書籍・雑誌

2017年5月14日 (日)

共謀罪から「聖俗」二元論までつらつらと―雑感①

今朝(20170514)の朝日から気になった言葉を抜いてみた。(ディジタルから引用しているので、本紙とは一部異なる)





共謀罪


共謀罪に関するカメラマン宮嶋茂樹の発言


むしろ共謀罪は、市民が犯罪者を拒む理由になるんじゃないか。「あなたとは会うだけで共謀罪に問われそうだから」と。もちろんテロリストや暴力団などの組織的犯罪集団と関係があるような人は一般市民とは言えない。

 若い頃、大物右翼の赤尾敏氏(故人)を撮影した写真展を開いた。最初に会場に来たお客さんが「よう、宮嶋君。いい写真だね」と言う。公安刑事だった。身辺を洗われていると感じたが、別に悪いことはしていない。不肖・宮嶋、女の好みとか警察に知られたくない秘密はある。だけど、少しくらい監視されたって枕を高くして眠る方がいい。
(略)

日本人は、テロや他国からの攻撃に対する危機感が薄い。先月、北朝鮮ミサイル発射で一部の地下鉄が運転を見合わせた。「過剰反応だ」という声もあったが、止める判断は正しかったと思う。災害時の避難指示なら「空振り」でも文句が出ないのに、ミサイルやテロだとやり過ぎと言われる。国民に「どうせ起きるわけない」という思い込みがある。聞き手・岩崎生之助)

 

共謀罪は計画段階だと物証に乏しく自白重視の捜査になるのでは?というので、2003年鹿児島県議選をめぐる冤罪事件「志布志事件」で無罪となった元被告の証言。


共謀罪」の国会審議で政府は「一般人は対象外」「裁判所による令状審査が機能しており、恣意(しい)的な運用はできない」などと答弁している。ただ、一般人かどうか、嫌疑の有無などの判断をするのは捜査当局だ。中山さんは「一度決めれば、あらゆる手段を使って、描いた筋書き通りに『犯人』を仕立てる危険がある」と感じる。

志布志事件では、警察からは「自白」を迫られ、否認すると395日間勾留された。取調官は「否認を続ければ(経営する)会社はつぶれる」「認めなければ娘も息子も逮捕する」などと怒鳴った。ともに逮捕された妻が自供したので罪を認めるように、と迫られたこともある。心が折れそうになったが、否認を貫いた。後で妻は自供しておらず、取調官がうそをついていたことを知った。 「警察はシナリオを書いたらあの手この手で認めさせようとする。みな自分に関係ないと思っているのだろうが、自分に降りかかってきてからでは手遅れだ」(編集委員・大久保真紀)


私は共謀罪には反対だ。
そもそも容疑をかけられたら捜査をしないと「一般人」かどうかわからない。
「共謀罪は一般人が対象にならない」という論理は成立しない。
それこそ「安全な一般人」と「安全でないかもしれない危惧のある一般人=非一般人」とに分けられる可能性は高い、と元非一般人としては思う。


「元非一般人」は=「元犯罪者」ではない。もとよりそう見られてもいっこうにかまわないが。


60
70年代に感じたヒリヒリした時代感覚を思い出している。
公安があの当時の感覚で共謀罪を扱うなら、私は明らかに処罰対象になっていただろう。


「不肖・宮嶋」さんの危惧もわかる。
リスクに対する感覚の鈍さは感じている。
だが、だ。
人間=善人でないから共謀罪をもち出すのだろうが、捜査陣=善でもないから安心できないのだ。
どこかを「善」と信じられればいいのだが、人間社会はそんなに都合よくない。



土岐健治『死海写本』を読みながら、


「聖俗」二元論までつらつらと

 

ここ数日、土岐健治『死海写本』(講談社学術文庫)を電子書籍で読んだ。

紀元前
4世紀から紀元後2世紀に至る古代パレスチナの歴史が死海写本を中心に語られるのだが、そこに描かれる善と悪の軋轢・対立が歴史に翻弄される様は、「善」がいかに相対的なものであるかを教えてくれる。

 

