書籍・雑誌

2018年8月17日 (金)

戦場が兵士の心を蝕む

朝日新聞816日朝刊に「(消された戦争 記録と記憶:3)見過ごされたトラウマ」(木村司記者)という記事が掲載された。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13637456.html?ref=pcviewer
YAHOO
ニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180816-00000007-asahik-soci

 


戦場での体験や軍隊生活を原因として、心に傷を負った多くの日本兵がいた。しかし、そうした人たちは、この社会に存在しないかのように扱われてきた。

という印象深い書き出しで始まる。

 

山形の精神科五十嵐善雄医師が紹介した事例は、2008年に「慢性の統合失調症」との紹介状を手に診察に訪れた男性。
学徒出陣で、旧満州へ。戦後4年間はシベリアに抑留。帰国後、幻聴に襲われ、自傷行為を繰り返した。40代後半から30年間、精神科に入院。
という男性。
幻聴や幻覚が、中国で手にかけた人たちの声や表情のフラッシュバックだった

統合失調症ではなく、戦争によるPTSD心的外傷後ストレス障害)ではなかったか――

というのが五十嵐医師の診断。


もう一つは

戦時中、精神疾患を発病した日本兵は主に、千葉県の国府台(こうのだい)陸軍病院に送られた。1937年から45年まで1万人余りが入院した。

 約8千人分の「病床日誌」(カルテ)は、終戦時の焼却命令に抗し、病院関係者がひそかに残していた。戦友の死や戦闘への恐怖、罪悪感によるストレス症状が読み取れる。日誌を研究する埼玉大の細渕富夫教授(61)は「悪夢に苦しめられるなど、PTSDとみられる患者は少なくない」とみる。

戦争、軍隊が兵士の心に大きな傷をもたらすことは第一次世界大戦を経験した欧米では知られていた。
でも日本(軍)では「精神的弱者が強い軍隊の障害にならないよう排除すべき」であり、徴兵が広がれば、こうした弱者が入らざるを得ないが、彼らは「落伍しても当然」という考えが優勢であった。
もっとも「死学thanatology(デーケンさんが「死生学」と訳した)」が本格的に研究されるようになった契機は朝鮮戦争の米軍帰還兵の心的障がいの研究であった。
戦場が兵士の心を蝕むリスクの研究はまだ60年くらいにすぎない。

本記事でも
イラクやインド洋に派遣され、帰国後に自殺した自衛官は61人
という事例の紹介がある。

今、10万部を超えるベストセラーとなっているのが、
吉田裕『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』
(中公新書)


本書は、著者によるならば、「凄惨な戦場の現実」を歴史学の手法で「戦後歴史をとらえ直す」こと、「兵士の目線」で「兵士の立ち位置」からとらえ直す、という新鮮でまっとうな課題をもった挑戦である。
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本書は「異常に多い戦病死者」「餓死者」に着目している。
この着目は説得力がある。

私の母方の叔父の一人がフィリピン戦線で「戦死」とされているがその実態は知らない。
姉である私の母は、骨箱として送られた中に石が一つ入っていたことを98歳で死亡するまで(認知症でありながら)悔しがっていた。
マラリアによる死か、栄養失調による餓死か、自死か、戦闘死か、その他による死か、一切が不明なのだ。

本書では、戦争が大きく兵士の心を蝕んだことについて、2項目で書いている。

1章 死にゆく兵士たち―絶望的抗戦期の実態Ⅰ

3.自殺と戦場での「処置」

2章 身体から見た戦争―絶望的抗戦期の実態Ⅱ
病む兵士の心―恐怖・疲労・罪悪感

 

描写はリアルである。

無謀な戦場が兵士の精神を蝕み、傷つけ、多くを死に追いやったことをかなり具体的に描いている。
詳しくは自ら本書を手に取ってほしい。

確かに、日本軍の無謀さがより強く日本軍兵士の心を蝕んだことは事実だ。

だが、これは日本軍だけのことではなかった点も忘れてはならない。
米軍の太平洋戦争(19391945)においても、さらに朝鮮戦争(19501953)、ベトナム戦争(19611973)の従軍者もそうであったし、その後の湾岸戦争(1991)、アフガン派兵(2001~)、イラク戦争・駐留(20032011)もそうであった。
英仏、ロシアにおいても例外ではないだろう。
また、直接戦闘には参加していないはずの、海外派遣された自衛隊の隊員たち(1991~)にも無縁なことではなかった。

本書は、太平洋戦争における日本軍の現実に肉迫している。
その意味で必読と言えよう。

2018年7月 9日 (月)

海洋散骨ガイドラインへの要望―『海へ還るー海洋散骨の手引き』を読む③

前回まで
海洋民族の記憶の古層―『海へ還る―海洋散骨の手引き』を読む①
海洋散骨ガイドラインー『海へ還るー海洋散骨の手引き』を読む②

romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/07/post-a687.html

 

『海へ還るー海洋散骨の手引き』を読む

が少し長くなった。

今回はこれでまとめるため、少し長くなっている。

 

海洋散骨ガイドラインは極めてよくできている。
前回紹介していなかった項目で重要と思われるのは

 

10 日本海洋散骨協会ガイドライン遵守事業者の登録及び公表

である。

 

 

7散骨意思の確認業務、8散骨証明書の交付義務(情報の10年間保管義務を含む)と10遵守事業者の登録・公表と組み合わせることで、

誰がどういう目的で誰を散骨しようとしたか、その散骨はどの事業者がどこで実施したか、という記録が保管されることになる。

 

 

これにこだわるのは2点ある。

 

1つは、散骨の方法の相当の節度だけではなく、散骨の目的が「葬送」ではなく、「遺骨遺棄」になっていないかの確認である。
2
つ目は情報の適正な管理である。

 

このために共通仕様の「散骨申込書」を作成し、これには特別な理由がない限り火葬許可証(火葬済印)、火葬証明書(分骨証明)、改葬許可証のいずれかを添付することを条件とするとよい。

 

加えて次の文書に申込者の自署を求める。

 

 

海洋散骨申込書

 

私は、海洋散骨ガイドラインを遵守して、下記の者の遺骨を、海洋散骨することを申込みます。

 

申込みにあたり、あくまで遺骨遺棄を目的としたものではなく、葬送を目的とすることを誓約します。

 

海洋散骨する被葬者氏名

 

添付する証明書 いずれかに〇 火葬許可証、火葬証明書、改葬許可証、その他(             )

被葬者本人の生前の散骨希望する文書等がある場合はそのコピー

 

申込み者氏名(自署)

 

被葬者との関係

 

当事業所は申込み内容を確認しましたので、海洋散骨の申込みを受託します。

 

受託するにあたり、当事業所は、海洋散骨ガイドラインならびに関係法令を遵守します。

 

本申込書ならびに散骨証明書の控えは当事業所において「個人情報取扱に関する海洋散骨協会の基本方針」に従い、個人情報保護法等の関係法令の定めに従い、5年間適正に管理します。

 

事業所名

 

