼ9割から最近は7~8割と減ってきています。
しかし、お寺と普段から関係があるのは都会では3割、地方でも5割程度です。
ですから僧侶を呼ぶにしても派遣僧侶でいい、となる。

今は小規模な、会葬者が数人から80人未満の「家族葬」が葬儀全体の3分の2を占めています。

最も簡素化志向が強いのは60台、70代以上の高齢者です。この世代は会葬者への気づかいで大変だった親の葬式の苦い経験を悔い、子に迷惑をかけたくないと考える人が多い。
ただし家族葬は明確な定義がなく、喪主である子どもが死者のきょうだいや死者の長年の友人の参列を拒んだりするといった混乱も起きています。

80歳以上の高齢者の死が6割を超えたといっても、死は年齢を選びません。
死は死にゆく者にとってはもちろんですが、家族にとって常に事件で、死別者の抱えるグリーフ(悲嘆)は依然として大きな問題です。

しかし、今は家族も大きく変容し、よく言えば多様化、バラバラ、ひとり死も増加。悲しみが共有できなくなってきています。
お葬式が「こうあらねばならない」という規範にがんじがらめの時代は終わりました。

もう一度人間関係の原点に立ちかえって生死の現実に向き合う時である葬式を、自分の、家族の、親しい者の問題としてそれぞれ考え、選択する時代になったと思います。

 

私は「孤独死」「孤立死」という遺品整理業者が造語し、マスコミが流行らせた言葉が嫌い。
他人の死をその人生を知らない者が、安易に「孤独死」「孤立死」と決めつけるのはよくない。
そこで私は価値観のもたない「単独死」を用いてきた。
ところが小谷みどりさんが新著で「ひとり死」という素敵な表現を造語されたので、早速剽窃させてもらうことにした。

葬送の変化は5年おきに顕著になる。
90
年頃 跡継ぎを必要としない永代供養墓が脚光を浴び、散骨(自然葬)が誕生。
95
年頃 「家族葬」が誕生し葬儀の小型化が始まる。
斎場戦争が勃発し、葬儀の自宅離れが加速。
2000
年頃 「直葬」が目につくようになり、病院死亡後にいったん自宅に戻り安置、という「宅下げ」が全国的に減少。
このころ宮型霊柩車がほぼ姿を消す。
2010
年頃 「終活」がブームに。

2010年頃 葬儀の小型化、簡素化が主流となる。

15年頃 葬儀の「個人化」が当たり前のようになる。

自分の書いたものへのコメントは以上である。
高橋記者には迷惑をかけた。




2018年2月 4日 (日)

個人化時代の葬儀①‐弔いのあり方

個人化時代の葬儀①―弔いのあり方

 

朝日新聞(201824日)に「弔いのあり方」(全4回)の1回目「お葬式」が掲載された。
1
ページだてである。

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https://digital.asahi.com/articles/ASL2200C7L21ULZU01C.html?iref=comtop_8_06

 

主旨は
団塊の世代が高齢化し、“多死社会”が本格化します。大切な家族が亡くなったら、どこに相談すればいいのか。葬儀の費用はいくらかかるのか。自分が眠る墓はどうするのか――。お葬式やお墓への不安が尽きません。いずれ誰にもやってくる弔いのあり方について、みなさんとともに考えます。

 

朝日新聞の実施したアンケートの回答を紹介し、「不透明なお布施不信感」「葬儀の平均費用140150万円」という2人の記者の取材記事が入り、「個人化の時代 規範にしばられずに」という800字の高橋美佐子記者による私の談話記事が掲載されている。

記事の中心は読者の声。
タイトルは
「もっと多様な形であっていい」

その中で、

●「一昨年父を亡くして実感したが、葬儀やその後の法要などは、故人のためだけでなく残された者が少しずつ死を受け入れてその後を生きていくために必要な行事でもあった。母から葬儀はいらないと言われているが、なにもしないことは考えられない」(大阪府・30代女性)

●「長男の嫁です。義両親の際病気だったため、葬儀までもちろん看病がありましたので、葬儀を終えるにはかなりな体力を要しました。自宅に連れて帰り、仮通夜のようなこともしましたのでご近所の方々もいらっしゃり、通夜、本葬では義兄弟の連れ合いの親戚や勤める会社の方々も多数来られました。どさくさに紛れて国会議員の弔電披露もあり(怒)、本葬後ほうほうの体で帰宅直後、義兄弟から『誰からいくら香典をもらったか?』と電話があった時には虚無感だけでした。ゆっくりと義親を悼むことが出来たのはかなり後です。(略)」(大阪府・50代女性)

が印象に残った。

人の死があってのお葬式である。
人の死と無関係かのようにして語られる葬式論はいい加減終わりにすべきだろう。

 