仏教では真の意味での文献学が未成熟なため、初期仏教の世界が剖出されていないから、現代の仏教者は「平和仏教」と安穏として語る。

 

だが釈迦は紀元前500年頃であり、その死後100200年で激しい部派対立が生じた。

宗教といっても人間世界のこと。
「善」は絶対的なものでありえず、「信仰」も純粋足り得ない。
何がいいか、という価値観も相対的で、また歴史に翻弄される。

 

死海写本でエッセネ派に魅了される部分があるだろうが、彼らのいわば「出家」は、深い女性蔑視の上に成り立っていたことは無視できない事実。

今の日本仏教を「堕落」とする意見の一つに妻帯があり、それでは出家ではない、「聖性」が失われたと非難する意見も未だにある。
まさに「いまだに」である。時代遅れもいいとこだ。

江戸時代までは公式に僧侶妻帯が公認されていなかったが、実態は「聖」とは一部を除いてほど遠かったのも歴史的事実。

 

キリスト教のカトリックの「聖職者」は妻帯が認められていないが、では「高潔」かといえば必ずしもそうではない。
小児や女性へのハラスメント問題はたくさんあり、今深刻な問題になっている。

 

私は「出家しよう」という一途さを否定するものではないが、人間はそれをもって「聖」になるわけではないことを知るべきだろうと思う。

そもそも人間を「聖」と「俗」に分けるのに無理がある。

 

「俗」たる一般人にとって「聖」を尊敬したい気持ちはわかるが、それは幻想だし、「聖」とされる人間にも負担なのだ。

「聖じゃない」と宗教者を批判すれば、「俗」はすかっとするだろうが、そんなの解決ではない。
今は世俗化された社会だから世の中悪いのは坊さんのせい、なんて言えない。

凄まじい修行を積んで、独身を守る僧侶が宗教者として讃嘆され、名声を得るが、話すと人間的深みがまるでない、という例は昔から少なくない。

 

「聖俗」は両者の幻想と無理の上に成り立っているものだから、現実には信じがたい権威主義を生み出したりする。

 

 日本仏教で「聖」と言うと「ひじり」と読み、戦国時代を中心に民衆の中に入り、葬祭仏教の基礎をつくった下層僧侶、非公認僧侶たち、既成教団の枠外の民間僧のことを言う。

日本仏教において親鸞、道元等の仏教思想の深化とは別に、仏教の日本社会への浸透には大きな働きをなした。
社会現実、世俗への対応を担った。


しかし「聖(ひじり)」個々が「聖(せい)性」をもっていたかといえばそうではない。
字が同じことから混同されがちだが「ひじり(聖)=聖性をもった人」ではない。


また、彼らの活動は徳川幕府の本末制度の中で社会制度に絡めとられてきた。
(その後、パブリックな存在として地域社会の中に位置づいた面は評価できるのだが)

 

話は脇道に逸れたが、「善」もすこぶる相対的なものだ、少し突っ込んで見てみるとかなりあやふやな面を抱えていることがわかる。
そうしたものであることへの自戒はもっていていい。

 



2017年4月 9日 (日)

四訂葬儀概論が完成

『四訂葬儀概論』が4月7日完成。
Yonteigairon


初版が1996年4月、改訂版が2003年5月、増補三訂(360ページに)が2011年6月、今回の四訂が2017年4月…と平均5年強で改訂を繰り返してきたことになります。
本体9,524円と少々高いですが、葬送に関してはまとまったものはこれ1冊、内容的にはそれなりのものと思っています。
葬送の歴史としてまとまったものは本書が本邦初でしたが、現在の部分はいまだに書き続けています。
私のライフワークとなりました。

初版は1996年の葬祭ディレクター技能審査の第1回に間に合わせるべく前年の11月から企画、執筆、編集・・・で怒涛の4カ月で完成させましたが、若かったからできたのでしょう。
増補三訂版は全面的な見直しで1割強増ページ、ほぼ1年かけました。
今回の四訂版は2016年12月から4ヵ月かけました。
三訂版までは校正、索引、目次は事務所の共同作業でしたが、今回は単独作業、校正の見落としで追加作業が多く、制作の武田貞盛さんにはご苦労をおかけしました。