担当者名(自署)

 

 

申込書と受託書は同一の書面に書かれ、控えを申込者に残す。

 

散骨で必要なことは目的の正当性と方法の相当の節度である。

 これを文書化することが望ましい。

 

自署とし、記名捺印にしないのは証拠の確保である。

記名捺印では偽造が行われる可能性があるからだ。

 

本書との関係でいえば、勝桂子さんによる第5章「墓じまいと海洋散骨」が本来で言えば、火葬許可証、火葬証明書(分骨証明)、改葬許可証の手続きについて実務家の立場で詳述されるべきである。

 それが必ずしもそうなっていないのは残念である。

勝さんの指摘で、墳墓に収められているのは焼骨が埋蔵されている事例ばかりではなく、埋葬(土葬)された遺骨も古い場合あり、原状復帰、改葬作業においては費用が嵩む可能性がある、というのは重要である。

 

「墓じまい」という言葉自体が新しい用語で、法律概念としては改葬である。
承継者不在、あるいは墳墓が遠隔地にある、という理由で、これまであった墳墓を維持できないために整理する事例は、びっくりするほどではないが増加していることは事実である。

 

墓所は原状復帰すれば解決するが、問題は墳墓に埋蔵してあった遺骨の取扱である。

改葬とは墓地埋葬法第23項で

 

この法律で「改葬」とは、埋葬した死体を他の墳墓に移し、又は埋蔵し、若しくは収蔵した焼骨を、他の墳墓又は納骨堂に移すことをいう。

 

とある。

 

この先が永代供養墓(合葬墓)であれば問題は少ない。

これまで管理していた遺骨を、今後は承継を必要としない墓または納骨堂に託すことになるからだ。


しかし、この先が散骨であるとすれば、どうだろう。

れまでの遺骨の本人の生前意思、あるいは直接関係して供養してきた人の意思も不明である。

 

遺骨遺棄になるかならないか、かなり微妙である。

それが葬送であるならば、葬送する人の意思、心情が問われる。

 

個別の心情は問えないので、せめて散骨を申込む人が申込書に「遺骨遺棄ではなく葬送を目的としている」ことの意思表示が必要となろう。

そして申込む人も自らの死後に散骨を希望するのでなければ論理矛盾になるだろう。

 

供養論を展開するのであれば、主観で「寺院が悪い」とか、どこに、誰に責任を求めるか、ではなく、死者、遺骨に対する宗教感情の変化を社会背景との関係で整理して論じられるべきである。

 

その整理が充分にされていない議論展開になっている。

 

あえて些末な部分を例として取り上げる。

 

(墓じまいが)これほどに一気に、市民権を得、広まった理由は何でしょう?(略)よく言われるのは、核家族化によって、3世代で同居することが少なくなったからという理由です。(略)行政書士という立場からは、核家族が増えた端緒は、戦後に民法が改正されたとき、親と子のみの二世代戸籍が採用され、三世代以上がひとつの戸籍に入ることができない制度になったところにあると考えています。(略)すなわち、核家族を率先して推奨したのは、この民法を採用した政府だったのです。

 

明治民法の家制度が戦後民法で廃されたことは事実である。

戦後憲法と矛盾するからである。

 

「核家族を率先して推奨したのは、この民法を採用した政府だったのです」という意味不明な言葉は、では明治民法の家制度がよかったとするのか、という疑問をもたざるを得ない。

もちろん、そうではないだろう。

 

戸籍法が変わったりしたことが家族意識に影響を与えたことは事実であるが、それだけではない(勝さんも「端緒」と言っている)。

 

戦後、高度経済成長することで、郡部から都市部への人口の大移動が起こり、家族分散が生じ、都市部に移動した住民は地方の実家に住む親と同居せず、親と子のみの核家族単位の生活が多くなった。


核家族は、子が育ち独立すれば夫婦のみ世帯となり、どちらかが欠ければ単身世帯になる。

現在、全世帯の4分の1、一般世帯(施設等の世帯を除いたもの)の3分の1が単身世帯となっている。

 

「親族」と言っても、子ども時代に近くに住んでいた、行き来が多かった、今も連絡がある…というのであれば関係は親密である。

だが離れて、無関係に過ごせば関係は自然に疎遠になる。

 

今、葬儀で「親族席」が縮小傾向にあるのは、戦前と比べてではない。

1980年代、1990年代と比して大きく縮小している。


勝さんが言いたかったのは、供養する気持ちを持ち続けることの大切さ、ということだろう。

 

海洋散骨が増えた社会的背景については村田ますみさんの第1章「海洋散骨とは?」がよくまとまっており充分である。

 

村田さんは海洋散骨がどういうものであるか、イメージしやすく展開している。

海洋散骨基礎知識が40ページ程度にうまくまとまっている。

 

感心したのは「散骨の歴史」。

 

12ページ程度にコンパクトに、ヨーロッパ、アメリカ、アジア(特に中国、韓国)の火葬事情、墓地事情、そして日本の古代からの火葬史から現代の墓事情までまとめられている。

 

私はとかくグダグダ書く癖があるので、こうしたまとめ方には教わるところが多かった。

 

補完するなら、1960年代のローマ教会のバチカン公会議で世界的に火葬が公認化されて以降、火葬は近代葬法として村田さんが紹介した以上に、ヨーロッパ、アメリカで伸びている。

 諸外国の火葬率の新しいデータは日本斎苑協会のホームページで見ることができる(イギリス火葬協会のまとめが出典)

http://www.j-sec.jp/files/f_1528351312.pdf

 

村田さんは2010年のデータで、ヨーロッパで火葬率70%を超えている国としてスイス、イギリス、スウェーデン、デンマークの4か国を挙げているが、201516年ではチェコ、スイス、スウェーデン、デンマークの4か国が80%を超している。

 

北米ではカナダが70%、アメリカ合衆国が50%と急伸している。

 

北米ではCANA(北米火葬協会)が2017年のデータを公表しているが、各州軒並み火葬率がアップしている。

「カリフォルニア州では火葬率が50%を超える」と書かれているが、全米で50%となり、西海岸ではワシントン州、オレゴン州では70%を超え、カリフォルニア州では6170%となっている。

ニューイングランドの最東北部にあるメイン州でも火葬率は70%を超えている。

 

村田さんがカリフォルニア州法に着目しているのはさすがである。

散骨、エンバーミングでは、カリフォルニア州法が日本にとって参考となると思われる。

 

 

2018年7月 8日 (日)

海洋散骨ガイドライン―『海へ還るー海洋散骨の手引き』を読む②

村田ますみ編『海へ還るー海洋散骨の手引き』はいろいろな意味で興味深かった。
特に興味深かったのが「付録」として掲載された日本海洋散骨協会「海洋散骨ガイドライン」である。
これは優れている。

ガイドライン策定趣旨に次のように記されている。

万が一、散骨の態様が祭祀としての節度を越え、一般市民の宗教的感情を害した場合、遺骨遺棄罪にあたり違法と判断される可能性があります。
そこで、海洋散骨が祭祀としての節度をもって行われることを確保するために、業界団体として散骨方法に関する自主基準を策定する必要があると考えました。