記者さんの記事については
「不透明なお布施不信感」

埼玉県の50代の女性の声の紹介

きっかけは5年前、84歳で亡くなった父の葬儀でした。母は認知症で施設に入っていて、寺との付き合いは父任せでした。一人っ子の松本さんは親戚もほとんどなく、相談相手もいないなかで、葬儀社から祭壇や棺のランク、料理の人数などを次々に尋ねられました。僧侶への対応にも追われ、父の死に向きあう余裕がなかったと言います。


そう、現実の葬式は忙しいのがネックである。

仕事を進めるためには、それも遺族の意向を確認しながら、事務的な確認作業が多いのはわかる。
しかし、まず大切なのは遺族の状況を、特に精神的な状況を把握するのが第一であるべきだろう。

遺体の保全という、すべきことは行い、1日は遺族が死者と向き合うことに専念できるようにし、2日目に葬式の日程その他を打ち合わせるというのもありではないか?


葬祭業者に聞くと、葬儀や火葬の日程、費用をまず決めたいという遺族が多い、という。

追われる気持ちになる遺族の気持ちもわからないではない。
これも家族に死者が出たことの混乱からくる。

僧侶も忙しいので、僧侶の日程を確保するのも大変、という。

そういう事情はわからないではないが、葬儀というのは儀礼だけにあるのではなく、死者と向き合うことが基本である。
1日は遺族に死者に想いを傾けることに専心させる、という選択があっていい。

お布施の問題は、同じ僧侶が父の時は「15万円から」と言い、友人の父の時は「35万円から」と言ったのが不信感を招いたと書いている。

僧侶の印象が布施の額だけであるのが淋しい。
僧侶はそれ以外に遺族の印象に残すべき係わりをしなかったのだろうか?

僧侶側に立って見るならば、片方に「15万円から」と言い、もう一方に「35万円から」と言ったのは、それぞれの家庭の経済状況を勘案してのことだろう。
一律「35万円から」と言わなかったのは、この僧侶なりの配慮の現れであろう。

葬儀の布施は僧侶の個人収入ではなく、宗教法人である寺の収入となる。
寺は多くの人に支えられ護持されている。
支える人は多様な現実を抱えており、一律の負担を求めた場合には経済的弱者には高負担になる。
負担するにしても、それぞれの経済状況に合わせてするのでなければ「寺を皆で支える」ことはできない。
だから寺の布施は定額ではないのだ。

私の知っている寺では葬儀の布施は
「檀徒の方は基本10万円以上ですが、無理な方は相談してください。経済的に許す方は、それぞれできるかぎりお願いします。また檀徒でない方は基本20万円以上でお願いします」
としている。

これは僧侶が決めたのではなく檀徒が相談して決めた。

檀徒でも10万円の負担が困難な人がいる。
しかし寺は檀徒の葬儀を拒否できない。
檀徒の葬儀をするのは寺の義務であるからだ。
檀徒のなかには分割での申し出もあり、寺はそれを受けている。
なかには寺が持ち出しのケースもある。

布施は持ち出しのあるマイナスから高いのは150万円まである。
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年間の1件あたりの平均は約25万円であった。
最も多いのは20万円から40万円。
こうした実態は知っておいていい。

その僧侶は言っている。
「金額は明示したくないのだが、不安になる遺族が多い。いろいろ噂が立っても困る。そこで基準額を総代会で決めて提示することにした」
布施が不明、透明性がない、と言われることについては寺も頭を悩ましているのだ。

寺の実状から言えば、葬儀や法事の収入が寺の財政に占める割合は依然として高い。
現在、布施の相場は下がっている。
寺はこのままでは維持できない、と危惧している寺は多い。

かつて大檀家と言われた人は寺を護持するために多額の布施をした。
しかし近年、富裕な檀家も多額を布施しない傾向にある。
これも寺を悩ませている。

布施に幅があることに対し、消費者視点で係わる遺族は不信感を寄せる。
二重価格ではないか?
人を見て値段を変えるのか?
と。
サービスの対価だと受け取られているのだ。

真面目に取り組んでいる寺がある一方、「金の亡者」と言われても仕方がない寺があることが問題を複雑にしている。

遺族の生活状況を考えることもしないで、50万円、70万円、100万円…と提示する寺もある。
大きな、有名寺院がブランド料的感覚で平気で高額の金額を提示する例がある。

また遺族でも、得意顔をして大寺院で葬儀をしたことを語り、「200万円とられた」と、何ら困っていないのに被害者顔で語る人間がいる。
「布施のブランド化」は腹立たしい。