今回の四訂はページ数は維持しましたが、6年ぶりなのでデータを一新させるだけでもひと作業でした。
死亡者数の推移は今回は2015年の人口動態統計(確定)を使用し、将来推計については三訂では2006年の社会保障・人口問題研究所の将来人口推計を使用しましたが、今回は現在最新の2012年版を用いています。
死因、火葬率も宗教法人の統計に至るまで最新のに置き換えています。
また、葬送も大きく変化していますので、「現在の葬儀事情」を書き直すだけではなく、各部にわたって手直しを行いました。

法令の変化もあります。一部例を示すならば、
2012年に「死因究明促進法」「死因・身元調査法」が新しくできました。
今回2013年の警察取扱死体が約17万件、全死亡の13.3%であることも示しています。
同年の司法解剖が8,356件であることも法務省資料に基づいて記述しました。。

感染症法はたびたび改正されますので、最新版に基づき記述を改め、アフリカでのエボラ出血熱の深刻な流行から2015年に厚生省令で一類感染症については24時間以内の火葬等を細かく定めましたが、それについても1項を設けました。

献体遺体についても医学生等の解剖実習以外に献体遺体を用いて医師の手術手技研修に用いることができるように日本外科学会・日本解剖学会が2012年にガイドラインを作成し、文書での同意等を条件に可能としました。
この場合には通常の献体遺体が48時間以内の引き取り希望なのに24時間以内の引き取り希望としました。
年金についての制度も改められています。
2011年の東日本大震災の経験から災害遺体を尊厳をもって扱うことの教訓を得ているので詳しく論じています。
病院での死後のケア(死後の処置)の実態を示し、葬祭事業者の遺体管理の重要性もより詳述しています。

本書が常に「現役」のテキストであるために細部にわたって見直しています。

私は2016年度をもって第1回から責任をもっていた葬祭ディレクター技能審査関係の職はすべて辞しました。
しかし、『葬儀概論』については可能な限り責任をもって著者としての責任を果たしていくつもりです。

本書は葬祭ディレクター技能審査の受験者のみならず、既に葬祭ディレクターの資格を得た人へも最新情報を提供するものです。
また、死と葬送関連の学究者、関心を持たれている方、宗教者その他の方々にもきっとお役に立つはずです。

事実、宗教者が自派の儀礼については知っているが、他宗教宗派について知りたい、という需要に唯一応えるものということでお求めいただいてきました。

今回の四訂版の表紙も表現文化社が存在しなくなったことから「葬祭ディレクター技能審査協会」に変わりました。

本書のお申込みは
葬祭ディレクター技能審査協会
〒108-0075 東京都港区港南2-4-12 港南YKビル4階
(1)FAX:03-5769-8702(お問合せ先:03-5769-8704)
(2)FAX:03-3500-4212(お問合せ先:03-6206-1281)
までお願いします。
申込書は下記からダウンロード願います。
http://www.sousai-director.jp/download/chumon_201704.pdf

ぜひお求めください。

2017年2月 5日 (日)

四畳半からの近況報告 2017.02.05

四畳半からの近況報告 2017/02.03の補足


雑誌『SOGI』休刊に伴う事務所、私個人に伴う法的手続きについてすべて完了したことを報告したところ、Facebookにてコメント等をいただきありがとうございます。
このブログのアクセス数が増えたことは、心配いただいていた方々が多かった、ということでしょうか。
私としては少し複雑な気持ちです。

雑誌購読者、関係者個々にご報告すべきことですが、こういう形で報告させていただきました。ご了承ください。

雑誌『SOGI』を四半世紀にわたって刊行したこと、何よりも読者の方々、寄稿いただいた方々、取材者、カメラマン、編集者、デザイナー、印刷関係者、今はなくなりましたが組版、製版の関係者等多くの方々に支えられたものでした。
改めて御礼申し上げます。
雑誌を中心に死や葬送について記録し、発言できたこと(一部の方々には不快感を与えてところがあるかと思いますが)については感謝申し上げます。
44歳で開始し、当初は65歳までを目標にしていましたが、70歳まで行うことができました。
悔いはありません。
今後若い世代の方々が、形を変えようと何らかの形で、私どもが記録し、発言してきたことの志を継いでいただくことを願っています。
その橋渡しとして私にできることがあれば、精一杯努めさせていただきます。