そこで「散骨について否定的見解」をもつ人がいるという「事実も真摯に受け止め」、そうした人にも「理解を得られるよう、適正な散骨方法を広めていくこともまた、散骨事業者の責務」としている。
加えて、次の一文がある。出色と言ってよい。

そこで、海を生業とする方々とのトラブルの防止、環境保全、散骨の安全確保などの観点から問題視される可能性のある海洋散骨を抑止するためにも、業界団体として自主基準を策定する必要性があると考えました。

この点に関しては第4章に海事代理士の高松大さんが「海洋散骨と海事法規」を書いており、これは必読である。
私個人としては海洋葬について突き詰めて考えてこなかった。
まさに「不勉強」であったが、これは教えられた。

この自主基準は極めて具体的である。

〇粉骨義務
「遺骨を遺骨と分からない程度(1ミリ~2ミリ程度)に粉末化」
〇散骨場所の選定義務
「人が立ち入ることができる陸地から「1海里以上離れた海洋上のみ」「河川、滝、干潟、河口付近、ダム、湖や沼地、海岸・浜辺・防波堤やその近辺」での散骨禁止
「散骨のために出航した船舶においてのみ」散骨可で、「フェリー・遊覧船・交通船など一般の船客がいる船舶」では不可。
「漁場・養殖場・航路を避け、一般の船客から視認されないよう努める」義務。
〇自然環境への配慮義務
「自然に還らないもの(金属・ビニール・プラスチック・ガラスその他の人工物)を海に」撒くことの禁止。
「献花、献酒するにあたっては、周囲の状況に配慮」する義務。
〇参列者の安全確保義務
「船客賠償保険加入」義務、「小型船舶に乗船中の小児」にライフジャケット着用義務、「緊急時の連絡体制」、「乗員定員厳守」、「風速・波高・視程による出航停止基準や出航後の運航中止基準」の確立、厳守、「法令に従い安全に船舶の運航を行うこと」
〇散骨意思の確認義務
「官公庁からの依頼の場合を除き、本人の生前の散骨希望意思に基づく申込みまたは葬儀を主宰する権限がある者からの申し込みが必要」
「本人の生前の散骨希望意思の確認が取れずかつ葬儀の主催者が本人の親族でない場合」は「全量散骨を避けるなど適切な助言」の努力義務
〇散骨証明書の交付義務
「緯度・経度を示した散骨証明書を交付」、散骨場所情報の「10年間保管」義務
〇一般市民への配慮義務
「桟橋やマリーナの他の利用者への配慮」義務

驚くべきは、8つの注を設け、なぜこうした配慮が必要かを解説している点。
行き届いた内容となっている。
このガイドラインについては第3章「海洋散骨に関する法律」で弁護士の武内優宏さんが詳しく解説している。

■散骨の合法性に対する論理への若干の疑問

8月23日のエンディング産業展で村田さん、武内さんによるセミナーが予定されている。
このタイトルが「散骨は違法?合法?グレイゾーン?高まるニーズに対応するための海洋散骨基礎知識」と題されている。

私個人としては「葬送を目的として、相当の節度をもって行われる」前提で散骨は刑法190条の遺骨遺棄罪に該当しないと考えている。

1991年に葬送の自由をすすめる会が相模灘で第1回の散骨を「自然葬」と名付けて行った。
同会は「葬送の自由」を掲げて実施した。

法律に優位するのは無論憲法である。憲法第13条には

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

とある。

その下に刑法も民法といった法律も存在する。
さらに自治体が独自に定めるものが「条例」である。
(注)付言するなら、戦後民法が改正されたが、憲法が変わった以上、その理念を異にする明治民法は大きく改正をよぎなくされた。

散骨が合法か否かが問題となるのは2つの法律である。

刑法190条
死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の懲役に処する。

この中で、散骨は「遺骨遺棄罪」に該当するか、否かである。

ガイドラインでは

散骨については、法務省が、1991年に、葬送のための祭祀として節度をもって行われる限り遺骨遺棄罪(刑法190条)に違反しないとの見解を示しています。
このように、散骨は「節度をもって行われる限り」自由に行うことができます。

と、書いているのは書きすぎである。

武内弁護士はさすが、もう少し精緻に議論を展開している。

ここは、朝日社会部による「法務省見解」に依らず、
海洋葬の自由を確保するために「葬送の祭祀を目的」として「相当の節度」をもって行うべくガイドラインを設けた。
と書くのが適当である。
この点はぜひ次回改正してほしい。
せっかくの自主基準である。

(注)エンバーミングについても刑法190条死体損壊罪にあたるのではないか、という係争があったが、IFSA(一般社団法人日本遺体衛生保全協会)が精緻な(A420ページ)自主基準をもって実施していたことにより「IFSAの自主基準に則して行われるエンバーミングは正当業務行為」という判決が2006年に確定している。ここでも目的の明示、詳細な相当の節度の内容を規定している。

なぜ書きすぎか、というと、法務省が見解を発表した事実はないからである。
「法務省の見解」とされたのは、第1回自然葬実施について朝日新聞社会部記者が報じたものである。
後日、私が「見解を発表した」とされる法務省刑事局の担当官に面接して聴いたところはこうである。

相模灘の散骨について、法務省として遺骨遺棄罪として摘発する意思があるかないか取材を受けた。
法務省として違反かどうか判断する立場にはない。
違反かどうかは裁判所が判断すべきものである。
したがって法務省は判断しない。
今、これを摘発する段階ではない。
検事という法曹人としての個人的な考えで解説するならば、刑法190条の法益(法律が守ろうとしているもの)は遺体、遺骨に対する社会的風俗としての宗教感情である。
今回の散骨がこの法益を害するものか慎重に見極める必要がある。
目的が仮に正当であるとしても次に問われるのは方法が「相当の節度」をもって行われているか、である。
散骨は外形的には遺骨遺棄に当たる。
例えば死体解剖であるが、外形的には死体損壊になるが、死体解剖保存法、献体法、刑事訴訟法で定めがあり、これらに該当すれば死体損壊罪に該当しない。
それ以外であれば、目的と方法について慎重に検討されるべきであろう。
散骨法ができれば別だが。

当時、各種世論調査が行われ、散骨を自分が行うか、については15%程度であったが、家族がその意思をもって行うか、については7割程度が支持すると回答していた。
国民に明確な違反意識がない段階で法務省が摘発するというのは違うだろう、という意見であった。
見解発表という報道については「見解発表する立場にないのだから」と強く否定していた。

朝日社会部記者は2つの過ち、世論のミスリードをした。
1つは「法務省が見解発表」という事実でないことの報道。
2つめ、担当官の個人的考えのうち「方法については相当の節度が必要」をより簡易な「節度」という表現に置き換えたことである。