記事に戻ろう。

不信感を抱いたこの人は母の葬式では寺から離れ、ネット業者に依頼する。

昨年12月、90歳の母が施設で亡くなりました。インターネットで調べ、定額の葬儀を提供する業者に頼みました。06年に設立され、全国で使える葬儀場は約3500式場に上ります。葬式の件数は年々増え続け、16年度までに10万件以上を手がけました。僧侶のほかに葬儀社も紹介しています。

 母の葬儀代は、僧侶へのお布施も含めて20万円。紹介された僧侶とは火葬場で初めて会い、火葬する前にお経をあげてもらい、3万円を渡して帰ってもらいました。火葬場では家族だけです。母に戒名はなく、四十九日法要もしません。


話がわかりづらいのは、ネット業者のことを間に挟んでいるからだ。

「直葬」(ちょくそう)を「火葬式」という業者が少なくない。
火葬前に簡単に読経してもらうので、儀礼はしましたよ、という言い訳である。

別に、どこでどのように宗教的儀礼が行われてもよい。
しかし、それが「死体処理」の言い訳になっていいわけはない。
「粗末にしたわけではないのですよ」と遺族は言いたいのだろう。

檀那寺があるなら、経済的に困窮しているのであれば、率直に申し出ればいい。
檀那寺は檀徒の葬儀を拒否することはできないのだから。
檀徒には寺を支える義務(それもできる範囲で)もあるが、弔われる権利もある。むしろこちらの方が大きい。

このような時代だから、宗教までもビジネス化するのは、賛成するわけではないが、時代の趨勢であろう。
しかし、派遣僧侶といえども僧侶である。
死者を弔うことには責任感がほしい。
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分の読経=3万円(手配業者の取り分があるから1.5万円~2万円が僧侶の取り分だろうが)という時給感覚で人の死に立ち会ってほしくはない。

ネット業者が良心的なわけはない。
葬儀の手配に加えて僧侶手配も加えれば売り上げが増え、手数料も多くなる、というビジネス的関心だけがある。

但し、残念ながら、檀那寺の僧侶と派遣僧侶、どちらのクオリティが高いか、ということは定まっていない。
檀那寺の僧侶にも不届き者がいるし、派遣僧侶にも良質な人がいるからである。

問題は、宗教者は葬儀に係わる以上は、きちんと死者、遺族、近親者に向き合うべきことだ。
今、家族も孤立しがち。
きちんと支える人が必要。
寺の僧侶がそうであってくれれば遺族は助かる。

もっとも、そうした支え手となっている宗教者は数は少ないが確実にいるし、そういったところでは「お布施が高い」とかは人々の話題にすらならない。

布施に不信をもたれる宗教者は自らの葬儀への係わりを再点検すべきなのだろう。

この読者は結局寺からは離れてしまった。


もう一つの記事は

「葬儀の平均費用140150万円」

何だかな、と思う。
世の中格差社会、葬儀の規模も費用も多様化している。
「平均」というのが意味をなさない時代だ。

また、どこからどこまでの費用を言っているのか明確ではない。
「全部」と言うのであれば、寺へのお布施も含む。
しかし、これは葬祭業者を通す筋合いのものではない。
経産省での統計によれば、葬祭業者の1件あたりの売上高の平均額はここ数年140150万円。

もっとも業者格差があり、1件当たりの売上高平均でも少ないところは80万円、多いところは170万円程度と大きく差がある。

かつては会葬者数に葬儀費用がある程度比例したが、少人数の葬儀が多くなり、会葬者数には比例しなくなった。
極端な話、会葬者20人規模で400万円かける人もいる。

自己負担額という観点で見るならば、会葬者数はいてくれたほういい。
香典を受け取ってもお返しは3分の1~2分の1
香典は5千円と1万円が多く、平均すると7~8千円になる。
今は即返しが多いから、返礼品は3千円~4千円程度が多い。

もっとも人数が少なくなったのには死亡者の高齢化も影響している。

 

今は最も一般的なのは3050人規模だろうが、現役の人が亡くなった場合には会葬者数は100人を超す例が多い。

葬祭サービスについてもクオリティが問われていい時代である。
安かろう、悪かろうが今でも通用しているのは考えものだ。
もっとも安全なのは近所の顔を見知っている葬祭業者に頼むことだ。

案外気をつけなければいけないのは安過ぎるもの。
いくら直葬とはいえ15万円以下は粗悪サービスの可能性が高い。
福祉葬ですら20万円程度。
尊厳をもって弔う、葬るには人材育成費も含めて適正な費用はかかる。
安ければいいならばサービスの質は期待しないことだ。

 

2人の記者さんの記事、いずれも金額の話。
世の中、不良サービスは淘汰されるべき。
葬儀を金額の問題としてではなく、そろそろいかに弔うべきかという観点で議論しませんか?
人間の死には無視できない問題がたくさんあるのです。






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