前回も書かせていただきましたが、『葬祭ディレクター技能審査20年史』(葬祭ディレクター技能審査協会/非売品)が完成しました。
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こういう事態であったにもかかわらず、私の名を執筆者として記したまま刊行を許していただいたことに感謝します。

この発足の経緯、理念、20年の歩み、抱えている課題について、記録者として記させていただいたのは、これまでこの制度に係わった者としての責任からです。
そして私の今後に関係なく制度そのものは継続していくわけですから、今後の制度を担う方々への引き継ぎという意味があります。

先人が葬祭業が社会的偏見をもたれていることに危機感を抱き、誇りをもってできる仕事にする、その鍵として人材教育に注目してできたのが葬祭ディレクター技能審査という制度。
この仕事に関与できて多くの方から教えていただきましたし、尊敬できる多くの方々にお会いすることができたのは私の財産です。


葬祭ディレクター技能審査には、近年田中大介さん(文化人類学)に関係してもらい、私の負担はだいぶ軽減しました。
田中さんが私の役割の一部を引き継いでくれるでしょう。
その田中さんが東京大学大学院総合文化研究科博士論文に加筆修正し、

『葬儀業のエスノグラフィ』(東京大学出版会、本体価格5,200円)

http://www.ajup-net.com/bd/ISBN978-4-13-056310-9.html
9784130563109
を出版されました。
264ページの労作です。
ぜひお手にとってお読みいただくことをお勧めします。
ちなみに「エスノグラフィ」とは京都大学フィールド情報学研究会のHPに掲載された辻高明さんによれば―

エスノグラフィ(Ethnography)は,フィールドで生起する現象を記述しモデル化する手法である. 文化人類学における未開の民族の調査に起源をもち,その後,社会学で逸脱集団や閉鎖集団の生活 様式を明らかにする方法として用いられるようになった.http://www.ai.soc.i.kyoto-u.ac.jp/field/chapter5.html

と説明されています。



昨夜、元の会社関係の同年配3人で呑み会。
一人は99歳の母親の介護を抱え、一人は4年前に配偶者が若年性認知症になり介護、皆それぞれの問題を抱えています。

一人が私の学生時代に書いたものを読んでくれて
「あんたはまったく変わっていないね!」
と呆れて言ったのか、褒めて言ったのか(確実に前者だと思いますが)…

そう言えば、我が家では
「中学生の時から変わっていない!」
と呆れられています。
つまり人間としてあるべき進歩がない、子どものまま、ということ。
欠陥人間ということでしょう。
でも、見放され、追い出されていないことに感謝しています。

2016年12月14日 (水)

書評『無葬社会』

YouTubeびきまえ 403回公開。まだ続く?
話題は「お布施」「遺族とのコミュニケーション」などなど。
週刊現代2016年12月10日号の書評に『無葬社会』を書いた。
依頼が11字詰なのに、おっちょこちょいなものだから19字詰と思い込んで最初書いた。
出す段になって気が付いて、詰めに詰めて完成させて送ったのが掲載されたものである。
ここでは掲載されずに終わった幻の書評を掲載することにする。


鵜飼秀徳『無葬社会―彷徨う遺体 変わらぬ仏教』(日経BP)

始まった多死社会のもたらす問題を活写

 

 

戦後長く年間死亡者数は7080万人規模であったが、進む高齢化で今や130万人台に突入し、2030年には160万人台にまで到達すると推計されている。多死社会はどういう問題をもたらすのかを、死と葬の変化を中心に丹念な取材をもとに活写した問題作である。


著者は先に『寺院消滅』で、都市化により過疎化した地方社会の中で進行する、寺院が担い手を失い荒廃し消滅していく様を、具体事例を取材して問題提起し、仏教教団に強烈なインパクトを与えた。
その続作とも言うべき本書は、主に多死化の現場となる大都市の死の現場と仏教寺院の抱える問題を描く。