武内弁護士が参考として例示している熱海市、伊東市のガイドラインでも「節度」ではなく、「相当の節度」という表現が用いられている。

墓地埋葬法
第4条 埋葬又は焼骨の埋蔵は、墓地以外にこれを行ってはならない。

ここで書かれている「埋葬」とは「土葬」の意で、「焼骨」とは「火葬された骨」の意である。
厚生労働省は、墓地埋葬法は散骨を想定していない、と発言しているが、散骨は合法とは言っていない。
現実としては散骨に反対する、あるいは規制したいという自治体があり、それぞれの自治体に判断を任せている状態にある。

海洋散骨ガイドラインも、喪服着用しない等、ここまで神経を使う必要があるか、と思うほど民意に配慮している。
北海道長沼町の散骨を禁止する条例にしても、散骨を一律否定するのは行き過ぎと思われるが、きっかけが無茶苦茶な住民の意識を逆なでするような事業者の散骨実施にあった。
まさに自主基準が求められる。
または、民意を反映した散骨法等の制定が必要となる。

私個人は基本的人権に属することを何がなんでも法律で規制しよう、という考えには組みしない。
しかし、葬送というのは弔う権利を保障するためにも慎重な相当の節度を要する、と考えている。

2018年7月 2日 (月)

海洋民族の記憶の古層―『海へ還るー海洋散骨の手引き』を読む①

太田宏人さんとの縁で、村田ますみさんから彼の遺稿が収録された本を出す準備をされていると教えていただいた。

 

(注)太田宏人さんについては
ペルーとの関係を含めてわかる晃輝和尚の
https://ameblo.jp/seiryo-koki/entry-12377528763.html

asunohaさん(僧侶)の

http://taka.hasunoha-blog.info/shinsai6year/

私が書いた太田さんの訃報

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/05/post-134c.html

私が書いた太田さんの葬儀の報告

http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2018/05/post-10c5.html

 

村田ますみ編『海へ還るー海洋散骨の手引き』(啓文社書房)

である。

アマゾンで予約したが、それに先行して、贈呈いただいた。感謝!

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この本はいろいろな意味で学ぶところが多かった。
海洋散骨について論じる場合に、避けて通れない必読書であろう。
とても丁寧に作られている。

本書については追々書いていき、感想も書かせていただくが、まずは太田さんの遺稿について触れたい。
全体の1割、20ページ足らずであるが、この小論、太田さんらしいキラリと光るものがある。

太田宏人さんは第2章「宗教面から見た海洋散骨」について書いている。

海洋散骨(海上散骨)について、日本の既存の伝統宗教からは、懐疑的な声が聞こえます。しかしながら、この国には「海へ還る」「海で眠る」という伝統があったことは事実です。

 

そして太田さんは「海洋民族の記憶の古層」を指摘する。
太田さんが展開するように、「人種的にも、文化的にも、日本人のルーツは多様」であり、「いくつもの他界観」をもっている。


その一つが「山上他界」「海上他界」である。

四方を海で囲まれた島々から成る日本列島。

長い海岸線に囲まれ、島の多くは山岳地帯。

平野部に後に都市が建設されるが、私たちがかつて住んだ地域は、背後が山で海岸線に沿った集落か、山間にあって河川の傍の集落であるかが多い。

山間部では死者は近くの霊山の麓から「浄土」へ還っていくと考えられた。
海岸線では海岸の洞窟から死者は海の彼方にある「浄土」へ還っていくと考えられた。

宗教学者である山折哲雄が日本の地理から生まれた日本人の浄土観を描いている。
これが近世以前の日本人の「古層」の他界観であった。

 

太田さんは、「補陀落渡海(ふだらくとかい)」を紹介する。

 

仏教の浄土といえば、阿弥陀如来の住む西方浄土が有名です。もうひとつ、観音菩薩が住む、あるいは降り立つ山「補陀落」または「補陀落山」という浄土が、南の海上はるか彼方にあるとされました。

 

私は、太田さんが海上他界に着目したことに彼の豊かな宗教観を反映していると見る。

太田さんの小論は「仏式海洋散骨」はどうあったらいいか、について実践的に書くのであるが、その背後には彼の禅僧としての供養へのこだわりがある。

 

仏教が海の上での散骨そのものについて反対する根拠は、私は希薄だと思っています。散骨に反対する僧侶は、墓制度や、供養の場所として大切な機能をもつ墓の存在と相容れないためと考えているようです。しかし、墓制度そのものは明治以降も常に変化を続けています。また、散骨を選ぶ確たる理由がある場合、やみくもに反対するのは衆生救済、衆生の抜苦与楽(苦しみを抜き安楽を与えること、慈悲)を旨とする大乗仏教の実践者として、どうなのでしょうか。

 

僧侶に対して批判して傍観者になるのではなく、供養をしてほしいと願う人がいれば、参加して供養すべきではないか、と勧めている(もっと穏便にだが)。
そして極めて実践的に仏式の海洋散骨での法事のあり方を提示している。

 

どこでも苦あるところには馳せ参じた。

供養することに生命を削り、一介の聖(ひじり)たろうとした太田さんの姿がここでも見ることができるように思う。

 



 

 

2018年2月 4日 (日)

上野創『がんと向き合って』を読む

上野創『がんと向き合って』を読む

■「がんとともに生きる」

今朝(201824日)の朝日新聞朝刊を読んでいて気づいたのは「がんとともに生きる」という記事がさまざまな形で取り上げられていたことであった。
がんに罹ったことで退職を強要されることもまだまだ多い、という現実には心を痛める。
がん治療が相変わらず過酷なこと。
体力はもとより精神的にも大きな揺れをもたらすこと。

小児がんで子どもを亡くされた親たちの会で聴いた話は今でも鮮烈である。
(きょう明日掲載と聞かされていた「弔いのあり方」が掲載されていたが、これについては別に書く。)

■近親者のがんでの死亡

 

姉が約40年前にまず乳がん、翌年子宮がん。
2
度目の時は家族全員覚悟した。
その後の抗がん剤治療のダメージが姉には過酷だったようだ。姉は一応治癒したことになり、その治療の悪夢から逃れるように10年後以降は病院の検査からも遠ざかった。
そして30年後、体調不良で病院に行き検査したらステージⅣの診断。
治療の手立てがなかったこともあり、腸閉塞の手術はしたものの無治療を選択。
告知後11か月に、骨と皮になり72歳で死んだ。

従妹はその前年、ステージⅣと診断され、入退院を繰り返し告知後13か月に62歳で死んだ。
私の見舞いは、病院に行って、ひたすら従妹の腫れた脚をさすり続けることだった。

友人が40歳を目前にまさに苛烈な闘病の結果死んだのは約30年前のこと。

高齢であったが叔父2人ががんで死亡したが、この2人は病院から見放されたものの、数年間穏やかに自宅で生活し、穏やかに死んだ。

■上野創『がんと向き合って』(朝日文庫)


身近な者ががんに罹り死亡したことを見ていたが、その実相を知った気持ちになったのは、朝日新聞の高橋美佐子記者に夫にして同じ朝日の記者上野創記者の『がんと向き合って』(朝日文庫)を贈呈され読んだことによる(きょうの朝日の記事には高橋記者も参加して書いている)。
https://www.amazon.co.jp/がんと向き合って-朝日文庫-う-13-1-上野/dp/4022615249

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歳の記者上野さんは199711月に会社の定期健診を契機に横浜市立大学医学部付属病院で睾丸腫瘍と診断され、睾丸除去の手術。
その後に肺転移していることを告知され、「手術で取ることは不可能で、抗がん剤の治療しかない」「放っておけば半年もちません」と言われ、抗がん剤治療を受けることになる。

睾丸撤去手術の翌日、高橋美佐子記者は上野創記者に結婚を申し出る。


手術の2日後のことだった。ベッドサイドに来た彼女が満面の笑顔で「結婚しよう」と言った。

そのきっぱりとした言い方は自信に満ちていた。

驚いた。こちらは言葉が出ない。(略)

そもそも、がんを手術したばかりの僕だ。明らかに「不良物件」。格付けは一気に下がったはず。

こんな状態のオトコと結婚なんて!

 

128日抗がん剤の点滴開始。

上野記者のすごいところは告知を受けた時の自分の精神状態、家族はどう思うか、医者の態度…等を正確に、飾ることなく露わに記録していることだ。
さすが新聞記者だな、と感心する。

抗がん剤点滴の翌日の描写はこうだ。

近くのトイレに駆け込んで「おえっ」とやって、それが始まりだった。

やがて、たえず吐くのを我慢している状態になった。ひどい二日酔いがずっと続いているようなものだ。

ときどき大波のように手ごわい吐き気が襲ってくる。こぶしを握り、つばを我慢し、全身の神経を集中してやり過ごす。しかし。懸命にこらえても、結局は吐いてしまった。胃の中の物が逆流を繰り返すと、みぞおちのあたりがひきつるように痛んだ。唾液と鼻水と涙が同時に出る。

 

抵抗力の低下で病原菌の感染のリスクに晒される。
クリスマス前には体毛が脱落する。
1
回目の抗がん剤の効果が出ない。

効きにくい10%に入っているのか、と不安に陥る。

主治医からなげられた「あきらめなければならない事態」という言葉は、僕の心のなかに居座ってどす黒い存在感を放射していた。

それは、死の予感だった。

たちの悪い細胞は、副作用ばかり引き起こす薬をせせら笑いながら、僕の全身を内側からむしばんでいく。そうして、僕の心身から徐々に温度を奪っていくのだと連想した。

 

こうも語る。26歳の青年が、だ。

 

妻は「明日は外泊だよ。うちで作戦会議しよう」と言い、「絶対、大丈夫」と笑顔を残して職場に戻った。

僕は一人になって考えた。

自分自身の死の恐怖と向き合ったが、それは意外なほど重くなかった。ある意味で、死は苦しみからの解放ですらあった。

それより、重くのしかかるのは、残していく人たちのことだった。

何度考えても、逝ってしまう人間の方が、残される人間より気楽だと感じた。(略)それとも、「自らの死の恐怖から逃げ出したくて、残される側の心理に目が向くのか。

 

1229日から2回目の抗がん剤投与。

 

大みそかから三が日は「どん底」だった。吐き気に加え、倦怠感に襲われた。

自分の体が、自分の物でないようなだるさだった。どんより重くて、寝ていても起き上がっていても落ち着かず、身の置きどころがない。「この肉体を脱いだら楽だろう」という思いだった。

 

また

 

大みそかの夜、突然顔面と手足がしびれるようになった。

びりびりと弱い電流を流しつづけているような感じで、目の下が小刻みに震えるようになった。治療前に主治医が言った「四肢麻痺」「車いす」という言葉がよみがえった。

 

17日、主治医が「薬が効きはじめた」という朗報をもたらされる。
しかし、腫瘍は残っている。
そこで3回目の抗がん剤の投与。

通常の3倍量投与の「超大量化学療法」。

5日間かけての投与だ。

 

そして「予想もしなかった心の嵐」が上野記者を追い詰める。

心が落ち込み、「まったくコントロールできない」「すべてうんざりだ、ばかばかしい、やめちまおう」「圧倒的な虚無感が全身を貫いた」、この竜巻のような激情は3日間続く。

 

そして3倍量の抗がん剤の副作用は凄まじく、敗血症で多臓器不全の一歩手前まで。

 

611日病理検査の結果、腫瘍は認められず、同18日退院。
9
月から仕事復帰。

10月、1年遅れの結婚式。

(この時の上野記者のはにかんだ笑い、高橋記者の豪快な笑い顔の写真は秀逸だ。)

 

だが翌年、19995月、再発。
左肺の腫瘍を内視鏡切除して抗がん剤を2クール。

感染症にかかったが、ようやく熱が低下。
8
14日退院。

同年10月職場復帰。

 

20004月再々発。
5
3回目の内視鏡手術と抗がん剤2クール。
退院は8月。

上野記者は3回目の入院で闘病記を書くことを決意。

200010月から朝日新聞神奈川版に「がんと向き合ってー一記者の体験から」を連載。
それをまとめたのが本書。

これは書評ではない。
上野記者の圧倒的な現実描写に驚き、紹介するものである。
だいたい今読むのが遅すぎる。
姉や従妹から病状については聞いたものの、ここまで詳しく聞くことはできなかった。

本書の中の一節は、退院後夫妻で沖縄に行った時の感慨である。

ふと、1千年前に人が生きていたということをリアルに感じたことがあった。(略)
1
千年前にも人は喜び、悲しみ、悩み、絶望したり、はしゃいだりしながら生きたはず。そして、一人残らず死んだ。自分もさして変わらないことをしている一人だと思うと、愉快というかこっけいというか、肩の力が抜ける気がした。

本書は残念ながら絶版。

でもアマゾンで古書が買える。
重版を切に期待している。

 

上野記者へのインタビュー記事はこちら

http://www.mammo.tv/interview/archives/no230.html

鎌田實さんとの対談も面白い。

https://gansupport.jp/article/series/series01/series01_01/4382.html

 

 

上野記者の最も新しい記事、朝日新聞デジタルで

https://digital.asahi.com/articles/photo/AS20180130004936.html



2017年7月29日 (土)

『〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓』小谷みどり

小谷みどりさんから最新作
『〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓』(岩波新書)
が送られてきた。

すごい本だ!