「無葬社会」とは著者による造語である。
しかし、看取る人がない単独死(著者は「孤独死」という用語を用いるが、「孤独死」も「孤立死」も価値観が混入する危惧がある)、葬儀をすることなく火葬だけで済まされる直葬、墓地への埋蔵に立ち会うことなくゆうパックで遺骨を墓地に送る送骨等の遺骨処分…これらが増加する傾向にあるから違和感がない。

著者によれば「無葬社会」とは、死者が埋葬されず供養されない事例が増える社会のこと。


最初に書かれた「火葬
10日待ちの現実」は少し走りすぎ。
昨冬は死亡者数が少なく火葬場経営者が青くなったのは有名な事実。
「待ち」が出るのは葬儀時刻帯が似たよりなため混む時刻が決まっていること、東京では斎場(葬儀会館)が少なく、火葬場付きの式場人気が高く競争になること、決して「火葬場が混んでいる」わけではない。
また、名古屋が解消したが、本来火葬場を新設または改造したいのだが地域住民の反対によって妨げられている事例だ。
将来的には問題がないわけではないが、今の問題ではない。

地方から都市への墓の引越し(改葬)がもつ問題、アマゾンへの「お坊さん便」の出品がもつ、宗教意識が低下した都市住民と財政的に逼迫した地方僧侶の利害の一致のありさまは記者であり僧籍ももつ著者の問題意識がよく現れ、重層的に描かれている。

単独世帯で誰にも看取られずに死に、数週間、場合によっては数ヵ月後になって発見される遺体の増加と腐乱のせいで住居を修復するのに巨額が投じられる「特殊清掃」(嫌な言葉だ)需要の増加が語られる。
単独世帯が
4分の1を超し、だれもが「おひとりさまの死」の当事者になり得る状況がリアルに語られる。


墓の変化においては改葬の受け皿となり、大都市に進む寺院による大規模納骨堂ビジネスが描かれる。
だがこれが永代供養墓とは理念が異なるのに同列で論じられたり、散骨と自然保護型樹木葬、都市型樹木葬と言われる樹林葬等には混同も見られる。

戦後の民法改正により家制度は法的根拠を失ったが墓の慣習においては生きてきた。
それも家族の変化により崩れ出していることは著者の描くとおりである。

だが現実には改葬されることなく放置され、見放される墓がはるかに多く、地方の墓地を悩ませる。
跡継ぎ不要の永代供養墓が需要を見込んでたくさん造られたが、売れ行き不振で残っていたところが安価な遺骨処分場化している。
墓の問題は著者が描く先を走っている。


著者の関心である、仏教寺院のこれからの課題に立ち向かって僧侶への取材が生き生きとしている。
檀家制度に依拠せず、すべての人に開かれ、墓を入口に寺に新しい信徒を招くことに成功した新潟・妙光寺安穏廟の小川英爾住職、骨仏で信仰を集める大阪・一心寺、路上生活者の支援と供養を行う東京浅草・光照院の吉永岳彦副住職、永代供養個人墓を媒介に東京と地方寺院のネットワークを考える東京新宿・東長寺、難民キャンプ
NGOを率い、難民キャンプや被災地で絵本図書館を展開する長野県松本・瑞松寺の茅野俊幸住職。
仏教寺院の未来へ少しではあるが希望、夢を示す。

著者は
「多死時代を迎え、都会では遺体が彷徨い出している」
と言い、
「無葬社会は不可避のようにも思える。
しかし、一方で、亡き人を供養したいという根源的なこころ」が「社会に潤いと安定を与えてくれるはず」
と信念を述べ、そのためには仏教の再生が鍵となることを力説している。

 

 

2016年12月13日 (火)

書評再録『寺院消滅』

鵜飼秀徳『無葬社会』を紹介する前に、前著『寺院消滅』を紹介しておこう。

この書評を書いた日付は2015年8月31日になっている。
『週刊現代』に書いたもので掲載は2015年9月の中旬ではないだろうか?