最新の葬送事情が歴史的社会的背景も踏まえ、また確かな情報分析力で描出されている。
Photo
この本読まずに葬送を語るなかれ、だ。

「火葬場が足りない?」という表面的にいかにも通の人たちの間違い
神奈川県横須賀市。大和市等の自治体で取り組んでいる話題のエンディングサポート事業
「墓じまい」が話題となっているが顕著に増加する無縁墓

こうした旬の問題だけではない。
ここに取り上げられていない問題はないくらいだ。

私は「孤独死」「孤立死」という第三者がよくも知らず他人の生を価値づける用語が大嫌いで「単独死(おひとりさまの死)」と上野千鶴子さんの命名と重ねて言っているが、小谷さんは洒落ています。
「ひとり死」…いいですね。

小谷さんがかねがね言うように
「問題は、どんな死に方をしても、自分では完結できない」

新書214ページだから重くはない。
これだけで今の葬送の課題が整理されているのだから読まないと損である。
しかし、ヤワな本ではない。
考え抜かれた本である。
きょう同時に郵送されてきたのが『女性セブン』8月10日号。
私がちょこっとコメントしたために送られてきたのだ。

オバ記者(60)涙の実録手記
身内(弟・58才)を亡くして改めて感じた
”その日”から49日法要までの心痛(ドタバタ)

「オバ記者」こと野原広子さんが実弟(茨城)を胃がんで亡くし、遺族として体験した「葬送一連の経緯」について書いたもの。
Obakisha

これはよく書けている。

弟を亡くした姉の真情も、茨城の葬儀事情も、詳しく、しかし「雑誌記者」であることを忘れず、きちっと描いている。

2017年5月14日 (日)

共謀罪から「聖俗」二元論までつらつらと―雑感①

今朝(20170514)の朝日から気になった言葉を抜いてみた。(ディジタルから引用しているので、本紙とは一部異なる)





共謀罪


共謀罪に関するカメラマン宮嶋茂樹の発言


むしろ共謀罪は、市民が犯罪者を拒む理由になるんじゃないか。「あなたとは会うだけで共謀罪に問われそうだから」と。もちろんテロリストや暴力団などの組織的犯罪集団と関係があるような人は一般市民とは言えない。

 若い頃、大物右翼の赤尾敏氏(故人)を撮影した写真展を開いた。最初に会場に来たお客さんが「よう、宮嶋君。いい写真だね」と言う。公安刑事だった。身辺を洗われていると感じたが、別に悪いことはしていない。不肖・宮嶋、女の好みとか警察に知られたくない秘密はある。だけど、少しくらい監視されたって枕を高くして眠る方がいい。
(略)

日本人は、テロや他国からの攻撃に対する危機感が薄い。先月、北朝鮮ミサイル発射で一部の地下鉄が運転を見合わせた。「過剰反応だ」という声もあったが、止める判断は正しかったと思う。災害時の避難指示なら「空振り」でも文句が出ないのに、ミサイルやテロだとやり過ぎと言われる。国民に「どうせ起きるわけない」という思い込みがある。聞き手・岩崎生之助)

 

共謀罪は計画段階だと物証に乏しく自白重視の捜査になるのでは?というので、2003年鹿児島県議選をめぐる冤罪事件「志布志事件」で無罪となった元被告の証言。


共謀罪」の国会審議で政府は「一般人は対象外」「裁判所による令状審査が機能しており、恣意(しい)的な運用はできない」などと答弁している。ただ、一般人かどうか、嫌疑の有無などの判断をするのは捜査当局だ。中山さんは「一度決めれば、あらゆる手段を使って、描いた筋書き通りに『犯人』を仕立てる危険がある」と感じる。

志布志事件では、警察からは「自白」を迫られ、否認すると395日間勾留された。取調官は「否認を続ければ(経営する)会社はつぶれる」「認めなければ娘も息子も逮捕する」などと怒鳴った。ともに逮捕された妻が自供したので罪を認めるように、と迫られたこともある。心が折れそうになったが、否認を貫いた。後で妻は自供しておらず、取調官がうそをついていたことを知った。 「警察はシナリオを書いたらあの手この手で認めさせようとする。みな自分に関係ないと思っているのだろうが、自分に降りかかってきてからでは手遅れだ」(編集委員・大久保真紀)


私は共謀罪には反対だ。
そもそも容疑をかけられたら捜査をしないと「一般人」かどうかわからない。
「共謀罪は一般人が対象にならない」という論理は成立しない。
それこそ「安全な一般人」と「安全でないかもしれない危惧のある一般人=非一般人」とに分けられる可能性は高い、と元非一般人としては思う。


「元非一般人」は=「元犯罪者」ではない。もとよりそう見られてもいっこうにかまわないが。


60
70年代に感じたヒリヒリした時代感覚を思い出している。
公安があの当時の感覚で共謀罪を扱うなら、私は明らかに処罰対象になっていただろう。


「不肖・宮嶋」さんの危惧もわかる。
リスクに対する感覚の鈍さは感じている。
だが、だ。
人間=善人でないから共謀罪をもち出すのだろうが、捜査陣=善でもないから安心できないのだ。
どこかを「善」と信じられればいいのだが、人間社会はそんなに都合よくない。



土岐健治『死海写本』を読みながら、


「聖俗」二元論までつらつらと

 

ここ数日、土岐健治『死海写本』(講談社学術文庫)を電子書籍で読んだ。

紀元前
4世紀から紀元後2世紀に至る古代パレスチナの歴史が死海写本を中心に語られるのだが、そこに描かれる善と悪の軋轢・対立が歴史に翻弄される様は、「善」がいかに相対的なものであるかを教えてくれる。

 

仏教では真の意味での文献学が未成熟なため、初期仏教の世界が剖出されていないから、現代の仏教者は「平和仏教」と安穏として語る。

 

だが釈迦は紀元前500年頃であり、その死後100200年で激しい部派対立が生じた。

宗教といっても人間世界のこと。
「善」は絶対的なものでありえず、「信仰」も純粋足り得ない。
何がいいか、という価値観も相対的で、また歴史に翻弄される。

 

死海写本でエッセネ派に魅了される部分があるだろうが、彼らのいわば「出家」は、深い女性蔑視の上に成り立っていたことは無視できない事実。

今の日本仏教を「堕落」とする意見の一つに妻帯があり、それでは出家ではない、「聖性」が失われたと非難する意見も未だにある。
まさに「いまだに」である。時代遅れもいいとこだ。

江戸時代までは公式に僧侶妻帯が公認されていなかったが、実態は「聖」とは一部を除いてほど遠かったのも歴史的事実。

 

キリスト教のカトリックの「聖職者」は妻帯が認められていないが、では「高潔」かといえば必ずしもそうではない。
小児や女性へのハラスメント問題はたくさんあり、今深刻な問題になっている。

 

私は「出家しよう」という一途さを否定するものではないが、人間はそれをもって「聖」になるわけではないことを知るべきだろうと思う。

そもそも人間を「聖」と「俗」に分けるのに無理がある。

 

「俗」たる一般人にとって「聖」を尊敬したい気持ちはわかるが、それは幻想だし、「聖」とされる人間にも負担なのだ。

「聖じゃない」と宗教者を批判すれば、「俗」はすかっとするだろうが、そんなの解決ではない。
今は世俗化された社会だから世の中悪いのは坊さんのせい、なんて言えない。

凄まじい修行を積んで、独身を守る僧侶が宗教者として讃嘆され、名声を得るが、話すと人間的深みがまるでない、という例は昔から少なくない。

 

「聖俗」は両者の幻想と無理の上に成り立っているものだから、現実には信じがたい権威主義を生み出したりする。

 

 日本仏教で「聖」と言うと「ひじり」と読み、戦国時代を中心に民衆の中に入り、葬祭仏教の基礎をつくった下層僧侶、非公認僧侶たち、既成教団の枠外の民間僧のことを言う。

日本仏教において親鸞、道元等の仏教思想の深化とは別に、仏教の日本社会への浸透には大きな働きをなした。
社会現実、世俗への対応を担った。


しかし「聖(ひじり)」個々が「聖(せい)性」をもっていたかといえばそうではない。
字が同じことから混同されがちだが「ひじり(聖)=聖性をもった人」ではない。


また、彼らの活動は徳川幕府の本末制度の中で社会制度に絡めとられてきた。
(その後、パブリックな存在として地域社会の中に位置づいた面は評価できるのだが)

 

話は脇道に逸れたが、「善」もすこぶる相対的なものだ、少し突っ込んで見てみるとかなりあやふやな面を抱えていることがわかる。
そうしたものであることへの自戒はもっていていい。

 



2017年4月 9日 (日)

四訂葬儀概論が完成

『四訂葬儀概論』が4月7日完成。
Yonteigairon


初版が1996年4月、改訂版が2003年5月、増補三訂(360ページに)が2011年6月、今回の四訂が2017年4月…と平均5年強で改訂を繰り返してきたことになります。
本体9,524円と少々高いですが、葬送に関してはまとまったものはこれ1冊、内容的にはそれなりのものと思っています。
葬送の歴史としてまとまったものは本書が本邦初でしたが、現在の部分はいまだに書き続けています。
私のライフワークとなりました。

初版は1996年の葬祭ディレクター技能審査の第1回に間に合わせるべく前年の11月から企画、執筆、編集・・・で怒涛の4カ月で完成させましたが、若かったからできたのでしょう。
増補三訂版は全面的な見直しで1割強増ページ、ほぼ1年かけました。
今回の四訂版は2016年12月から4ヵ月かけました。
三訂版までは校正、索引、目次は事務所の共同作業でしたが、今回は単独作業、校正の見落としで追加作業が多く、制作の武田貞盛さんにはご苦労をおかけしました。

今回の四訂はページ数は維持しましたが、6年ぶりなのでデータを一新させるだけでもひと作業でした。
死亡者数の推移は今回は2015年の人口動態統計(確定)を使用し、将来推計については三訂では2006年の社会保障・人口問題研究所の将来人口推計を使用しましたが、今回は現在最新の2012年版を用いています。
死因、火葬率も宗教法人の統計に至るまで最新のに置き換えています。
また、葬送も大きく変化していますので、「現在の葬儀事情」を書き直すだけではなく、各部にわたって手直しを行いました。

法令の変化もあります。一部例を示すならば、
2012年に「死因究明促進法」「死因・身元調査法」が新しくできました。
今回2013年の警察取扱死体が約17万件、全死亡の13.3%であることも示しています。
同年の司法解剖が8,356件であることも法務省資料に基づいて記述しました。。

感染症法はたびたび改正されますので、最新版に基づき記述を改め、アフリカでのエボラ出血熱の深刻な流行から2015年に厚生省令で一類感染症については24時間以内の火葬等を細かく定めましたが、それについても1項を設けました。

献体遺体についても医学生等の解剖実習以外に献体遺体を用いて医師の手術手技研修に用いることができるように日本外科学会・日本解剖学会が2012年にガイドラインを作成し、文書での同意等を条件に可能としました。
この場合には通常の献体遺体が48時間以内の引き取り希望なのに24時間以内の引き取り希望としました。
年金についての制度も改められています。
2011年の東日本大震災の経験から災害遺体を尊厳をもって扱うことの教訓を得ているので詳しく論じています。
病院での死後のケア(死後の処置)の実態を示し、葬祭事業者の遺体管理の重要性もより詳述しています。

本書が常に「現役」のテキストであるために細部にわたって見直しています。

私は2016年度をもって第1回から責任をもっていた葬祭ディレクター技能審査関係の職はすべて辞しました。
しかし、『葬儀概論』については可能な限り責任をもって著者としての責任を果たしていくつもりです。

本書は葬祭ディレクター技能審査の受験者のみならず、既に葬祭ディレクターの資格を得た人へも最新情報を提供するものです。
また、死と葬送関連の学究者、関心を持たれている方、宗教者その他の方々にもきっとお役に立つはずです。

事実、宗教者が自派の儀礼については知っているが、他宗教宗派について知りたい、という需要に唯一応えるものということでお求めいただいてきました。

今回の四訂版の表紙も表現文化社が存在しなくなったことから「葬祭ディレクター技能審査協会」に変わりました。

本書のお申込みは
葬祭ディレクター技能審査協会
〒108-0075 東京都港区港南2-4-12 港南YKビル4階
(1)FAX:03-5769-8702(お問合せ先:03-5769-8704)
(2)FAX:03-3500-4212(お問合せ先:03-6206-1281)
までお願いします。
申込書は下記からダウンロード願います。
http://www.sousai-director.jp/download/chumon_201704.pdf

ぜひお求めください。

2017年2月 5日 (日)

四畳半からの近況報告 2017.02.05

四畳半からの近況報告 2017/02.03の補足


雑誌『SOGI』休刊に伴う事務所、私個人に伴う法的手続きについてすべて完了したことを報告したところ、Facebookにてコメント等をいただきありがとうございます。
このブログのアクセス数が増えたことは、心配いただいていた方々が多かった、ということでしょうか。
私としては少し複雑な気持ちです。

雑誌購読者、関係者個々にご報告すべきことですが、こういう形で報告させていただきました。ご了承ください。

雑誌『SOGI』を四半世紀にわたって刊行したこと、何よりも読者の方々、寄稿いただいた方々、取材者、カメラマン、編集者、デザイナー、印刷関係者、今はなくなりましたが組版、製版の関係者等多くの方々に支えられたものでした。
改めて御礼申し上げます。
雑誌を中心に死や葬送について記録し、発言できたこと(一部の方々には不快感を与えてところがあるかと思いますが)については感謝申し上げます。
44歳で開始し、当初は65歳までを目標にしていましたが、70歳まで行うことができました。
悔いはありません。
今後若い世代の方々が、形を変えようと何らかの形で、私どもが記録し、発言してきたことの志を継いでいただくことを願っています。
その橋渡しとして私にできることがあれば、精一杯努めさせていただきます。


前回も書かせていただきましたが、『葬祭ディレクター技能審査20年史』(葬祭ディレクター技能審査協会/非売品)が完成しました。
200_2


こういう事態であったにもかかわらず、私の名を執筆者として記したまま刊行を許していただいたことに感謝します。

この発足の経緯、理念、20年の歩み、抱えている課題について、記録者として記させていただいたのは、これまでこの制度に係わった者としての責任からです。
そして私の今後に関係なく制度そのものは継続していくわけですから、今後の制度を担う方々への引き継ぎという意味があります。