鵜飼秀徳『
寺院消滅―失われる「地方」と「宗教」』(2015日経BP)


著者は仏教寺院の「消滅可能性」を警告しているのだが、本書で紹介された現実を見るならば、寺院の消滅はすでに進行中なのではないか。


著者は、14年に発表され、衝撃を与えた日本創生会議(座長・増田寛也元総務相)の
「2040年には全国の自治体の49・8%が消滅の可能性がある」
との指摘を受け、伝統仏教教団に属する寺院は3分の2になってしまう、と試算し、警告している。
確かに地方都市が消滅するのに寺や神社だけが生き残ることはありえない。


著者は、地方寺院の存立危機的状況を丹念に描いている。
だが、これまで、こうした現実が露になって来なかったのは、著者が指摘しているように、大都市寺院と地方寺院の間に大きな格差があるからである。

あいかわらず世間の仏教寺院に対する評価は「葬式仏教」「坊主丸儲け」という言葉に象徴されるように冷たいものが多い。
それは都市住民による大都市寺院の評価に過ぎない。
そして存立が厳しい現実にあるのは何も仏教寺院だけではない。
神社もキリスト教会もまた同様である。


本書が説得的なのは現状レポートに留まらず、歴史的視点を導入したことによる。

近世の江戸幕府による宗旨人別帳、明治維新の廃仏毀釈、宗教団体の戦争協力、戦後の占領軍による農地解放、高度経済成長による都市化がもたらした地域共同体の崩壊という過去、そして現に露呈している地方の過疎化、少子高齢化。まさに仏教寺院は歴史に翻弄されてきた。

だが著者が指摘するように、仏教寺院は自覚的に対応してきてこなかったし、今もしていない。
いわば「被害者」意識なのだ。これは近世以降の日本社会の構図そのものではないか。


戦後日本が平和で経済的に成功した、などというのは現実を見ない戯言である。
民衆の生き死にを精神的に支えるであろう宗教も文化も根絶やしにしようとしているのではないか。


本書では現実に抗して苦闘している仏教者がいることも同時に紹介されている。

2016年12月 6日 (火)

書評再録『夫の死に救われる妻たち』

ジェニファー・エリクソン、クリス・マゴニーグル(木村博江=訳)

夫の死に救われる妻たち(飛鳥新社)

フロイトが「喪とメランコリー」を著したのは1917年。
だが、死についての、しかも死別の悲嘆(グリーフ)についての研究(サナトロジー)、が本格化したのは朝鮮戦争後、日本では
85年前後からであった。

しかし、遺された家族が喪に服すことが当然とされたのは古代にまでさかのぼる。
特に夫と死別した妻が「未亡人」と言われ、悲しみ、慎まねばならないとされたのは古くから世界的に共通した慣習・規制であった。


米国では死別体験者の自助(分かち合い)の会が活発である。
当事者にしかわからない死別の悲嘆(グリーフ)を、死別者という共通の土俵にある者が、率直にその悲しみを述べ、聴きあう場がグリーフワーク(喪の仕事、悲しむ作業)に有効だといわれている。

しかし、同じ死別者でも、病気による死、突然の事故や災害での死、子どもの死、自死による死では異なる。
最近では死別の種類によりグループを分ける傾向にある。悲嘆比べが行われ、会に出席することで、より傷つく事例もあるからだ。

ジェニファーは初婚相手と死別し、自助会に参加し、悲嘆心理カウンセラーとして参加していたクリスと出遭う。二人の出会いのきっかけだ。

ジェニファーは夫婦生活が破綻し、離婚を弁護士に相談すると告げた翌日に、夫を交通事故でなくし、悲嘆ではなく「心からの解放感を感じた」とカミングアウトした。

死を悲嘆と見るのが当然視されるのに、死を悼まない例外的存在であったのはクリスも同様だった。死別で解放感、幸福感等を感じた人は後ろめたい感情に責められる。

死別が悲嘆をもたらすのは、生前の死者とのそれぞれの関係による。
感情は関係いかんにより変わる多様で個別、固有のもの、という当然のことがタブー視されている。死の認識も個別である。

「人間らしさ」とは、その固有の自然な感情を自然だと認めること、というのが二人の主張。
40の実例が死と喪の多様性、固有性を雄弁に語る。

(2010年10月共同通信より配信)