先人が葬祭業が社会的偏見をもたれていることに危機感を抱き、誇りをもってできる仕事にする、その鍵として人材教育に注目してできたのが葬祭ディレクター技能審査という制度。
この仕事に関与できて多くの方から教えていただきましたし、尊敬できる多くの方々にお会いすることができたのは私の財産です。


葬祭ディレクター技能審査には、近年田中大介さん(文化人類学)に関係してもらい、私の負担はだいぶ軽減しました。
田中さんが私の役割の一部を引き継いでくれるでしょう。
その田中さんが東京大学大学院総合文化研究科博士論文に加筆修正し、

『葬儀業のエスノグラフィ』(東京大学出版会、本体価格5,200円)

http://www.ajup-net.com/bd/ISBN978-4-13-056310-9.html
9784130563109
を出版されました。
264ページの労作です。
ぜひお手にとってお読みいただくことをお勧めします。
ちなみに「エスノグラフィ」とは京都大学フィールド情報学研究会のHPに掲載された辻高明さんによれば―

エスノグラフィ(Ethnography)は,フィールドで生起する現象を記述しモデル化する手法である. 文化人類学における未開の民族の調査に起源をもち,その後,社会学で逸脱集団や閉鎖集団の生活 様式を明らかにする方法として用いられるようになった.http://www.ai.soc.i.kyoto-u.ac.jp/field/chapter5.html

と説明されています。



昨夜、元の会社関係の同年配3人で呑み会。
一人は99歳の母親の介護を抱え、一人は4年前に配偶者が若年性認知症になり介護、皆それぞれの問題を抱えています。

一人が私の学生時代に書いたものを読んでくれて
「あんたはまったく変わっていないね!」
と呆れて言ったのか、褒めて言ったのか(確実に前者だと思いますが)…

そう言えば、我が家では
「中学生の時から変わっていない!」
と呆れられています。
つまり人間としてあるべき進歩がない、子どものまま、ということ。
欠陥人間ということでしょう。
でも、見放され、追い出されていないことに感謝しています。

2016年12月14日 (水)

書評『無葬社会』

YouTubeびきまえ 403回公開。まだ続く?
話題は「お布施」「遺族とのコミュニケーション」などなど。
週刊現代2016年12月10日号の書評に『無葬社会』を書いた。
依頼が11字詰なのに、おっちょこちょいなものだから19字詰と思い込んで最初書いた。
出す段になって気が付いて、詰めに詰めて完成させて送ったのが掲載されたものである。
ここでは掲載されずに終わった幻の書評を掲載することにする。


鵜飼秀徳『無葬社会―彷徨う遺体 変わらぬ仏教』(日経BP)

始まった多死社会のもたらす問題を活写

 

 

戦後長く年間死亡者数は7080万人規模であったが、進む高齢化で今や130万人台に突入し、2030年には160万人台にまで到達すると推計されている。多死社会はどういう問題をもたらすのかを、死と葬の変化を中心に丹念な取材をもとに活写した問題作である。


著者は先に『寺院消滅』で、都市化により過疎化した地方社会の中で進行する、寺院が担い手を失い荒廃し消滅していく様を、具体事例を取材して問題提起し、仏教教団に強烈なインパクトを与えた。
その続作とも言うべき本書は、主に多死化の現場となる大都市の死の現場と仏教寺院の抱える問題を描く。


「無葬社会」とは著者による造語である。
しかし、看取る人がない単独死(著者は「孤独死」という用語を用いるが、「孤独死」も「孤立死」も価値観が混入する危惧がある)、葬儀をすることなく火葬だけで済まされる直葬、墓地への埋蔵に立ち会うことなくゆうパックで遺骨を墓地に送る送骨等の遺骨処分…これらが増加する傾向にあるから違和感がない。

著者によれば「無葬社会」とは、死者が埋葬されず供養されない事例が増える社会のこと。


最初に書かれた「火葬
10日待ちの現実」は少し走りすぎ。
昨冬は死亡者数が少なく火葬場経営者が青くなったのは有名な事実。
「待ち」が出るのは葬儀時刻帯が似たよりなため混む時刻が決まっていること、東京では斎場(葬儀会館)が少なく、火葬場付きの式場人気が高く競争になること、決して「火葬場が混んでいる」わけではない。
また、名古屋が解消したが、本来火葬場を新設または改造したいのだが地域住民の反対によって妨げられている事例だ。
将来的には問題がないわけではないが、今の問題ではない。

地方から都市への墓の引越し(改葬)がもつ問題、アマゾンへの「お坊さん便」の出品がもつ、宗教意識が低下した都市住民と財政的に逼迫した地方僧侶の利害の一致のありさまは記者であり僧籍ももつ著者の問題意識がよく現れ、重層的に描かれている。

単独世帯で誰にも看取られずに死に、数週間、場合によっては数ヵ月後になって発見される遺体の増加と腐乱のせいで住居を修復するのに巨額が投じられる「特殊清掃」(嫌な言葉だ)需要の増加が語られる。
単独世帯が
4分の1を超し、だれもが「おひとりさまの死」の当事者になり得る状況がリアルに語られる。


墓の変化においては改葬の受け皿となり、大都市に進む寺院による大規模納骨堂ビジネスが描かれる。
だがこれが永代供養墓とは理念が異なるのに同列で論じられたり、散骨と自然保護型樹木葬、都市型樹木葬と言われる樹林葬等には混同も見られる。

戦後の民法改正により家制度は法的根拠を失ったが墓の慣習においては生きてきた。
それも家族の変化により崩れ出していることは著者の描くとおりである。

だが現実には改葬されることなく放置され、見放される墓がはるかに多く、地方の墓地を悩ませる。
跡継ぎ不要の永代供養墓が需要を見込んでたくさん造られたが、売れ行き不振で残っていたところが安価な遺骨処分場化している。
墓の問題は著者が描く先を走っている。


著者の関心である、仏教寺院のこれからの課題に立ち向かって僧侶への取材が生き生きとしている。
檀家制度に依拠せず、すべての人に開かれ、墓を入口に寺に新しい信徒を招くことに成功した新潟・妙光寺安穏廟の小川英爾住職、骨仏で信仰を集める大阪・一心寺、路上生活者の支援と供養を行う東京浅草・光照院の吉永岳彦副住職、永代供養個人墓を媒介に東京と地方寺院のネットワークを考える東京新宿・東長寺、難民キャンプ
NGOを率い、難民キャンプや被災地で絵本図書館を展開する長野県松本・瑞松寺の茅野俊幸住職。
仏教寺院の未来へ少しではあるが希望、夢を示す。

著者は
「多死時代を迎え、都会では遺体が彷徨い出している」
と言い、
「無葬社会は不可避のようにも思える。
しかし、一方で、亡き人を供養したいという根源的なこころ」が「社会に潤いと安定を与えてくれるはず」
と信念を述べ、そのためには仏教の再生が鍵となることを力説している。

 

 

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