2014年1月20日 (月)

青木新門『それからの納棺夫日記』を読んだ

尊敬する先輩(ほぼ10年、年長である)青木新門さんの『それからの納棺夫日記』(法蔵館)が2月10日発売となる。

おそらく新門さんの原稿を毎号雑誌に掲載させていただいている縁で、発売日前に新門さん直々の清冽な文字で送っていただけた。
この本ができるまでに数年を要したことを知る者としては早速、謹んで読ませていただいた。

全体の構成はこうだ。

序 『納棺夫日記』と映画『おくりびと』
第1章 死の現場での体験
第2章 死ぬとはどういうことか
第3章 死者たちに導かれて
第4章 いのちのバトンタッチ

序では、原作者でありながら映画『おくりびと』の製作を許可しながらも「原作者」との表示を頑なに拒んだ新門さんの考えが書かれている。
『納棺夫日記』の後半部の宗教に関する(「光につつまれる」ということ、と翻訳してみようか)部分を思いっきり削除し、それ以前の遺体を処置することを仕事とすることで出会うさまざまなストーリィだけで描いた『おくりびと』に対して、新門さんが『納棺夫日記』でほんとうに伝えたかったことを中心に書いたのが本書である、と言えよう。

そういう意味では『納棺夫日記』の後半部をつまらない、として読まずに終えた人は最初から対象にしていない、と言えよう。

だが本書も似たような構成である。
序は「ヒット映画の裏事情」、ととらえることも可能である。

第1章と第2章は、新門さんが行った大人気の講演、必ず90分以上は話すという、「いのちのバトンタッチ」と題して行われた2千回(比するのもおこがましいが、私のこの間のほぼ10倍近い凄絶な回数である)講演で語られた内容の変奏曲である。
私は、これを読んで改めて新門さんにおそれいったのであるが、新門さんが実際に行った講演を目の前で聴かされている想いがした。
「あ、新門さんの講演はそのまま文章になるんだ」と感心した。

私のことを言うのはおこがましいが、2年前ほどに行った私の講演を記録に残すというので、おそらくたいへんな苦労をされてテープ起こしをされた文章が送られてきて、あまりにあちこちに飛んでまとまりのない話をしたことに自分で呆れ、何を話したかは参考にし、完全に再構成、つまりは新規に書き起こすことで年末年始をつぶしたのだ。
新門さんの場合は、今回の1章、2章の原稿が先にあって、それが2千回もの講演になったのでは、と思わせるほど言文一致なのだ。
そういう意味では、新門さんの講演を聞き逃した人には、この2つの章を読むことで、講演の内容に接することができる、お得感のあるものだ。

ところが第3章になると、新門さんの宗教観が全面展開される。
ここでもしかすると『納棺夫日記』の後半部に違和感を感じた人は同じようにつまづくだろうし、新門さんのフアンにはこたえられない展開となるだろう。
近代、現代の仏教界、シンパシーを感じているはずの浄土真宗(特に、「お西」=浄土真宗本願寺派、「お東」=真宗大谷派)の人たちにも喧嘩を売っている。
愚者である私など、新門さんがあまりに美しい世界を説きすぎる、という感想をもったほどである。

だがこの本の醍醐味は、それは第1章、2章、3章と読み継いだからなのだが、すばらしい展開を見せる。それは映画で言えばフィナーレの大興奮である。
この書全体が一つの大きなストーリィであると実感したのだ。

内容は、ここでは書かない。自身で買って読んでほしいからだ。
この第4章を書くために『納棺夫日記』も第1章も第2章も第3章もあるのではないか、と感じた。

この本にはもう一つの興味深いものがある。
この本の表紙を木下晋画伯に頼んだのだが、木下さんとは何度か新門さんと一緒に呑んだ仲であるが、この絵がすばらしい。
新門さんはあとがきで「光の中を飛ぶ『赤トンボ』と、それに手を合わせる『合掌』の絵をお願いした」と書いている。
この赤トンボはすぐ見つかるのだが、合掌を見つけて見た時は感激である。

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